09-2




買い出しを終えて工藤家に戻ると、出掛ける前とは空気が一変していた。

「キャメル!?マーク!?」

明らかに緊迫したジョディの声が聞こえて、荷物を一旦廊下に置いて恐る恐る書斎の中を覗く。
ジョディ達が見つめるモニターの向こう側で何か良くない事態が起きているのは美弥でもわかる。

部屋に満ちる緊張感に引っ張られるように不安を感じていると、意外そうな表情で此方を振り返るコナンと目が合った。
当たり前のように彼がこの場にいる事に驚いたが、それはお互い様なのだろう。
だけどコナンも美弥どころではないらしく、難しい顔でモニターに視線を戻した。
大人ばかりの空間で違和感なく溶け込んでいる小学生の男の子。
何度も似たような場面を目撃してきたから美弥ももう慣れてきてしまったし、相応の信頼が彼とFBIの間であるのだろうと思った。

「なるほど、この暗号ですか……」

FBIが仲間内で連絡し合う時に使用していた暗号文を優作がしげしげと見つめる。
暗号文が盗まれて解読された事を逆手にとって組織を誘き出そうとしたらしいが、逆に組織に包囲されてキャメルとマークがピンチに陥っているようだ。
どういう事なのか詳しく知りたかったが、優作やコナンと違って此処で美弥が役に立てる事はない。
廊下に置きっぱなしにしている食材も気になるので、騒動のさなか美弥はこっそりと書斎を出て荷物をキッチンに運んだ。
できる事をしようと、冷やさなければいけないものを冷蔵庫に入れていると有希子もやって来て協力してそれを終えた。

もう一度書斎の中に身を滑らせると、優作とコナンが暗号文について説明していた。
どうやら文章を作成した時にローマ字の表記が違っていたようで、それで組織に感付かれてしまったのではないか、という事だった。
ショックを受けるジョディの代わりに、隣にいた赤井がキャメルに呼びかける。

「キャメル、今話せる状況か?」
『は、はい、何とか…』

返事と一緒に聞こえる走行音から車を運転しているのだと予想できる。
焦った様子のキャメルが撃たれた事を伝えてくる。

『マークの大腿部を抉ったようで、出血がひどく早く手当てしないと……!』

大腿部を負傷、その言葉にさっと血の気が引いた。
それは一歩間違ったら命を落としかねない大怪我だ。
厳しい状況を物語る音声、的確な指示を飛ばす赤井、その一方で美弥の胸はドクドクと嫌な音を立てる。

マークを安全な場所に降ろして走り続けるキャメルの車と思われる印が、モニターに映った地図の中を右往左往する。
追いかけてくる組織の車の位置はわからないが、どうにかして巻こうと赤井の声も荒くなっていく。
だけどキャメルが突然呻き声を上げ、次に聞こえたのはガラスの音と尋常ではない激しい衝突音だった。

「キャメル!?応答してキャメル!!」

青褪めたジョディがモニターに噛み付くように叫ぶ。
画面に映っていたキャメルの位置も消えてしまっている。
雑音が酷く何も聞き取れなくて、書斎にいた誰もが息を呑んだ。

『ジョ、ジョディさん……』

ようやく聞こえたキャメルの声に、少しだけ安堵の空気が流れる。

「キャメル生きてたのね!?」
『車ごと落ちて、今、水の中ですが何とか……』

無事が確認できて美弥は震えながら息を吐く。
モニター越しの誘導のおかげか水没した車からは脱出できたようだが、肩は撃たれて大怪我、そして組織の追手からはまだ逃れられていない。

(キャメルさん……)

彼は初めて会った時こそ窺うような顔をしていたが、美弥がいる事に慣れてからはよく笑ってくれた。
料理が美味いと律儀に感想を言ってくれる誠実な人が、今まさに怪我をして命の危機に晒されている。
これは紛れもない現実なんだと、美弥は痛む胸をギュッと握り締める。
見知った人が命を落としてしまうかもしれない現実がすぐ目の前にある。

