「はぁ……」

アリィンは振り上げた拳を右往左往させながら盛大な溜息をついた。

昨日の事、この中の人物はどう思っているんだろう。
どう思ってあの光景を見たのだろう。


……でもあの人は、たぶん私が期待している事を言ってはくれない。






19・Mistress

















「おはよ」
「ああ、おはよ~……」

コムイは机に額をくっつけながら呻いた。
昨夜のパーティーが終わってから徹夜の仕事だったのだろう。
コムイの口調は普通で。
昨夜の事なんか何もなかったかのようないつも通りの会話。

「これ~リーバーくんの所に持っていってぇ~~それからコーヒーお願いしまぁす……」

隠して、隠されて。
見られたからって、私達の間は何も変わらないのね。

「はいはい、じゃあ先にコーヒー入れるね」

コムイから視線を外して、コーヒーの試験管を探しにかかる。


何も変わらないんだね、貴方は何も言わないんだね。
ちょっとは嫉妬してくれるかもって思ったけど、またそう期待した自分が馬鹿みたいだ。
昨夜にもう痛いほど惨めになったっていうのに。

……でも私は……正直、心がどうかなりそうだよ。

だって貴方に見られたんだから。
『あれは神田くんから勝手にキスしてきた』。
その言い訳はできないんだ、私が目を瞑ってしまったのだから。


普通だったら……誤解するよね。

私と神田くんがそういう仲だって。



「はい、コーヒーです」
「……ありがとう」
「………?」

コムイがじっと私を見上げてくる。

その漆黒の瞳はどういう意味?期待しちゃうよ?


「……アリィン
「なに?」


ああ、誤解なんだって言いたい。
私が好きなのは貴方なんだって。
あれに想いなんかないって、キスぐらい誰とでもできるって。


……でもそんなの言える訳ないじゃない。

だって、そしたら私は誰とでもキスできる女だって晒すことになる。
常識的に考えたら、キスとは互いを想い合ってる人同士の交わしなんだから。
挨拶……?違う、そんな雰囲気じゃなかった。


『貴方が好き。だけどキスは誰でもできる』
そんな事もし言われても、普通なら絶対信用できない。


キスされて、目を閉じた時点で互いが同意している。
言い訳を、何か言い訳を考えないと……



「……新しい任務があるんだ。ついでに神田くんを呼んできてくれる?」


……って……もう遅いよね。

もう貴方は私の事なんか好きじゃないかも知れないのにね。
そんな状態で言い訳しても、私がどれだけ汚い女かバレるだけ。
完全に信用なんかされない。


私は……何もできない。


貴方を前にしても私は貴方に想いを伝える事はできない、私が壊してしまった。
嫌われてもいいから想いを伝えたい……それで嫌われたら元も子もないよ。
そこまで強くないのよ私は。

私は弱い……だけど弱い所は見せたくない。
貴方に未練があるなんて知られたくないの。

ずっと好きでいたのは私の勝手。
この未練だけでとっくの昔に私は貴方との約束を破った。

変な所で臆病な私。
いざという時に純粋な私。
……感情に任せて気持ちを吐き出すほど、私はそんなに可愛い女じゃない。



「……わかった」




私は貴方を愛してる、だけどそれはもう言葉にできない。
それでも私は貴方をやめるなんてできないのよ。


私の心はもう……貴方には届かない。
貴方の心はもう……私には開かれない。


……愛しているよコムイ。


ずっとずっと……貴方の傍にいたかった。


貴方の役に立ちたかった。


……貴方が喜んでくれるなら、貴方が笑ってくれるなら。



私は何だってするよ。

貴方が振り向いてくれなくても、私はずっと貴方を愛しているよ。











アリィンさ~ん!」

遠くの方からラビが嬉しそうに駆け寄ってくる。
ちょうどそこには探していた神田も一緒にいた。

「あ、お、おはようラビくん」
「重そうっすね、俺が持つよ!」
「そう?じゃあ半分お願いしようかな」
「何言ってるんですか~全部ですよ!」
「大丈夫よ、そこまで力は弱くないからね」

じゃあ半分……とラビは残念そうに書類を半分持ち上げた。


……面白い、アレンくんもラビくんも。
こんな笑顔で騙されてくれるんだから。
可愛いわね、私は素直な子は好きよ。


ふと視線を余所にやると、こちらを窺うかのような表情の神田が。

「おはよう、神田くん」

神田は一瞬時間が止まったかのように目を見開いた。


……まだまだ神田くんも純粋ね。
キスなんて誰とでもできるのに。

そっか、神田くんは私が恥じらうかと思ってたんだ。
ごめんね、もう私はそこまで幼くないの。

…………お望みとあらば今この場でもキスしてあげるわよ?
だって、もう誰に見られたっていいんだから。

もうコムイに見られちゃったんだから。


「…………」
「……どうしたの神田くん?」
「ユウさっきから機嫌悪いんさ~何でかわかんねぇけど」
「そうなの……」


普通の男だったら不機嫌になるわよ。
神田くんがどのくらいの気持ちで私にキスしたかわからないけど、少なくとも嫌いではないよね。
男は誰しも女を所有したがるものだから、全然おかしくないよ。


「あ、神田くん任務だって、コムイが待ってるよ?」
「…………!」


神田くんの顔がみるみる険しくなっていく。

そっか……私は自分が傷ついた分、神田くんにも傷ついて欲しいんだ。
私の過去を少しずつ漏らして、同情を誘って。
なのにわざわざこんな神経を逆なでするような台詞を言って。

貴方はわかりやすい、だから私は玩具にしているんだ。

……ごめんね、もう玩具にしないから。


だから貴方も……もう入ってこないで。











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何やらヒロインが怪しい雰囲気に(苦笑)
今までの優しい上品なお姉さん思考ではなくなってます。