15




脳裏に焼き付くような、満開の桜。
淡いピンク色の花びらがいくつも重なり、太陽を透かして薄紫の影を落とす美しい色合いに美弥は目を細める。

「神社で花見もいいもんじゃのう!」

冬の厳しい寒さが和らいで、桜の花が咲き始めると一気に春の訪れを感じる。
境内の参道に沿って奥まで綺麗に立ち並んでいる光景は、阿笠も言う通り見事だった。
心が躍りながらも、切ないような不思議な気持ちにもさせられるのは何故だろうと美弥は思う。

「ほんと、お天気もいいしね!」
「まさに、お花見日和です!」
「オレのお腹も弁当日和だぞ!」
「もー元太くん」

子供達も桜に喜んでいるが、やはり元太の視線は上ではなく手に持つ弁当の包みに注がれていて。
光彦の、まさに花より団子だという言葉に美弥も笑う。

みんなで花見だというから、美弥も張り切って弁当作りに参加した。
「子供達、すっかりあなたに餌付けされたわね」なんて子供の哀が呆れたような顔をしていたが、
美弥を呼ぶ目的が料理であったとしても期待されているならそれだけで嬉しいんだと答えれば、「不憫な人」と呟かれた。
憐れんでいるというよりは、"あの子達に好かれたら大変よ"なんていう、ある種の同族意識の共有を彼女としているようで、
ふふっと美弥が笑えば哀は戸惑うように顔を背けていた。

「じゃあ博士、私達おみくじでも引いてくるから、席を確保してシート広げててくれる?」
「うむ、わかった」

母親代わりのような哀が指示を出すので、美弥も阿笠と一緒に場所取りをしようと頷くと。

「こっちは大丈夫じゃから、美弥君は子供達に付いててあげてくれ」
「あ、はい」

確かに大人の引率も必要だろう、と弁当を阿笠に渡す。

「おーし、行こうぜ!」
美弥お姉さんも行こうよー!」
「うん」

子供達はもう既に走り出していて、その無邪気さが眩しくて美弥は頬を緩める。

(綺麗だな)

子供達の背中の上から、薄桃色の花びらがひらひらと舞っている景色が美しい。
花見客は多くて、なかなかの混み具合だったがあまり気にはならない。
時折人にぶつかってしまいながらも参道を進み授与所の近くまで行くと、一足先におみくじを引いている子供達の姿があった。

その一団に、親しげに話しかけている金髪の外国人を見つけて、美弥は目を瞠った。

(あの人……)

「あ、ジョディ先生!先生もお花見しにきたの?」
「Oh,Yes!桜大好きだからね!」

歩みを止めて茫然と見つめる先で、カタコトの日本語で笑っている女性。

彼女は、病院でシュウを見かけた時にコナンと一緒にいた人だ。
百貨店で彼女は取り乱していて、そこでシュウが死んだ事を聞かされた。

そう、彼女はシュウの関係者だ。

「ねーちゃんはおみくじ引かねーのか?」
「え、私は……」

美弥に気付いた元太に訊ねられるが、彼女の視線が此方を向く事ばかり気になっていた。
彼女に見られると、どうしてか目を逸らしたくなる。

百貨店で、気が動転して不用意に彼女に話しかけてしまった。
美弥がシュウと何の関係があるのか、彼女の方こそ気になっていただろうに、追及されたくなくて姿を消した。

それから会う事もなかったのにこんな所でバッタリと顔を合わせるとは思わず、どういう反応をすればいいのかわからない。
だけど目を泳がせる美弥を余所に、ジョディからは手を差し出された。

「……百貨店で会った時、ロクに挨拶できなかったわよね。私、ジョディ・スターリングよ」
「あ……美弥です」

あの時みたいに、もっと驚いて美弥に詰め寄ってくるかと思いきや、彼女はとても冷静だった。
うって変わって流暢な日本語で自己紹介をされて、美弥は恐る恐る握手を交わす。
先生と言われていたから、学校とか英語の先生とかだったりするのだろうか。

