「わぁ……クリスマスですか~!」
大きなもみの木を首が痛くなるほど見上げてアレンは破顔した。
「こんな大きな木どうしたんですか?」
「任務に行ってた人達が持って帰ってきてね、どうせだから豪華に飾ろうかって」
アリィンは梯子に登りながら器用に飾り付けを施していく。
金の星、赤い玉、緑一面の木が次第にクリスマスカラーを身に纏う。
アレンは目を輝かせてその様子を見守っていたが、ふとある事に気がついて首を傾げた。
「……僕はいいんですけど、この教団って色んな人がいるから多宗教じゃないんですか?」
「そうなんだけどね……私もカトリックじゃないし」
中国人を父に持ち、加えて様々な人種の仲間が集まるアリィンの家は、厳格な宗教家ではなかった。
クリスマスには家を飾り皆でパーティーをする程度だった。
「でも、気分的に晴れやかになるからいいんじゃない?」
「……そうですね、こういうの『あったかい』って感じがして好きです」
まぁいいか、と適当に宗教問題を流したアレンはアリィンの代わりに梯子に登った。
下から投げてくる飾りを上手くキャッチして枝に括り付けていく。
世間話なんかで盛り上がっていると、そのはしゃぎ声か大きな木につられてなのか非番の人達が集まってきた。
みんなが手伝ってくれたおかげで、予定よりも早く最後の飾りを付ける事ができた。
「クリスマスパーティーみたいなのやるらしいんだけど、アレンくんは参加するの?」
「もちろん参加しますよ~!……任務がなかったらですけど」
「そうだね……任務は年中無休だから」
命をかけた任務をこなしている訳だから、遊ぶときは思いっきり遊んでやろうという志の人が多く、
クリスマスやらパーティーやら、娯楽で盛り上がるのは一応は許されている。
運が悪ければその日に任務を入れられる事もあるが、それはあの室長次第だろう。
「……あ、神田くん!」
アリィンが声を上げた先にはむっつり面の少年。
任務から帰ってきたらしく、せっかくの綺麗な顔付きに皺が寄っていた。
「おかえり、今夜パーティーするらしいんだけど神田くんも参加する?」
「……は?パーティーって、これのか?」
神田は隣にそびえ立つもみの木を指さした。
「クリスマスだからね。神田くんも参加するんだよ、はい決定!」
「は!?俺は宗教活動に興味は―――!」
「大丈夫大丈夫、そんな厳格じゃないから」
「別に俺は――!」
神田を半強制的になだめすかし、アリィンは今夜の準備が進む食堂に引き込んだ。
―――クリスマス、不思議な事が起こる夜。
届かない気持ち
「コムイ~~仕事してる~?」
「……いきなり酔っぱらいなのか」
司令室に入り込んできたのは既に足取りが覚束ないアリィン。
フラフラしながらコムイの机の反対側を占領する。
「パーティーは楽しかった?」
「楽しかったよ~七面鳥とかクリスマスケーキとか美味しかったし~」
「で、随分飲んだみたいだね」
「へへ……ちょっと飲み比べとか久しぶりにしちゃった」
「……まぁ、今日ぐらいはいいか」
教団とか任務とかエクソシストとか、そういう小言ばかり頭によぎったけど、
何となくアリィンを見ているとどうでもよくなってしまった。
「コムイも来ればよかったのに~」
「僕は遠慮しとくよ、仕事もあったし」
「え~仕事~?ちょっとぐらいいいじゃな~い」
仕事を邪魔するように絡んでくるアリィンをあしらいながらサラサラと書類にサインをする。
アリィンは至って上機嫌で笑顔を振りまいている。
コムイの正面で机に突っ伏して、今にも寝てしまいそうだった。
「……アリィン、もう帰って寝たほうがいいよ」
「う~ん……嫌」
……嫌って言われてもなぁ……
「もう眠いだろ?部屋まで送ってあげるから」
「やだ」
「……帰りたくないのかい?」
「…………うん」
酒のおかげで随分と素直な返事をするアリィン。
その大胆な言葉に一瞬心を躍らせたが、必死に自分の立場を思い出させた。
だけど帰りたくないというものを無理に帰らせる気にもならない。
それが、長年想い続けた彼女であったから。
「じゃあソファーで横になった方がいい、それならいいだろ?」
「わかった~……」
と言いつつ、片手を持ち上げるアリィン。
どうやら『運べ』と言いいたいらしい。
コムイはわざと大きな溜息をついて、アリィンをソファーに横たわらせた。
「……今夜だけだからね」
……彼女の甘えに乗ってしまうのは。
「う~~……気持ち悪い……」
「どれだけ飲んだんだ……酒は強かっただろう?」
「そうだけど~……こういう日もあるの~」
