日を追うごとに街並みに増えていくカラフルな色合い、テレビで流される特集。
今年はフルーツを使って、などと有名メーカーの新作が紹介される映像を幾度となく目にする。
(もうすぐバレンタインか……)
どこの店にもチョコの売り場が特設されて、世間はチョコレート色とピンクのハートで溢れる時期になる。
以前は美弥も例に洩れずそのイベントに便乗して毎年チョコを手作りしていた。
今年は運良く日曜日、そして渡したいと思う相手もいる。
(せっかくだからね)
チョコを渡す事で気持ちが伝わる、そんなキャッチフレーズに後押しされ。
近くの製菓用品を取り扱う店舗に入ると手作り用の材料を意気揚々と買うのだった。
Slightly bitter sugar
女が3人集まれば姦しいとはよく言ったものだ。
皆がそれぞれ用意したお菓子を互いに交換して、可愛くラッピングされた包み達を手元に置き。
さらに年齢も若ければ飛び交う話題はひとつしかない。
「蘭は新一君に渡したの?」
「渡したっていうか……来るって言うからテーブルに置いておいたら、いつの間にかチョコだけ持って帰っちゃってたのよ?
事件があるから急いでたって後から連絡が来たんだけど、一言声かけるぐらいできるよね?」
「あー、それは新一君が悪いわ」
呆れたように頷く園子に美弥も同意だ。
付き合っているらしいが、顔も見せずにいなくなるのは確かに怒りもするだろう。
「ったく、あいつ……愛想尽かされても知らないよ」
「面と向かって受け取るのが恥ずかしい、とか?」
「ええー、人前で誇らしげに推理ショーやっちゃうようなやつなのに?」
「うん……」
「そっか……」
相手の立場になってみて一生懸命理由を考えてみたものの、園子と蘭に首を振られて美弥も難しい顔をして唸る。
どうやら一筋縄ではいかない人らしく、愚痴というか不満はそれなりにあるようだ。
「園子は送ったんだよね?」
「うん。今日ぐらいには届いてると思うけど、なーんか渡した気がしないのよねぇ」
外国にいるという彼氏にバレンタインチョコを送ったというが、園子ははぁと溜息をつく。
彼女もまた蘭と一緒で、相手の顔が見えないままで達成感というか楽しい気持ちはあまり湧き上がらないのだろう。
恋多き女子達二人が揃って目を伏せるという、何とも切ない空間になってしまっている。
「いいなー美弥さんは渡せる所にいて。会おうと思えば会える距離だし、やっぱり近くにいてくれる人の方がいいですよねぇ……」
嫌味ではなく、ただ純粋に羨ましさを滲ませた園子。
新しい彼氏でも見つけようかなー、なんて冗談のような独白も続いて美弥は苦笑する。
「でも……距離的にはみんなより近いとは思うけど、連絡もそんなにはしてないし、会うのもたまにだよ」
「え、そうなんですか?」
「連絡とってないんですか?」
「忙しいかなと思って、私からはほとんどしないよ」
「付き合ってるのに!?」
「……寂しくなったりしませんか?」
意外そうな園子と蘭の眼差し。
美弥にも高校生の時代があったのだから彼女達の気持ちも充分に理解できる。
だけど思い出される今日に至るまでの様々な記憶が、懐かしいような遠いような感覚にもさせる。
「私も、前はそうだったよ。好きな人とはいつでも一緒にいたかったし、離れてると不安になってた。でも今は……いつも一緒にいなくても、傍で見守ってくれているような気がするし、
毎日連絡しなくてもそんなに不安じゃないの。でも流石にずっと連絡がないと変な事に巻き込まれてないか心配になるんだけどね」
美弥から積極的に何かを送ったりはしないし、赤井からも今何をしているかの報告なんて来ない。自分達には元からそれが普通だった。
だけど何日も連絡がなく家にも来ない日々が続くと、何かあったんじゃないかと急に恐怖を覚えるような時もあって。
忙しいのにメッセージを送ったら悪いなと思って我慢して数日、ふいに来た彼からの電話によかったとつい泣いてしまった事があった。
彼は呆れる事もなくすまないと謝罪を口にし、不安なら言ってくれと諭されてからは、しばらく連絡がなくて心配になってきたら「怪我してない?」とだけ文章を送る。
