03-3




「なーんだ!結局演技だったんだ!」

通報して駆け付けた警察官に犯人を引き渡し、諸々の事情を説明した頃にはもう辺りは暗くなっていた。
爆発物はどこにも仕掛けられていなかった事も判明し、事件はようやく解決した。
ずっと手を繋いでいた理由も安室から聞かされて、園子は少しガッカリしたように言った。

「すみません……犯人を特定する為にも気を引いておこうと思ったんです」
「私はてっきり美弥さんが安室さんに心変わりしたのかと……!」
「そ、それは流石に……」

園子の脳内ではきっと恋愛ドラマのような略奪愛やら逃避行やらのストーリーが繰り広げられていたであろう。
大きな声で否定したい気持ちではあったが安室がいる手前、美弥は苦笑するぐらいで何とか留めた。

美弥さんもすみませんでした」
「……いえ」
「でも、デートしたかったのは本当ですけどね」
「…………」

(本当に、よくわからない事ばかり言う……)

どう反応したらいいかもわからず、そろそろ疲れてきた美弥は無言で安室のスマイルをやり過ごす。

「あーあ、せっかくお膳立てしたデートも中途半端になっちゃったねー」
「そんな事はないですよ。何だかんだ楽しめましたし、良い思い出になりました」

ありがとうございます、と安室は園子と蘭に微笑んだ。
今日一日で何だか色々な事に巻き込まれはしたが、彼女達は彼女達で安室の恋路(なのかは不明だが)を応援しようとした結果なんだろう。
彼女達を怒るつもりはない、むしろ安室の口車に乗せられた被害者側だと思っている。

トロピカルランドを後にして、帰りの車内。
行きと同じ後部座席に座り、ようやく帰れると静かに息を吐いていた美弥だったが。
話し合いがあった訳ではなさそうなのに、当然のように車は最初に園子を目的地で降ろし、次に毛利探偵事務所の前で蘭とコナンを降ろした。
嫌な予感がして美弥は慌てた。

「あ、あの、私バスで帰れるので、ここで降ろしてもらってもいいですよ」
「いいえ。今日あんな事件があったばかりですから、ちゃんと家まで送り届けますよ」
「…………」

一緒に降ろしてくれないだろうかと提案してみるが、絶対に引かないという空気にやっぱり駄目かと半ば諦めを感じた。
二度も助けてもらった負い目もあって、これ以上強くも言えない。
安室の意図に気付いているであろうコナンが心配そうに此方を見てくるので、若干強がりながらも大丈夫だよと目で返事をした。

「前の方が広いですから、こちらに乗りません?」
「…………はい」

否が応なしに緊張感が高まっていく。
今度こそ狭い密室なので、どんな言葉が飛び出すかわかったものじゃない。
事件のせいで少し忘れかけていたが、彼は悪い人なのだという認識を自分の中で改めて戒める。
素直に従い、意気込んで車から一度降りて助手席に座り直してシートベルトを締めた。

「…………」
「そんなに緊張しないでください」

クスリと笑いながら、安室が車を発進させる。
以前にも似たようなやり取りがあった気がする。
だけど、あの時とは状況がかなり変わったなと、美弥は警戒を顔に出さないようにして窓の外を眺めた。
外ばかり見ているのは、腹の内を探られないようにする最後の抵抗だった。

「今日はすみませんでした。貴女に、僕と恋人のフリのような真似をさせてしまって」
「……いえ」
「違う男とデートをしたなんて知ったら、本当の恋人を怒らせてしまいそうですね」
「……わかってて誘ったんですよね?」
「まあ、そうなんですけど」

飄々と言うなぁと、呆れを通り越して感心してしまう。
以前はそんな事もなかったはずだが、この手段を選ばない所、安室はいつから見せるようになったのだろう。
いや、思えば最初に会った時から有無を言わさない強引な所ばかりだったような気がする。

「相手の方に怒られちゃいますか?」
「どうでしょうかね……」

彼は怒るのだろうか。
安室相手だと彼は確かに少し感情を露わにするから。
だけど逃げる術はなく、相手が相手だから連絡する事もできなかったんだと、わかってくれるだろうか。

「嫉妬されないんですか?」

曖昧な返事をしたせいで意外そうに訊ねられた。

「……そんな事は、ないと思いますけど」
「僕はしますよ」

赤信号で窓の外の景色が止まる。
はっきりとした口調にチラリと運転席を覗き見るが、安室の目は正面を向いたまま。

「驚きましたよ、貴女が沖矢さんという方と付き合ってると聞いて」

名前を出された事に気付いたが、美弥は平静を装って前の車のテールランプを見つめた。
信号が変わり、夜の灯りが星のように流れていく。

「貴女は、赤井秀一という人と親密なのだと僕は思っていました。現に初めて会った時、貴女は泣いていた」
「…………」

言い訳や下手な相槌だったり、余計な言葉を羅列させればボロが出るかもしれない。
終始無言でいたが、安室は気にせず語る事をやめない。

「あんなにショックを受けてボロボロになっていたんです。ポアロでも、誰も好きになれないと蘭さん達と話していましたし。
その貴女が、こうも簡単に違う男性と恋人なれるとは正直僕は思っていませんでした」

確かに不思議に思われるだろうとはわかっていた。
自分だって、そのつもりだったのだ。

(私には、ユキがいた)