「有希子さん、いいですか」

赤井が有希子に何かを耳打ちする。
二人で書斎を出て行く姿を横目で見ていると、有希子が此方を振り返る。

美弥ちゃんも、手伝ってくれる?」
「……私にできる事ですか?」
「ええ、もちろん」

もしかしたら彼女に気遣われたのかもしれないと思いながら、美弥は後を追う。
胸は苦しいけれど、何もできずに立ち尽くして騒動を見ているだけの自分も嫌だった。

別室に入ると有希子がてきぱきと何かの道具を取り出して、壁掛けの大きめの鏡の前には椅子を置いた。
その周りに広げられた櫛だったり筆だったり、さらにはよくわからないものも多くあったが、その様はまるで美容師かヘアスタイリストのようだ。

「彼、変装してキャメル捜査官を迎えに行くんですって」

言われてようやく気付いた、彼は沖矢の変装を有希子に頼んだのだと。
そして孤立したキャメルを組織の包囲網を掻い潜って助けにいくのだ。
ほどなくして現れた赤井は既に着替えを終えていて、沖矢としての服装に変わっていた。

美弥。悪いな、少し出てくる」
「……うん」

辛うじて返事ができた。
いつもと違い防水仕様の変装を注文した赤井が椅子に座り、有希子は気合いを入れながら沖矢の顔を作っていく。
その工程を知らなかったので思わず呆けて見てしまったが、慌てて有希子の傍に寄る。

「手伝います」
「ありがとう美弥ちゃん」

指示されるものを手渡しながら、美弥は胸に溜まる不安を必死に呑み込む。

(助けに行くのも危険なんだよね?)

聞くまでもなく確実に危険だろう。
相手は簡単に人を殺せる集団なのだから。

(一歩間違えたらみんな死んでしまうんじゃないの?)

もし彼が失敗したら恐らくキャメルの命もない。
情報が漏れでもしたら此処にいる皆の命だって危ないだろう。
なのに彼らは毅然としていて、美弥だけがこんなにも恐怖に苛まれている。

人が死ぬのが怖い。知った人が死んでしまうのはもっと怖い。
普通に生活していても突然に命を奪われる事がある世界だとはわかっている。
だけど命のやり取りと隣り合わせの生き方が彼らの中ではきっと当たり前で、ここでは美弥の方が異質なのだ。

(違うね……みんな、覚悟ができているんだ)

任務を遂行する為に、時には命すら賭けなければならない事への覚悟ができているのだろう。
姿勢や意識が最初から違うのだ。
覚悟ができていないのは、自分だけ。

「あら、やっぱり男前!」
「ありがとうございます」

目の前で完成した鏡越しの沖矢昴の顔に、美弥は無理に笑みを貼り付ける。
此方を気にかける余裕もないのだろう、赤井はすぐに立ち上がって部屋を出て行った。
その迷いのない背中が漠然と怖くて、思わず追いかけてしまいそうになり踏み止まる。
この場での自分の存在は彼の邪魔になるだけだから、行ってはいけない。
だけど、そんな美弥の肩に手を置いたのは優しく微笑む有希子だった。

美弥ちゃんは送り出してあげて」
「……いいんでしょうか」
「言葉で伝えるのは大切な事よ。こういう時だから、余計にね」
「……はい」

追いかけていいのだと、そして話をしてこいと。
有希子の気遣いに感謝しながら頷くと、美弥は意を決して廊下を歩く。
赤井にあてがわれた部屋に近付けば中から物音がするので、彼はそこにいるのだろう。
恐る恐るノックをして入っていいか尋ねれば、いつもと変わらない返事が返ってくる。

静かに部屋のドアを開けると、分解された銃器を慣れた手つきでバッグに詰めている背中が目に入る。

「すまない、結局お前を巻き込んでしまったな」

手を止めないまま投げかけられた言葉に、美弥は見えないとわかっていても首を横に振った。

「ううん。ちゃんと知っていたいから、いいの……」
「そうか」

怖くて不安で堪らないけど、だからと言ってこんな事態になっている事を知らないままで安全な場所で生きているのも嫌だ。
彼らは美弥の知らない所で、いつもこうやって危険な場所へ向かっていたのだろう。

