07
温泉街での事件のあと、警察からの聴取などが多くてしばらくは慌ただしい日々が続いた。
病院で検査も受けたが命に別状はなく、軽い傷はあるが体はいたって元気だった。
あまり心配はかけたくなかったので美弥自身は言うつもりはなかったが、事件の事が両親に知らされてしまい実家から二人が飛んできた。
大丈夫だと美弥がなだめても両親は顔面蒼白になり、東京での一人暮らしは危険だから実家に帰ってこいと病室で泣き付かれた。
そうなるのがわかっていたからできれば知られたくなかったんだと苦笑していると、それを引き止めたのがちょうどその場にいた子供達だった。
「違うんです!美弥さんはボク達を庇ってくれたんです!」
「悪いのはオレ達なんだ!」
「お姉さんを連れて行かないで!」
必死の懇願をする無垢な目に両親はタジタジだった。
慕われている事を嬉しく思いながら、美弥も両親に理解してもらおうと言葉を選ぶ。
「私、みんながいるこの街が好きだから。危険な事もあるけど、守ってくれる人もいるから……だから、ここにいさせて欲しい」
両親の気持ちもわかるが、まだこの街を離れたくはない。
今となっては特にそう思うようになってしまったから。
お願い、と頼み込めば両親は困惑の顔を見せた。
でも……、とそれでも渋る親に、最後の説得をしたのはなんと工藤邸の家主、工藤優作と有希子だった。
彼らは突然病室に現れて美弥の両親に自己紹介をして話し始めた。
「彼女は私達にとっても、なくてはならない存在です。大事な娘さんの身を案じるお気持ちはとてもよくわかります。
ですので、親元を離れている間は私達に見守らせていただけませんか?どうか彼女の願いを聞き届けてもらいたい」
「私からもお願いします。美弥ちゃんは、みんなを笑顔にしてくれる存在なんです。それでもご心配なら、私が定期的に娘さんの事をお母様にご報告いたしますわ」
そう、言ってくれた。
有名な小説家と元女優の二人を両親が知っているかわからなかったが、確かな立場の人からの言葉と、穏やかな口調から不思議と感じる説得力に何も言えなくなったようで。
最終的には両親は美弥の事を許してくれた。
帰り際、「大切な友達がいっぱいできたのね」と母親が小さく笑うので、嬉しいような寂しいような複雑な気持ちになった。
ごめんねとしか言えなくてポツリと呟けば、全てを受け入れてくれた両親は静かに帰って行った。
だけど、どうして工藤夫妻が来てくれたのだろう。
両親を納得させてくれたのは有り難いが、彼らが現れるとは思ってもみなかったのだ。
「ごく普通の家庭の親であるなら、事件を聞いて心配になるのは自然な事だ」
「だから私達が一肌脱いで来ちゃったのよ~」
頷く優作と、「美弥ちゃんは私のお茶友達だから」と笑う隣の有希子。
彼らはどうしてそこまでしてくれたのだろう。
知り合って何回か会った程度なのに、という目をしていたのが悟られたのか優作が口角を上げた。
「我が家の居候君が、君が困っていても自分はまだ表に出られる立場ではないからと、歯痒い思いをしていたからね」
「あと新……コナン君にも頼まれちゃったし」
(シュウ……)
親に帰ってこいと言われている事、言ってなかったのに彼にはわかっていたのか。
確かに彼が美弥の親に顔を見せるのは色々と複雑だろう。
ここにはいないのに、彼の気遣いを感じるようで胸が温かくなった。
「ありがとう、ございます……」
たくさんの人に支えられている、それが嬉しかった。
だから、美弥はまだ帰れない。
*****
インターホンに呼ばれて玄関のドアを開け、美弥は微笑む。
「いらっしゃい」
「わーい、お邪魔しまーす!」
招き入れた子供達がガヤガヤと部屋の奥に入っていく。
楽しそうな背中に、そういえばこの家がこんなに賑やかになるのは初めてだと思った。
美弥自身は出勤できないほどショックを受けた訳でもないが首に絞められた跡が残っていて、
流石にこれで会社に行くと余計な心配をかけてしまうだろうという事で、跡が消える少しの間だけ休養する事になった。
