至る所からひっきりなしに聞こえる友達同士やカップル、家族連れの楽しそうな声やざわめき。
ファンシーなキャラクター、現実を忘れさせるような異国色の強い建築や装飾がキラキラと光に反射している。
ここにいる人達はみな笑顔で満喫している中で、自分だけが浮いた存在のように思えてくる。
手を引かれ、美弥は重たい足を動かすしかなくなる。
どうしてこんな事になったんだろう。
困惑の表情で、美弥の手を握り締める人物の背中を見上げる。
視線に気付いた彼が悠然と振り返る。
「今日一日の貴女の時間を、僕にくれませんか?」
爽やかに微笑むと、眩しいほどの金色の髪がさらりと揺れた――
03
事の発端は数日前。
蘭と園子から、遊園地に遊びに行かないかとの誘いを受けた。
チケットを何枚かもらったから一緒にどうかという話らしい。
同年代の友達とかじゃなくて自分でいいのだろうかと一応訊いてみたが、「美弥さんと行きたいんです!」と園子にも推されたので。
断る理由もなかったし、女同士で遊ぶのも楽しいかもしれないと素直に了承したのだ。
そして当日、待ち合わせ場所には蘭と園子がいて、そしてコナンもいた。
彼が来る事は聞いていなかったが、「遊園地に行くって聞いて、ボクもどうしても行きたくなっちゃったんだ!」と、ねだって付いてきたのだという。
「なんでガキんちょまでいるのよ」と園子が胡乱な目で見下ろす先のコナンはヘラリと幼く笑っている。
大人っぽい彼にしては年相応な言動な気がしたが、そういう事もあるかもしれないとそれについては異論なかった。
そう、そこまではよかった。
「実は、もう一人来るんですよ!」
「え、そうなの?」
まだ出発しそうにない園子がそんな事を言い出すので、誰だろうと首を傾げていると聞き覚えのある声がした。
「お待たせしました」
振り返れば完璧な笑顔の安室が立っていて、美弥は驚きを隠せない。
「安室、さん……」
「来た来た!今日安室さんも行ける事になったんですー!」
「そ、そう……」
顔を強張らせる美弥に対して、園子は嬉しそうな声ではしゃいでいる。
安室はキラキラと音がしそうなほどの笑みを浮かべているが、美弥は最後に会った時の彼の目を忘れていない。
波土禄道のリハーサル見学での事件の時の、沖矢を睨む憎悪のような怒りに満ちた目。
美弥の心の奥底を暴いてくるような突き刺さる視線。
あの時の身震いした記憶が蘇り、美弥は思わず目線を逸らす。
「せっかくなら、僕も美弥さんと楽しい一日を過ごしたいなと思いまして」
「…………」
「さあ、みんな揃ったところでいざ出発!」
動けない美弥の背中をノリノリの園子が押す。
(安室さんがいるなら来なかったのに……)
彼はいつも、美弥すら目を背けているような事を突きつけてくるから。
絡むような視線で、あえて黙っている事も拾い上げてしまいそうで。
だから、できれば会いたくなかった。
だけど言ってももう遅い。
園子や蘭は最初からそのつもりだったのだろう。
ただ、足元にいるコナンだけは複雑な表情で美弥と安室を見比べているから、彼もこの状況を良く思っていないのは確かだった。
駅前で待ち合わせだから電車を使うと思っていたが、近くに停めてある安室の車で行く事になっていた。
最初は助手席を勧められたが、やんわりと遠慮して後部座席を選んだ。
結果的に助手席には蘭が乗り、後ろに園子と美弥が、その二人の間にコナンで落ち着いた。
移動している間も女子達と安室の話題は尽きなかったが美弥はそれに参加する事ができず、気にしてくれているらしいコナンが美弥の顔色を窺っている。
それに気付いて、大丈夫だよと安心させるように笑ってみる。
(二人きりにならなければ、いいか)
女子達でワイワイやっていれば変に探られる事もないだろうと。
その時はまだ、楽観視していたのだ。
トロピカルランドに到着して、入園ゲートをくぐった先に広がっている華やかな雰囲気に少しだけ気分が上昇する。
遊園地なんて久しぶりだな、と懐かしさを感じていると園子が張り切った声を出す。
「じゃ、美弥さんは安室さんと二人で回ってくださいね!」
「、え!?」
どうしてそういう事になるのか。
予期せぬ提案に耳を疑うが、慌てているのは美弥だけだった。
「すみません、僕がお願いしました」
「っ…………」
「ごめんねー美弥さん!安室さんがどうしてもって言うから~!」
それこそもっと意味がわからず茫然としてしまう。
ウキウキで話を進めている園子と、申し訳なさそうな顔をしているが止めようとしない蘭。
その様子から察するに、安室の件をあえて美弥には教えずに、此処まで連れてくる手筈になっていたのかもしれない。
「えー!?ボクも美弥さんと一緒に行きたい!」
「ガキんちょは私らと一緒!邪魔すんじゃないの!」
「えーそんなー!?」
コナンが子供らしいわがままを口にするが、園子は首を縦に振らない。
(なんで……?)
