レースも無事に終わり、後片付けをしている最中にばったりと会ったのは同じメカニックの城之内みきだった。
互いに機材を運んでいても顔を合わせればそこは井戸端のようになる。
「ランドルさん優勝おめでとう。まさか、あそこでハヤトをかわすとは思わなかったよ」
「私も驚きましたけど、さすがは坊ちゃん。やる時はやるんだよねぇ」
あれでどうして未だチャンプが獲れないんだろうと、ブツブツ呟くみき。
ユニオンセイバーのクルーであるのに、オーナーを気安く"坊ちゃん"呼ばわりできるのは相変わらずだ。
「直輝の奴は相変わらずだし」
「そんな事ないよ、何度も抜かれそうになったんだから」
「それでも負けたのが実力ですから。やっぱりハヤトは強いですね」
「……そうだね」
今回の第5戦では1位の座をランドルに奪われてしまったが、それでもハヤトは2位で安定した走りを見せている。
昨年のような揺らぎはない、彼はアルザードの事件があってからさらに強くなった。
それはレースの運び方だけでなく、彼の精神にも大きく作用したのだろう。
「アスラーダも好調みたいですね。琉奈さんがいるから……まぁペイもいるけど、
マシンに揺らぎが全く見られないです」
「ありがとう」
ドスンと機材を置き、汗を拭いながら琉奈は青いマシンを思い描いた。
「でも勝ったのはハヤトとアスラーダのおかげだよ。私が整備したから、なんて事はないんだよ」
「何言ってるんですかー。そりゃハヤトとアスラーダは相棒で付き合いも長いですけど、
今やアスラーダを一番わかってるのはクレアさんか琉奈さんぐらいじゃないですか」
「機能についてはね。でもそれだけじゃ勝てないでしょ?」
それはそうですけど、とみきは言葉を濁した。
優勝するかどうかは結局はドライバー次第ではあるが、それだけではレースは続けられない。
そんな事はわかっているのだろうが、琉奈はふわりと笑顔のまま。
「気付いたの。あれは、いつまで経っても父の形見のままなんだって」
いつか琉奈は言っていた、父親のようにアスラーダに携わる事が自分の夢なんだと。
それが叶って彼女は満足しているように見えるが、どうしてか時々寂しそうに笑う。
「越えなければいけないと思った、並んで歩きたいとも……でも、越えられる訳がなかった。
だってアスラーダは本当に素晴らしいマシンで、私が父さん達の意思を継ぐなんておこがましいぐらい」
それでいいんだと、挫折というよりも納得に近い感情が琉奈を占める。
父がいつまでも憧れであり、尊敬に値する存在であり続けられるから。
「私は……アスラーダを復活させる手伝いができただけで満足だよ。
後できる事と言えばマシンのコンディションを保って、ハヤトを見守るぐらい」
「琉奈さん……」
眩しいものでも見るように目を細めた姿にずっと耳を傾けていたみきは、ふと感じた。
アスラーダのある世界、そして身内のいるチーム。
それは彼女にとってはもしかしたらとても狭い世界なのかもしれないと。
「でも、スゴウでの琉奈さんの存在は大きいと思います。
それに、次にはハヤトを勝たせないといけないんじゃないですか?」
「……そうだね、もう少し走りやすくさせてあげないと。
いくらハヤトがやる気でもマシンが不調だったら新条さんにもランドルさんにも抜かれちゃうしね」
「言いますね?不調じゃなくても直輝はやりますよ、次には」
みきが挑戦的な顔をするので琉奈も同じように頷く。
まだやらなければならない事は山ほどあるのだ。
自分の事でなく、ハヤトの事を考えてやらなければいけないのだから。
「ただ……私は此処にいていいのだろうかって、思う時がある。
ずっと父の背中を追い続ける……それは、メカニックとして良い事なんだろうかって」
微笑んだ琉奈の表情が一瞬だけ翳りを見せて、そして消えた。
6・鏤められる可能性
とあるオフの日、琉奈は豪華な門の前で盛大に立ち尽くしていた。
「えっと……何で?」
第6戦の為にドイツ入りしていた琉奈に、リサからオフの誘いがあった。
ドイツ出身であるリサが知られざる名所を案内してくれると言うので、
喜んで待ち合わせ場所として指定された所に来てみたのだが。
「ここ……もしかしなくても……ハイネル邸だよね?」
いや、確かにリサの家だから待ち合わせとしてはおかしくない。
おかしくないのだけれど、開いた口が塞がらない。
「……ハイネルさんとか、さらにお父さんとかいたらどうするのよ……」
琉奈は言わずもがなスゴウの人間だ。
その自分がシュトルムツェンダーのお膝元のような所に来るのは色々とまずいのではないか。
さらに親会社のシュトロブラムスの社長に出くわす勇気はさすがにない。
琉奈はそびえ立つ門の前で焦りながら携帯電話を取りだした。
『はい、リサで~す』
