04




「これ美味しいです!」
「よかったです。ありがとうございます」

美弥が出した軽食を手にしたキャメルが声高に喜んだ。
キラキラと子供のような反応を示してくれるので、コーヒーを入れ直していた美弥もつられて笑い返す。

赤井に会いに工藤邸に来て、ジョディやキャメルと顔を合わせる事にも慣れてきた。
最初こそ戸惑った顔をしていたキャメルだったが、今は照れくさそうにしながらも笑ってくれる。
ジョディも美弥がいても変な顔をしないし、少しは親しくなれたかなと思っている。

だけど、それだけだとも感じている。

「お邪魔しました」
「いえいえ、とんでもないです!」

小さな退出の言葉にやっぱりキャメルが元気よく答えた。
テーブルに広げられた資料や端末機器の画面をなるべく見ないようにしてササっとその場を去る。

好きに過ごしてればいいと赤井は言ってくれるが、あそこで自分が貢献できる事はないなと、キッチンで使った器具を洗いながら思う。
コーヒーや軽食を出す事ぐらいしかできないからしているだけで、別に必要な訳でもないし美弥にしかできない事でもない。
リビングで資料とにらめっこしながら真剣に情報交換をしている彼らの背中は、まるで海外ドラマのワンシーンのようで格好いい。
そこに美弥が入っていける余地は元よりない。

以前から時折感じていた事だが、赤井に抱き付いたりすると筋肉や骨などではない固い物質の存在を感じる時がある。
直接尋ねた事もないし彼も言わないが、あれはきっと銃なのだろう。
だからジョディやキャメルだって、今もどこかに携帯しているのかもしれない。
海外では恐らく普通の事で、彼らが持っている分には怖いとかは思わないが、そういう所でやっぱり日本との文化の違いを感じるのだ。

(シュウ……手放さないって言ったけど)

いつか、日本での役目を終えたら彼らはアメリカに帰るのだろう。
その時赤井は、美弥をどうするのだろうか。
何の約束もしていないのに先の事を考えても仕方ないが、時々ふと思うのだ。

(さすがに、そこまでだよね?)

普通に考えたら、それが彼との本当の別れになる。
彼も、ただずるずると一緒にいる美弥をアメリカまで付いて来させたりはしないのではないだろうか。
そもそも美弥は一度も日本から出た事がないし、日本から離れる事を考えた事すらない。
だから、そこからはまた一人になる。

(考えない考えない……)

覚悟を決める猶予があるだけマシだ。
また一人になってしまう恐怖を振り払って、美弥は前を向こうと自分に言い聞かせる。

日本にいる間は彼を支えたいと気持ちを切り替えようとして、そこでまた結局堂々巡りになる。
FBIのように捜査もできないし、銃だって扱えないし、身体能力なんてごく平凡な一般人だ。
役に立てる事なんてないなと、最終的には落ち込んで溜息が漏れてしまうのだ。

美弥、悪いが出てくる」
「えっ?う、うん」

ガチャリと音がして沖矢の姿が入ってきたと思ったら、あらかじめコンロに置いてあったカレーらしき鍋を持ってまた部屋を出て行ってしまう。
以前にもこんな事があったなと慌てて廊下に出れば、ジョディやキャメルも急な事で動揺しているようだった。

「突然どうしたのよシュウ」
「招かれざる客が来ている」
「え!?」

白いRX-7だ、と言いながら鍋を抱えて歩く沖矢の声で、その場にいた全員に緊張が走る。

(それって、安室さん……?)

否が応でも思い出すのは先日の件。

「お前達、付けられてはなかったな?」
「え、ええ、ちゃんと確認してから入って来たわ……」
「自分も見ていました……」
「なら気付かれてはいないか」

頷くジョディとキャメルの一方で、美弥の顔色は輪をかけて悪くなっていく。
そういう事に慣れている彼女達が確認したというのなら恐らく大丈夫だろうが、問題なのは先に工藤邸に来ていた美弥の方だ。
インターホンを押す時に白い車はなかったはずだけど、先日もやたらと接触してきた彼の事だ。
あれからは待ち伏せされるような事もなくぱったりと会わなくなったので、少し安心していたのだが。
もしかして、後を付けられていたのだとしたら。

(どうしよう、みんなが危ない目に……?)

