03-2
「アルファベットと数字の羅列に規則性があるね」
「ああ。使われている文字が限られているなら、ある程度絞られそうだね」
ブツブツと呟きながら凄い勢いで解読しようとするコナンと、あらゆる分野の知識を出しながらヒントを探そうとしている安室。
どれだけ考えても答えなど出てこないサッパリな美弥は、こういう時になると頼りになる安室の横顔を覗く。
爆弾という単語に不安を覚えていたが、二人を見ていると不思議と何とかなるような気がしてくる。
「大丈夫ですよ。何かあっても美弥さんは僕が守りますから」
「…………」
知らず握り込んでいた指を、包むように握り返される。
(悪い人なのに、事件を解決しようとはするんだよね……)
テニスをしに行った先で起きた事件の時も、子供達が見つからなくて安室に助けを求めた時も、彼は真剣だった。
悪い人なら見過ごしたり突き放したりしそうなものなのに、それがないからいつもよくわからなくなる。
(コナン君も普通に会話してるし……)
気を付けてと言いながら、一方でコナンは安室と一緒になって暗号を見つめている。
警戒するわりにはどうしてこういう時だけお互いにわかり合っているように接しているのか美弥には不思議だった。
「わかった、冒険と開拓の島だ!」
「ああ、そうだね。行きますよ美弥さん」
「っえ、?」
もう何かひらめいたらしいコナンがあっという間に駆けていく。
それに付いていく安室が、美弥を掴んだまま早足で歩きだす。
美弥は自分がお荷物だと自覚しているし、デートでもなくなっているのにどうして手は繋いだままなのか。
「安室さん……っ、もう、手を離してくれてもいいんじゃないですか?」
「デートの予定は崩れましたけど、今日の貴女の時間をもらう約束までなくなった訳ではありませんから」
「でも……!」
そんな事言ってる場合ではないと思うが。
美弥に合わせて走るスピードを緩めるくらいなら、置いて走った方が彼も楽だろうに。
(本当に、よくわからない……)
考える事と抵抗を諦めた美弥は、それ以上何も言う事もなく安室の後を追った。
それぞれのエリアを繋ぐ橋を渡り、目立つ場所に設置されているエリアマップの看板の横、並んでいるベンチの一つに不自然に置かれたリュックがある。
ちょうど近くにいたカップルがそれを見つけ、誰かの忘れ物だろうかと恐る恐る手を伸ばしている所だった。
「それに触っちゃダメだ!」
叫んだコナンの声に、カップルは怯んで手を離す。
入れ替わるようにコナンが慎重にリュックのファスナーを開こうとしている所に、安室と美弥も追いついた。
「どうだい?」
「爆弾は入ってない……その代わり、またメモが入ってる」
息を切らせながら紙切れを取り出すコナン。
爆弾!?と聞いて走って逃げて行ってしまうカップルには目もくれず、安室はまた顎に手を当てる。
「どうやら僕達は遊ばれているようだね」
「だけど暗号文はさっきと違うから、これはまた違う場所を示してるんだと思う」
まだ見ぬ犯人の手のひらで躍らされているようで、ぞわりと恐怖心が湧き上がる。
「なんで、こんな事するの……?」
思わず疑問が口をついて出てしまった。
「こうやって、お客さんやボク達が混乱するのが見たいんだと思うよ」
「ええ。犯人は今もどこかで見ていて、愉しんでいる」
「…………」
コナンと安室は律儀に返してくれたが、目的がわかったところで不安が解消できる訳もなく。
黙り込んだ美弥の隣で、二人はどんどん話を進めていく。
「闇雲に暗号の場所に行っても駄目だね。証拠を集めながら犯人を追いつめないと!」
「ああ、だけどまだ確証が足りない。もう少し何かあれば……」
「とにかく、これの場所に行こう」
話がまとまれば、二人が駆けだすのに合わせて美弥も足を動かした。
さらにエリアを跨いで怪奇と幻想の島に行き、また怪しく置かれたものがないか探して回る。
「ねえねえ、美弥さん」