(何か、言わなきゃ)

頑張ってだの気を付けてだの、彼を送り出す言葉を言わなければならないのに何も出てこない。
喉から溢れようとする本音を抑え込んで、彼の背中を見つめるしかできない。
本当は、危ない目に遭わないで欲しい。危険な所になんて行かないで欲しい。
だけどそれは同じ目線に立っていない美弥が口にできる言葉ではない。

準備を終えた赤井がライフルバッグを肩に背負って、美弥の正面に立つ。
確かめるように見下ろしてくる視線と交われば、ようやく変装後の表情が見えた。

「大丈夫だ、心配するな」
「…………」

彼はわかっている、美弥が言葉を呑み込み続けている事を。
鋭くも静かな炎を宿した瞳が黒縁のレンズ越しに現れる。
獰猛な気配をしているのに安心すら覚える深い光彩。
その目を見つめていると、泣きたいような苦しいような切ない気持ちが押し寄せてきて。
突き動かされる衝動のまま、美弥は彼の服をキュッと掴んだ。


――思っている事があるなら言っていいと、シュウは言った。

言いたい事は言わないと駄目よと、有希子さんが言った。
美弥がいるだけで、それだけで充分だと、ジョディが言った。

自分の存在が彼の命を繋ぎ止める。
美弥が安らげる場所だと、そう彼が言ってくれた。

だから、伝えたい感情がある。
もう会えなくなるかもしれない可能性だってあるのなら、言葉にしたい。
そして、その想いが少しでも彼の力になるのなら。

彼に言いたい事なんて、たった一つだけだ――


「生きて、帰ってきて……」
「ああ、わかっている。お前を独りにはしない」
「――好き、だから……」
「…………」

吐き出した言葉に赤井が動きを止めた。

「好きだよ、シュウ……たぶん、もうずっと前から……私、貴方の事ばかり見てる……」

それが真実だった。
勝手に熱くなる喉から込み上がる何かを堪えて途切れ途切れになりながら、想いを紡ぐ。

妙に緊張してきて震える視線を落とすと、赤井の温かくて大きな掌に両頬を包み込まれる。
上を向かされると同時に、降りてくる唇。

「その言葉を待っていた」

それはどういう意味なのだろう。
考えたくても、美弥の温度を確かめるように口内をなぞられて意識が持っていかれる。
喰われるようなキスの後、眼鏡の奥の赤井の瞳にじっと見つめられる。

「俺は必ずお前の元に帰ってくる。だから待っていろ」
「……うん」

もう一度頬を撫でた後、するりと彼の指が離れていく。
颯爽と廊下を歩いていく背中を、美弥はただひたすらに見つめた。

美弥のいる日常とはまるで別世界。
危険と隣り合わせの彼の命。
だけど、離れようという気は不思議と起きない。

ならば自分も覚悟を決めなければならないのだ。
彼を送り出して、待つという覚悟を。






赤井はコナンを連れてキャメルの救出に向かった。
危険な場所にコナンを行かせる事に不安がない訳ではなかったが、赤井が判断したのなら意味があるのだろうと、美弥は無事を祈りながら二人を見送った。

屋敷の外はもう深い夜で、普通ならば就寝していてもおかしくない時刻。
だけどこの場で誰一人としてそんな空気は出ない。
休んでてもいいわよと、ジョディと有希子にも言われた。
けれど美弥だけ安穏と寝ているなんてできないし、そもそも眠れやしないだろう。
だから美弥は、皆が注視するモニターがギリギリ見える位置の書斎の隅っこで沖矢とコナンと、それからキャメルの音声に耳を傾けた。

