教団内で生活する、いつも通りの日常。
アクマと戦い続ける、奇怪な事ばかりの非日常。


それが耳鳴りのように私を置いて過ぎてゆく。


私は変わらない、何も変わらない。


笑顔を振り回して、色気をちらつかせて男を惑わせて。
それを冷めた心で傍観した毎日……それがまた戻ってきそうになる。

留まり続ける心から溢れる行き場のない孤独感。
誰かがこれを埋めてくれる、そんな事はこれっぽっちも思った事はない。
いつか忘れられる、そう健気に男を代えてきたのはもう随分昔の事。


この想いは何をしても消える事はない。


誰かが消してくれる事なんてない。



その心は……ただ貴方を愛しているだけ。






20・Ownership






アリィンさん手紙です」
「あ、手紙?わざわざありがとう」

食堂でいつもの朝食に口をつけていると一枚の封筒がアリィンの手に渡った。
届けてくれた男性に無意識に溢れるような笑顔でそれを受け取った。
さっそく封を開けてみると男らしい字がびっしりと綴られた2枚が。


ハーディ……久しぶりね……


アリィンはその文字に笑みを漏らしながら手紙を読んでいった。


がたんっ!


突然目の前で大きな音がしてアリィンが顔を上げると、そこには眉間に皺をよせた神田がいた。

「ああ神田くん、任務から帰ってきたの?」
「……またすぐに行く、メシ食いにきただけだ」
「そう、おかえり。大変だね神田くんは任務がいっぱいで」

にっこり笑顔で微笑んでも神田は少し眉を潜めただけだった。
そしておもむろにアリィンの前の席で蕎麦を食べ始める。

何か言おうかとも思ったが、手紙の方が気になったのでまた顔を俯かせた。

「……誰からだ」
「ん~~男から」
「…………」

神田があからさまに不機嫌な顔をしたのでアリィンは笑った。

「って言っても家のね」
「家……ってお前んとこは確か道場やってたか?」
「そう、男所帯だから必然的に男からの手紙になるね」

もうずっと前のような気がする、みんなとの生活。
小さな頃から一緒にいた人達は家族同然の存在で、私の事は何でも知っている。

だから、ロクに書かないのに私を心配してこうやって手紙を出してくるんだ。

「……馬鹿よね、ハーディも」
「……誰だよハーディって」
「私の代わりに道場主をやってくれてる人よ。これを書いたのもハーディ」

ハーディ達のおかげで、私は今のような振る舞いができるようになった。
一時期はどん底まで落ち込んだ私をここまで立ち直らせてくれたのも彼らがいたからだ。

……もっぱら棍での修行ばかりであったが、それでも余計な事を考えなくて済んだから。

嘘で塗り固められた笑顔だとしても……それなら波風立つことはないから。


「……もし世界が平和になって、家に帰った時にまだ私にもらい手がないままだったら結婚してくれるんだって」
「…………は!?」

むせるようにして声を荒げる。
それを驚きもせず見下ろすアリィン

「もらい手がないなら結婚してくれるって」
「んな事はわかってんだよ!何がどうしてそうなんだよ!?」
「どうもしないでしょ。一応私が正式な道場主だし、いずれは跡取りも必要。三十路で独身はさすがに嫌だし」
「じゃあお前……このままだったらその男と結婚するのか!?」
「まだ決まった訳じゃないけどそうかもね。結婚してくれるって言うんだからありがたく受けとかないと」
「……って、そんな簡単なことかよ!」

結婚感なんてもの神田にはないに等しいが、女には一般的に理想があるものだとは感じていた。
だが、アリィンにはそういう女の幸せを一切感じられなかった。
跡取りを作るための事務的なもの、そう思っている。

アリィンは手紙をもう一度軽く読み返してそれを綺麗に封筒にしまった。

「結婚できないよりずっとマシなんじゃない?
それに、行き遅れを娶ってくれるんだからありがたいことこの上ないでしょ?」

しれっと言い続ける姿に自然と拳が震え出す。
それが何に対する怒りかは神田自身わからなかった。

「……それ、お前が望んだものじゃねぇんだろ?」

そう紅い瞳を見つめるとアリィンはおどけるように肩をすくませた。

「嫌いな人と結婚なんかしないわよ。
大変なんだよ?次期道場主になるんだからそれなりに強くて人望のある人じゃないとダメなんだから。
小さい時から知ってるからその辺は間違えないし、実際私が家にいなかった時はそいつが仕切ってたらしいし」

望んだ結婚ではない、そうアリィンは言っている。

それなのに、好きでもない男と結婚しようとするアリィンの気持ちがわからない。
そしてアリィンが誰かのものになる、その事の方が神田の頭に充満していた。
苛立つような、ギュッと胸を締め付けるような感覚、様々な不可思議がグルグルと駆け回っていた。

