男と女の間に友情は成立するのだろうか?

しますよ。


親友と恋人の境界線はどこにあるの?

『好き』と告白したらでしょ。






撫子と君の背中






「ずっと前から好きでした!」

ありがちな校舎の裏から可愛らしい女の子の声がする。
いつの時代でもある、愛の告白というやつだった。

「……悪いけど……好きな奴いるから、ゴメンな」

相手の男は少し低い声でそれだけ答えた。






「へぇ~~モテモテですなぁ、旦那」
「……聞いてたのかよ」

上履きに履き替えながら顔を覗き込む。

金色の髪を一つに纏め、こちらを呆れたように睨む少し濃い金色の瞳。
着崩したブレザーも意外に似合っているから悔しい。

「結構可愛い子だったのに~もったいない」
「……見てるし。ストーカーで訴えるぞ」
「家政婦ですから大丈夫っ!」
「意味わかんねぇから」

毎日毎日、同じ廊下を同じ人と歩く。
階段を揃って上りながら、ふと感慨にふけってみる。

「それにしても、エドにも好きな子いたんだ」
「……俺だって好きな奴くらいいる」
「へぇ~初耳。……ねぇ、誰?」
「絶対教えねぇ」

隣の男、エドワード・エルリックは俯いて拒否の態度をとった。

そんな事を言われれば、聞き出したくなるのが世の末ってもの。

「教えなさいよ~~誰誰誰!?」
「だあぁ!揺するな!」

フェリアは自分の左腕全体でエドを揺すった。
階段の中央で攻防しながらも、何とか自分達の教室のある階まで上りきる。

「この学校の子?同じ学年?同じクラス?ねぇねぇねぇってば!」
「……あ~、言わなきゃよかった……」

エドは少なからず後悔の念に駈られた。
『あの場』にフェリアがいる事は知っていたのだから。

沈黙を保つエドに、フェリアの攻撃は続く。

「ちょっと~気になるじゃないの~~!」

エドはピタッと立ち止まり、一つ溜息をついてフェリアを見据えた。

「……ならフェリアの好きな奴教えたら言う」
「はいぃ!?」
「好きな男ぐらいいるんだろ?」
「……いますけど」
「じゃあ教えて。こういうのは等価交換だろ?」

今日初めてエドの意地悪い顔を見た。
突然の逆転にフェリアの勢いが止まった。

「……黙秘権を施行したいです、裁判長」
「却下。ほらほら、俺の好きな奴聞きたいんだろ?」
「聞きたいけどぉ~……ってか、私関係ないじゃん!」
「知らないね。フェリアが盗み聞きしたからだ」
「……別に盗んだ訳じゃないじゃん」

何故なら朝の登校の道も、今隣にいる人と歩いてきたのだから。

そうこうしているうちに、フェリアとエドの教室が目の前にあった。

「……私は言いませんからね」
「へーへ、じゃあこの話はなかったという事で」
「えぇ!?エドの卑怯者!」

エドがドアを開けると同時に叫ばれたフェリアの声が、教室中に響いた。
一瞬シンと静まった教室は、エドの勝ち誇った顔と言葉で元に戻った。

「何とでも」










「きぃぃぃぃぃ!ムカつく!」

フェリアは自分の席で手足をジタバタさせた。

「まだ言ってるの?朝からそればっかりじゃん」
「ホント、毎日毎日飽きずに『仲良し登下校』してるクセに」

クラスメートの1人は肘を付いて呆れかえっていた。
もう1人の方も、さっきの授業のノートを写しながら相槌をうっていた。

フェリアは友人の『仲良し登下校』という言葉には反応を示さなかったようだ。

「だって気にならない!?あのエドの好きな人ってどんなのかめっちゃ気になる!あ~~今日は眠れないよ!」
「……さっきまで爆睡してたの誰よ」
「私達が起こしてやったんだからね」
「え………エヘ」