そうすれば「無事でいる、安心しろ。もう少ししたらお前の家に行く」と端的な言葉が返ってくるようになった。
それだけでかなり気持ちが楽になったのだ。
「寂しい時もあるにはあるけど……生きていてくれれば、それだけでいいかなって」
ユキを失ったからこそ、辿り着いた望みはそれだった。
会いたい、いつでも連絡したい、私を見てほしい、ずっと傍にいてほしい、そういうのは二の次になってしまった。
ハッと我に返ると蘭と園子の放心したような顔が並んでいて、偉そうな事を言ってしまった気がして美弥は途端に恥ずかしくなる。
「……って、ごめん。そういう話じゃなかったよね……」
「美弥さんの愛って……深い……」
「なんか私達が浅い考えしか持ってないような気がしてくる……」
「あ、ううん、違うの。これは私の場合だから、みんながそうあるべきって思ってる訳じゃないからね?」
尊いものを見るように手を合わせられそうになり、美弥は慌てて変な空気をかき消した。
何の話だったっけ、と必死でバレンタインの話題を取り戻す。
「そ、そう……結局は、安心感かなと思う」
想われている、という安心感。
それを感じているから日頃連絡がなくても落ち着いていられるのだ。
「安心感かー……海外じゃあんまりわかんないよねぇ」
「新一も、もう少し顔見せてくれればいいのにね……」
再び恋の溜息を吐く乙女達。
(まだ若いもんねぇ……)
お互いに少しずつ成長していく段階なのだろうと、美弥は温かい眼差しで二人を見守った。
彼女達には悪いが、青春だなぁとしみじみと感じてしまった。
そんな甘酸っぱいトークを続けていると、あっという間に女子会は終わりの時間になっていた。
交換したお菓子をバッグに丁寧に詰め、代わりに自分が用意したお菓子をさらに三つ取り出した。
一つは今日来られなかった真純に渡して欲しいと蘭に預け、残り二つを持って会計に立つ。
レジで待ち構えているのは爽やかな笑顔の安室だった。
「あの、これ……よかったらどうぞ。多分、いっぱいもらってると思いますけど」
「美弥さんから頂けるなんて嬉しいです、ありがとうございます」
今日はいつにも増して女子の客が多く、三人で喋っている時にも安室がチョコを受け取っている場面を何回か目にした。
必要ないだろうとは思うが世話になった事があるからと、熱狂的な女子達に見られないようにこっそりと手渡す。
(相変わらず完璧な笑顔……)
美弥はそれを好意的に受け止められるほど無知ではなかったが、知らないふりをして愛想笑いを浮かべる。
「梓さんも……よかったら」
「えー私もいいんですか?ありがとうございます!」
「恋人にも渡すんですか?」
喜ぶ梓の横で、さらりと尋ねてくる安室。
なんと答えようか少し考えて、美弥は彼を真似て笑ってみる。
「お世話になった人、みんなにあげていますよ」
「そうですか。やっぱり手ごわい方ですね」
「安室さんこそ」
「今日の服装、とても素敵ですよ」
「ありがとうございます」
周りからはきっと、美しく微笑み合う男女に見えただろう。
女子達と別れ、喫茶ポアロから阿笠邸に移動すると子供達が待ってましたとばかりに集まってくる。
いつもこんな事ばかりしているのでお菓子配りお姉さんとでも思われてそうだが、美弥も好きでやっているので問題はない。
「はい、バレンタインだからみんなにね」
「ありがとうございます!」
「食いもんなら何でもいいぜ!」
「ありがとう、美弥さん」
「歩美ちゃんと哀ちゃんもあるよ」
「私にもあるんだ!わーいありがとう!」
「……どうもありがとう。隣の人のおこぼれかもしれないけど」
冷めたような哀だけは仕方なくといった様子で手にしたが、本当はそう思っていない事は何となくわかる。
「阿笠博士もどうぞ」
「おお、すまんのぉ!」
「博士、一度で全部食べちゃだめよ」
「……はい」
親子のようないつものやり取りにくすりと笑う。
「これは何て言うお菓子なんですか?」
「なんかちっちゃいハンバーガーみてぇだな」
