「全く……世話のかかる奴だ」

リチェルの額に冷却シートを貼るとオズマはため息をついた。

「……ごめんなさい…」
「悪いとは言っていない。ちょうど非番だ、寝てろ」
「はぃ……」
「後で食事も持ってきてやる」
「……はい、ごめんなさい…」

熱を出して迷惑をかけてしまった事を心底悔やむように、シュンと力なく瞼を落とすリチェル
恐らく彼女は生い立ち故に、寝込む事は悪い事だと認識している。
過去にもこうやって何度も何度も謝ってばかりいたのだろう。

オズマは苦笑すると柔らかく頭を撫でた。

「いいさ、ランカもこうやってよく熱を出した。ガキは大人しく看病されてればいい」
「……もうガキじゃないです」
「俺から見たらお前なんかガキだよ」

"ガキ"という言葉を、オズマ隊長に使われると何だか心地いい。

こんなに甲斐甲斐しく看病してもらったのなんか初めてで、
こそばゆい気持ちでシーツを頭までかぶって隊長の背中を見送った。

「…嬉しい……」


誰かが傍にいてくれる事が、こんなに気持ちいいなんて。






「お前の熱、俺が奪ってやろうか?」






―――冷たいと思った。


薬の作用か熱のせいか、眠いばかりで今が何時かもわからない。
混濁した意識の中で頬に冷たいものが触れて、
次に額の温度が急激に下がったと感じた所で、ようやく目が覚めた。

「…ぁ……ミハエル?」
「すみません、起こしましたか?」

すぐ目の前には翡翠色の瞳があって、微笑を浮かべながら眼鏡を押し上げる。
どうやら冷却シートを代えてくれていたみたいで手際よく動いていた。

「……学校は?」
「もう終わりました、リチェルさんが寝込んだって聞いて慌てて飛んできたんですよ」
「そ、か……もうそんな時間…………」
「まだ熱があるみたいですね」

冷たいと感じたものは、熱を測る為にミハエルが置いた手だったようだ。

「食事は?」
「あ、さっき隊長が持ってきてくれた……2時間、くらい前かな…」
「なら……勤務後でも大丈夫そうですね、また持ってきます」
「うん、ごめんね……」
「こういう時は"ありがとう"と言うんですよ」
「……ありが、とう」
「どういたしまして」

満足げな顔をすると、ミハエルは部屋にある椅子をベッドサイドにくっつけ、
ニコニコ笑いながらリチェルを見下ろした。

何かする訳でもなくただ嬉しそうに見つめてくるので、次第に気恥ずかしさが募る。

「……何?」
「心細いでしょう?」

だから傍にいてくれるという事だろうか。

「勤務は?」
「まだ後20分程あるんで、それまでは一緒にいられます」
「……ミハエルが優しい…」
「心外ですね、俺はいつも優しいでしょ?」

確かに彼の、恋人としての振る舞いは満点と言えるほど。
完璧な装いに油断すれば惚れてしまいそうになるから普段はそう思わないように自制している。
しかし不調を訴える体で本能的に人の温かさを欲してしまう今では、
どうしてもミハエルから与えられる優しさを嬉しく感じてしまい、思わず口にも出してしまう。

「何?俺が病人を襲うような節操なしに見える?」
「…………」

(見える、とはこの場合言わない方が良さそうだね……)

言葉にはしなかったものの疑いの眼差しを向けてしまった事はきっちり読まれていたようで、
それを合図にするようにミハエルは目の色を変えた。

「顔が赤い、熱が上がってきたんじゃないですか?」
「っ、……」

襟元に差し込まれた手は予想外に冷たくて身をよじらせた。

「ああすみません、熱を測ろうと思ったんですが」

(絶対違う……)

今度こそはっきりと諫めるような目を向けても既に時遅し。

「唇がいつもより赤くて……すげぇ美味そう」
「ふ……、…ん」

動けないのをいい事にミハエルはじっくりと口唇をねぶり、
温度を確かめるように執拗に奥に攻め込んでいく。

リチェルの息が荒いのは熱のせいか、それとも長い愛撫のせいか。

「……うつる」
「そんなヤワな体してませんから。それに、うつした方が早く治るんじゃないですか?」

ま、俺はうつりませんけど、と付け加えるとミハエルはスッと目を細めた。
一束すくった髪にキスをおくり、射抜くようにリチェルを見下ろした。


「貴女の熱……俺が奪いましょうか?」


(……結局こうなるんだよね……)

でも、悪くはない気分だった。











「美味しい」
「それはよかった」

ミハエルの勤務が終わって、少し遅めの夕食を運んできた頃にはリチェルの熱はほぼ平熱まで下がっていた。
起き上がるのも楽になり、子供のように料理を冷ましながら食す姿を、
ミハエルは逆向きにした椅子の背もたれに頬杖をつき、上機嫌で眺めた。

それは風邪の時によく食べるという特製の和風のおかゆという料理で、
消化も良いとアルトに教えられ、食堂で特別に作ってもらったものだ。

「熱っ……」
「だから俺が食べさせてあげるって言ったのに」
「一人で食べれるから大丈夫だってば」

未だに不満そうな声を上げるミハエル。
だがそればっかりはどうしても恥ずかしくて丁重に断った。

「舌、火傷したら消毒しますから」
「……それも控えて」
「はいはい」

素直じゃないんだから、とミハエルは笑った。
だがそれ以上文句を言う事はせず、冷却シートを貼ったままのリチェルの表情を逐一観察した。
甘い言葉で動揺する姿なんか引き出そうとしなくても、見ているだけで面白いと思ったのだ。

そんなミハエルをリチェルは落ち着かない気分で盗み見て、気取られないように再び食事に専念した。
何かされると思ったもののキス以上は強要してこなかった恋人は、
今はただニコニコとこちらを見つめてくるばかり。

(……見られてると、食べにくい…)


リチェルが熱を出したと知り、これまで部屋を訪れた仲間の数は相当なものだった。
入れ替わり立ち替わり誰かが様子を伺いに来るので、正直深い眠りにつく程の暇はなかった。

視線を外せばそこには山のようになった差し入れの数々。
熱冷ましの薬はよく効くからとカナリアが届けたものだし、
仲間達から送られた天然物の果物はカゴに納まりきらないほどの量になっているし、
おかゆは食堂の料理人特製で、アルト直伝。
オズマからは明日の非番までもプレゼントされた。
彼にいたっては勤務もあるはずなのに何度も部屋に来ては熱を確かめに来ていた。


「?どうかしたんですか?食べさせて欲しい?」
「……何でもない」


そして、傍にいてくれるミハエル。


一歩現実に戻ってしまったら辛い事ばかりだけど、
家族のような人達からの優しさが、今は心に染みる。




……たまには、こんな日があってもいいかな。















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やべぇ、ミシェル好きすぎる。
こんな風につかず離れずな感じで介抱されたいなぁ(笑)