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子供達とのクリスマス会から帰宅して、後片付けなども終えてソファに腰を下ろすと、
ローテーブルに置いていた携帯が一通のメッセージを受信している事に気付いた。
表示された差出人を確認して、美弥は少し動揺した。

『Have a Merry Christmas and a good New Year.
貴女が心穏やかに過ごされる事を願っています』

(沖矢さん……)

彼は、ついさっきまで美弥が隣の阿笠の家で子供達といた事を知っているのだろうか。
文面からはどちらとも読み取れるので判別がつかない。

いずれにしても美弥の胸に浮かんだのは、罪悪感。
少し前までの自分であったなら、お世話になっているからとチキンぐらいは渡しに行ったかもしれない。

(ごめんなさい)

そう、心から思う。
いつもさり気ない優しさをくれるのに、それに素直に応えられない事が心苦しい。
全く何とも思っていなかったらもっと気軽に接する事ができたのだろうか。

『ありがとうございます。沖矢さんこそ良いクリスマスをお過ごしください』

考えた末に結局面白味もなんともない、当たり障りのない文章しか送り返せなかった。
自己嫌悪が生む溜息を吐き、美弥は携帯をそっとテーブルに戻した。






*****



愛らしくも、射抜くような鋭ささえ携えた瞳がニッと弧を描いた。

「あー、やっぱりあの時のお姉さんだ」

蘭や園子との待ち合わせの場所で一緒に立っていたのは、以前に杯戸ホテルへ向かうバスの車内で垣間見た人物だった。

あの時ケーキバイキングができなかったのでいつかリベンジしようと話はしていたが、まだ実現していなかった。
加えてテニスの練習をした時も迷惑をかけてしまったので、そのお礼も兼ねて美弥は連休を利用して彼女達をケーキバイキングに誘った。

二つ返事のあと、蘭からもう一人友達を連れて行ってもいいかと聞かれたのでもちろんと答えたが、まさかその時の人だったとは。

「ボクは世良真純。蘭君や園子君と同じクラスに転校してきたんだ」

同い年だとわかってすぐ仲良くなったんだと二人は言う。
快活で人懐っこい眼差しは、その明るさこそ違うものの、やっぱり何となく似ている気がする。
けどそれを言及する事なく美弥は自己紹介をしながら笑みを返した。

そもそも彼女――いや、彼か、結局どっちなんだろうか。
ボクと言っているし、服装もボーイッシュなパンツスタイルで、男性でも女性でも解釈できる中性的な容姿だ。
男性だとしたら少し華奢な気がするし、こんな女子だらけの集まりに男性が違和感なく混ざり込んでくるものなのか疑問だし、
蘭達の性格からも初対面の美弥に対してそんな事はしなさそうだから、多分、恐らくは女子高生なんだろうとは思うが確証はない。

気になる事が多くてチラチラ覗うように見てしまうが、その度にバッチリ目線が返ってくるので、美弥は気まずい笑みを浮かべて考える事をやめた。
こんな時代なのでどちらかハッキリさせる事はきっと野暮な事なんだろう、そう言い聞かせて、皆で連れ立ってケーキバイキングを開催しているホテルへ向かった。
今回は杯戸ホテルではない別の所で、さらに予約もしてあるので急ぐ必要もなく安心だ。

広い会場に到着すれば大勢いる客は女性ばかりで、ホールの中央のテーブルに色とりどりのケーキが美しく並んでいる。
見ているだけで気持ちは沸き立ち、園子は「さあ食べるわよー!」なんて気合いたっぷりで駆けていった。

それぞれに好きなケーキをたくさん盛り付け、これ美味しいだの、そっちのケーキも気になるだの、テーブルを囲んでわいわいと盛り上がるのは楽しかった。
美弥は彼女達ほどはしゃいだ訳ではないが、高校生達の無敵のパワフルさを浴びていると若返ったような気分になれた。

(やっぱり、こっちに残っててよかったかな)

クリスマスが終われば、世間はすぐに年越しの気配に変わった。
両親に正月ぐらいは帰ってこいと言われていたが、あまり帰る気にはなれなかった。

両親と会いたくない訳ではない。
だけど顔を見ると、何だか昔の自分に戻ってしまいそうで怖いのだ。
子供だった頃、学生だった頃の感覚に戻ると、必然的に思い出してしまうのはユキの事。
実家の自身の部屋には、今でも彼との思い出がたくさん残っているから。

親達も、結婚間近だったユキを失った美弥を心配しているのはわかっている。その気持ちは有り難い。
だけど、親としては美弥がこの先の人生をどうするのか、という事も気にしているだろう。
できればそれには触れられたくない。
美弥は未だに、ユキの死に向き合えていないのだ。

(変わってないな、私……)

まだ何も考えたくない、そう思っている。

だから逃げだとわかっていても、今は全く関係ない人達と関わっている方がよかった。
彼女達と他愛もない話をしている方が好きだな、と美弥は密かに苦笑する。

ひとしきり食べると少しずつ口に運ぶペースは穏やかになり、おしゃべりの方が多くなる。

「ボクは高校生探偵をやってるんだ。美弥さんも困った事があったらぜひご用命くださいね」
「高校生で探偵……って、前にも聞いたような気がする」

そういうのが流行ってるのだろうか。
というかそもそも探偵って、こんなにゴロゴロと存在しているものなんだろうか。
探偵は職業で、だけど高校生で、という事は副業になるのか?なんて僅かに混乱する美弥が呟くと、園子がニヤニヤ笑っている。