事件の後処理で警察に呼ばれたりする事も含めて会社にその相談をした時、むしろ休みなさいと積極的に勧められたので申し訳ないなと思いつつ甘えさせてもらう事にした。
ベッドで寝ている必要もないので自宅で普通の生活をしているのだが、正直時間は持て余している。
それでも、色んな人が入れ代わり立ち代わりに家に訪れるので意外と寂しくはなかった。
話を聞きつけた蘭や園子、世良までやって来て、持ってきてくれたケーキを食べながら彼女達と他愛もない話をして。
ジョディも様子を見に来てくれて、お茶をしながら女子会のようなものをした。
今日は休日だという事もあって、子供達がみんなで家に遊びに来てくれた。
「私達みんなでクッキー焼いたの!」
「いつもお菓子作っていただいてるので、お返しですが」
「ええ、すごい、ありがとう!」
子供達が美弥の為に一生懸命作ってくれたなんてとても嬉しい。
ラッピングされたビニール越しでも見える、可愛い型で抜いてあるクッキーに感動すら覚えた。
「これはオレが作ったんだぜ!」
「うん、元太君らしくて美味しそう」
所々に垣間見える歪な形がかえって胸に染みる。
大事に抱えていると、さらに哀からは小振りの花束を渡された。
「これ、お見舞い。思ったより平気そうでよかった」
「ありがとう。うん、元々大した事はないからね」
控えめだけど色とりどりの花の色合いが可愛い。
嬉しくて目を細めながらどこに飾ろうかと考えていると、哀がじっと美弥を見上げている事に気付いた。
「意外ね。あんな目に遭ったらショックを受けるタイプだと思ったけど」
「…………」
そんな感じには見えないわね、と彼女に言われて確かにと思った。
少し前の自分だったら、そもそも遺体を見ただけでフラッシュバックを起こしただろうし、殺されかけたのだからもっと気持ちが落ち込んでもおかしくないのに。
(どうしてだろう?)
引き摺っていない自分が不思議だった。
「……慣れちゃったのかな」
「はは……」
苦笑すれば、隣にいたコナンまでも苦笑いを浮かべた。
新しい出会いが増えてから何だか色々な事が立て続けに起こった。
誘拐された事もあるし、一生に一度遭遇するかどうかわからないような事件を何度も目の当たりにすれば、流石に美弥だって慣れもするだろう。
ショックを少しずつ与えられて、少々の事では動じなくなっている気がする。
「美弥お姉さん、首大丈夫?」
綺麗なミニブーケをさっそく花瓶に飾っていると、歩美が眉尻を下げて覗き込んでくる。
「うん、大丈夫だよ。大事をとって休んでるだけだしね」
「手足は細かい切り傷、首も鬱血と引っ掻き傷のようだから、時間が経てばちゃんと消えていくわ」
「……うん、ありがとう」
医者のような的確な補足が隣の哀から飛んで、美弥は小さく笑う。
絞められた首の跡を見た両親は気絶しそうになっていたが、美弥は事件の事を思い返しても、恐怖感よりも助けに来てくれた時の事を思い出して安心するのだ。
危ない目に遭っても彼がいるからきっと大丈夫、そんな風に思える。
だから、こんなにも穏やかな気持ちでいられるのだろう。
子供達だって、遺体が苦手な美弥の事をわかって守ってくれていた。
だからこそ美弥も子供達がとても大切な存在だった。
「そうそう、みんなが来るからゼリー作ったんだよ。せっかくだから食べよう」
「やったぜ!」
「わーい!」
「ごめんね美弥さん、ボク達お見舞いに来たのにご馳走になっちゃって」
子供らしからぬ気遣いをするコナン。
でも美弥が作りたかったのだから彼が気にする必要はない。
「気にしないで。暇で暇でしょうがないの」
「そうなんだ……」
「わー色がいっぱいで綺麗なゼリー!」
「宝石みたいです!」
「ほんと?ありがと」
冷蔵庫から冷やしておいたゼリーを取り出すと子供達が集まってくる。
シロップやジュースで青や白に着色して固めたゼリーを3種類くらい作って、それぞれ細かく混ぜてクラッシュさせたものを容器に順番に入れたもの。
その上にフルーツを乗せただけの簡単なデザートだが、色鮮やかな見た目になるので晴れやかな気分になるのだ。
予想通りの反応をしてくれた子供達は、美弥を手伝って飲み物などを率先してテーブルに運んでくれる。
