―――2年半の間、家を飛び出していた主が帰ってきた。


「……またすぐ、帰ってくるから……」

嬉しそうな表情と悲しげな眼差しが入り交じったその言葉通りに。
そして、目を腫らせているにもかかわらず満面の笑顔で修行を再会した。


……しかしアリィンは変わった。

笑顔の奥に虚ろで投げやりな瞳の女がいると師範クラスの奴はみんな知っていた。
その誘惑に若い男達が虜になっている事も知っていた。

だけど止められなかった。


……その変わってしまった理由も知っていたから―――






21・Sacrifice






「……あれ?コムイは?」

平気な顔で司令室に出かけるが、責任者であるコムイの姿はなかった。
キョロキョロと辺りを見回すアリィンにリーバー班長が答えた。

「あ、室長ならたぶん自室ッスよ」
「あら、珍しいね……」
「何か、大分疲れてる様子だったので休んでもらいました」

最近は何かとアクマの活動が活発になっている。
室長であるコムイにはもの凄い責務の山がのし掛かっている事だろう。


最近、疲れてるみたいだったもんな……

その疲れてる原因に自分も入っていてほしいとはもう願わない。
だって、もう願ったって仕方のない事だから。


「……ちょっと様子見てくるね」
「お願いします~」

それでもアリィンはコムイが気になって、入ってきたばかりのドアを開けた。
背後からリーバーが弱々しく手を振るので笑顔で返した。






コンコン……

「コムイ……寝てる?」

ドアをノックしてみても反応はない。
遠慮がちにドアノブを回してみると鍵は掛かっていなかった。


……不用心な事。


部屋に入り、ほぼ無意識にドアの鍵をかけるアリィン
奥に行くと、ベッドを背もたれにして座り込んでいる影を見つけた。
器用に頭に乗っているベレー帽が周期的に上下する。


コムイ寝てる……


近くに来てしゃがみ込むが一向にコムイが起きあがる気配はない。
寝顔なんて久しぶりに見てアリィンは自然と頬が緩んで、ずっとその顔を覗いていた。

「ん~~~リナリ~……」
「……ふふ」

人の寝顔を見ているとどうしてか穏やかな気持ちになってくる。
幸せな夢でも見ているのだろうか、そう思うと自分も幸せな気がしてくる。
……そんな気持ち、他の男には感じた事はなかった。


……コムイ……私は変わってしまったよ?

貴方は……変わらないのね……


ガバッ!


「!!」

悲しげな表情で軽く頬を撫でると同時に、コムイの両手がアリィンの背中に回った。
気がついた時には自分の体はすっぽりとコムイに包まれていた。

「コムイ……?」

見上げてみてもコムイは目を閉じたまま。


寝てるのか……


少し残念な気もしたけど、抱きしめられる腕が温かくてアリィンはその体温を感じていた。
顔をコムイの胸にもたれかけると、心臓の音が微かに聞こえてくる。

……よくこうやって抱きしめてもらった。

ずっと封印していた記憶を思い出すだけで苦しいような温かいような感情が込み上がる。


ずっと、この腕だけを待っていた……

ずっと、貴方を忘れられなかった……


……やっぱり私、貴方でないと心が反応しない。



「……!!」

もう一度顔を見上げると、コムイの両目はしっかり開かれていてアリィンを見下ろしていた。
真っ直ぐ静かな瞳にアリィンの思考は停止した。

「お、起きてたの?」
「ずっと前からね」
「そ、それなら早く言ってよ、もう」

アリィンはカッと火照った顔を隠すようにコムイの腕から逃れようとする。
しかし力を強めるのと比例して、コムイの力もどんどん強くなる。

「あ、あの……離して?」
「イヤ」
「イヤって言われても……」

ずっと見つめられるのが耐えられなくなってアリィンは俯いて目を反らす。
コムイは一向にアリィンを離してくれない。

段々と高鳴る胸を押さえ、アリィンは冗談まじりに笑う。

「も~……欲求不満なの?」
「そうだよ」

即答で、しかも真顔で答えられた。

「……相手いないの?」
「いたら欲求不満にならないでしょ?」
「……そうだよね…」


……ダメだ、今の私にその台詞を言っては。


アリィンはさっきまでの動揺とは一転して微笑を浮かべた。
それは普段とは全く違う、睫毛が艶めかしく動かして誘う表情だった。

「……欲求不満なんでしょ?だったら……解消する?」
「…………え?」
「……好きにしてもいいよ」
アリィン……?」

今度はコムイが驚く番だった。
微かに頬を赤く染めたアリィンはゆっくりと首に腕を回す。
そして、潤んだルビーの瞳で見下ろしてくる。

「室長なんて、疲れる仕事でしょう?たまには仕事を忘れて……ね?」
「…………」

甘い声で耳元で囁く。

「私……付き合ってあげてもいいから……」

肌が触れ合いそうなギリギリの距離で、視界一杯にアリィンが広がる。


ずっと貴方を愛してた。

たとえ貴方がもう私を見てくれなくても、貴方が喜ぶ事なら何でもする。

貴方の役に立てるのなら、貴方に触れられるのなら。


……せめて体だけでも貴方の為に。










ずっと……触れたかった彼女がそこにいる。

ずっと愛してた彼女がそこにいる。


「…………本当に……?」

もう体裁だとか、常識とかは考えられなかった。
神田くんとそういう仲だという事も吹き飛んでしまった。


君はもう僕のものではないのに……だけど目の前には君がいる。
たとえ神田くんのものでも……彼女に触れられるなら。


『欲求不満』でアリィンに触れられるなら。

アリィンを抱きしめられるなら。


体だけでも愛せるなら……




「……いいよ」




ゆっくりとコムイはアリィンの唇を塞いだ。

その瞬間に電気が走ったように体中が痺れてくる。

ずっと前に感じたこの感覚。


またアリィンを愛せる。


またコムイを愛せる。



ずっと愛してた。



たとえ、体だけでも……



その名目が、欲求不満解消であっても。











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あ~あ~あ~!(故障中)

神田とのキスシーンもあって両者ともちょっと壊れ気味。
恋人同士でもないのに抱けない、なんて体裁は吹っ飛んでます。
もう純粋な子供じゃないですからvv(待て待て待て!/汗)

次は18禁です。でもユルめにします。
苦手な方は飛ばしても話が繋がるようにしてみました。