美弥、心配するな。お前がやって来た時は俺が確認している。彼が来たのはジョディとキャメルが入ってきた後だという事だ。
それに彼は此方ではなく、隣の家に用があるらしい」
「そ、そうなの……?」
「ああ。二人を置いて行くから外に出るなよ」
「……うん」

さらりと美弥のフォローをしながら、素早く玄関から出て行った沖矢の背中。
様子を窺おうとする二人と一緒になって二階に上がり、カーテンの隙間からこっそり外を見せてもらえば、確かに阿笠の家の前に白いスポーツカーが停まっている。

「本当だ……」
「でも何でカレーの鍋を持っていく必要があるのよ?」

自分に用があった訳ではなさそうだとわかり、美弥はひとまず安堵の息を吐く。
静かにカーテンを元に戻していると、ジョディが疑問の声を上げた。

「あれを口実にしていつも隣を訪ねているんでしょう。何て言うんでしたっけ……おすそわけ?」
「ああ、そういう事ね」
「何かあった時はすぐに行けるように、向こうの様子も聞いてますしね」

キャメルが説明してくれてようやく美弥も今までの彼の行動に納得がいった。
あのイヤホンで阿笠邸の声か音を聞いて、異変を察知するとおすそわけと称して隣にお邪魔している、という事らしい。
聞く行為が褒められた事なのかは、美弥ではもはや判断ができないのでそこは深く考えないようにした。
だから彼は今までもたびたび、美弥が遊びに来ている事を知っていたのだ。

(気を付けよう……)

子供達と遊んでいる時にあまり下手な事を言わないようにしよう、と美弥は内心で苦笑いを浮かべた。

赤井はいなくなってしまったが帰る事もできないので、ジョディとキャメルはリビングで雑務をこなす事にしたようで。
美弥もまた、キッチンに戻って洗い物の続きをする。
彼はいつ帰ってくるのかわからないので、夕食は温め直せるものにしなければと献立を組み直していると。

美弥、ありがとう。これ美味しかったわ」
「あ、ありがとうございます」

キッチンのドアが開き、食べ終わった食器をジョディが持ってきてくれた。
それを受け取って順に洗っていると、感心したように見つめてくる視線を感じる。

「貴女の作るものは本当に美味しいわね。メニューだっていつも違うし、どうしたらこんなに美味しくなるのかしら」
「特別なものなんてないんですけどね……」

アレンジは好きなので色々試してはいるが、それでも普通の範疇だと思っているので絶賛されると少し面映ゆい。

「キャメルだってあんなに喜んじゃって。美弥がいるってわかると途端に顔が緩むのよ」
「ふふ、でも嬉しいです」

確かに最初の頃は美弥の様子を窺っているような顔をしていたが、今ではいつもニコニコしているし感想の声も大きい。

「さすが、シュウが選んだ女性って事かしらね」
「…………」

他意なくジョディは褒めてくれたみたいだが、美弥はそれに何と答えたらいいかわからなくなる。
そんな事はないと否定するのも、それじゃ嫌味にも聞こえてしまうかもしれなくて。

そもそも自分は彼女に持ち上げられるような人間じゃない。
真っ直ぐで正義の色を強く灯す目をした彼女から逃げていたのは美弥の方だ。

「あの……今まで、何も言わずにいてすみませんでした」

流しの水を一旦止め、意を決してそう切り出せばジョディはきょとんと目を丸くさせた。
彼女が気にしていなかったとしても、誠実じゃなかった自分が嫌だったのだ。

「最初は……現実から逃げる為に彼を利用してたんです。だから、どう説明すればいいかもわからなくて……後ろめたくて、顔向けできなかったんです」

赤井との関係を知りたかったであろう彼女に追及されるのが怖くて目を逸らしていた。
結局は言い訳だが、それでもこのまま当然のような顔で彼女面していたくなかった。
彼を慕っているだろうジョディに対して、そして傍に置いてくれる彼の為にも、せめて恥ずかしくない自分になりたかった。

