わかっていた。

彼が大切な妹を助けようとしている事も。
その為にどれだけ努力をしているかという事も。


何を犠牲にしてでも、彼を待っている妹を助ける為に………


そんな彼だから好きになった。
そんな彼だから支えたかった。


いつか彼は離れていく、それを知っていたけど……それでも幸せだった。


彼の帰りを待って、一緒に食事をして、同じベッドで寝て。
たまの休みには2人で買い物に出かけて。


いつかは覚める夢だって知ってた。

期限付きの恋なんだって知ってたけど……それでも愛してた。






2・Time Limit






「別れよう」


わかっていた…………別れがくる事は最初から。
その時がいつ来てもいいように、ずっと覚悟していたから。

だから笑ってさよならした。
彼が自分の目的を果たせるように、その時は笑って送り出そうとずっと決めていたこと。


「……ぅ…っ…!」


だけど涙は枯れなかった。
帰る事のない人を思って幾日を泣いて過ごした。

そして、彼の匂いが残る部屋は私には重すぎて、すぐにそこから引っ越した。

彼の面影が残らない所に。

彼の思い出が蘇らない所に。

でもそんな所はどこにもなくて、私はまた泣き続けた。



―――でもいつしか、涙は枯れていた。











「コムイ、手伝うのってこれ?」
「そ~それ、お願いね」

教団に入って早数ヶ月、私は科学班の雑用ばかりしていた。

「はいアリィンさん、コーヒーっス」
「あ、ありがとうリーバーくん」

にっこり笑うと、リーバーは疲れきった顔で近くの机に腰を下ろした。
教団に入ったのはアリィンが後だが、アリィンがコムイと同い年という事でリーバーが敬語を使うようになった。

「……ホント、ウチの室長人使いが荒くて困っちゃいますよね」

チラリと目線を横にやると、コムイは泣きながら印鑑を押していた。
時折『寝かせてぇぇぇ~寝かせてぇぇぇ~』なんてうめき声が聞こえる。

「そうね、残業手当もらいたいよね」
アリィン~~これもぉ~~!」
「……はいはい」

アリィンは溜息をつきながら立ち上がって、コムイから書類を受け取った。
完全に机に突っ伏して、透明な海がコムイを中心に広がっていく。


……何か慣れないなぁ、あのコムイ……


リーバーくんによるといつもあんな調子らしいけど、私の記憶にあのような姿は全く存在しない。
科学オタクなんてレッテルが貼られてるけど、昔はただ好奇心旺盛な科学者っていう感じだった。


まぁ……『室長』っていうのも慣れないけど。


「う~~~ん~~~~も、倒れそ……う……」
「もう少しでキリがいい所まで終わるんでしょ?そこまでいったら休憩しよう?」
「き、休憩………っ!あと少し~~~~……!」

途端に元気になるコムイを見てアリィンはやれやれと苦笑した。


……ずっとこんな感じだった。
昔の事はまるで夢だったかのように毎日が過ぎていく。

コムイとはただの友達という関係に収まった。

もし、もう一度会えたなら……止まってしまった歯車が回り出すかと淡い期待もあったけど。
そんなものはすぐに消えた、だけどそこまで落胆もしなかった。

むしろ知らない部分ばかりが見えてきて、初めて知り合った人のように思えてしまう。
でもやっぱり相変わらずな所もあって奇妙な矛盾がアリィンの頭を占める。

現実は物語のようにうまくいかないのだから…………
なんて、物わかりのいい『私』が私に囁く。


「はい、こっちはできたよ」
「いつもありがとねアリィン~うぅ……君は神様だ仏様だ」
「何言ってるの。あ、コーヒー飲む?」
「お願い」

アリィンは容れ立てのコーヒーをコムイ専用のカップに注ぎ、机に置いた。
ありがとう~と泣きながら言うので、どういたしまして、とにっこり笑い返してやった。

そしてほぼ自分のものと化してる机に戻り、書類の束をヒラヒラ振る。

「じゃあこれ、探索班に持ってくね」
「頼んだよ~」


……何であんなにテンションが変なんだろう………


真面目な顔になったり、急にオタクなノリになってみたり。
アリィンは首を傾げながら司令室から消えた。


「……室長」
「なに~?」
「何かアリィンさんと接してる時の室長っていつもと態度違う気がするんスけど、
2人はどんな関係だったんですか?」

リーバーがふと漏らした。
コムイは右手をVの字にして、どこかの美少女戦士のように頭にかざした。

「え~~僕はいつもこんな感じでマジメさっ☆」
「……なんだろう、長年連れ添った夫婦みたいッスね」

完全にシカトで頭を捻るリーバー。
そんな部下を余所に、見えない所でコムイはふっと目を細めた。

「……おままごとはもう終わったのにね………」

「何か言いました?」
アリィンは……物好きな人だよね」
「?」

さっぱり意味わからんといった感じでリーバーはそれ以上追求しなかった。
そろそろ机の書類が雪崩れるぐらいまで積まれているから、そちらの方に意識をやらないと大変な事になる。