「そういえば昴のにーちゃんも誘ったんだけどさー」
「自分はいつも行ってるからみんなで行って来てくださいって言われてしまいました」
「一緒に来ればよかったのにねー」
「ふふ」
きっと自分がいない方が美弥に余計な気を遣わせる事もなく素直に喜ぶと思ったのだろう。そういう人なのだ、彼は。
子供達と話している沖矢の姿が目に浮かぶようで、美弥の頬が緩む。
みんなが食べてと言うので、作ってくれたクッキーを口に運べばとても美味しかった。
優しい味がして、じんと感動してしまうくらいに。
それを見て満足したのか、子供達は美弥のゼリーを頬張って目を輝かせている。
(本当に、みんな無事でよかった)
彼らの笑顔が曇らなくてよかったと、美弥は目を細めた。
「そういえば美弥さんの家に来るの初めてだね」
「そうかも」
コナンがキョロキョロと部屋を見渡している。
確かにいつも出向いているから呼んだ事はなかったし、一度酔った美弥を送ってくれた時も玄関の前までだった。
「阿笠博士の家と違って一人暮らしの家だから広くないし、珍しいものもないしね」
「でも、所々に男の気配を感じる部屋だわ」
「おい、灰原……」
「そ、れは、まぁ、あはは……」
目敏く見つけた哀がニヤリと笑っている。
一人暮らしではあるが、あれだけ頻繁に来ればコップだったり箸だったり、彼の専用品だって増える。
あからさまなものはちゃんと仕舞ったが、観察力のある彼女にはお見通しだったようで照れ笑いを浮かべるしかない。
コナンもどうやら気付いていたけど何も言わずにいたタイプだろう。
実際、一番訪ねてきてくれるのは赤井だ。
休養中で美弥が手持ち無沙汰になっている事をわかっているのか、彼はこれまで以上に様子を見に来ては世話まで焼いてくれる。
一日のうちで少しの時間だけ顔を出して帰っていくような事も何度もあった。
毎日とはいかないが結構な頻度で一緒にいるので、まるで一緒に住んでいるような感覚すらあった。
嬉しいけれど、彼の役目の方は大丈夫なのかと少し心配になるくらいで。
疎かにするような人じゃないのはわかっているが、美弥の家と工藤邸を往復させてしまって申し訳なく思っている。
「ま、何考えてるかわからなくて薄気味悪かったけど、美弥さんがいるおかげで人間らしく見える気がするからよかったわ」
「灰原……昴さんにそんな事思ってたのかよ」
「隣の家にへばりつかれればそう思いもするわ。だから、こっちにいてくれた方が助かるわ」
「あはは……」
およそ小学生には思えない彼女の言葉には美弥も舌を巻くしかない。
意図があって哀を守っているらしい彼も、彼女の弁の前では形無しだ。
苦笑いを浮かべていると、早々にゼリーやその他のデザートも食べつくした元太が暇を持て余して部屋の探索を始めた。
お行儀が悪いと光彦や歩美に嗜められながら、それでもフラフラと歩き回った結果壁にぶつかって何かがガタンと落ちる音がする。
音がしたのは、クローゼットの奥からだった。
元太が振り返った先に気付いて美弥はハッとする。
「やべえ、中で何かが落ちちまった」
「もー元太くんが動き回るから!」
「ここは何が入ってるんだ?」
「おい元太、勝手に開けるんじゃない」
そこには、美弥の過去が全て詰まっている。
幸せだった記憶と、絶望が押し込めてある場所。
本当なら宝物のように隠して誰にも見せたくはないのだけれど、今はどうしてか知って欲しい気がした。
「……いいよ、開けてみても」
コナンの気遣いに薄く笑いながら促せば、何も知らない元太が楽しそうに扉を開けた。
子供達も物珍しそうに集まって、そして立ち尽くした。
「なんだ、段ボールの箱ばっかじゃねぇか」
「でもここ、クローゼットですよね?それにしては……あ、写真立てが落ちてます」
「さっきの音はこれだったのかな。美弥お姉さんと……この人、誰?」
通常なら衣服や色々なものが収納されているはずの場所にはいくつもの段ボール箱が詰まれ。
大人の腰のあたりくらいの高さの収納棚の上に置かれていた、フォトフレームに納まった一枚の写真。