唖然としている美弥を余所に、園子がコナンの手を握りずるずると連れて行ってしまう。
いつもは間を取り持とうとする蘭も、素直に従って歩いていく。
「ごめんね、コナン君……今日は我慢してね」
「じゃあまた、帰りに合流って事で~!ほら、行くわよ」
「え、ちょ、ちょっと待って……!」
「いい加減諦めなさいっての!」
小さくなっていくコナンが此方を振り返り、何かを言いかけようと口を開閉させている。
「美弥お姉さん、気を付けてね!」
「…………」
コナンの言葉は元気な子供のようなものでいて、その反面訴えかけるような目はとても必死な色をしていたから、余計に緊張感が増していく。
美弥よりも数倍聡い彼がそう言うからには、確かな理由があるはずで。
「僕がいるから危ない事なんてないんですけどね」
すぐ後ろの頭上から爽やかに笑う安室の声がする。
(安室さんに気を付けろって事、だよね……?)
以前からコナンは安室に対して酷く警戒していた。
今日の待ち合わせの時も安室が一緒だと知って険しい表情を浮かべていた。
そして先日の、威圧を感じた安室の目。
「行きましょうか、美弥さん」
「どうして、二人なんですか?みんなと一緒じゃ駄目なんですか?」
「二人きりにしてほしいと、僕が頼んでおいたんです」
狼狽する美弥に、さらに追い打ちがかかる。
「美弥さんは義理堅い人だろうから、僕から誘っても来てくれない事はわかっていたので、内緒で蘭さんと園子さんに」
すみませんと口にしながら、本当に悪いとは思ってなさそうな態度に安室のしたたかさを感じる。
つまり、彼女達に誘われた事から何から全て彼の思惑だったという事だ。
どうしてそんなにと首を傾げても、安室は明後日の方向を向いたままでスラスラと言葉を吐く。
「僕は既にフラれた身ですが、けじめを付けたいんです」
「…………」
(何の、けじめ?)
彼をフッた覚えはないが、似たような事を言われていたのは確かで。
だけど、それが今日ここに連れて来た本当の理由だとも思えず、何か意図があるか顔を見ようとするが、安室は今日に限って目を合わせてくれない。
いつもだったら逃げたくなるくらい鋭く見つめてくるというのに。
(どうしよう……シュウに連絡してみようかな)
安室と一緒にいて大丈夫なのか、どう警戒してやり過ごしたらいいのか、美弥が助言を求められるのは彼ぐらいしかいない。
そう思ってスマホを取り出すが。
「さあ、どこから回りましょうか」
「え、あの……」
大きな掌でスマホごと手を掴まれ、そのまま歩き出すので画面を操作する事ができない。
遠巻きには手を繋いでいるような状況に困惑していると。
「今日だけです。今日一日の貴女の時間を、僕にくれませんか?」
「…………」
懇願するような、どこか悲しそうな顔が一度だけ此方を向いて。
そしてまた前を向いてしまった彼に、美弥は何も言えなくなった。
逃げる事はもう不可能に近い。
こうなってしまった以上、園内を一緒に回る事は諦めるしかなさそうだが、警戒を解く気にはなれない。
(安室さんを信用しない方がいいって、シュウは言ってた……)
彼が見た目通りのただ爽やかで優しい人柄ではない事は、もう美弥もわかっている。
その容姿や細やかな気配りに大体の女子達は虜になってしまうが、コナンや赤井の言葉を掘り下げれば、安室には裏があるという事だ。
「手始めに、雰囲気を味わえるクルーズ船にでも乗りましょうか」
返事がなくともお構いなしに、安室はてきぱきと目的の場所へ歩いていく。
連れられたまま、ふとよぎった考えに美弥は視線を落とす。
(もしかして、依頼じゃないの?)