「それでも今は、私にできる事があるなら何でもしたいって思ってます。
けど……私はただの会社員で、取り柄なんかなくて……何ができるかもわからないですけど……」

言いながら、やっぱり自分が大した人間じゃない事に思わず自嘲してしまう。
一般人がFBIの役に立ちたいだなんて烏滸がましいなとも思った。
語尾がだんだん弱々しくなっていく美弥に、ずっと何も言わず聞いているだけだったジョディが小さく笑う。

「シュウ……彼ね、どこか生き急いでた」

眼鏡の向こうの青い瞳が寂しげな色をしながら遠くを見つめている。
きっと彼女は、美弥の知らない赤井の過去もよく知っているのだろう。

「まるで死神に魅入られたみたいに、組織を潰す執念ばかりに囚われているようで。いつかそのまま消えてしまうんじゃないかって怖かった」
「…………」
「だけど、最近の彼は変わった気がする。組織を追いつめようとしながらも、生きて帰って来ようという意志を感じるの」

眉尻を下げたジョディが美弥を振り返る。
諦めたような、だけど喜んでいるような複雑な表情で笑った。

「きっと、貴女の存在があるからよ」
「……そんな、」
「貴女はそのままでいい。取り柄がないなんて言わないで。貴女が此処にいるだけで、きっと彼には充分なのよ」
「…………」

美弥の燻っていた感情を解き放ってくれるような言葉に目を瞠る。
そんな事はないと言おうとした息すらも、お世辞や社交辞令にも思えない優しい言葉に呑み込まれる。
彼女はやっぱり、どこまでいっても真っ直ぐで清らかだった。

「だからありがとう、美弥。貴女がいてくれてよかったわ」
「…………、ありがとう」

そんな風に思ってくれているなんて知らなかった。
きっと恋敵であろう自分にそこまで言ってくれて心から感謝しかなくて、美弥の口からそれだけが零れた。

半ば呆然としている美弥にジョディが笑いかける。

「今度、美味しいカフェ知ってるんだけど一緒に行かない?長い付き合いになりそうだし、貴女と友達になりたいわ」
「……うん。私も、貴女とちゃんと話がしてみたかった」
「決まりね」

きっと申し訳ないなんて、いつまでも思っていてはいけないのだろう。
彼女の明るさに救われて、美弥はつられるように微笑んだ。






夕方すぎに沖矢が戻ってくると、入れ替わりでジョディとキャメルが帰って行った。
外に停まっていたRX-7もいつの間にかいなくなっていて、どうやら問題は解決したようだ。

「彼女が大切にしていたストラップがなくなったと言うから、丁度いいと彼に手伝ってもらったんだ」
「そうだったんだ……」

沖矢は哀と共に阿笠邸に残り、ストラップの捜索は車内にいた安室に押し付け、いや、頼んだらしい。
結果ストラップは無傷とはいかなかったが哀の手に戻り、安室はそのまま帰って行った。

(シュウは、哀ちゃんを守ってるのかな?)

一緒にストラップを探すのではなく家に残ったのは、哀を一人にさせない為なのだろうか。
体よく安室を追い払いたかっただけなのかもしれないが、だったら工藤邸に戻ってきてもよさそうなのに彼はそうしなかった。
常時イヤホンをして即座に行動できるようにしているのは監視というより、やっぱり彼女に何かあった時の為のように思える。

(それは、どうして?亡くなった恋人と関係あるの?)