「……お水持ってくるから」
コムイは立ち上がるとどこかへ行ってしまった。
ふと寂しい気持ちにかられて耳をすますと、奥からカチャカチャという食器の音が聞こえる。
……何か……デジャブ……
「はい、水」
「……コムイ……覚えてる?」
「ん?」
「最初のクリスマス……コムイ、帰ってこないと思ってたんだ」
「……うん」
街が華やかになる日、家族達は祈りを捧げ恋人達は色めき立つ夜。
だけど私達はそんな雰囲気になる事はないと思っていた。
彼は研究でずっと帰ってこなかったし、彼にはクリスマスなんて日いらないとも思ってた。
だって、そんな事している場合じゃない、彼にはやらなければならない事がある。
クリスマスなんて……研究に熱中してる彼は覚えてないだろう。
「周りがクリスマス一色なのが気にくわなくて、負け惜しみでケーキ作ったの」
ざわめきの中、ショーウィンドウに飾られた色とりどりのケーキを眺めた。
私には関係ないんだぁ、なんて考えると自分だけが孤独な気がして、
無性に周りに負けたくなくて、部屋にいる時間が寂しくてケーキの材料を買った。
私だって幸せなのよ、それだけを街中に振りまきたくて。
いつもよりも正確に分量をはかって、必死に作ったクリスマスケーキ。
食べる気にもならない、少し苦めのチョコ。
「寂しかった……だけど頑張って寂しくないって思いこんで……」
ケーキを眺めてるだけではつまらなくなってローソクを1本刺した。
オレンジ色の火を見つめててもまた飽きてしまって、一息に消した。
何もかもが面白くない。
彼がいないってだけで、どうしてこんなに部屋が暗いのだろう。
一緒にいたい、ただそれだけなのにどうして叶わないのだろう。
「……でも来てくれた」
―――「アリィン、遅くなってごめんっ!雪で列車が遅れてて……っ!」
「コムイ!?ど、どうしたのそんなに慌てて!」
「どうしたのって……待ってると思って……!」
「え……?」
小さな白い箱を差し出しながら、貴方は微笑む。
「今日はクリスマスだろう?」
頭や肩に雪を被りながら、さも当然とばかりに。
「……だ、だって……研究はいいの?」
「いいんだよ一日ぐらい、アリィンが待ってるんだから」
プレゼントこんなのしかないけど……そう言ってくれた箱はケーキだった。
街のショーウィンドウで見かけた、一緒に食べたいなと一瞬だけ思ったブッシュドノエル。
私が作ったものと同じ形。
「ごめん……作ってたんだ、ケーキ」
「いいの、わざわざ買ってきてくれたんでしょ?」
「でも君はわざわざ作ってくれたんだろう?」
どうしよう……幸せだ。
幸せすぎて怖いっていう言葉、本当なんだね。
「じゃあ、私がコムイのケーキを食べるから、コムイは私のケーキを食べて?」
「……わかった、でも食べるのは一緒にだ」
「……うん。あ、先にシャワーでも浴びてきて?
クリスマスっぽくなくて悪いけど何か適当に夕飯作るから」
足早に台所へと向かって、とりあえずタマネギを切った。
みじん切りにして、それでもまだ包丁を叩き付けて。
帰ってきた……コムイが帰ってきた。
目が痛い、涙が溢れてくる。
痛くて、目にしみて、嬉しくて。
これは違う、タマネギだから。
タマネギのせいなんだから―――
「嬉しかったんだぁ……人生で一番幸せなクリスマスだった……」
「…………うん」
あの日だから、あの日だけは彼女だけを見ていたかったんだ。
仕事も研究も何もかもほっぽり出して、ただ彼女の笑顔だけが欲しかった。
酒のせいで赤く火照ってる君の頬、触れてもいいかな?酔ってるから覚えてないよな。
今だけは、思い出の彼女に触れたかった。
「……でもその次のクリスマスには帰ってこなかった」
彼女の言葉は、いとも簡単に僕の心を締め付ける。
「去年は来たんだから今年も来るかもって……食事もケーキも豪華にして」
……ごめん、僕は君を傷付けてばかりだ。
「……ずっと待ってた……待って……待ちきれなくて家の外で雪だるま作ったりして」
「…………ごめん」
「帰ってこなくて……期待してた分、ショックが大きかったなぁ……」
帰ってこない、そう思っていた方がまだ気持ちは楽だった。
帰ってくるものだと信じ続けていた自分が情けなくて、虚しくて。
クリスマスなんていう、所詮宗教活動に心躍らせてた自分がバカみたいだった。
彼はこんな事してる場合じゃない、私は一体何を期待してたんだろう。
彼はいつか私を置いて行ってしまう人なのに。
「ごめんアリィン……」