「あら、美弥さんも密談するの?」
「え?」

哀にそう言われて、どういう意味かわからなくて弾かれるように振り向くと、慌てたのはコナンだった。

「あ、いや、美弥さんは……」
「あら、そう?じゃあみんな、少し離れてましょう。二人っきりで内緒の話がしたいみたいだから。美弥さんも行きましょう」
「う、うん……」

哀が子供達を連れてスタスタと行ってしまうので、美弥は後ろを気にしながらも皆に付いていく。
ジョディが何かを言いたそうにしていたが、美弥はその視線をそっと外した。

「気になる?」
「え?」

哀は淡々と歩いているが、浮かない顔をしている美弥の気配に気付いているようだった。

「ううん……助かったよ」
「そう?よくわからないけれど、あなた気まずそうだったから」
「……ありがとう」

彼女に会ったら色々問い質されるかと思っていたけど、予想外にそんな事もなかった。
もしかしたらコナンから何か伝わっているのかもしれない。
美弥としてもジョディがどんな人だったのか気になるが、だけど自分の事を聞かれるのも困る、だからよかった。
どうも察しがいい哀に気遣われたらしいと気付いて、なんだか頭が上がらないなと思った。

(でも、密談ってなんだろう……?)

外国人の先生と小学生の密談とは一体。
だけどそれは美弥が介入できる事ではなかった。

「で、おみくじは引くの?」
「うーん、やめとこうかな。お参りしたらお守りでも買おうかな」
「そうね。あなた厄除けとか持ってた方がいいんじゃない?」
「……そうかも」

冗談には聞こえない哀の指摘に乾いた笑いを浮かべる。
確かにここしばらく美弥の周囲には事件が多く付きまとっている。
お守りよりむしろお祓いでもしてもらった方がいいのだろうか、と美弥は若干真剣に祈願の案内を見つめた。

「スリよ!スリがいるわよ!」

誰かの叫びが聞こえて、周囲にいた人間もなんだなんだと振り返る。
慌てた様子で走っている婦人が、ジョディにぶつかって尻餅をついたのが遠くから見えた。
駆け寄るとジョディの傍にはマスクをした見知らぬ男性がいて、誰だろうと思っているうちに婦人はよろめきながらも立ち去ってしまった。

こんなに人が多いのだからスリがいてもおかしくないだろう。
気を付けよう、と美弥はバッグを抱え直して、改めて手水舎で手を清める。
おみくじを引く前に本当はこれが先なんだけどね、と思いながら美弥は人数分の柄杓を子供達に渡していく。

「それで?まだ思い出せない?彼と何処で会ったか」

元太が手水を飲んでしまうので苦笑していると、ジョディのそんな声が聞こえた。
真剣な表情の問いかけに、声が枯れたマスクの男性が頭を捻らせながらも答えている。
缶コーヒーとか、火傷とか、全然関連がないような単語ばかりが飛び交っていた。

「シュウ……」

何の話をしているか全てはわからなかったが、どうやらシュウの話をしているようで。
このマスクの男性が以前に会った事があって、ジョディはそれを詳しく知りたい、そんな所だろう。
ジョディが瞳を潤ませながら、か細く吐き出した名前に、美弥は気付く。

(この人、シュウの事好きだったんだ……)

こういう事に関しては察しは悪くないと思う。
愛しさや悲しさが浮かんだ目に美弥は眉根を寄せる。

これは、きっと罪悪感だ。
純粋な心でシュウを想う彼女に比べ、自分のなんと爛れた関係だった事だろうと。
優越感なんてない。
今でも彼女があれだけ想っているシュウを、美弥の我が儘で付き合わせ穢してしまった事が心苦しい。

(シュウとの関係を答えられない事が何よりの証拠)