可愛らしく舌を出してみるが、もの凄い剣幕で睨まれたからすぐにやめた。

「……でもさ、エド君の好きな子って……」
「ねぇ~……?」

友人2人は顔を合わせた。
その行動を不思議に思ったのはフェリア

「え、何々?何か知ってるの?」
「知ってるっていうか……ねぇ?」
「見てればわかるっていうか……ねぇ?」

以心伝心しているかのように友人の言動はピッタリで、同時にフェリアを見つめた。

「……何よ~?」

不機嫌になりかけたフェリアを見て、そして溜息が漏れた。

フェリア……エド君って普段どんな風か知ってる?」
「どんな風……って?」
「あんまり喋らないし、あんまり笑わないし……」
「普通の人から見れば『近寄りがたい』って感じなんだよ?」

ひそひそと声を潜ませる友人に、フェリアはあっさり言い放った。

「うん、そうだね」
「そうだねって……はぁ……」
「……じゃあ、フェリアの好きな人とは最近どうなの?」
「え!?ど、どうって……」
「何か進展はないの?」

フェリアの頬に桜色が灯り慌てて手を左右に振った。

「な、ないよないよそんなの。相変わらずだよ」
「「ふぅ~~ん……」」
「……2人とも目が怖いですけど」
「隠し立てするのはよくないよ?」
「隠してないよ~」

フェリアは一瞬遠くを眺めて、呟いた。

「……私達はこれぐらいが一番いいんだよ、多分」




「……あ!」

フェリアは時計を見てガタッと立ち上がった。

「何かお腹がすくと思ったら昼じゃん!」
「……フェリアは爆睡してたからね」
「うんうん」
「す、すいませんね~!じゃあお昼ご飯食べてくるからまた後で~!」

そう言うとフェリアは弁当を掴み教室から出て行った。

「…………」
「…………」

友人2人はまたしても顔を見合わせた。

「……2人とも気づいてないのかな?」
「……よくわかんない」

……『進展』なんていう言葉、もう既に必要ないという事に。

それは、この学校の誰もが周知の事実だという事も。











サクサクサク……


柔らかい草を踏む音が聞こえる。
いつものお昼の場所には既に人が来ていた。

「あれ、今日は早いね」
「まあな」

校内の外れにある一本の木と、その周りを埋め尽くす深緑の草原。
葉の間から差し込む日差しが気持ちよく、静かな旋律となって草達が揺れていた。

エドはその中央にある木の幹に寄りかかり、パンの袋を破ろうとしていた所だった。
フェリアも木の幹に寄りかかると弁当を開け、食事を始めた。

「……で、誰よ好きな人」
「…………」

すぐ横にある透き通った金色の髪がなびくと、整った顔立ちが現れた。
目付きは良くない方だけど、その黄金の瞳は穏やかに光る。

「しつこい性格だな……お前が教えたら教えるって何度も言ってんじゃん」
「じゃあ、私もエドが教えてくれたら教える」

互いの肩が触れる位置で、2人はさらに押し問答を続けた。

「この学校の人なのかだけ教えてよ」
「お前は欲が出るから言わない。……春巻きいただき!」

エドはひょいとフェリアの弁当から春巻きをつまんだ。

「今日の春巻きは冷凍と違うんだからね。手作りだぞ手作り」
「ふ~ん」
「……感想を述べよ」
「……普通」
「うわ、反応薄~。……そっちのパンの中身は何なの?」
「カツ焼きそばパン」
「……美味しいの?」
「喰う?」
「もちろん!」