仕方のない事だとわかっているのに小さな引っ掛かりが、波紋のように次第に大きく広がっていく。
だけどそれは到底口にできるようなものではなく、美弥は薄く笑うだけに留めた。

静かになったリビングに入ると沖矢はソファに深く腰掛ける。
煙草に火を点け、ゆっくりと息を吸い込んで白煙を吐き出しては遠くを眺めている。
コーヒーでも入れ直そうと、美弥がキッチンに足を向けようとしていると。

美弥

赤井の声で呼ばれて振り向けば、彼が指でチョイチョイと手招きをしている。
何だろうと思いながらも素直に傍に行けば、そのまま指がソファの隣に示される。
ストンと座って首を傾げれば、流れるように引き寄せられた。

「どうしたの?」
「ブレイクだ」

そう答えただけで後はふうと息を吐いているだけ。
不意打ちだったので少し驚いてしまったが、やっと二人きりになれたので美弥も嬉しくなって頬を寄せる。

抱き締められる腕の強さ、そして彼と煙草の匂いに、さっきまで翳っていた心の靄がすうっと消えていくようだった。
彼がいなくて心細くもあったのだろう、だけどこうしているだけで安心できて、自然と目を伏せる。

頭上から聞こえる微かな煙草の燃焼する音、そして息を吐く音と共に美弥を包み込む胸が上下する。
濃厚な煙の気配に、そういえばと美弥は急に思い出した事があって口を開いた。

「この前……会社の同僚に、私から煙草の匂いがするって言われた」
「ほう。どう答えたんだ?」
「何も答えられなかったけど、私が吸ってると勘違いされて心配された」

ふっと笑う声が聞こえた。

「すまんな」
「煙草やめて欲しいって意味じゃないんだけど、意外と移るものなんだね……」
「まぁ、今もこんな近くにいるのだから無理もない」

わかった上で顎を持ち上げられて、彼の唇に深く絡み付かれる。
気持ち良さと痺れるような匂いで美弥の意識が飛びそうになる。
テーブルの灰皿に置かれた煙草からは、細い煙がすうっと立ち昇っては静かに消えていく。

「これだけ匂いが移れば男避けにはなるな」
「…………」

悪戯っぽく笑われて、何だか気恥ずかしくなって目を彷徨わせる。
独占欲なのか、執着なのか、どこまで本気なのかわからないがその言葉は嬉しくもあり。
同時に、不安にもなる。

「……どうして、私なの?」
「ん?」

美弥がいてくれてよかったとジョディは言った。美弥が赤井を変えたとも。
その言葉に救われたような気もしたが、だけど本当に何もしていないのだ。
してもらっているばかりで、特別な事を彼にした訳でもない。
自分は何の取り柄もない、ただの普通の人間だ。

他を探せば美弥のような人間などいくらでもいるだろうに。

(そうか……私は、心変わりされるのが怖いのか)

自分は彼がいないと生きていけないが、きっと彼は違う。
仮に美弥がいなくとも生きていけるだろうし、これからも色んな女性と出会う機会だってあるだろう。
いつかアメリカに帰る彼は、美弥ではない誰かを愛する事もできるだろうと思う。
だからこそ、今どうして彼は自分をこんなに想ってくれているのか、美弥にはわからない。
引き止めるだけの力がない自分は、それが怖い。

「私……シュウに、何も返せてないのに……」
「…………」
「何も、できてない」

だけどそんな事は言えそうもない。
代わりにそう呟けば、黙った沖矢から覗く鋭い瞳がじっと此方を見つめている。
つまらない事を訊いてしまっただろうかと、少し萎縮して視線を落とす。
この僅かな無言の時間が美弥の不安を煽る。

「……例えば、お前の家に行った時」
「、え……?」
「仕事柄、命のやり取りは珍しくもなく、銃を使う事もざらにある。
そうして任務を終えた後にお前が『おかえり』と、何も聞かずに言ってくれる」
「…………」

怒っている訳でもなく、どこか言葉を選びながらまるで昔を振り返るように彼は話す。

「安らぎ、というのだろうか、これは。それをお前から与えられている。俺は、お前からそういうものをいつももらっている」
「…………」
「他にはまだあるか?」

彼は美弥の不安を取り除こうと、面倒くさがる事もなく付き合ってくれている。

「でも私……特別な事なんてしてない」

そんな事ぐらいしかできなくて、逆に言えば誰にだってできる事だ。
有り難がってくれるような価値があるのか美弥にはわからない。

「そうか?だが俺にとっては何も警戒する必要のない空間があるのは大きいがな。
それにお前は、俺の存在を秘匿しようと何度も自力で危険を回避してきた。それは、そう簡単にできる事ではない」