一緒に付いてきている園子が、我慢ができなくなったのかコッソリと美弥に耳打ちしてくる。
「ずうっと手繋いでますけど、まさか安室さんとどうにかなっちゃったんですか!?」
「なってないなってない」
内緒話にしようとしているけど声量が全然内緒になってない園子に、即座に手と首を振る。
その誤解だけはしないで欲しいと美弥も必死だった。
「全然、離してくれないの」
「ええ!?安室さん、美弥さんの事すごく好きって事なんですね!?」
「うーん……」
愛だわ!なんて盛り上がっているが、一方の美弥は複雑だった。
親しい関係になりたいとか、フラれたとか彼は言うけれど。
具体的に美弥の何が好きだとかは言われた事がない。
言われたからどうなるって訳でもないが、そういうものがあればもう少し彼の言葉も信用できるのに、と思う。
(いや、信用したところで、なんだけどさ……)
安室を選べないって事は、美弥自身がわかっている。
だからいつまでもこんな事をしていたって気持ちは変わらないのに。
繋がれた褐色の肌を上に辿っていくと、見下ろしていた安室と一瞬だけ目が合って小さく笑われた。
それが、どうしたって想いを寄せられている顔には見えないんだと、美弥は溜息を隠さずに吐いた。
緊張感なさげに楽しんでいる園子と、諌めようとしている蘭。
二人を振り返って苦笑すると、ふいに誰かに凝視されているような気がして悪寒が走った。
「っ!?」
一体何があったのか自分でもわからなかった。
ただ何かを怖いと思って、辺りを見渡しても同じような事はもう起こらなかった。
「美弥さん、どうかしました?」
「う、ううん……」
蘭に気遣われるも、何だったのか自分でも説明しづらくて言葉が出てこない。
よくわからないけど怖かったなんて、何歳も年下の女の子に言うのは少し憚られた。
だけど不安感だけは払拭できなくて視線を彷徨わせていると、握られた手を少しだけ引き寄せられる。
「美弥さん、僕を見ていてください。今日だけは、ね」
「…………」
「キャー!本気すぎる!私もこれくらい想われてみたいー!」
「園子……今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ」
安室の意図を量りかねているうちに、女子達の声が被さってきて色々な事が有耶無耶になる。
「コナン君」
「わかってるよ、安室さん……じゃあボク、あっちを探してくるねー!」
何かを密かに頷き合い、コナンは無邪気に手を振りながら野生と太古の島の方へ走っていく。
自分達もそれに付いていくのかと思いきや、安室は夢とおとぎの島を指差した。
「僕達はこっちに行きますよ」
「え?あ……はい」
一緒に行かないんだと不思議に思いながらも、口には出さず例によって二人と女子達でエリアを移動する。
西洋風な建築物が立ち並ぶ中心に、この遊園地のシンボルともいえる一際大きな城が立つ区画。
暗号で読み取れるのは大まかな場所だけらしいので、みんなで手分けしてベンチや花壇の周辺で怪しい物がないか細かくチェックしていく。
美弥は片手しか使えないので届く範囲の茂みを除けてみたり、キョロキョロと辺りを見渡してみる。
城を囲うように張られた水堀の手前には、綺麗に剪定された樹木が規則正しく並んでいる。
「……、あれ?」
「あそこの木の下に何かありますね」
美弥が見つけたのと同時に安室も声を上げ、揃って芝生の中に足を踏み入れる。
太い木の幹の陰になるようにポツンと置かれているそれに、美弥は首を傾げた。
「化粧バッグ……ですよね?」
「そのようですね。開けてみますから、美弥さんは僕の背中側にいてください」
女性物のバニティバッグの前で腰を落とした安室がここにきてようやく美弥の手を離し、注意深く中身を確かめる。
ずっと繋がれていたものがなくなったせいで肌寒さを覚えた事に戸惑いを感じてしまったが、それには目を瞑って安室の背中に隠れる。