歩美が見せてきた写真に写る笑顔の自分と、照れくさそうにして目線を合わせないユキ。
いつまでも変わらないユキを眺めて、美弥は微笑んだ。
「私の、恋人だった人」
「美弥さん……」
遠慮がちに付いてきたコナンがどこか驚いた表情で此方を見上げている。
「あれ?でも今は昴のにーちゃんと付き合ってるんじゃなかったか?」
「以前の恋人って事ですか?」
無垢な質問が返ってくる。
そう、それは何も知らない人間にとっては当然な問いかけで。
だからこそ美弥は受けなければならなかった。
「以前って事に、なるのかな……交通事故で、いなくなっちゃったから」
「そうだったんですか……すみません」
「大好きな人がいなくなっちゃうなんて、美弥お姉さん可哀想……」
歩美の言葉は、美弥の心に別の意味を持って突き刺さった。
だけどぐっと堪えて、美弥は笑う。
「……そんな事ない。みんなにも出会えたから、寂しくないよ」
「歩美も、美弥お姉さんと仲良くなれてよかった!」
(そう、可哀想なのは私じゃない)
誰も好きになれないと言っておきながら他の男に依存して、新しい出会いもあって、何だかんだ楽しく生きている自分なんか全然可哀想じゃない。
可哀想なのは、きっとユキの方だ。
自分は一切悪くないのに事故に巻き込まれて、まだ生きたかっただろうに命を閉ざされて。
それまで一緒に生きていた女は、違う男に抱かれて勝手に離れていくのだから。
(泣いちゃ、いけない)
美弥に泣く資格なんてない。
歯を食いしばって目尻が熱くなるのを我慢する。
「美弥さん……どうして教えてくれたの?」
後ろにいたコナンが美弥の袖を引っ張って小声で訊いた。
この部屋の奥にあるものが美弥がずっと人知れず抱えていたものだと、彼はわかっているのだろう。
「どうしてかな?……ユキを、みんなに知って欲しかったのかもしれない」
「そっか……」
ユキが確かに生きていたんだという事を、美弥にはユキという好きな人がいたんだという事を、誰かに知っていて欲しかった。
涙目ではにかめばコナンは悲しそうに眉尻を下げ、子供達に向き直る。
「もういいだろお前ら。大人には色々あるんだよ」
「自分だって子供じゃんか」
コナンの少し険しい声に子供達は渋々ドアを閉めた。
リビングに戻ると、哀がじっと美弥を見つめている。
クローゼットの傍には来なかった彼女は、会話を聞いて何を思ったのだろう。
彼女の静かな瞳からは読み取れなかった。
「昴さんは知ってるの?」
「……うん。知ってるよ」
ユキの事は知っているし、あの場所の奥にあるものを教えた事はないが、彼なら全て把握している気がする。
「寛容なのね。普通なら前の彼の事とか嫌がりそうな気もするけど」
「……そうだね」
いくら死別したからといって、クローゼットをまるごとその男の為に使っていたら普通ならば引くのかもしれない。
だけど、そもそも自分達は普通ではなかったし、"誰かを失った"という前提が最初からあった。
互いに踏み込めない、いや敢えて踏み込まない場所がある。
それを荒らす気がないから、自分達はここまでやってこれたのかもしれない。
「彼が、あなたの失った大切な人なのね」
「うん」
彼女は以前に、姉を亡くした事を教えてくれた。
だからという訳ではないけど、ユキの事が言えてよかったとも思う。
「前に進めているのなら、よかったわ」
「…………」
哀は励ましのつもりで言ってくれたのかもしれないが、それは美弥には少しだけ痛い言葉だった。
自分だけ先に進んでしまったような、"大切な人"を置いてきてしまったような感覚に目を伏せる。
「……ねえ、哀ちゃん」
「なに?」
「答えたくなかったら答えなくていいんだけど……」
彼女は、訊いたら答えてくれるだろうか。
いつも客観的で的確な言葉をくれる人なら、似たような痛みを共有した人なら、この燻った気持ちを理解してくれるだろうか。
その相手が一回り以上も年下の小学生だという事は、この瞬間には頭から抜け落ちてしまっていた。
リビングのテレビを付けてはしゃいでいる子供達を遠巻きに見ている哀に、美弥は躊躇いがちに口を開く。
「哀ちゃんのお姉さんには、恋人がいたりしたのかな?」