まるで鬼ごっこのようだと思う。
閉ざされた島で道具を駆使しながら必死に身を潜めるキャメルと、それを追い立てて見つけ出そうとしている組織の気配。
見つかれば確実に命はないという緊迫感に、聞いているだけなのに呼吸が浅くなって苦しさすら覚え。
時折、当たり前のように発砲音が聞こえてきて、そのたびにビクリと美弥の肩が跳ね上がる。

キャメルに次々と助言をする赤井の機転やコナンの知識の多さにはすごいなと感心するばかり。
だけど組織側にも頭の切れる人物がいるようで、それすらも抜けてキャメルを追い立てる。
土の中に隠れて朝まで凌ぐつもりだったのに、なんと島ごと燃やされて逃げ場が一気になくなった。
変声機を通した沖矢の荒げた声と慌てるキャメルの声が書斎にも響いて、場が騒然となる。

粘着テープやカッターナイフなど、こんな状況では聞かなさそうな単語が飛び交う。
逃げながらゴソゴソと何かをしている音とキャメルの呼吸音だけの時間が流れ。
互いに理解しあっているような沖矢とコナンの端的な言葉だけがボソボソと漏れ聞こえる。

それから一瞬だけの、僅かな静寂。

『走れ!!』

沖矢の指示の後、一際大きく聞こえた銃声。
誰かの苦悶に満ちたような声、そして何かが激しく海に落ちた音。

「キャメル!?」

モニターの前のジョディが叫んだ。
一体どうなったというのか、現場が見えない書斎からでは最悪な結果すら想像できてしまって皆が青褪める。
キャメルが撃たれたのかと美弥は震える拳を握りしめた。
その場にいる全員が思わず前のめりになってモニターに集まり、名前を呼んだ。

『問題ない、上手くいっている』

絶対的な安心感を思わせる沖矢の声に、冷静さを取り戻していくFBIの人達。
モニターの向こうからまた銃声が何度か鳴り響き、それからしばらくして。

『や、奴ら……撤退していきました』

聞こえたキャメルの声に書斎にいた皆が沸いた。
どうやら終わったのかもしれないと、その空気を感じて美弥はようやく息を吐いた。

状況を説明する赤井によれば、キャメルを死んだと思わせる為に狙撃で偽装したとの事だった。
目の前で撃たれた所を確認しなければ組織はいつまでも追いかけてくるからと、島にあった道具を防弾チョッキ代わりに装着し、キャメルは撃たれる振りをした。
それを完璧に見せる為と、追撃をさせない為の援護を赤井とコナンが協力して行なったそうだ。

(よかった……)

これ以上誰も犠牲にならなくてよかった。
知らず息を詰めていたらしくて、未だに心臓が踊っている。

(本当にすごいな、この人達……)

信頼しあって、仲間を見捨てずに全力で助けて、そして全力で喜びを分かち合っている。
結局美弥は何もできなかったけれど、この場にいられただけでも幸せな事なのだろうと思った。

時刻はもう夜明けに近い。
カーテンの外の空はまだ暗いが、やがて白んでくる事だろう。
一晩中起きていた疲労感はあるけれど、それ以上に彼らの帰りが待ち遠しくて気持ちが逸っている。
まだ興奮冷めやらないといった顔をしているFBIの人達も緊張し通しだっただろうから、飲み物くらい飲むかなと順にグラスを渡しに行けば、
「ありがとう」と言って一気飲みする人もいた。

美弥ちゃんもお疲れ様。怖かったよね?」
「いいえ。みんな、無事でよかったです」

トレイを持って歩いていると有希子が気遣うように苦笑した。
こんな経験は初めてだったけれど、此処にいられてよかったとも思っている。
みんな、こうやって戦い抜いて生きているんだと知る事ができたから。

そうして太陽が顔を見せる少し前、キャメルを乗せた沖矢の車が工藤邸に戻ってきた。
屋敷に入ってきたキャメルが最初に迎え入れられて仲間達にもみくちゃにされている。
服は泥だらけで顔も真っ黒で、所々血の跡もいくつか見て取れて、本当に危険だったんだと思う。
だけど生きて笑っている姿を確認できて美弥も小さく笑んだ。