「マカロンだよ」
「えーすごい!ピンクのマカロン可愛いー!」
三者三様の反応を見せてくれて美弥も嬉しくなる。
一人ずつたくさんある訳でもないのであっという間にみんなのお腹の中に入っていく。
「あっ!これがバレンタインという事は、ホワイトデーにはお返しをしなくてはいけないですよね!?」
「え、そうなのか?」
博識な光彦が慌てたように声を上げるので、気にしなくていいよと美弥は手を振る。
バレンタインという事でみんなにお菓子を配ったけれど、お返しをしてほしい訳じゃない。
そう思ってくれるだけで美弥には充分だった。
「お返しは大丈夫だよ。気持ちだけもらっておくね」
「でもバレンタインって、好きな子に渡すんじゃないの?」
「そうなんだけどね……これは私が大切だと思う人に渡してる、感謝のお菓子かな?いつも一緒に遊んでくれるお礼だから、あまり気にしないで食べてね」
みんな小学生なのによく知ってるなと感心してしまう。
「好きな人ってことは、昴さんにも渡すんですよね?」
「え、う、うん、そうだね」
直球で聞かれると少し恥ずかしい。
「心配しなくても彼女はその為に来たのよ。きっと、もっとちゃんとしたやつを用意してね」
「おい灰原……」
「あ、あはは……」
子供達にあげる分も決してついでではないのだけど、痛い所をつかれている気がして美弥は苦笑するしかない。
余計な事を言うなという目をするコナンに有難さは感じているが、気遣われている事が逆に申し訳ない気持ちにもなる。
きゃっきゃと盛り上がっている光彦と元太、そして一人俯いて何か考え事をしている歩美。
難しい事を考えさせてしまっただろうかと思っていると、彼女がトコトコと此方に近付き小声で美弥の名前を呼んだ。
「美弥お姉さん……今度、作り方を教えてほしいの。歩美も頑張って作ってみたけど……もっと上手になりたい」
内緒話のトーンで囁いた歩美の頬は少しだけ赤くなっていて、しっかりと恋をする女の子の顔をしていた。
もう好きな子がいる事にも驚いたが、美弥に頼み事をしてくれたのが嬉しくて。
「……うん。任せて」
はにかんで静かに応えると、パッと破顔した歩美。
可愛いななんて思っていると、こっそりと振り返った歩美の視線の先にはコナンがいて、ああそういう事かと納得もしてしまう。
(余計な事しちゃったかな)
彼女の好きな子に美弥もあげてしまった事になる。
内心でごめんねと思いつつ、いやでも大事なのは気持ちなんだと一人で自分に言い聞かせながら。
彼女の背中を押す役になろうと美弥は心で力強く頷いた。
ひとしきり遊んだ後は、子供達に囃し立てられながら阿笠邸を後にする。
「頑張ってこいよー!」なんて応援をされて、まるで告白に行くみたいだと変な気まずさを覚えながらすぐ隣の工藤邸を訪ねる。
優作と有希子に挨拶をしがてらお菓子を渡し、さらにジョディとキャメルの分を赤井に預けてから彼のスバルに乗り込んだ。
「ごめんね、待った?」
「いや。結構な人数に渡しているらしいが、どれだけ作ったんだ?」
「日頃の感謝の気持ちで渡そうって思ったらあの人にもこの人にもってなって、ほとんどみんなになっちゃった。楽しいからいいんだけど」
「ポアロの彼にも渡したのか?」
「安室さん?うん……あの場で安室さんにだけ渡さないのもおかしいかなって渡したけど……ダメだった?」
「いや、それぐらい構わんが」
手作りの食べ物を彼は果たして口にできるのだろうか、と沖矢は思ったが何も言わなかった。
複雑な事情を抱えている彼に対し優越感を覚えている事を、助手席で窺うような顔をする美弥は知る由もない。
「それで、どこに行くの?」
「もう予約してある」
「そうなんだ……」
数日前、チョコを渡したくてバレンタイン当日に会えるか赤井に連絡してみたところ、夜は空けておいてくれと逆に誘われた。
食事に行くから当日は少し良い恰好で来てくれとも言われていて、子供達に「いつもよりお洒落してるー!可愛い!」なんて見つかってちょっと恥ずかしかったりもしたけど。
(これってドレスコードだよね?)
