それは少し前の授賞式。
アオイが不在のまま、ハヤトがワールドチャンピオンとしてスポットライトを浴びていた時の事。

「ねぇ琉奈さん、色はどちらがいいかしら?」
「そ、そうですね……」

う~んと悩み続けるクレア。
何度目か分からないそれに琉奈は言葉を濁しながら酒をチビチビと煽っていた。

「クレアさんはどちらの方が気に入ってるんですか?」
「そうねぇ、やっぱり今までのカラーも素敵だけど、思い切ってウチのチームカラーにしちゃってもいいと思うの」
「青……ですか?」
「そう、爽やかできっと可愛いと思うわ!でもそうするとマシンの隣に立ったら目立たなくなっちゃうと思うし……」
「ピンクって目立ちますもんね」
「じゃあやっぱりピンクかしら?でもめぐみさんとさつきさんなら何でも似合いそうよねぇ」
「ふふ、迷いますね」
「う~ん、どうしましょう……」

クレアには悪いが、もう気が済むまで悩んでくれと思った。
この状態になったら彼女はもう止まらない。

「あの、ミス・フォートラン?」
「はい?あ、ハイネルさん」

そんな時、タイミングが良いのか悪いのか、あからさまに緊張しているハイネルが声をかけてきた。

「少しお話しさせていただけますか。あの…以前から一度、貴女とはゆっくりお話ししたいと思っていたので。
その……同じマシンデザイナー同士として……」
「まぁ……嬉しいですわ、喜んで」

誘いを受けてもらえたからなのか、どこか安堵したような顔付きのハイネルだったが。

(だ、大丈夫かなぁ……)

大きな不安を抱えながらもとりあえず2人で話をさせようと、距離をとった琉奈は修達の輪に入った。

「ほぉ、珍しいな。ハイネルとクレアが話をしている」

どうやらハイネルは以前からクレアとマシンデザインについて意見交換がしたかったらしく、
機会を伺って今回ようやく声がかけられたんだとグーデリアンは興奮しながら喜んでいた。

クレアが他の男と喋っている、その状況にブーツホルツは修の様子をうかがったが、
修は何処吹く風といった風情でそれを眺めていた。
そして琉奈は違った意味でハラハラと2人のやりとりを遠目で見守っていた。

「ミス・フォートランはスペシャルのAよね!美人で頭良くてマシンデザイナー!
ドライバーなら誰だって彼女にしたいナンバー1ね! ハイネルは『マシンの話をしたいだけだ』な~んて言ってたけどな!」
「だが、クレアは危険な女だぞ。特にハイネルのような奴には」
「ああ……そうかも……」

嫌な予感を覚えていた琉奈は修の呟きに深く頷いた。

「ああ?」
「危険て……何がだ、菅生?」

グーデリアンとブーツホルツの怪訝そうな声を余所に、

「キャン、ギャル……コス、チュー……ム?」

案の定、激しい音を立ててハイネルは気を失った。

「ああ、やっぱり!」

首を傾げているクレアの横を通り過ぎ、琉奈は背後からハイネルを支えた。

「き、気を確かにハイネルさんっ!」
「ああ、すまない……」

目を剥いて倒れるのも無理はない。
口を開けばコスチュームデザインの事しか頭にない今のクレアと話が合う訳がないんだから。
彼は純粋にマシンの話がしたかっただろうにと、琉奈は心の中で手を合わせた。

「(ごめんなさいハイネルさん、今のクレアさんは完全にスイッチが切れてますから)」
「そ、そう、なのか……スイッチ……」

小声で耳打ちすると、譫言のようにブツブツ呟くハイネル。

(ああ、こりゃ重傷だ……生真面目な人も大変なんだなぁ……)