フェリアは当たり前とばかりに身を乗り出して、エドの食べかけのパンをかじった。
エドの左腕に体重をかけてしまった事は……まぁ忘れよう。

「感想は?」
「ん~~~~普通」
「……人の事言えねぇじゃん」

ソースの味が口の中に広がった。


今は昼休み。
他にも多くの人が野外で昼食を楽しむから、学校全体が活気の声に溢れる。
だけど、ここの一本の大木の付近に人が来る事はほとんどなかった。

……誰もが、ここには毎日先客がいる事を知っていたから。


「あ~……眠くなってきた」

フェリアは草原に足を投げ出すと瞼を重そうに上下させた。
エドは何処から取り出したのか読書に夢中だった。

「喰った後にすぐ寝ると牛になんぞ」
「悪かったわね。……何読んでるの?」
「『錬金術と黒魔術の栄光と挫折』」
「…………また妖しそうな本を……」

本格的に欠伸が止まらない。
木に頭を預け、涙目でぼんやり空を見た。

「……そういえば……次の授業の宿題やってないよ……やった?」
「まさか」
「そうだよね……ま……いっか……じゃあ時間になったら起こして~」
「へーへー」

消えそうな声でそれだけ言うと、フェリアは目を閉じた。
エドがページを2枚めくった頃には、フェリアの規則的な寝息が聞こえてきた。


さぁぁ……と風が2人の間を抜けた。
深緑の大地に、金色の髪が透き通るように光を与える。

今は昼休み。
騒がしいはずなのに、ここだけ風の音しか聞こえてこなかった。


「ぅ……ん……」

木の幹で支えきれなくなったフェリアの頭が少しずつずれ、エドの肩に乗った所で落ち着いた。
エドは読書のしやすい場所へと体の向きを変えていた為、互いの背中の半分が合わさった。
風で煽られたふわふわと漂うフェリアの柔らかい髪はエドの領域にまで入っていった。

「……重い。邪魔」

互いの周期的な背中の揺れが気持ちよくて、温かかった。











じぃ~~~~~~。


「…………何だよ」

エドは至近距離で睨まれている事に気づき、うんざりしながら本から顔を上げた。
自分の周りには男友達がわらわらと集まっていた。

「エド……お前今日も告られたんだって!?」
「何でお前ばっかモテるんだよぉぉ!」
「……知らねぇよ」

口々に言う友達に、エドは興味なさそうな顔をしてまた本を見た。

フェリアさんとゆー彼女までいるくせに」
「だーかーらー!彼女じゃねぇって何度言えばわかるんだよ」

眉間に皺を寄せて、その台詞には訂正を入れた。

「まだシラきる気か!」
「毎日毎日イチャイチャベタベタ……!」
「……んな事してねーだろ。あいつとは何でもねーし、ただの友達だって」
「ふ~ん。あくまでフェリアさんとは友達だと言いたい訳ね?」
「そうだって……」
「ほ~……なら俺の友達をフェリアさんに紹介していいんだな?結構前から気になるって言ってたけどお前いたし。
何でもないなら俺、友達に『狙ってもOK』って言うぞ?」
「…………」

エドは詰まったように黙りこくって俯いた。

「ほら見ろ、素直じゃねぇんだから。好きなんだろ?」
「…………嫌いな奴なんかといつも一緒にいねぇよ」
「まだ素直じゃないし」

エドはふと空を見上げた。

「……あいつは……俺の事男として見てねぇだろうし、別にそれでもいいと思うし……」

何かを悟っているような、どこか穏やかな顔付きだった。


「じゃ、俺帰るわ」

本を閉じるとエドはすっと立ち上がり、男達の溜まり場となっていた所から抜ける。

「いいよなぁ~俺も毎日女と帰りてぇよ!」
フェリアさんに手出すなよ!」
「でも少しくらい手出せよー!」
「……うるせぇよ」

悪態を付きながら、いつの間にか待合いの場となっている玄関へと向かった。






「……何聞いてんの?」

揺れる電車の中でフェリアは鞄をあさってポータブルプレイヤーを取り出し、自分の耳にはめている所だった。
イヤホンから微かに聞こえる音楽にエドは顔を本から上げ、隣に聞いた。

「前に見に行った映画の主題歌とか」
「……ふ~ん。聞かせて」
「そっちだとすぐ外れるからこっちはめて」
「あ、おう」

エドは言う通りにフェリアの左耳のイヤホンを外し、自分の左耳にはめた。
あまり離れるとイヤホンコードが外れるからという事で、エドとフェリアは互いの距離をより縮めた。