眉尻を下げた美弥に、幾分か優しい眼差しで笑う赤井。
穏やかで、だけど包み込んでくれるような眼鏡の奥の双眸を、そろそろと見つめ返す。

「……私、シュウの役に立ってるの?」

半信半疑ながら絞り出すように問えば、沖矢の顔で少し考えるような素振りをして、そして口を開く。

「……お前は言わば、シンボルだ」
「シンボル……?」
「脅威が潜むこの複雑な世界で、お前の存在が俺に日常や平穏を思い出させてくれる。
お前の傍にいると俺は俺を忘れられる。何も考えず、無になれる」

だから彼は、美弥の傍ではいつもぼうっとしている事が多かったのだろうか。
死んだ振りをして沖矢昴の姿で生活している事にも負担はあるのかもしれない。
その疲れのようなものを、美弥が取り払えているのだろうか。

「何があっても、お前の元に帰ってきたいと思うようになった。お前の存在が俺の命を繋ぎ止める」
「私が、シュウを……?」

支えたいのに、そうできていない事を嘆いていた。
だけど彼は、美弥の存在自体が彼の命を支えているのだと言う。

「ああ。だから傍にいてくれなければ困る。お前が必要だ、美弥
「っ…………」

次第に目頭が熱くなって、堪えていた涙がついに零れた。
頬に伝うそれをささくれだった指に拭われて、また新たな涙が流れていく。

彼の役に立ちたいと思った。
何ができているかわからない、だけど彼が優しく笑ってくれるなら。
少しでも彼の為になっているのなら、美弥の存在に意味はあったのだ。

「シュウ……っ」

胸元に顔を埋めて、美弥は静かに泣いた。
低く安心させてくれる声色、温かい体温、肩に感じる顎の感触、そして静かに聞こえてくる鼓動の音、全てが美弥の心を震わせる。
沖矢の姿をした赤井はあやすように美弥の背中に両腕を回し、泣き止むまで根気よく待っていた。
落ち着いてきた頃に、ふいに彼が口を開く。

「逆に聞くが、お前こそどうして俺だったんだ」
「、えっ……?」

意外な言葉に顔を上げれば、思いのほか真剣な目が浮かんでいた。

「あの時、バーにいたのが俺でなくともお前は人肌を求めにいったのか?」
「そ、そんな事ない、あれはシュウだったから……!」

そう、きっかけはたまたまだったけれど。
色んな人が美弥に興味を持って話しかけてきたが、自分から声をかけたのはただ一人だけだった。

「そういう事だ。俺も、死んだような目をしているくせに寂しいのかと言い当ててくるお前だったから、放っておけなくなった」
「っ……うん」

彼にとっても最初は気まぐれだったのだろう。
だけどいつの間にか、お互いに随分深い関係になってしまった。

「今はそんな事はないとは思っているが、あまり俺を嫉妬させるような奔放な事はしてくれるなよ?」

冗談交じりで見せてくれた赤井の執着、だけどそれはお互い様だ。
大丈夫だと安心させたいのと引き止めたい両方の気持ちで美弥は両腕をチョーカー型変声機のある首に回すと、躊躇いながらも唇を触れさせた。
夜でもなく、酒の勢いもない状態でこれ以上はできなくて僅かに距離をとると、後頭部が大きな掌に掴まれる。

「それだけか?」
「……っ」

至近距離で楽しそうに笑われて、美弥の頬がカッと熱くなる。

「どうすればいいか、わかってるだろう?」

恥ずかしいのに、逃れられない。

(ああ、もう自分は重症だ)

覚悟を決めると、美弥はもう一度キスをしてそっと舌を差し込んだ。
だけど待ち構えていた彼の舌に絡め取られてあっという間に主導権を奪われる。

どうしたって彼には敵わないなと諦めながら、美弥は静かに目を閉じた。











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煙草の描写、今の時代だとなかなかですね。でも好き。