美弥さん、起きてたんだね」

子供の声を辿れば、すぐ近くにまで来ていたコナンが目を細めて笑っている。
銃声が鳴り響く場所から戻ってきたというのに、彼はいつも通りで此方が驚いてしまう。

子供だけど、子供じゃない。
守らなければと思っているのに、彼には守られてばかりで。
頼りになって格好よくて、美弥にとって大切な人だけれど、だからこそ不安になる。

「コナン君……よかった……」
「っ、美弥さん……?」

堪らず身を屈めて抱き締めれば、耳元で動揺する声がする。
こういう時は青い高校生のように照れる事ができるのに、危なっかしい気がして仕方ない。
放っておくと、危ない現場にも夢中で飛び込んでしまいそうだから。

「あんまり無茶しないでね」
「……うん、ごめんなさい」

年相応な返事に結局絆されて許してしまうのだから、怖い子だなと美弥はくすりと苦笑した。

そして、そっと玄関から入ってきた最後の影。
ライフルバッグを背負い、出掛けた時と変わらない出で立ちの茶髪姿。
涼しい顔をして、眼鏡の奥の目も細められていて見えない。

だけど、それは紛れもなく彼だ。
美弥が愛おしくて堪らない、あの瞳を宿した人。
命を狙い合う、危険な世界から戻って来てくれた。
生きて美弥の元に帰ってきてくれる、ただそれだけでいい。

「……おかえり」

その言葉を紡げる事が、どれだけ幸せな事かを知っている。
言いたくても言えなくなってしまった経験があるから。
だから美弥は、その言葉に感情の全てを込める。

(これが、自分の役目なのかもしれない……)

何もできない自分が彼の為にできる唯一の事。美弥が決めるべき覚悟。
彼が帰ってこられる場所、彼が背負っているものを降ろす事のできる場所を作る事。
それだけは誰にも譲りたくない、美弥が此処にいる意味なんだと思いたい。

安心したせいか、嬉しくて笑えているのに、出迎えの言葉を口にすれば勝手に涙が零れた。
それを見下ろした沖矢の瞳が開かれ、鋭くも静かな色が穏やかに緩んだ。

「……ああ」

小さく聞こえた本来の赤井の声が、美弥の心に染み込んだ。






「本当に大丈夫なのか?」

寝てないんだろう、と運転席の沖矢が言う。

三人が帰還して、キャメルの見た目を変える為にさっそく髪を切られるという場面を見届けたら、気付けば既に朝と呼ばれる時間帯になっていた。
もう少しFBIの人達と一緒にいたかったが、残念ながら美弥には普通に仕事がある。
前日にいきなり休ませてもらったので流石に今日も休む訳にいかず、支度もあるので美弥のマンションまで車で送ってもらった。

「うん、徹夜したわりにはあまり眠くないから」
「それは神経が昂ぶってるせいだろう」
「……たぶん、大丈夫」

帰ってお風呂に入ったり、準備をする時間を抜いたら寝る時間はないに等しいだろうなと思う。
だけど意外と目は冴えていて、一日ぐらいなら勢いで行けそうな気がする。
赤井は渋い顔をしているし、仕事中は多少眠いかもしれないが、寝ぼけ眼を擦りながら一日やり過ごせばきっと何とかなる。

「すまんな」
「ううん。あの場にいられてよかった。みんなにもよろしく言っておいてね」

FBIの人達は異質な存在であった美弥を温かく迎え入れてくれた。
帰りがけに数人に囲まれて、料理美味しかったと、ありがとうと握手を求められた。
嬉しそうな目が見られて、それだけで美弥が来た甲斐は少しはあったかなと思った。
もう帰るのかと惜しまれて、また来てくれと言ってくれる人もいた。
親しみを込めて肩を抱き寄せられもしたが、近くにいた赤井の目にビクリと腕を離す人もいた。