クレアには適当に言い繕って身を起こさせると、
フラフラなハイネルに外気を吸わせようとバルコニーまで送り届けた。

そんな琉奈を、ヒョコヒョコやって来たリサとグーデリアンが凝視する。

「……あれ?意外と琉奈ちゃんとハイネルってお似合いなんじゃないの?」
「へ~本当だ!確かに琉奈だったらお兄ちゃんの事しっかり面倒みてくれそうだよね。
それに結構激情家だから、いざという時は叱ってもくれそうだし」
「リサちゃん!こりゃやっぱくっつけるしかないでしょ!あのハイネルちゃんに女でもできれば少しは丸くなるってもんよ!」
「んーそうかも。案外いいコンビになりそうだね」
「さすが、ミーって何てハイネル思いだろうね!」

2人の間でそんな会話がなされているとは琉奈は露にも思っていなかった。






4・ねじれあう幸福論






「け、結婚するだと!?」
「はい。予定より少し早いですけど、あすかと話し合って、そのように」

この日はスゴウ、シュトルムツェンダー、ミッシングリンクの3チーム合同テストが行われていた。
テスト走行前にアンリの骨折事件などもありスゴウは慌ただしかったが、
さらに急にスゴウクルーが集められて何事かと思えば突然の2人の結婚発表だった。

一人呆然と驚いている修以外のクルーは皆祝福ムードに包まれ、特に喜んでいたのはクレアだった。

「じゃあ結婚式をするの?」
「いえ、そういった事はとりあえず後でも、という事で」
「そう……でもよかったわね、おめでとうハヤトくん、あすかさん」
「そっか。ついに決めたんだね!」

パアっと目を輝かせているクレアの横で琉奈も笑顔を見せた。

「ありがとうございます」
「ホント今更って気もするけど、おめでとハヤト、あすか」

良平の後に続いて拍手が湧き起こる。
だが、やはり残る1名だけ温度が低いようだった。

「……親父やハヤトの母上にはもう話したのか?」
「いえ、このテストの後ちゃんと挨拶に行くつもりでいるんですが」
「では結婚すると言っても、まだお前達がただ言っているだけの事か。おめでとうはまだ早かったな」
「……修さん?」

何だか雲行きが怪しくなっている。
一人ノリ気じゃなさそうな修と、それにムッとしたあすかの言い合いが続いている。
クルー達も話に割り込む訳にもいかず、この状況をどうしようかと互いに見合わせているだけだった。

そして修の顔は更に険しいものになっていく。

「いいか、ただ一緒にいたいなどという、おままごとのような感覚では結婚などできんのだぞ!」
「そのくらいの事ちゃんとわかっているつもりだわ!」
「ハヤトにはレースがあり、お前には大学があるというのにか?
家というものはちゃんと守る者がいなければ機能しないものなんだぞ」

(何か、修さんが説教モードになってる……)

確かに言いたい事もわかるが、もう2人だって十分に大人と言える。
彼らが2人で決めたのなら、それを見守ってあげるのがいい道だと思う。

ハヤトとあすかは本当にこれまで色々な事があった。
だからこそ早めの結婚も悪くないように思うのに。
琉奈がそう考える間にも、止める者もいない兄と妹の攻防はますます激化していく。

「ともかく、自分達できちんとできないような状態で何も結婚する事などない!
大体お前達は周囲の状況を自分達の希望的観測だけでしか見ていない!
そんな楽天的で極めて自分本位の能天気な認識力しか持っていないお前達が結婚した所で、
立ちはだかる過酷な現実の壁に跳ね返され未来を失い、悲惨な結末を迎える事になるのは自明の理ではないか!」

(……え~と…)

情報量が多くてとても全て理解できそうにない。

「……つまりの所、兄さんは私達の結婚に反対なの?」
「不幸な結果が目に見えている結婚を妹に許す兄もいないだろう」
「でも兄さんだって婚約は認めてくれたじゃない!なのにどうして結婚はダメなのよ!?」
「婚約と結婚は別だ!」
「……あのね兄さん、婚約っていうのは結婚の約束の事なの。
約束は守るのが人の道。あなたは妹を泥棒にしようっていうの?」
「泥棒!?何故お前が泥棒だ!?泥棒はハヤトの方だぞ!」
「あ~らだって嘘つきは泥棒の始まりなんでしょ」

(いや、修さん……それはあんまりだよ……)