初めに出会った時、安室は依頼されて赤井の調査をしていると言った。
だけど先日見た彼の目はとてもじゃないが依頼されて沖矢を疑っているような目ではなく、あの込められた憎しみは自身の感情からくるようだった。
依頼というのは建前で、実は彼自身が赤井を探していたのではないだろうか。
だけど、どうして。
どうしてあんな目をして、赤井を探さなければいけないのか。
(……組織の人、とか?)
知識が乏しい美弥では、教えられた少ない情報で結び付けられるのはそれくらいしかなかった。
だけど悪い人であるなら、色々と納得できる所はある。
赤井を知っている美弥に近付こうとしたり、それほどでもなさそうなのに美弥に好意があるような事を言ったり、そして赤井に対する執着心。
正解はわからない。
それでも、そう仮定して動いた方がいいのかもしれない。
まさか、と楽観するより、悪い方を想定した方がきっといいはずだ。
(シュウを、守らなきゃ)
組織の人間が美弥を、もっと言えば赤井を狙っている。
ここで美弥が下手な情報を漏らせば彼が危険に晒されるかもしれない。それは絶対に避けなければならない。
美弥のせいで彼が危ない目に遭うなんて嫌だ。
(落ち着け……動揺しちゃいけない)
安室はあの巧みな言葉と目で揺さぶって、美弥の心の奥の感情を覗いてくる。
だから赤井に連絡はできない。
彼に助けを求めた事を知られでもしたら、それを逆手に取られて彼の状況が不利になってしまうかもしれないから。
「あの、安室さん」
「どうしました?」
「せめて、スマホ、しまわせてくれませんか?」
そう背中に投げかければ安室が歩みを止めて、今気付いたという空気で繋がれている手を見下ろす。
「ああ、すみません……他の人に邪魔されたくなかったので」
「……大丈夫です」
力を緩められ、隙間から抜け出すとバッグにスマホを押し込んだ。
凝視されている事はわかっていたのでさっとその動作を終えると、また安室の手のひらに自身の手を戻す。
繋ぎ直した事が意外だったのか、安室は僅かに首を傾げた。
「いいんですか?」
複数の事柄に対する問いかけに、美弥は手を握る事で答える。
「安室さんが、これでケジメが付けられるのなら」
「……ええ、ありがとうございます」
いっそ怖いくらいに完璧に微笑む安室に、美弥もまたふわりと微笑を浮かべた。
すぐ近くにあるアトラクションから絶えず聞こえるはしゃぎ声、壮大だったり煌びやかなBGM。
明るい陽気の下、オープンスタイルのカフェで美弥は所在なさげに小さくなって座っている。
「ジャングルや太古の島もいいですけど、美弥さんはやっぱり幻想的なエリアの方が好きそうですし、似合いますね」
「……そうですか?」
目の前にはニコニコと笑っているばかりの安室。
愛想笑いを何とか浮かべながら、奢られてしまったドリンクを飲んで喉の渇きを潤す。
いくつかのアトラクションやショーを見て、そろそろ疲れてきたかなというタイミングで休憩を促される。
完璧なデートプランだな、と美弥は半ば感心していた。
これが本当に心から好きな人とだったら、もっと素直に楽しめたのになと思う。
いくら警戒心を強く持っていても、凄い仕掛けや迫力のある演出を目の当たりにするとついつい引き込まれそうになってしまうのだ。
若干絆されそうになった所で、隣にいる安室の存在に気付いてまた気持ちを引き締める、という事を繰り返している。
「ジェットコースター系は乗れます?もし乗れそうなら、この後に行ってみましょうか」
「あんまり怖いのはちょっと……」
「なら、景色を楽しむタイプのアトラクションがありますよ」
スラスラと園内マップも見ずに予定を立てていく容姿端麗な男性など、女性にとっては理想でしかない。
凄いなぁと思いながら、美弥は密かに疲労の息を吐く。
強制的にずっと手を繋いで歩いていると、至る所からたくさんの視線を感じた。
すれ違う女子達が此方に気付くとずっとチラチラと見てくるのだ、隣に立つ笑顔の安室を。