良い服装で、さらに予約するような所に行くのかと美弥は恐る恐る隣を見る。
「服って、こんな感じでよかった?」
「ああ、問題ないだろう」
ドレスコードにも種類というか段階があるから、これくらいでいいのかという不安はあった。
きっとフォーマルまではいかないだろうなと思いつつ手を広げてみせれば、沖矢はチラリと此方を見て頷いた。
運転している彼もまた、確かに暗めの色を選んで落ち着いた雰囲気になっている。
一体どんな所に連れていかれるのかと色んな意味で緊張してしまうが、彼が楽しみにしていろと言うのでそれ以上は詳しく訊かず、普通の会話をしながら車に揺られる事しばらく。
見慣れた景色だった街並みは、次第に超高層ビルが立ち並ぶ都心部に近付いていく。
最初はあまり気にしていなかったけど、そのうちの一つの有名ホテルの駐車場に辿り着いて美弥は唖然とする。
「ここ、良いホテルだよね……?」
「そうだな」
颯爽とホテル内部を歩く沖矢のすぐ後ろを追いかけながら声を潜めて訊いてみるも、さらりとした答えが返ってくるだけ。
一度は聞いた事のある名前、そして重厚かつ上品なホテルの内装に美弥だけが狼狽するばかり。
あっという間にエレベーターが高層階に到達し、目の前には高級感溢れるレストランが待ち構えていた。
開いた口が塞がらないというのはこういう事を言うのだと、案内された席につきながら実感する。
統一されたテーブルや椅子の配色、セッティングされた食器類や小さく飾られた花の小瓶にも驚いてしまうが。
何よりテーブルのすぐ横がガラス張りで、無数の星のような光が散りばめられた夜景が眼下に広がっている。
「すごい、綺麗……」
美しい、そんな感想しか出てこない。
無心にずっと眺めていられるような不思議な引力すら感じる。
ちょっと良いレストランに行くのかなぐらいに思っていたのに、こんなハイクラスな場所に自分が来られるなんて。
「でも……どうしたの?ここ、かなり高級な所だよね?」
感動的ではあるけれど、庶民的な美弥には他の色々な部分が気になってしまい、正面に座る沖矢に小声で訊いてしまう。
格式とか値段とかどうしても気後れしてしまうのだけど、彼は変わらずに堂々としていた。
「今日はバレンタインだからな」
「え、うん……?」
「日本では女性が男性にチョコレートを送る習慣があるが、アメリカでは逆だ。男が女性にプレゼントを渡したりレストランで食事をしたりする。イギリスもそうだな」
「そうなんだ……」
そんな話をどこかで聞いた事があるかもな、なんて考えてハッと気付く。
「えっ、じゃあこれ……私へのバレンタインって事?」
「そうなるな」
「ええ、あ、ありがとう……」
真顔で返事をされると照れくさくて、思わず伏せた目が彷徨ってしまう。
きっと驚く事ばかりであろうフレンチのコースに、窓の向こうにはテレビや雑誌で見るような都会の夜景が煌めいている。
嬉しい、とても嬉しいのだけれど、自分が用意したバレンタインチョコとの差が大きくて申し訳ないような気分にもなって。
「なんか……私のチョコが霞みそう」
「そんな事はない。これでもお前を喜ばせようと背伸びしている」
「えっ、そうなの?」
「ああ。俺が普段からこんな畏まった場所に来るように見えるか?」
「うーん、確かに……」
何でもスマートにやってしまいそうだからこの場にいても似合ってはいるのだけど。
よく考えれば、食事なんて栄養が摂れればいいと言っている人だ、好き好んで来たりはしなさそうだ。
という事は、純粋に美弥の為に此処を選んでくれたという事で。
その気持ちが嬉しいなと素直に頬が緩む。
「ありがとう、連れてきてくれて」
「ああ。それで、いつ渡してくれるんだ?他の人間にはもうあげたんだろう?」