隣の彼が紡ぐ言葉は、全てがユキにも当てはまって小さな罪悪感を残す。

「沖矢さんという方がよほど素敵な方で、貴女を笑顔にしてくれる存在なのかもしれません」

そんな、美しい出会いじゃなかった。
あの時はただ、逃げたかっただけ。

「だけど本当は違うのではないですか?」

再び赤信号で車にブレーキがかかり、すっと安室が此方を向いたのがわかった。
逃がさないと言わんばかりの目線に捕らわれないように、必死に前方だけを見据える。

「貴女は、そんなに簡単に以前の恋人を忘れられるような人じゃない」

じっと感じる視線を横目に美弥は少しだけ目を伏せる。

「貴女は知ったのではないですか?もしくは、打ち明けられたか……」

トンと、ハンドルを握る指が小さく音を立てる。

「――沖矢昴が、赤井秀一だと。違いますか?」
「…………」

静まり返る車内。
規則的なエンジン音が鳴っているはずなのに、美弥の耳には入ってこない。

ただ、怖いくらいの目だけが美弥の内側を覗いている。
美弥の心の奥にいる、赤井秀一を探されている。

だから、美弥はクスリと笑った。

「……安室さん。私は、悪い女なんです」

顔を上げて、歪んでしまいそうな表情でもどうにか笑みを作って隣の目を見つめ返す。

「絶対に忘れられない好きな人がいても、違う人に心を委ねられる人間なんです。狡くて弱くて、清廉潔白な人間じゃないんです」
「…………」
「死んだ人はもう帰ってこない。それが覆る事はないって、嫌でも知ってるのに、どうしてそういう事言うんですか?」

自然と声は震えて、泣きそうになりながらそう言えば、安室は少しだけ眉をひそめた。

「だからもう、誰でも構わないんです。私には関係がないんです……安室さんが思っているような人間じゃなくて、ごめんなさい」
「…………」

長かった信号が、青に変わる。
美弥の表情を一つも漏らさないように見つめていた安室は、諦めたように車を発進させる。

またしても車内は重苦しいくらいの無音に襲われる。
怖れていた追及の言葉はなく、安室が言葉を発したのはそれからしばらくの時間が経った後だった。

「……貴女は強い女性だ。恐らく、自分が思っているよりずっと」
「…………」

そうだろうか、それはよくわからない。
今日だって結局自分は何の役にも立たなかったのに。

そう思っていたのが伝わったのか、安室は溜息のように小さな息を吐く。
その頃にはさっきのようなピリピリした空気はなく、柔らかいいつもの雰囲気になっていた。

美弥さん。僕は貴女が好きですよ」

幾分か優しげに戻った安室の目が、もう一度美弥をしっかりと見つめる。
だけどそこに本気さは感じられなかった。

(嘘だ)

「今、嘘だと思いましたね?」
「…………」

思っていた事が読まれて少し動揺するが、それは相手の方にも言える事だったらしい。

「参りましたね……貴女相手だといつも調子が狂う」
「調子を狂わせているつもりはないんですが……」
「だからですよ。無自覚だから怖い」

苦笑いを浮かべ、安室は正面を向く。

「けど、貴女に傷付いてほしくないという気持ちは本当ですよ」
「……どうして」

どうして悪い人がそんな事を気にするのだろうか。
悪い人なら、美弥が傷付いたって関係なさそうなのに。

「貴女は、僕の守らなければならないもののうちの一人ですから」

それはどういう意味なのだろう。
ハンドルを操作する彼の表情は暗くてよく見えなかったが、それは何となく嘘には思えなかった。

「だから、余計な虫が付いているのは気に入らないんです」

(虫……)

赤井か、それとも沖矢の事なのか。
虫という表現に結構な棘を感じて、美弥は思わず笑みを引きつらせた。

結局色んな事が有耶無耶になり。
彼が本当に悪い人なのか、そうでないのか、はっきりしないまま車は進んでいく。

美弥の自宅マンションにようやく到着して、家の前にゆっくりと停車する。

「さて、今度こそフラれてしまった僕は大人しく退散します」

明確にお断りしてはないのだが、どうやらそういう話で進むらしい。
きっと、協力してくれた園子や蘭にはそうやって言って終わらせるのだろう。

「……今日は、助けてくれてありがとうございました」

車から降りる時に何かされるかなと少し警戒したがそんな事はなく。
お礼だけはしなければとしっかり頭を下げれば、眩しいくらいの笑顔が見える。

「いいえ、当然の事をしたまでです。これからも何か困った事があれば、いつでも僕を頼ってくださいね」

その態度はそのままなんだと思っているうちに、おやすみなさいと言い残して車は去って行った。


はあ、と深く長い息を吐く。
何だかすごく疲れを感じて、解放された今になって緊張がぶり返して心臓がドクドクと鳴っている。

上手く言えただろうか。
彼に、不利になるような言葉は言っていないだろうか。
不安が後から押し寄せてくるが、安室は困ったような表情を浮かべていたから大丈夫だろうと思いたい。

重い足取りでエレベーターに乗り、自分の階に上がる。
歩きながらバッグからスマホを取り出せば、あったのはコナンからのメッセージだった。
安室と二人になってからの事を心配されているんだなと思ったら少しだけ頬が緩んだ。
後でちゃんと返事をしようとバッグにしまい、代わりに自宅の鍵を取り出して顔を上げた。

「っ!」

ふいに暗闇から美弥の前に現れた人影にビクリと肩が揺れる。
だけどそれが誰なのか気付いた瞬間、緊張の糸が切れた。

両手を広げて待っている、茶髪の彼。
眼鏡の奥の、闇のように深くて静かな、でもどこかいつもより深刻そうな気配のする色。

(ああ、この人は全部知ってくれていたんだ)

今日という日に起こった全ての事を。
そう思ったら涙が溢れていて、堪らず彼の胸に飛び込んでいた。

「私っ……、頑張ったよ……っ!」
「ああ…………お前でよかったと、心から思う」

柔らかい声色と抱き締めてくれる腕の温かさ、それだけで今日一日が報われたような気がした。











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非常に長くなってすみません。