色めき立ち、他の女子達ともそれを共有して、最後に彼女らしき美弥をチラリと一瞥する。
それはまるで、イケメンの隣に並ぶ資格のある女かどうか品定めされているような視線だった。
恋人でも何でもないし、優越感なんてなくてただ辟易するばかり。
(シュウとだって、した事ないのに……)
もっと言えばユキとだって遊園地で手を繋いで歩くなんて事、ほとんどしなかったのに。
安室に先を越されてしまった事も、実はちょっと残念に思っていたりする。
「疲れてないです?」
「……大丈夫です」
気持ち的には疲れているが、ここまで来たら音を上げる訳にはいかない。
彼もまた、そんな美弥の内心すらもきっと察しているだろうに、それはよかったと微笑んでカフェを出る。
飲み終えた紙製のコップを近くのゴミ箱に捨てる。
よい一日を!なんていうキャストの声に送り出されながら、待っている安室の元に戻る。
ゴミすら持って行ってくれそうになったのを何とか止めて自分で捨てに行ったのだが、彼は終始笑っている。
「……楽しそうですね、安室さん」
「ええ、楽しいですよ。美弥さんとこうやってデートできているんですから」
「…………」
どうして、とか本当に自分と?なんて聞くだけ無駄なんだろう。
確認したところで、彼は満面の笑みで肯定の言葉を紡ぐような気がするから。
隣に立つ安室に再び躊躇いもなくするりと手を握られ、大きめの体温に包まれながら歩き出す。
さすがに指を絡める事は遠慮してくれたのか、自分よりも色の濃い健康的な肌を思わず見下ろす。
一生懸命自分を律してはいるが、こんな事をされたら普通の女子ならひとたまりもないと思う。
(どうして私、安室さんとデートしてるんだろう……)
何か起こるんじゃないかという不安と、込み上がる罪悪感と、困惑を絡め取るような安室の温かな指先。
目まぐるしく変わる状況に、美弥は無を貫こうと必死だった。
「……なんだか、まわりが騒がしいですね」
「え?」
急に立ち止まって辺りを見渡している安室にならい、美弥もキョロキョロを視線を動かす。
特段変わった事はなさそうなのにと首を傾げていると、「こっちです」と手を引かれる。
え、と思いながらそれに付いていくと、次第に客の一部の人達が笑顔を潜めて何かをヒソヒソと話しているのが見えた。
「あ、安室さーん!大変なの!」
聞こえたのは園子の声だった。
顔を上げた正面には園子と蘭と、深刻な表情をしているコナンがいた。
「何かあったのかい?」
「安室さん……!爆弾が仕掛けられているかもしれないんだ」
「何だって?」
落とし物のように不自然に放置されていた鞄の中からメモが出てきたのだと、紙切れが差し出される。
手を繋いでいる状態に気付いた園子達が嬉々とした表情を浮かべているのを極力見ないようにして、安室の後ろからその紙切れを覗いて見れば、
手書きでない印刷された字で何やらアルファベットと数字がいくつも並んでいる。
その下に、メッセージらしき日本語が書いてある。
「『解けなければ爆弾が爆発する』って……、え!?」
上の羅列が何の事か美弥には理解できないが、解けないと大変な事になるというのはわかった。
既に安室とコナンがメモを凝視しながら考え込んでいるので、いたずらとかでもなく本当の事なんだと美弥は狼狽える。
「警察やスタッフには通報するな、か……つまりはこの状況を犯人は把握できるって事ですね」
「それにこの文章は暗号だから、何かの場所を示しているんだと思う。とにかくボク達でこれを解いて、急いで爆弾の場所を探さなきゃ!」
(デートどころじゃなくなったな)
頷き合う二人を余所に、現実逃避のようにそんな事を考える。
早く終わってほしいとは思っていたけれど、こんな展開は望んでなかったなと、美弥は神に救いを求めるが如く天を仰いだ。
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例のいつものトロピカルランドにて。