耳に神経を集中させると、聞いた事のあるようなゆっくりとした曲調が流れていた。

2人の間に、切ない恋の歌が。




―――エドとは幼なじみでも何でもなくて。
気が付いたら仲良くなって、気が付いたらいつも一緒にいるようになって。

付き合っているんじゃない、甘い恋人なんかじゃない。
いつも一緒で、何でも話せて、何の遠慮もいらない、大切な親友が男であっただけで。

私達はこれでいいのだと思う。


だから……―――




「……ねぇ、好きな人誰?」
「またその話かよ。だからお前が言ったら教えるって」

電車を降りると既に太陽は沈みかけ、辺りの色は赤く染まり始めた。
フェリアの隣で自転車を引くエドの髪も、赤が綺麗に染まっていた。

そしてしばらく歩いた後、またこの会話が掘り返された。

「エドが先」
フェリアが先」
「エド」
フェリア

互いに譲らないまま時間は過ぎる。

「……じゃあ、同時に言おうよ!それならいいでしょ?」
「…………おう」
「じゃあ……せ~の!」

「……………」
「…………」
「…………」
「…………」

「……何で言わないのよ!」
「お、お前も言ってないだろ!?」

2人の間を流れる、息を詰めるような緊張が解ける。

「っつか何で言えない訳?俺の知ってる奴?」
「う~~~~……それも言えない」
「何だよ!ただ好きな奴言うだけだろ?俺にも言えねぇのかよ」
「……そ、そういう訳じゃ……」
「なら言えばいいだろ?」

フェリアは苛められた兎のようにエドを見上げた。
しばらくの逡巡の後、フェリアは深呼吸を繰り返した。

「……じゃあ……言うよ……?」
「おぅ」
「……わ、私の好きな人は……!」




「…………む、無理!やっぱり無理!」

フェリアは手も首も左右に振った。


――……まさか、エドが好きだなんて言えない――


「そ、それならエドも言ってよ!元々は私が最初に聞いたんだからね!」
「……俺は置いといて」
「置くな!さあさあ言っちゃいなさい!すっきりするよ!」
「……驚かねぇか?」
「人によります」
「…………」

エドも一度深呼吸をしてフェリアを見下ろした。

「……俺は……」




「…………俺もやっぱ無理」

溜息をついてエドは少し足を速めた。

「もう~~!言えばいいじゃんよ~!」


――……まさか、フェリアが好きだとは言えねぇよな――


そうこうしている間に、互いの帰る道が分かれる路地に差し掛かった。

「……なぁ」
「何?」

立ち止まって互いに顔を見合わせた。

「もうこの話やめにしねぇか?どっちも言わねぇなら、このまま続けてたってしょうがないだろ」
「……そうだね」

フェリアは俯いた後、諦めたように笑った。
エドも微かに笑みを見せて、自転車に乗った。

道の隅っこのアスファルトの隙間から、2輪の撫子が咲いている。

「じゃあな」
「うん、じゃあまた明日ね」
「勉強しろよ」
「エドこそ妖しい本ばっか読んでないで勉強しなさいよ」
「あ、それと……春巻き」
「春巻き?」
「……美味かったから……また作ってこいよ」
「……はいはい」

エドは右の、フェリアは左の道を進む。
振り返ると、エドの背中がみるみる小さくなっていった。

「……ま、いっか」

何もなくても、私達はいつも一緒にいる。

甘いものでもない、ただの親友で。
だけど一番近くにいる大切な親友。

この楽園のような関係を、まだ……まだ壊す気にはなれないから。

だから……


だから……もうすこし、このままで。

























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あんたら付き合ってるも同然じゃん!

……こんな友情モノを書いてみたかったんです。
いつも一緒にいるんだけど付き合ってない、みたいな。
でもあまりパラレル設定の意味がないし、エドの性格崩壊してる気も。
個人的には結構お気に入りですけどね。

撫子の花言葉は「思慕」です。
友情の奥の奥に隠された感情をたとえてみました。