一緒に持ってきていた小さな紙袋の存在に気付かれていたのだろうか。
笑みを深くさせた沖矢に、慌てて手元からテーブル越しに差し出した。
「一番最後になっちゃってごめんね。でも、みんなのとは違うから」
「それは楽しみだ」
紙袋の中から姿を見せた、黒い小ぶりの箱。
中身は哀に指摘された通り、特別に気合を入れて作った本命チョコだ。
あまり甘すぎない方がいいと思ってビターにしたガナッシュを、四角の形をしたこれまた甘さ控えめなココアサンドで挟んだ、ガナッシュサンドというもので。
そのまま食べてもいいし、なんならお酒と一緒でも楽しめると思うと説明すれば、彼は「ほう」と頷いた。
「今すぐ食べてみたいが、これは後にとっておくとしよう」
「うん」
目元で喜んでいるのがわかると此方も嬉しい気持ちになる。
(やっぱり直接渡すのがいいよね……)
うら若き女の子達をフォローするつもりで分かった風に説いてしまったが、結局は相手の反応が見られるのが一番嬉しいんだと気付いてしまった。
自分だけ理想のようなバレンタインデーを過ごしてしまい小さな罪悪感に苛まれる。
いつか彼女達の大切な人がこうやって素敵な時間を用意してくれますように、美弥がそう願っているとタイミングよく前菜が運ばれてくる。
見た目からしてお洒落で、気を取り直すようにそれを口にすると優しい味が広がっていく。
「美味しい」
「そうか」
落ち着いたレストラン、外は絶景、そして目の前には上品な灯りに照らされた大切な人。
雰囲気だけで酔ってしまいそうだと思う。
変装して沖矢の姿でそこにいるけれど、それでも時折見える瞳が本来の彼の気配を滲ませる。
(こういう所で告白とかプロポーズとかあったら、ひとたまりもないかも)
だから世の中の男女はこういう所に行くのだなと、妙な納得さえしてしまった。
「満足してるか?」
「うん、とても」
「今日はここのホテルの予約もとってあるんだと言ったら、どうする?」
「……えっ」
驚いて顔を上げれば、してやったりといった顔をする沖矢……いや、赤井の笑み。
敵わないな、なんて思いながら少し心配にもなる。
「……こんなに私を甘やかしちゃっていいの?こういうのに慣れてわがままな女になっちゃったらどうするの?」
これを当たり前だと思って、驕り高ぶるような人間になってしまったらどうしよう。
僅かに苦笑いを浮かべると、どうしてか彼は吹き出すように笑った。
「な、なんで笑うの?」
「いや……わざわざ大人数分の菓子を手作りして配って回るような女が、そうなる事が想像できなくてな」
「もう……庶民的なんです」
「すまない。だが、そうなるまでお前と一緒にいられるなら本望だよ、美弥」
「……っ」
笑ってむくれて、その次の瞬間にはどうしてか泣きそうになる。
こんな、ある意味プロポーズのような言葉を嬉しいと思いながら、チクリと何かが刺さる音もする。
今度は、いつまで一緒にいられるのだろうか。
わかっている、そんなの心配しても仕方がないという事。
彼も色んな意味を込めてあえてそう言っているのだろう。
その上で、年齢を重ねて次第に変わってしまうくらいまで一緒にいたいと。
彼は一緒に生きてくれるのだ。
だから今の美弥にできるのは、泣く事じゃなくて、きっと笑う事だ。
「じゃあ……そうならないように、頑張る」
「頑張らなくても別にいいがな」
「……、好きだよ」
「良い顔だ」
涙をこらえて笑みを浮かべれば、眼鏡の奥の瞳が静かに表情を緩めた。
結局、美弥の方が喜ばされてしまったバレンタインデーだった。
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バレンタイン話。
チョコを渡したら逆にプレゼントをもらってしまった、という話にしたかっただけなのに長くなりました。