「!」
「……また、メモですか?」
流石に気になって隙間から覗けば見えたのは爆発物ではなく、よくあるメイク道具がいくつかと、その上に乗せられたメモ。
今回は暗号のような羅列はなく、手書きの日本語がびっしりと書かれている。
裏切られた。惨めだ。許さない。
軽く読んだだけでもそんな負の感情が爆発したような文章が、尋常じゃないほどに何度も書き殴られている。
「なにそれ、手紙?」
「手紙っていうより……恨み言みたい」
此方に気付いた園子と蘭も寄ってきて、後ろからメモを読む。
「表面上は爆発物のようなものは見当たりませんが、しっかり分析してみない事にはわかりませんから皆さんあまり近付かないように」
安室が中にある道具を一つずつ手に取りながら言う。
一番下の底に隠されている事もあるし、ボトルに入っている液体が危険物という可能性もあるらしい。
(怖い……)
この狂気じみた手書きの文章も、目の前に爆発物があるかもしれないという現実も。
今すぐ離れて逃げ出したい気持ちはあるが、年下の女子達もこの場にいる手前、自分だけそうする訳にはいかない。
ここからどうやって犯人を見つけるのだろうと、不安になりながら安室の手の動きを注視する。
そんな時だった、慣れた少年の声が思いのほか近くで聞こえたのは。
「――お兄さんだよね?色んなエリアに撒かれた犯行予告の暗号文と、その鞄を置いたのは」
まるで大人のような、自信に満ち溢れたような声色に振り返る。
「ねえ、清掃のお兄さん?」
「っ……!」
美弥達とコナンの間に、スタッフの制服を着た清掃員が驚きの表情で立っていた。
「な、何を言っているんだ……自分は、人が集まってるから何があったのか見に来ただけで……」
「そのわりには、随分と前から僕達の事が気になっていたようですけど」
「っ!」
立ち上がった安室が再び美弥の手を取り、男に見せつけるように持ち上げる。
それに苛立ちを帯びた目で反応した男に美弥は、少し前に凝視されていると思ったものと同じ怖さを感じた。
(あの時のは、この人が見ていたって事?)
安室の笑顔の奥に感じる圧に、男は否定の言葉も紡げず狼狽えている。
「此処に入っていたメモにも書いてありましたが、懇意にしていた女性に振られてしまったのでしょう。
それがきっかけで仲睦まじくしている恋人を見ると女性を思い出してしまい、復讐心のようなものが湧いてきた、という所ですか?」
もしかして安室はずっと前から気付いていたのだろうか。
だからあえて手を繋いだままでいて、男の目を向かせてあぶり出そうとしていたのかもしれない。
コナンもそれを知っていたから、二手に分かれて男に安室と美弥を追わせ、後ろからコナンが男を追及する算段だったのか。
安室とコナンの行動の意味を今更ながら知って美弥は驚くばかり。
「簡単な暗号文だったから、あれは暗号を解かせるっていうよりは爆発予告を知ったお客さんがパニックになる姿が見たかったんじゃない?」
真っ直ぐな目をしたコナンがニヤリと笑う。
「現場に置かれていたリュックやそこの鞄だって、普通のお客さんが園内を持って歩くには荷物になって少し不自然になる。
けど清掃員なら清掃の道具やゴミを入れる大きなボックスやカートを運んでいたっておかしくないよね」
「あとはお客さんに見られないタイミングで園内のあちこちに不審物を配置するだけ。清掃員なら、園内じゅうを歩けますしね」
「……っ!」
コナンと安室の畳み掛けるような言葉に、観念したのか男がプルプルと震えながら首を振る。
「あいつが……あいつが悪いんだ!」
男が声を荒げる。
「あいつの為に俺はこんな所でバイトしてまで金を稼いでるっていうのに……あいつ、他の男と浮気して出てったんだ!」
それが、手紙に込められていた恨みの理由だった。
「なんで俺こんな所で働いてるんだろうって思いながら仕事してると……楽しそうなカップルばかり目に入って、苛々して……っ」