テーブルに並べられたままの豪勢な食事で、彼女がどれだけ待っていたのかがすぐにわかった。
だけど彼女は泣きもせず、恨み言1つ言わず、いつも通り『おかえり』と微笑んだ。
ごめん、と何度も心で呟いた。
謝る方法も慰める方法も他にいくらでもあったけど、できなかった。
僕は恐らく、いつか彼女を捨てる時にもそれしか言えないんだ。
そういう人間にならなければならないのだから。
「……僕を恨んでくれてもいいよ」
「バカね、恨む訳ないでしょ……」
「でもそれくらいの事をした」
急にアリィンが正面から僕と目線を合わせた。
目のすわった酔っぱらいが不機嫌そうに睨み付けてくる。
「じゃあ、今年のクリスマスは何をしてくれるの?」
「……アリィンが望むなら何でもするよ」
「……じゃあキスして」
最初は驚いたけど、自然にアリィンに口付けた。
謝罪のつもりだったのに、ゆっくりと柔らかい感触を楽しんでいる自分がいる。
軽く、唇を擦りつけるだけに留めるとアリィンは物足りないのか口を尖らせた。
「……もっと」
深紅の瞳が妖しく誘う。
記憶にあるうちでアリィンが酒に酔った事は数回しかないから、こんな表情も多くは見ていない。
言われるまま舌先を口内に侵入させた。
「……ふ……っ……ぁ」
だめだ、これ以上は止まらなくなる。
抑え続けてきた自分が暴れ出してしまう。
堪えきれなくなって舌を抜き取ると、アリィンはトロンとした目をしていた。
酒のせいで元々そうだったのに、さらに女のアリィンが艶めかしく見つめ返してきて思わず全身が波打つ。
「どうしてキスするの?」
アリィンの言葉は少し幼くなっていた。
「どうしてって……アリィンがしてって言ったんじゃないか」
「じゃあ私が『やめて』って言ったらやめるの?」
「…………やめる」
……これでアリィンが満足するのなら。
「……バカね、やめたくなかったらやめなくてもいいのに」
「…………!」
熱い、何も考えられなくなる。
生き物のようにアリィンの舌が這い回って、攻めてくる。
上顎を擦られれば体が震え、アリィンが声を漏らせば胸が躍る。
「……ん……ふぁ……っ」
侵入してきた舌を逆に絡め取って優しく吸い付く。
愛してる、もっと愛したい。
過去だけじゃなくて今の君を。
「……コムイ……まだやめる?」
アリィンは酔っているんだ、僕を求めている訳ではない。
だけど止まらない。
明日になればたぶん何も覚えていないだろうし、こんな可愛い姿も見せない。
だから止まらない。
「…………やめない」
昔も今も、君はあの時のケーキのように苦くて、甘い。
アリィンのベッドに彼女を寝かし、黒髪を梳くと少しだけ顔をしかめた。
キスの途中で寝てしまった彼女を感謝しつつ、だけど少し残念に思った。
そんな事はもう思ってはいけない。
もうすぐ日付が変わる、君を愛してるだけではいけない日々に戻る。
「……行ったさ、2回目のクリスマスも……部屋の前までね」
だけど、彼女のいる部屋に入ってしまったら僕はもう戻れないと思った。
彼女の空間が僕の還る場所、幸せがいっぱい詰まった世界。
一度入ってしまったら、僕は全てを投げ出してしまいそうになる。
だってほら、僕のポケットの中には彼女の為のクリスマスプレゼントがある。
去年は敢えてケーキにした、食べてしまえば消えてなくなるものだったから。
いつか消えてしまう僕のプレゼントなんか、形に残らないものがいい。
その方が彼女の為だから。
だけど今年は、片手に納まる小さな箱。
近い将来彼女を捨てる僕がこんなもの買うなんてどうかしてる。
これを渡してどうなる?彼女をあんな世界に連れ込むというのか?
……ダメだ、このドアは開けてはいけない。
「……ごめん、アリィン……僕は自分が恐かったんだ」
今まで必死になって獲得してきたもの、守ろうとしてきたもの。
………それを捨てて、永遠の約束を欲しがった自分が。
「……今でもずっと持ってるって言ったら……君はどうする?」
今度こそ、君にクリスマスプレゼントを―――
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シリアスなのか甘いのかよくわからないクリスマス話。
時期的には再会したばかりなのでまだくっついてません。
だけど何コノ暴露大会。
連載の番外編とでもお考え下さい。
まぁ、酒に酔ってたからという事で1つ……(何)
あ~~可哀想すぎだこの2人……(自分で書いといて……)
ごめんね、切ない恋愛大好きな作者だからこんな想いばっかさせて。
最後はちゃんとしてあげるからね。