「他に結婚してくれる人がいないんだから仕方ないじゃない」

アリィンは投げやりな笑顔で立ち上がった。

アリィン!」
「……何?」

それじゃあ、と言ってトレイを持ち上げたアリィンを神田は呼び止める。


そういえば神田くん、この前から私を『アリィン』って呼ぶ……

ついこの間までは『おい』とか『お前』だったのに。


「いいのかよお前それで……あいつはどうするんだよ……!」


どうするも何も……そんな心配なんかもういらないのよ。


「……大丈夫よ。もう……何もできないんだから」

完璧な微笑みで見下ろされ、神田は怪訝な顔をする。

「……どういう意味だよ、それ……」
「……汚れた女にはもう恋愛をする権利なんてないから」
「はあ?……っ!お前それって……!」
「それじゃあ、任務頑張ってね」

すこし間をおいて神田はその言葉の意味を知った。


それは、数日前のパーティーの夜の事。


立ち上がって追いかけようとしたがアリィンはすぐに食堂からいなくなってしまった。










―――2年半いた家を出て、ここに帰ってきた時私は抜け殻だった。


アリィン……俺、ずっと前からお前の事が好きだったんだ」
「……そう」


忘れなきゃ、もうあの人は迎えにこないのだから。
だから好きだと言ってくれる人とは無条件で付き合った。

だけどあの時のような幸せはどこにもなくて。
制限付きだった、苦しかったけど、それでも嬉しい時間。
そんなものはどこにもなかった。

男が引っ張ってくれるから私はただ乗せられるように笑った。
笑ってれば楽しくなるかもしれないと。


「好きだ、アリィン
「…………」

キスをされて。
神聖であったものがどんどんと汚れていくような、何かがガラガラと音を立てて崩れていくような衝撃。
でも拒否する事はできなかった。
拒否をしても何も返ってはこなかったから、逃げてもどうせ逃げ場所なんてなかったから。

受け入れていかなければ、私はまた思い出してしまうから……




……そうやって、何人の男と付き合ったかわからない。
だけど心が満たされる事はなかった。
残るのは穢れた体と、取り残された心だけ。

でもあの頃はまだ希望があった。
いつか、私の心を満たしてくれる人が現れると。
いつか、私を幸せにしてくれる人が見つかると。


……いつか、あの人を忘れさせてくれるような男が現れると、そう願って。


私は探し続けた。




だけど……そんな男はついに現れることはなかった。

優しい男とも付き合った、真面目な男とも付き合った。
それは逆にあの人を思い出す事になってすぐに別れてしまった。

そう……もうどちらかだった。
心が一向に満たされない男か。
心が満たされようとすると、あの人を思い出させてしまう男か。

いつしかそんな希望など持たなくなった。
だけど寂しさは消えなくて、それを紛らわすかのように体だけ明け渡した。


つい先日知り合ったような男に抱かれながら、ある時気がついた……


「……ふ、ふふ……何が恋愛よ……何が『愛の営み』よ……!」


「こんなに簡単に……誰にだって足が開けるじゃない……!」

昔は純粋だった。
抱かれるのは好きな人じゃないと嫌だ……確かにそう思っていたのに。
別れるまではそう思っていたのに。

今の私は何……?ただ情欲に溺れて、鳴いて。
何かが切れて、何かがはずれて、意思などそこには存在しなくなって。

だけどもう戻れない、私は穢れてしまったのだから……

だってもう戻れない、あの人といられる時間は二度と来ないのだから。


久しぶりに私は涙を零した。



……そう、私は『女』になっていた。






アリィン
「……ハーディ」

明け方、フラフラな体で道場に戻るとハーディが仁王立ちで見下ろしていた。
ハーディは父が生きていた頃からの門下生で、私よりも2つ年上。
ずっとお兄さんのような人だったから、この人の前では作り笑顔をしない。

「お前、もうこんな事やめろ」
「……何が?」

乱れがちの髪を掻き上げて、夕べの残り香を漂わせて廊下を歩く。

「そんな事しても、もうお前の心を満たしてくれるような男はいないんだろ?」
「……心はね」


何が正しいのかわからない。
何が正しかったのかわからない。

もう何もわからない。

だけど体が満たされている間は、何も考えないで済む。


「……そんなに忘れられないのか」
「もう忘れたわ、昔の事なんて」


……そう、何が『恋愛』なのかも忘れてしまった。


「とにかく、これからは夜に道場から出るな」
「……誰に命令してるの?」
「師範代全員の決定だ。民主主義でいけばこちらの命令が優先されるぞ?」

アリィンは投げやりに溜息をついてお風呂に入っていった。

「……もう何でもいいわ」


ただ一つだけはずっと忘れられないまま――――










「馬鹿よね、みんな……こんな汚れた私を心配して……」

自室に戻って、アリィンはベッドに座りながらまた手紙を開いた。

道場から出られなくなって投げやりに生きてきた。
棍を振るう時は雑念は忘れられたから、それだけを必死にやってきた。
不安定な感情を全て笑顔で隠して、普通に過ごした。


……本当は、笑顔の奥に隠れるのは不安定な自分。
涙を忘れた虚ろな情婦が孤独から逃げまどい続けている。

時々表に現れては、心を補う為に男を誘う。


「ふふ……あはは……もう遅いよハーディ……」



……私が全部ダメにしちゃったんだ……



「私は……もう昔の私じゃないんだから……」


危険な私が笑ってる。











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わお怖い。
コムイと別れて、必死で次の恋愛をしようと努力したヒロイン。
元々容姿は文句なしなので次から次へと男が寄ってきて、全てを受け入れて。
だけどそれは益々コムイへの想いを募らせる事になり苦しむ。
でも忘れないといけない………そんな経緯でヒロインは迷走していきました。

そして気付く、誰であろうと自分の体が疼いている事に。
特に好きでもない男に抱かれて一瞬の快楽に浸り。
夢も希望もない女の自分が言う、「どんな男でも自分が腰を振れば寄ってくる」と。
………そんな自分を汚れたと悟ったのは、それでもコムイが好きだと自覚した時。

ハーディ達(またオリキャラ……)家族同然の仲間達によって何とか泥沼の生活が終わり、
修行一本だけで暮らせるようになりました。
いつ男を誘惑するかわからない女を閉じこめ封印し、何事もなかったかのように作り笑顔で固めて。

だけどその結界はいとも簡単に壊れていく。


………という訳です。(わかるかーーー!)