「……そうね、いたわよ。今どうしてるかは知らないけれど」
「もし……哀ちゃんのお姉さんの元恋人が、他の人と結婚したって知ったらどう思う?」
少しの緊張を孕んで問いかければ、大人びた彼女はさらりと答える。
「どうも思わないわ。本人次第だもの」
「……そっか」
どこか達観している彼女らしい言葉だった。
確かに亡くなった姉の恋人など、彼女から見たらただの他人なのかもしれない。
わざわざこんな事を訊いてどうしたかったんだと、美弥が自分自身に苦笑していると。
「けど、」と哀がポツリと零す。
冷静な彼女の瞳に僅かな翳りが生まれる。
「仮にもし私が死んだとして……その時いた恋人に、結婚もせずに一生自分だけを想っていてと言うのも違う気がするの」
「…………」
彼女の静かな言葉が、彼女ではない誰かの言葉のように思えて。
美弥の目には、小さな女の子を通して誰かが重なるようで。
「忘れないでいてほしい……けど、自分だけに囚われたまま生きてほしくもない」
それは誰の感情なのだろう。
それは、まるで。
「……自分が好きになった人には、幸せになってほしいなと思うから。できれば自分が幸せにしたいけど、できないんだから仕方ないじゃない?」
「……っ!」
「っ、……美弥さん?」
気付けば、美弥の両目から大粒の涙が溢れていた。
これは勝手な解釈だ。
彼女は仮定の話をしただけで、美弥が都合良く捉えているだけだ。
だけどユキにそう言われている気がして、堪えていた涙が止まらない。
異変に気付いた子供達が何だ何だと美弥の周囲に集まってくるけれど、笑える余裕はなかった。
「ユキを置いて、私だけ幸せになんてなれない……っ!」
子供の前で取り繕う事もできず、哀の目の前で泣き崩れた。
そっと、小さな手が気遣うように美弥の肩に置かれる。
「死んだ、貴女の大切な人は……そんな事思わない」
どうだろうか。
ユキはどう思っているだろう。
少し無口で、照れ屋で、だから好きとかそういう言葉を言われた記憶は数えるほどしかない。
自分ばかり好きなのかもしれないと思った時だってあった。
だけどユキは、そういう時に限って執着を見せるのだ。だから離れられなかった。
そのユキは、もし自分が死んだら美弥に対してどう思うのだろう。
本人じゃないから美弥にはわからない。
だけど、ユキは不器用だから。
「……貴女は、幸せを諦めなくていいと思う」
「っ……、」
――私は、誰に許されたいのだろう。
誰に許してもらったら楽になるのだろう。
けれど、ユキだけには許されたくないとも思っていて。
矛盾した感情に、美弥は泣きながら嗤いたいような気分だった。
「美弥お姉さん、大丈夫?」
「腹でもいてぇのか?」
「ボク達がクローゼットを開けてしまったからですか?」
「いいから、お前らはテレビ見てろ」
集まってきた子供達をコナンが追いやろうとしている。
その平和な空気に少しだけ絆されて、いつまでもこうしている訳にはいかないと美弥は涙を拭った。
目の前には、困りながらも薄く笑っている哀がいる。
「ごめんね、哀ちゃん……ありがとう……」
「いいのよ」
貴女は気持ちを溜めるタイプに見えるからたまには発散した方がいいわと、どっちが大人かわからないフォローをされて。
小さな子の優しさにただ感謝をするばかりだった。
「貴女、そんなにも昴さんの事が好きなのね」
冗談めかした言葉は、きっと美弥への気遣いだったのだろう。
だけど美弥は姿勢を正して、哀の目を真っ直ぐに見つめると小さく微笑んだ。
「……うん」
確かな返事に哀とコナンが目を瞠る。
それに笑みで返すと、美弥は暗い空気を霧散させて子供達の輪に戻った。
「みんな、ごめんね」
「元気でた?」
「うん、みんなの顔見たらね。さ、何して遊ぶ?」
それからは、いつも通りの楽しい時間が流れた。
時が止まったままのクローゼットにも、きっと賑やかな声が聞こえていただろう。
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前半は、普通の家庭ならあるだろうなという話を入れました。