――それは、予期せぬ事態だった。
"空とベッドの撃墜王"と呼ばれた自分が、まさかこんな事にも気付かなかったなんて。
彼は特定の人を作らない。
いるとしてもそれが擬似的な恋愛である事を皆が承知している。
そこに難しい話は存在せず、ただ互いを慰める動物的な関係。
いわゆる"遊びの付き合い"を受け入れられる人だけを彼は選んでいるし、
相手も感情を持ち出すような無粋な真似はしない。
間違っても、誤解してしまいそうな純粋な女には手を出さない。
だからミハエルにとっては、いつもの行為であるはずだったのに。
「っ、リチェルさん……?」
はっきりと浮かんだ動揺の声色を意識の奥で聞き、ゆっくりと瞼を上げた。
「初めて、だったんですか……!?」
シーツにポタリポタリと落ちていく赤い染み。
それが何を意味しているかは一目瞭然で。
違和感はあった。
どこか未成熟のように思える体は感じやすいとは言い難く、リチェルへ押し入る力がかなりいったから。
だが彼女は全くそんな素振りを見せなかったし、見破れなかった。
「そうだよ?」
「何で……」
痛みをやり過ごしながらも平然と返ってくる言葉。
遊んでいる女を抱くのとは訳が違う。
女の貞操はいつの時代も厳粛なもので、その日は一生の記憶に残るほどのイベントなはずだ。
「初めてだと、ダメなの?」
「ダメっていうか……リチェルさんの大事な処女、俺が奪うなんて……」
そんな責任は背負いたくなかった、初めてだと知っていたら抱かなかった。
それこそ後から厄介な事になるのは御免だ。
だが困惑するミハエルを抱え込みながらリチェルは笑う。
「この体に…っ、大事なものなんてないよ?」
「でも俺は、リチェルさんを傷物にするつもりはなかった……」
遊びで抱いておいて何を言うと、ミハエルは自嘲する。
だがリチェルは全く意に介した様子もない。
初めて男を受け入れているのに感慨も何もないようにミハエルを見上げる。
ただ荒い息遣いで顔を歪めて、それでもヘラヘラと。
「傷つけられたなんて思ってないよ?別にいいよ、私が望んだんだから……」
「……でも、痛いでしょう?」
「大丈夫、だよ。だってミハエルは気持ちいいでしょ?」
「……っ」
自分に組み敷かれながら汗をにじませ、深い呼吸を繰り返し、
痛むはずなのにそれでも笑うリチェルの目尻に光る涙は、ミハエルの体をざわつかせた。
「ごめん、リチェルさん……」
「…っ…何で?」
ミハエルの欲を受け流すだけのリチェル。
ふわりと笑いながら、嬉しいのか楽しいのかもわからない顔をする。
それでもミハエルが奥を突けば時折見せる色っぽい表情。
少しは感じている、それを目の当たりにしたらどうしようもなく欲情した。
「ゆっくり……動くから」
「うん」
そして悔しかった。
遊びでもノリでも、今目の前にいるのは自分だとわからせたいのに、彼女は感情を見せないから。
本当は、あの夜だけで終わらせようと思っていた。
「あ、お帰りー勤勉学生」
「……お疲れ様です、リチェル中尉。勤務明けですか?」
「うん。これからボビーさんの所でお酒でも飲もうかなって」
何があろうとも彼女は変わらない。
ただそこに存在しては皆に笑いかけ、勤務時には亡霊のように流星になる。
それでも彼女の涙は、ミハエルの読み通りに綺麗だった。
涙を武器として使う女達とは違う、簡単に泣いてしまう女のような安いものでもない。
誰にもさらけ出さない秘密を暴いたかのような満足感、そして優越感が自身を襲う。
「体は大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよー」
忘れられなかった。
もっと滅茶苦茶にして、泣かせてみたかった。
彼女の目には自分が映らない、いや自分だけでなく誰であっても。
それはこの先も変わらないのだろう。
だから、契約を交わした。
「リチェルさん、俺の勤務が終わったら……また相手をしてくれます?」
「へ?うん、いいよー」
純潔を破り、ならしたのは……自分だ。
思えば、この時から自分は何かが狂っていた―――
血の盟約
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過去の事があるのでヒロインは確実にミハエルが初めてになるんですが、
あまりにも「何でもない」顔をしてたので、気付かなかったという話。
普通だったらミハエルは処女抱かないと思います。
それを考慮した補足の話。ええ決して後付けではありません、後付けでは。