「あ、おはようアリィンちゃん!」
「おはようございます」
「いつものでいいかしら~?」
「……いえ、何かスープのようなものだけで……」
「あら、ダイエットとか?これ以上細くなったら病気になっちゃうわよ~?」
「……ダイエットじゃないです、ちょっと食欲がなくて……」
今までどうやって顔を作っていたのかわからない。
無理に繕っても、いつものようなキレはなくて。
少し油断すれば目は虚ろになる。
「……美味しい」
それでもジェリーさんのスープは温かくて、『現在』を思い出させてくれる。
……今日一日何をしよう………
司令室に行く事を省けば、それ以外の一日は取り留めのない事ばかり。
私はよくあんな所にいられたな……なんて、自分で自分を凄いと思った。
……コムイはまだ私の事を……
……やめよう、考えるだけで無駄だ。
「おい」
ゴンッ!
目の前のテーブルに何かが突き立てられ、その振動でスープが波を作る。
アリィンはその突き立てられたもの……武器……というか『六幻』を辿って、少年と目を合わせた。
「付き合え」
「え……?」
戦え、と言っているのだろうか。
「どうせ暇なんだろ?」
「暇だけど………」
「やるのかやらないのかどっちなんだよ」
「…………いいよ、付き合う」
この気持ちが少しでも晴れるのならば。
12・Hesitation
「……っ……!!」
棍はいともたやすく宙を飛んだ。
「お前それでもエクソシストかよ!?そんなんじゃ明日にも死ぬぜ!」
「……うん、そうだね……」
ホントに身が入っていない。
体は昔に戻っていないのに、心だけでこんなに弱くなれるものなんだ。
……現に、神田くんから一本も取れないなんて。
「……お前はエクソシストだ。私情に惑わされるんじゃねぇよ」
「……そうだね……」
まったくそのとおりだ。
昔感じてきたものをまた辿っているだけなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
最後に、現在に行きつく想いは知っているのに。
神田くんが怒るもの無理ないかもね。
「……知ってるか?俺達エクソシストが死ねば当然教団の人間も危なくなるんだぞ」
「…………」
そうか、神田くんは彼なりに私を元気付けてくれてるのかもしれない。
だって……わざとコムイの影をちらつかせて私に闘志を持たせようとしてる。
私が死んでもたくさんエクソシストはいるのにね。
「……あ、でもお前振られてた―――」
余計な事を言わないでよ。
「……そうかもね、私が死んだら喜ぶ人間が一人はいるかもね」
「……………」
そうすれば貴方はまた妹だけを、自分の目的だけを見て生きていられる。
「でも死なない」
死んだら楽になれるかも、それは何度も考えた。
今死ねば、私は半生をコムイだけを想って生きてきた事になる。
それもいいなと思った時もある。
……でも、人は振られたぐらいでは死ねない。
「……もう死ねないのよ」
会えないと思っていたのに、もう一度会えてしまったから。
もう傍にいられないと思っていたのに、もう一度傍で笑えてしまったから。
取り繕った、空回りの関係でも。
私はコムイと一緒に生きていられるのだから。
コムイは私を傍においてくれるのだから。
「さあ、私のつら~い過去をえぐった神田くんには容赦しないよ?」
「……はっ、さっきまで魂の抜けた顔してやがったくせに」
「戻ってきたから」
……少し、作り笑顔ができるようになってきたよ。
……頑張って自分で自分を偽るから……それに騙されてね、神田くん。
「……お前、まだコムイの事好きだろ……?」
「違うよ」
互いの自室に向かう途中ふと神田が口を開いた。
おそらくずっと前から聞きたかったようだが、アリィンは即答で返した。
「……いつも司令室行ってるじゃねぇか」
「それはただのお手伝いです」
「………泣いてたじゃねぇかよ」
突然アリィンはクルリと神田の目の前に迫り、綺麗な漆黒の瞳を見据えた。
その一瞬、射るような強い眼差しが神田を刺した。
「それは昔の事。数年間同じ人を想い続けるなんて、私が出来るわけないでしょ?」
「……っ!」
囁いた唇も赤い瞳も、動作が全て色っぽくて。
男を誘惑するような言葉に、神田は頬を赤らめてとっさに身を引いた。