美弥は心から彼が好きだった訳じゃない。
ユキがいない寂しさを、ただ偶然出会った彼で埋めていただけだ。

缶コーヒーが好きだったとジョディは呟いた。
それは美弥も知っていた。彼はいつも朝にブラックコーヒーばかり飲んでいたから。
だけど、彼女と同じ土俵に立てているとは到底思えなかった。

美弥お姉さん、どうかした?」
「あ……ごめんね」

歩美に袖を引かれ、美弥は努めて笑顔を作った。
コナンとジョディはまだ話し込んでいたので、先にお参りに行こうと皆を連れて拝殿に向かう。
花見客が多いからかしばらく列に並び、そろそろ自分達の順番になるタイミングで美弥は賽銭を準備しようとするが。

「……あれ?」
「どうかしたんですか?」
「……お財布が、ない」
「忘れてきたんじゃねーか?」
「そんなはずは……」

子供達に囲まれながらゴソゴソと鞄の奥まで探してみるが財布はなく、代わりに手に掴んだのは何故か三枚の黒い五円玉。

「こんなものあったかな?」

どうしてこんなものが、と見つめていても仕方ない。
いつまでも此処にいたら後ろの客に迷惑だからと、とりあえず美弥はお参りするのをやめて列から出た。
隣にいた女性に助言をもらった元太が盛大に鈴を鳴らすのを横目に見ながらも、美弥は財布がない事に動揺が隠せない。

(確かに持ってきたのに……まさか)

少し前にスリがいると騒ぎになった。
もしかして自分もその被害に遭っているのだろうか。
さぁっと青褪めて、どうしたらいいのかと辺りを見渡していると。

「何!?殺人事件を目撃しただと!?」
「えっ?」

電話をしているコナンの緊迫した声に、またしても胸がドキリと嫌な音を立てる。
どうやら電話の相手は、別の場所で待っていてくれているはずの阿笠のようで。

美弥さんはここにいて!」
「あっ」

オロオロする美弥を制して、コナンとジョディが真っ先に走って行った。

(厄除け、本当に買わなきゃ……)

美弥達はもう、お花見やお参りどころではなくなってしまった。






美弥は現場に近づけないので遠巻きに見ていたが、殺されたのはスリの犯人で、
そのスリの被害者が殺人をしたのではないかという事らしい。

『お前ら、神社のゴミ箱に財布が捨てられてないか探してきてくれ。美弥さんも、見つけたら電話してくれる?』
「う、うん」

人だかりのさらに奥、現場の中心にいるコナンから子供達に指示が飛ぶ。
スリの被害者の財布が捨てられている可能性が高いらしい。
探偵バッジから聞こえる音声に頷いた美弥も手分けして探す事になった。

広い境内にいくつか設置されているゴミ箱の中身を漁るのは抵抗があったが、
プラスチックの容器だったりをよけて奥まで覗くと、とても見覚えのある財布を見つけた。
僅かな安心と驚きを感じながらコナンに電話をする。

「私の財布、あった……」
美弥さんもすられてたの?』
「さっき財布がない事に気が付いたんだけど、そうみたい……」
『とりあえず持ってきてくれる?』

意外そうな声に返事をすると、美弥は自分の財布を拾い上げて死体をなるべく見ないように現場に近付いた。
そこには既に、子供達が集めたらしいいくつかの財布が証拠品として置かれている。

「これは貴女の財布ですかな?」
「はい、そうです」
「ならば、貴女も容疑者の一人という事になりますね」
「えっ」

警察の中でも上の立場の人だろうか、ふくよかな刑事にそう告げられて美弥は瞠目する。
今回の事件の犯人がスリの被害者なので、そうなると必然的に美弥もそれに含まれるらしい。
だけど殺人の容疑をかけられた事なんてなくて、警察がじっと此方を見つめてくる視線に動揺していると。