羨ましくもあり妬ましくもあったのだろう。
動機というか、そこに考えが及んでしまう事への理解はできるけれど、それで何の関係もない人達が危害を加えられるのは以ての外だ。
眉を潜めていると、男が急に視線を美弥にぶつけてきてビクリと肩が跳ねる。
「そこの女みたいに、顔がいいだけの奴にヘラヘラしているのが気に食わない!」
「っ!」
ヘラヘラしていたつもりは一切ないけど、それを言っても男には通じないのだろう。
男の感情を知らず逆撫でしていたという事実に、美弥は怖くなって視線を逸らす。
「だからぶち壊してやろうって!あいつが置いてった荷物を爆発させたら、さぞ面白いなと思ったけど!そこまで、できなくて……っ」
吐き出すものは全て吐き出したのだろうか。
男は拳を握りしめながら、その怒りの勢いを萎ませていく。
このまま警察に連絡し、大人しく捕まってくれるのだろうかと思ったその時。
「くそ……くそっ!」
男が美弥に向かって顔を上げた。
美弥を震え上がらせた、あの激しい形相で。
「わあああああ!!」
「!?」
突然激昂した男が走ってくる。
何かされると気付き、だけど恐怖で咄嗟に動く事もできずにいると。
グイっと手を引かれ、隣にいた安室が瞬時に美弥の前に立って男の腕を捻り上げる。
あっという間に男は地面に引き倒され、くぐもった声を出しながら押さえ付けられた。
「大丈夫ですか、美弥さん」
「あっ……はい……」
男の上に乗ったまま安室に問われたが、一瞬の出来事で茫然としてしまって力のない言葉しか出ない。
代わりに黄色い声を上げたのは近くにいた園子だった。
「きゃー!安室さんカッコいい!」
「職業柄、トラブルに巻き込まれる事もあるので護身用で習ってたんです。あ、誰か縛るもの持ってませんか?」
「あ、ボクあるよ!」
コナンが自身のベルトを取り出して男の手首に巻き付けている。
放心状態の美弥は、未だに自分の身に降りかかろうとした脅威を整理しきれないでいた。
男の歪んだ感情にあてられて、震える足元が覚束なく、フラフラと無意識に後ずさる。
すると踵が何かに引っ掛かり、気付いた時にはバランスが崩れていた。
「っ!」
「!美弥さん!」
ハッと後ろを振り返るがそこには何もなく、下の方にある城を囲う湖の水が眼前に迫ってくるような感覚。
踏ん張りがきかず落ちてしまうと覚悟した時、またしてもぐいっと腕を引かれる。
「!?」
力任せに引っ張られて、後ろに倒れようとしていた体が無理矢理前のめりにされる。
そしてそれに反して目の前を横切っていく、褐色の肌。
手を付いたのは敷き詰められた芝生の地面で、自分は助けられた事を知った。
慌てて美弥の代わりに水に飛び込んでいった安室を振り返る。
「っ、安室さん!」
彼が水に落ちてしまう。
そう思ったが、安室は驚異的な身体能力で水堀の壁際の縁に手をかけていた。
驚く美弥の前で、軽々と此方側に戻ってくる。
「怪我はないですか?」
「あ、安室さんこそ……」
「僕は何ともありませんよ。美弥さんが無事ならよかったです」
そう告げた顔は晴れやかで、本当にそう思っているんだと何となくわかって美弥は黙り込む。
「園子さん、蘭さんもすみませんでした」
「急に走り出すからビックリしちゃったけど、何て事ないですー!」
「二人とも落ちなくてよかったです……!」
犯人を押さえていた安室が飛び出したので、それを見ていた園子と蘭が代わりに犯人の上に乗ってくれていたらしい。
ガッツポーズを決める園子に苦笑する安室の背中に、美弥はようやく声を絞り出す。
「ありがとうございます、安室さん……」
弱々しい音になってしまったが、安室は満足そうに微笑んだ。
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探偵物で肝心な謎解き部分と証拠を省くという暴挙。
まだ続きます。