どれだけ過保護なんだ。
きっと菅生のおじさんより酷いと思う。

「お前達の婚約を認めたのは、その蓋然性を認めたからだ!現実を認めた訳ではない!」
「訳のわからない事を言ってるのは兄さんの方よ!」
「もっと勉強しろ勉強を!!つまりお前達は、自分達の置かれた立場をまるで認識していないという事だ!立場をわきまえろ!!」
「ちゃんとわかるように言ってよ!!私は兄さんの言葉遊びに付き合う気はないわよーだ!」
「言葉遊びだと!?」
「そーよ言葉遊びよ!!この中に、兄さんの言っている事がわかる人っている!?」

あすかはついに蚊帳の外だった他クルーに話を振った。

「ハヤトはわかる?」
「いや、僕には……」
「ペイさんは?」
「へ!?わ、わかる訳ないでしょ!?」
琉奈さんは!?」
「ええっと……ちょっとっていうか、かなり無理…」
「クレアさん?」
「ふふ、わからないわねぇ」

「誰か、わかる人いる!?!?」

あすかが視線を一週させると、クルー達はばつが悪そうに顔を反らしたり苦笑いをしてみたり。

良平達他クルーには可哀想な状況だ。
あすかに同意するという事はチームオーナーと衝突するという事だ。
本当にオーナーの言葉がわからないとしても、それを言ったら今後の立場に関わる。

「ほーらごらんなさい、誰にもわからないじゃないの!こんなんじゃ意味ないわね」
「……っ!」

たった独り、修は拳を震わせてさらに声を荒げる。
ここまで来ると引くに引けないのだろうかと、琉奈は他人事に思った。

「つまり、私がお前達の結婚に反対する理由は……若すぎるという事だ!」

そうして、またしてもあすかの声のトーンが下がった。

「兄さん……私の歳、いくつだか知ってる?21よ、21!14や15じゃあるまいに若すぎるはないでしょ!?」
「法律で認められていようが何だろうが、若すぎるものは若すぎる!何でハタチやそこらで結婚せにゃならんのだ!
ハヤト、お前も早まると後で後悔する事になる!それで浮気でもされてみろ、結局泣くのはあすか、お前なんだぞ!」

「………え?」

一同が疑いの目を修に向けた。

「あー、何か……オーナーの人間性の一端を垣間見たような気がする……」
「要するに、若い頃はどうせ浮気するから結婚するなって事?義理の弟になる人に言う言葉じゃないわね」

良平とレースカメラマンの彩の言葉の通りだ。
自分はそうかもしれないけど、それをハヤトに当てはめるのは失礼だろう。

「ピンポーン♪」
「……最低、修さん……」
「っ……とにかく!…………私は反対だからな!!!」

クレアと琉奈にも言われ、修はついに行き場所をなくして飛び出した。
辺りは静まりかえり、一同はやはり顔を見合わせた。

「えっと、クレアさん……これって結局結婚はどうなるんですか?」
「そうねぇ、修さんって変な所で頑固だもの~……しょうがないわねぇ」
「……しょうがないじゃダメじゃないですか。とりあえず私ちょっと行ってきます……」

どこまでものほほんとしてるクレアに無性に焦りを感じた琉奈は、
ハヤトとあすかに「大丈夫だからね」と声をかけて修を追いかけた。






修は琉奈の気配に気付くと怒りのオーラを振りまいた。
一瞬怯みそうになったが、そこは幼馴染みのよしみ、引くつもりはない。

「ちょっと修さん!本当に結婚に反対するつもり?」
「当たり前だろう。あいつらはまだ若い」
「ハヤトが引退と同時に婚約するって言った時はどうかと思ったけど、今なら別にいいじゃない!」

あの時は結婚に逃げていると思った、だけど今は違う。
それに何かと反対したがる修の心配もわからないでもないが、ハヤトがあすかの結婚相手ならなんの不足もないだろうに。