美弥さんもずっとボク達と一緒にいたから犯行は不可能だよ。それに、美弥さんに人は殺せない」

即座に助け舟を出してくれたのはコナンだった。
しかし、と言葉を濁す警察にはっきりとした口調で受け答えをする少年は、とても小学生には見えない。
間に入ってくれたコナンを呆然と見下ろしていると、大きな瞳が此方を振り返る。

美弥さん、トラウマがあるんでしょ?たぶん誰かを事故か事件で亡くしてるから」
「……どうして」
「何となくね」

言い当てられて放心する美弥に、ジョディが声を潜めてコナンの傍に寄る。

「それって……シュウの事?」
「それもあるかもしれないけど……それより前にも、あったんでしょ?」
「…………」
「ごめんね、思い出させて。だからそもそも死体とか事件が苦手な美弥さんに殺人はできない」

真っ直ぐで突き刺すような、だけどどこか優しい少年の瞳。

(そっか、だからいつも)

あの杯戸ホテルでの発作以降、事件が起こるたびに彼は真っ先に美弥を現場から離そうとしていた。
それは、同じような状況で美弥がそうなると予想していたからなのだろう。

暴かれた事に対して嫌な気持ちは浮かばない。
むしろ、今まで守ってくれていたんだという事の方が驚きだった。

「だから、美弥さんは現場を見なくてもいいよ。事件が解決するまで離れててね」
「ありがとう……けど、ごめんね。何も手助けできなくて」
「ううん。人には向き不向きがあるんだから、いいんだよ」

類稀な頭脳で美弥を助けてくれる彼の微笑は、とても頼りに思えて恰好よかった。
いつもいつも気遣われているなと思いながらも、美弥は言われた通りに現場の規制線が遠目に見える位置まで離れた。
捜査の様子を眺めながら静かに深呼吸をしていると、哀がそっと美弥の隣に並ぶ。

「苦しいの?」
「少しだけね……でも、大丈夫」
「そう」

ぶっきらぼうなんだけど心配して声をかけてくれる哀に、心でありがとうと告げた。
事件と聞いて動揺もしているけれど、コナンが現場を見させないようにしてくれたおかげで、胸が少し苦しいくらいで済んでいる。
どちらかというと、自分の財布が盗まれ、かと思えば盗んだ犯人が殺されて、一瞬でも自分が容疑者にされそうになる。
色んな事が立て続けに起こって気持ちが追いついてないのが正直な所だ。

「誰かを亡くした傷はそう簡単に癒えないわ。それが近しい人であれば特に」
「え、?」

声を落とした静かな声に隣を見遣るが、哀は正面をじっと見据えている。

「だからあなたの気持ち、わからなくもないわ……私も、姉を亡くしてるから」
「……そっか……それは、辛いね」

事件か事故かわからないけど。
彼女がどこか達観していて子供っぽくないのはそういう理由もあるのかもしれないと思った。
だから彼女は時々寂しそうな目をするのだろう。

悲しかったはずだ。いや、今でも悲しい思いをしているに違いない。
美弥への言葉はきっとそのまま彼女の気持ちだ。
だからこそ彼女は美弥に寄り添って、フォローまでしてくれているのだろう。

「教えてくれてありがとう」
「……別に」

多くを語らない彼女が、美弥の為に自分の事を話してくれた。
ふいっと顔を逸らされてしまったけど、嬉しかった。

「でも、あの子達を見てると穏やかな気持ちになる気がするの」
「……うん。それは、わかるかもしれない」

哀の視線の先で、犯人を見つけるんだとばかりに走り回っている元太と光彦と歩美。
あの無鉄砲にも思える勇気と無邪気さに救われているのかもしれないと、美弥も頬を緩ませた。

一回り以上も年齢が違うのに、似た境遇の自分達。
不思議な連帯感と、ほのかな温かさに包まれながら事件が解決するのを待った。











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ジョディが夢主に何も聞かなかったのは、事前にコナンが言っていたからです。
情報交換もしているし、何も聞かないで何も知らせないままでいて欲しいとコナンが頼んだという裏話。