「あ~それはきっと新一君ね」
「あ、その名前は知ってるかも」

確かコナンが親戚だと言っていた。

「工藤新一君っていって、蘭の幼馴染で彼氏の推理オタクですよ」
「ちょ、ちょっと園子!まだ彼氏じゃないわよ!」
「ふーん、まだ?」
「えっ、と……」

墓穴を掘ってしまったのか蘭が真っ赤な顔をして黙り込んでしまう。
蘭には悪いが、初々しい反応をする高校生に美弥も興味をそそられる。
女が集まると恋愛の話題になるのはもう必然だ。

(幼馴染っていう事は……実はお互いに想い合ってるけど、言い出せないってやつかな)

勝手に想像してしまっているが、あながち間違いでもなさそうだ。

「ロンドンで告白されるなんて滅多にないんだからね!はあ~いいなぁ、私もされてみたい!」
「へえ、すごいロマンチック」
「なかなかやるな、彼も」
「いい加減早く返事してあげなさいよ~」

一体どういう状況でそうなったかまでは定かじゃないが、ロケーションとしては最高かもしれない。
美弥も真純も感心すれば、蘭は恥ずかしそうに俯いた。
可愛いなあ、なんて眺めていれば反撃とばかりに顔を上げて園子をじっと見据える。

「そう言う園子こそ、京極さんとはどうなってるの?」
「別に何も変わってないわよ~?それに真さん、全然帰ってきてくれないし」
「園子ちゃんは遠距離恋愛なの?」
「そうなんですぅ~海外ばっかり行ってて寂しくて、他の良い男に言い寄られたら揺れちゃうかも~」

園子にも相手がいるようだが、美弥が訊ねれば途端に瞳を潤ませて遠い目をする。
学生にとって距離というのはかなりの障害だろうな、と必死で繋ぎ止めた経験のある美弥は思う。

「海外かぁ……それは超遠距離だね」
「園子、そんな事言ってるとまた京極さんに怒られるよ」
「いいのよ。ライバルがいてくれた方が燃え上がってくれるじゃない!」
「はあ……」

蘭は呆れているが、ある意味では正しい駆け引きかもしれない。
青春真っ最中の彼女達は一喜一憂して大変な思いもしているだろうが、そんな時期は通り過ぎてしまった美弥からすればどこか羨ましくもあり。

「いいなぁ、青春だなぁ」

美弥はうんうん頷いて甘酸っぱい話題を噛みしめる。
聞いているこっちが何だか楽しくなってしまうのは、何故なんだろう。

美弥さんは、学生時代は?告白されました?」

ここまでくれば次は美弥の番だとは予想していた。
だけど園子は、美弥が以前に彼氏についての意味深な発言をした事を覚えているのだろう。
それには触れないようにしてか、昔の学生時代を尋ねてくれた事に小さく感謝する。
優しい子なんだな、と思いながら美弥は若い頃を思い出す。

「告白なんてされた事ないなぁ」
「ええ、嘘!?美弥さんならいくらでもありそうなのに!」
「ないない」

中学時代の途中から美弥はユキばかりを見ていたし、告白したのも美弥からだ。
間違ってもロンドンで告白なんて、そんな夢のような場面はなかった。

「でも付き合ってた事はあるんですよね?」
「それは一応ね……けど確かに、ずっと不安だったかもなぁ」
「やっぱりそうなんだー」

はあ、と園子の落ちるような溜息はやっぱり恋する乙女のものだった。

「何だかんだ優しいんだけどね、それでも私ばかり好きかもしれないとか、そんな事ばかり考えてたね」
「ああ、わかるかも!」

これ以上蓋を開けたら泣いてしまいそうだったから、ぐっと喉を堪えて押し留める。
そして必要以上に明るい表情で蘭に微笑んだ。

「だからちゃんと言葉にしてくれる新一君は凄いよ。大切にしてあげてね、蘭ちゃん」
「……はい」

照れながらも小さく聞こえた返事がとても可愛かった。
蘭を見ていると、新一という彼に会ってみたいような気がした。

そんな風に、何でもない話を延々として。
食べた食べたと充実感に満たされながら四人はホテルから出る。

ケーキは美味しかったし、自分でお菓子を作る時の参考にもなって良い時間だった。
何より、彼女達と過ごすのは純粋に楽しかった。
美弥がそう思っていると、そんな感情が通じたのか園子がくるりと振り返って破顔する。

「楽しかったねー!またやろうね女子会!」
「そうだね」
「ああ」

蘭と、そして真純も同意した。

(あ、女の子だった)

ずっと気になっていた事が解消されて、美弥は密かに笑った。
真純の横顔を少しだけ盗み見れば、またあの不思議な色をした瞳が大きく瞬いた。











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小休止な回。
世良ちゃんを真純と表記すると変な感じです。

夢主が告白された事ないってのは、一人しか見てないのがあからさますぎて告白される隙がなかったという余談です。