「あいつらは遠慮がなさすぎる」
「構っていいって、言ったのはシュウだよ?」

面白くなさそうな声色に美弥はくすりと笑う。
嫉妬のようなものを向けてくれるのは少し、いやかなり嬉しかった。

「夕食ぐらいは作ってお前の部屋に置いておく。昨日は何もしてやれなかったからな」
「気にしなくていいんだけどね……うん、ありがとう」

これからも彼は色々な後処理があるだろうから忙しいはずなのに。
わざわざ美弥の為にしてくれるというのだから敵わない。

(優しいなぁ、シュウは)

いつまでこんな時間が続くのだろう。
できれば長く続いて欲しいと思うけれど、組織との対決は早めに終わって欲しいとも思っていて。
両立できない願望に内心で苦笑してシートベルトを外す。

ふいに伸びてきた手が美弥の腕を掴む。
その手の強さだけは、彼が生きていると知らなかった時でもずっと感じていたもので。

「全てが終われば、FBIは国に帰る」
「……そうだね」

彼が口にした言葉は、美弥が考えていた事と同じだった。
だけどそれは最初からわかっていた事だ。

美弥

赤井の声で名を呼ばれ、顔を上げる。
おもむろに眼鏡を外し、赤井本来の瞳が美弥を射抜く。
純日本人特有の黒色や焦げ茶色でもない、宝石のような美しい色。
獰猛さと鋭さを見せるその奥で、まるで孤高の獅子のようにどこか寂寞すら滲ませる。
時には穏やかに、緩やかに、美弥を包み込むような柔らかな愛を与えてくれる瞳。

その目に、その色彩に、美弥は一瞬で捕らわれたのかもしれない。

「その時は、一緒に付いてきてくれるか」
「っ……」
「俺にはお前が必要だ、美弥

言ってくれるとは思わなかった。
アメリカに帰ってしまうと同時にこの曖昧な関係も終わると思っていた。
ずっと傍にいたいと心の底では願っていたけど、それは口に出す事はできなかった。
だから彼の言葉を美弥は目を見開いて受け止めた。

(一緒に行って、いいんだ……)

あんなに色々考えていたのに。
海外を知らない美弥が国を渡るなんて簡単な事じゃないともわかっているのに。
だけどこの瞬間、不思議と美弥は迷わなかった。
生まれた一つの素直な気持ちがすとんと心に落ちて、自然と溢れていく。

「……貴方がいるなら、何処でもいい」

言葉を返せば、今度は彼の方が意外そうな顔で目を瞬かせた。
どうしてそんな顔をするのだろうと、美弥は少しだけ戸惑いながら深い瞳を見つめ返す。

「即答されるとは想定していなかった。これから時間をかけて口説くつもりだったが……」

彼の驚きの意味を知って、美弥は思わず笑みを零しながら首を横に振る。
そうすればいつの間にか涙が頬を伝っていた。

(そんなの必要ないよ)

彼が傍にいる人生と、いない人生、どっちを選ぶかなんて考えるまでもない。

「シュウと離れて生きていくなんて、もうできないよ……シュウがいない事の方が、きっと耐えられな、い――」

言い終わらないうちに強い腕に引かれて唇がぶつかった。
激しい甘さに溶かされて愛しさが込み上がって、だけど心の奥に残っている小さな罪悪感が頬を流れていく。

それでももう、離れられない。
彼が美弥を必要としてくれているのなら、何処へだって付いていきたいと思ったのだ。

「私でいいの……?」
「ああ、お前が欲しい」
「、っ……うん」

互いに忘れられない人がいる事を知りながら、それでも自分達は結び付いた。
傷を舐めるのでも消そうとするのでもなく大事に抱えながら、今日を生きていく為に。

飽きるくらいに確かめ合い、そして二人はそれぞれの日常に戻った。











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※少しあとがき※

大事なシーンが、変装で車中でってどういう事よ、とは作者が一番思っています。
が、きっと彼は結果を先に求めるタイプな気がするので、夢主の告白を聞いて早々に言いたかったんだと思います。
綿密に計画をしてムードな場を設けて、という性格ではなかったんでしょう、ウチの彼は。
もしやるにしてもその後に、かな。