……本当に、物好きな人だった。


期限付きの恋愛。
それでもいいと言った彼女。

あの2年半は幸せだった。
研究ばかりに没頭して1週間後くらいに帰っても、彼女は一言も怒りもせず『おかえり』と笑ってくれた。
黒の教団に確たる地位を築くまで、それまでの恋愛。

僕は彼女より妹を選んだのだから。
僕はもとより妹を選ぶつもりだったのだから。

それでも本気で愛してた。
本当の夫婦かと思えるくらい、毎日が楽しくて仕方がなかった。
僕が3年でこの地位にいられるのは、帰る場所があって、僕を待ってくれている人がいたから。
一人孤独な戦いを、彼女は癒してくれた。

……だけどその期限はもう終わりを告げた。

僕が『夫婦ごっこ』を終わらせた。
僕が彼女を愛せる期間はもう終わった。


本当は別れなど告げたくはなかった。
このままずっと彼女の傍にいて、一生を彼女に預けてもいいと思った。

……だけど僕は別世界の人間になる。

アクマと隣り合わせで、残酷な命令を下す存在に。
いつ死ぬかわからない環境、僕の一言で周りの人がいつ死んでもおかしくない状況。
そんな僕とは一緒にいてはいけない。
彼女は教団に関わってはいけない。

僕を待っていてくれと言える訳がない…………それこそ残酷な約束。


平和な世界で彼女を幸せにしたかったから、別れた。

……でも、それも彼女にしてみたら残酷な宣告だったのかもしれない。




彼女は大人になった。
昔はもうちょっと活発で、笑顔が可愛くて思わず抱きしめてしまうほどだった。
僕がいない年月の間に凛として、笑う時は口元を押さえるような上品さが加わったようだ。

最後の最後まで、彼女は泣かなかった。

最初から最後まで、僕は彼女が泣いた所を見た事はなかった。



リナリーを解放して段々元気が戻ってきた頃、僕の心に突然穴が開いた。

愛する人を捨てて自分だけ目的を達成した……何ともやるせない気持ちになって。
そして、自分が捨てたはずなのに彼女の事が気になって仕方がなかった。

元気にしているだろうか。
笑顔で生きているだろうか。
……誰か他の男の人と幸せになっただろうか。
僕じゃなく、誰かを愛しているのだろうか。

意を決して昔一緒に生活していた街にこっそり行ってみたけど、彼女は引っ越していた。


……僕の愛した彼女はもうどこにもいない。


科学班室長という地位に就いたにもかかわらず、虚無感が残るばかりだった。


だから、リナリーを愛そうと思った。
もとより大切な大切な妹だけど、自分が壊れるくらい愛そうと思った。

そうすれば、僕は余計な事を考えないで済む。





「僕は……もう壊れたままでいい……」



大量の書類にサインをしながら、コムイはアリィンの容れたコーヒーを口にした。



もう彼女を愛せない。

もう彼女を愛していい資格はどこにもない。

それは自分が捨ててしまった。


今僕ができるのは、笑いながら残酷な任務を言い渡すだけ。



「……僕は馬鹿だ……」



……それでも僕は、まだ君を愛してる。










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いきなり2人の回想から。
何年前か、というのは原作次第なのではっきり言えません(汗)
3年で室長になったのはわかるけど、その後何年経ってアレンが来たの?みたいな……
なので適当に濁してます。

コムイの変態バカっぷりは実はワザと、というとんでもない設定を勝手に作成。
……どっちも本当の顔だと思うけど、私は真面目な表情の方が本当のコムイさんだという気がしてなりません。
というか希望(笑)

なにせ、ふと見せる憂いを帯びた眼差しに萌えた私だからです。
でも原作見てるとあながち勝手な設定じゃない気がします。