「若い時は浮気するからってやつ?修さんと違ってハヤトが浮気する訳ないじゃない!」
「お前は……男がどういう生き物かまるでわかっていない!」

すると修は突然振り返ると琉奈を標的に切り替える。

「お前だってそうだ!」
「へ?」
「お前など悪い男に誑かされて捨てられるのがオチだ!」
「うっ……」

当たっているだけに言い返せない。

「い、今は私の話じゃないでしょ!?」
「いや、言わせてもらうがな!オフの時にも度々何処かに行っていたようだが、本当にただのツーリングだったのか!?」
「え……っ」
「違うだろ、あの男の所に行っていたのだろう!?お前を騙したアオイの元社長に!」
「……っ!」

まさか知っていたとは。
そこを引っ張り出されると琉奈は弱い。
自分でも良くないと思っている事だけに、正当性など主張できる訳もなく。

「嘘、偽り、犯罪の権化のような男など今後一切近づかせないからな!」
「お、修さんには関係ないでしょ!?」
「私はのおじさんにお前を頼まれているんだ、関係なくはない!
お前ですら騙されるというのに、どうしてそれよりも若いあすかの結婚が許せる!?」

琉奈は必死に考えた。
どうしたらこの男を説き伏せられるか、どうしたら勝てるのかを。

「……じゃあ、真面目で誠実な人ならいいんだよね?」
「そういう事を言っているのではない!」
「そういう事でしょ?まず私が真面目で誠実な人と結婚すればいいんでしょ!?
そしたら順番通りあすかとハヤトの結婚も許せるでしょ?ハヤトなら真面目だし浮気する事もないじゃない」
「お、お前に結婚などまだ早い!」
「いーや、そういう事!」

まさに売り言葉に買い言葉だった。

「私が言いたいのは、まだ男女のなんたるかがわかっていない若いお前では、
誰と付き合おうが傷つくのは目にみえているという事だ!」
「私一応あすかより年上なんですけど!それに偉そうな口叩けるほど多種多様な恋愛をしてきた訳、修さんは!?
修さんなんかどうせ皆遊びの付き合いでまともな恋愛なんかした事ないでしょ!?」
「私は皆遊びではない!どんな女性も愛してきた!」
「浮気の常套句じゃないのそれ!!」

はあ、と琉奈は深い溜息をついた。
彼の言う"理論"は間違っていないようでいて、何かがおかしい。

「とにかく、修さんにとやかく言われたくない!選ぶのは私、傷ついたってそれは修さんには関係ない!
真面目で誠実そうな人……そうだね、例えばハイネルさんとか?」
「何故そこでハイネルの名前が出る!?」
「何よ、あの男でなければいいんでしょ修さんは!?」
「ぐ……っ!」
「いーじゃないハイネルさん!仕事一筋で浮気なんかしなさそうだし、
確かリサの話だとフリーだったと思うし。メカニックとしてはやっぱり才能あるマシンデザイナーって憧れるな~」
「わ、私は許さんぞ!何故ハイネルなんかと……!」
「あの男よりいいでしょ?それ許さないと、私はまたあの男の所ばっかり行く事になるかもよ!」
「う……っ!」

少しだけ勢いの弱まった修は言葉に窮したように口を開閉させ。

「い、今はお前の話をしているんじゃない!」
「脱線させたのは修さんでしょ!?」

そして話は元へ戻る。
何だか無性にやる気をなくした琉奈は修の説得も面倒に思えた。
そういえば昔からこんな言い合いばかりで、歩み寄った事などなかった。

「はあ……もういいや。私達はハヤトの結婚に賛成、反対は修さんだけ。
菅生のおじさんおばさんだってハヤトのお母さんだって賛成すると思うし、別にもうそれでいいや」
「ま、待て…私は絶対に……!」
「……本気でハイネルさん、考えてみようかな?あのちょっと硬派な所がいいかもね」

「な、待て!琉奈!」


頑固な幼馴染みを持つと疲れる、琉奈は背中に絶叫を聞きながら呟いた。











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蓋然性=がいぜんせい
難しすぎるよ、修さん。あすかが怒るのも無理はない。
意味が分からないです、ホントに。

長いので切ります。
今までで一番会話量の多い話でした。っていうかほとんど会話でしたね。
どれだけの人がドラマCDを聴いているかわからないのでセリフは結構そのまま残しました。