「リサ?琉奈だけど待ち合わせ場所に着いたんだけど、これってリサの家って事!?」
『そうだよ~!でもごめん、今急な用事で外に出てるの!中入って待っててよ!』
「え、ええ!?」
リサにとっては自分の家に招くのは普通かもしれないが、琉奈にとっては大問題だ。
『まだ時間かかりそうなのよ~!たぶん誰かいると思うから!』
「え、いや、余計にまずいよ!ライバルチームが入る事になるんだよ!?」
『大丈夫だって~!琉奈が来るって伝えてあるし、すぐ戻るから!』
「ちょ、待ってリサ!ねえ……っ!」
無情にも呑気な声はそこで途切れた。
「……どうしよう……」
一旦自分のホテルに帰る事も考えたが、リサがいつ来るかわからないでは入れ違いになってしまう可能性もある。
違う場所で待って、連絡が来たらすぐ此処に来る事にしようか。
随分と気楽に言われたものだと琉奈は頭を抱えた。
(と、とりあえず聞いてみて……追い払われたら別の所で待っていよう……うん)
家の者に琉奈の事が伝わっている以上訪ねないのも失礼だろうかと、意を決してインターホンを押した。
友人の自宅訪問でこんなに緊張したのは初めてだ。
『はい』
女性の声からしてメイドだろうか。
「あ、あの~……私、リサさんの親友の橘琉奈というんですが、リサさんはいらっしゃらないですよね?」
『橘様ですね。リサ様から聞き及んでおります。お入りください』
「……え……いいんですか?」
広大な敷地にビクビクしながら(菅生邸も大きいが、それとは気構えが絶対的に違う)、
とりあえずバイクを押しながら門をくぐると、正面の玄関から見覚えのある姿が現れた。
「橘、どうしたんだこんな所に?」
「すみませんハイネルさん!実は……」
彼は訪問を知らないのだろう、掻い摘んで事の次第を説明するといつものように眉間に皺を寄せた。
「全く、リサのやつめ……相手を待たせるとは一体どういうつもりだ!すまなかったな、橘」
「いいえ、リサも急な用事があったんだと思います」
「たいしたもてなしもできんが、リサが戻ってくるまで上がってるといい」
「え?……い、いいんですか?」
「君は他チームの情報を盗もうとする人間ではないだろう?」
「……ありがとうございます」
他チームの人間(それもドライバー兼監督)に認められる事なんてあまりない。
何だか信用されているようで、琉奈は思わず嬉しくなって微笑んだ。
ハイネルは気難しい性格ながらもふっと笑みを浮かべると、琉奈が押してきたバイクに目線を落とした。
「……見た事のないバイクだな。どこのメーカーなんだ?」
「お恥ずかしいですが、私のオリジナルです」
「ほう……排気系が面白い構造してるな」
「そうなんですよ~燃焼率を向上させたくて色々と……ってすいません、つい興奮しちゃいました」
「いや、構わない」
ハイネルは琉奈のバイクをしげしげと見つめた。
「さすがスゴウのメカニックだな」
「ありがとうございます、ハイネルさん」
琉奈は素直に喜んだ。
―――そんなやり取りを、遠くの茂みから覗いている2つの頭がある。
「お~いい感じいい感じ!お兄ちゃんもまんざらじゃなさそうじゃない!?」
「へっへっへ、ミー達ってなんて仲間思いなんだろうね!」
「ね~!」
「名付けて、『琉奈ちゃんをチームに引き入れちゃおう作戦』ね!!」
リサとグーデリアンは木々と一体化しながら興奮している。
リサは友人も兄も同じように幸せになればいいと思っている。
うまくいけば兄を支えてくれる人となり、兄の負担を軽減してくれるかもしれない。
一方でグーデリアンは、ハイネルが丸くなれば自分へのとばっちりが減るかもしれない。
そんなこんなで、2人の利害は一致していた。
「でも問題は琉奈がスゴウをやめてまで来るかって事だよね~」
「そりゃあ~琉奈ちゃんがハイネルと付き合えば!琉奈ちゃんは恋人のいるチームに行きたくなるってもんだろ~!」
「そっか!そうだよね!グーデリアンさん頭が良い!」
「ナハハハハ!」
果たして2人が画策する通り恋愛に発展するのか、それはまだわからない―――
「体の具合はどうですか?倒れられたって伺ったんですけど」
「ああ、もう問題はない」
「そうですか……私が言えた事じゃないんですけど、無理しないで下さいね。リサが心配します」
「すまんな、君にまで迷惑をかけたようだ」
「いえ、そんな事はないです」
影での企みを知らぬのは琉奈とハイネル。
会話が続き、頃合いを見計うリサが登場するのは、もう少し先の事。
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鏤める=ちりばめる
ちょっと名雲さん不足。
でも他の人との関わり合いも欲しいので、ほのぼのと入れてます。
そして何か企てられてます。