冗談っぽくクスクス笑ったアリィンは、一歩神田から離れて肩をすくませてみた。
「……報われない恋なんて嫌よ」
「…………」
つかの間姿を見せた『大人』のアリィンは刺激が強すぎたのか、神田はそれを消化しきれないでいた。
思考回路が停止した少年を置いて、アリィンは一人先を歩く。
「ありがとう、誘ってくれて」
気がつけばアリィンの部屋の前まで来ていて、その時にはアリィンに作り笑顔が戻っていた。
……赤い瞳は色々と悟ったような色で、どこか反応を窺っている様子だったが。
「……別に、うざかったんだよ!」
「うざいなら誘わなくてもよかったじゃない」
「あのままならどうせお前いつまでもメソメソしてんだろ!?」
「………え?」
「うぜぇんだよ、メシが不味くなる」
「……………」
……まさか、こんな台詞が聞けるとは思っていなかった。
「……心配してくれてたんだね?」
「………はぁ!?」
神田はもの凄く目を見開いて心底嫌そうな顔を向けた。
「違うの?」
「違うに決まってんだろ!?何で俺がテメェなんか心配しなきゃならねぇんだよ!!」
「……そうだね」
こめかみに青筋を立てて、神田は大股で歩く。
これだけ遊ばれれば誰だって怒るだろう。
だけどアリィンはその背中を見て何だか満足した気分になった。
……ありがとう、神田くん。
クソ……あの女訳がわからねぇ……!
神田は拳を握りしめながら怒りに震えていた。
作り笑いがうざくて。
ジメジメといつまでも泣いてるのがうざくて。
それに……俺を誘惑するわおちょくるわ……!!
本当に拳を誰かに飛ばしてやりたい気分だった。
「……ってか……あの女を殴らねぇと気がすまねぇ……!!」
俺をバカにした罪はでかい!!
そうして神田は180度向きを変えて大股で逆戻りをした。
「おいテメ……!」
「……っ……ぅ…」
ドアが壊れる程の勢いで叩こうと思っていた矢先、向こうからうめき声が漏れた。
「……ひ……っ……ぅ……!」
一枚隔てたドアの向こうでアリィンが泣いている。
……は!?何で泣いてるんだよ!?
あいつさっきまで笑ってたじゃねぇかよ!?
「……く……ぅ……っ……」
手はドアに触れるか触れないかのギリギリで止まったまま。
動かすこともできないほど神田には意味不明な状況。
……嘘なのか?
……あれも全部、取り繕ったものだったっていうのか?
「……っ……コムイ……」
「………!」
平気で笑っていたから、もう涙の水の効果は大丈夫なのだと思っていた。
そうだった…………あいつは笑っていても平気ではなかったのだ。
涙の水を飲んだ時も、鏡が過去を映した時も………笑顔を作っていた。
「…………」
あの取り乱した姿が……本当のアリィンなんだろうか。
あいつは笑ってなんかいない。
本当は泣きたくてたまらないのじゃないか……?
記憶を呼び戻され、誰にも知られたくない過去を見られ。
そして、自分を振ったはずの男が近くにいるのだから。
「…………」
手が動かない。
まだ好きなのか?
鏡に映ってたのがあいつの一番心に残ってる記憶で………しかも鏡の中で泣いていた。
『コムイ』と、ハッキリと言葉を残して。
あいつは……平気なんかじゃねぇ……無理してやがる。
笑いたい状況じゃなくても……悲しみも苦しみも全て隠して……
その為になら……どんな女でも演じてみせるっていうのか……?
「……バカだ……」
神田は腕を降ろし、泣き声がする部屋から離れた。
……どうして全部隠してまで笑顔でいようとするんだよ?
――「……強いね」――
――「そうやって人は、大人になるにつれて殻を厚くしていくの」――
「……あんなの……大人じゃねぇよ……」
……泣いてばかりの子供みてぇな奴だ。
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それまでどんなに笑っていても、ふと誰もいない部屋に戻ると、とてつもない虚無感が襲ってくる。
さっきまでの自分の行動すらも笑えてしまって、自分が酷く惨めに感じる。
加えて、振り切っても忘れられない恋心。
様々な事が入り交じって、ヒロインは泣いています(笑)
神田くん、少しずつヒロインに興味が湧いてきたようですv