『誰かと幸せになっているならそれでいい』

そう思っていたのは僕だ。
そんな固いはずだった決意はいとも簡単に崩れていく。

アリィンは僕を選ばなかった。
当たり前だ、僕がアリィンを選ばなかったのだから。

アリィンは僕を選ばなかった。

……何故よりにもよって神田くんだったのだろう。






18・Underneath






「おはよ」
「ああ、おはよ~……」

足音で誰だかわかる。
だけど今は起きあがる気力なんて全くない。

アリィンの口調は普通だった。
僕にキスシーンを見られても一切表情を変えないでいつも通りの会話。

「これ~リーバーくんの所に持っていってぇ~~それからコーヒーお願いしまぁす……」

隠して、隠されて。
でも今はこうしていないと自分がおかしくなりそうだ。

「はいはい、じゃあ先にコーヒー入れるね」

アリィンは苦笑を漏らしてコーヒーの試験管が並ぶテーブルに行った。
いくつものフラスコの中に黒い液体が入っていて、アリィンはそれを覗いて中身を調べているようだ。


……その髪、その瞳、その指、その唇。
2年半は全て僕のものだったのに。

今は……神田くんがもっていってしまったのだろう?


ダメだ、昨日の事なんか思い出すんじゃない。
……どうして僕はあのパーティーに行ってしまったのだろうか。
どうして僕はリナリーを部屋に寝かせた後、あの廊下を通ってしまったのだろうか。

それさえ回避していれば、僕はアリィンが誰かに抱きしめられている所を見る必要はなかった。


「はい、コーヒーです」
「……ありがとう」
「………?」


見つめればこんなに近くにいるのに、もう届かないんだね。


「……アリィン
「なに?」


……僕は君を愛していたよ、ずっと、今も……


「……新しい任務があるんだ。ついでに神田くんを呼んできてくれる?」
「……わかった」


――せめて、最高の作り笑顔を僕に……――


そう思ったのは僕だ。



だけど本当はそんなものがほしいんじゃない。











「じゃ、すぐにイタリアへ飛んでくれ」
「…………」

返答はない。

「神田くん聞いてる?」
「……聞いてんだろ」


そうか、僕が嫌いか。
そうだよな、神田くんにしてみれば僕はアリィンを振って、しかも今は平気で危険な地に送り込んで。

……でもそれが僕の役目なんだ。
どんなに大事な人でも、僕が司令官である以上僕は残酷で居続けなければならない。
アリィンはエクソシスト……そして君も。


「……神田くん、恋愛は自由だけど君はエクソシストだ。作戦内容はしっかり聞いてもらわないと困る」
「だから聞いてるっつってんだろ」


君がアリィンに触れている……それだけでこんなにも黒い気持ちが沸き上がる。


「それならエクソシストとしての自覚を持ってもらわないと」
「俺は任務を疎かにしたことは一度もねぇ」

神田くんは鬱陶しそうに立ち上がって僕を睨む。

「エクソシストに感情は関係ない、アクマを倒す事が最優先……か?」


そうだね、君はそういう人だった。


「……そんなのと天秤にかけられるもんじゃねぇんだよ」


……だけど君は変わった。
それは……アリィンのおかげなのか?


「感情に左右されてるのはあんたの方だろ?」


……感情に左右されてる?僕が?
僕はアリィンに感情を表した事はないよ。


「完璧でいるつもりなんだろうが、あんたのせいで泣いてんだよアリィンは!」
「…………!」


……泣いてる?


「……泣いてたのか、アリィンは?」
「当たり前だろ。いつもいつも目障りなんだよ」
「…………そう……」


アリィンがいつも泣いてる?
君はアリィンがいつも泣いている姿を見たというのか?

……あの、何があっても絶対泣いた顔を僕に見せなかったアリィンが……?



怒った少年もいなくなり、シンと静まりかえった司令室がヤケに広く感じる。



「…………僕は馬鹿だ……」


どうして僕は君と出会ってしまったのだろう。
あの時その深紅の瞳に惹かれていなければ、僕に孤独に耐えるだけの心があれば。
期限付きの恋愛なんてしなかった、想いが膨らむこともなくすれ違っただけだった。

君を苦しめてしまったね。

だけど君は泣かなかった、一言も辛いとも言わなかった。
それは僕が悪いんだ、僕に受け入れるだけの土壌も資格もなかったから。
『僕を愛してはいけない』、それを言った以上僕は君を受け入れてやることはできなかった。
だから君は何も言わずにただ笑って僕の傍にいてくれてたんだ。

……そしてそれは今も同じ。

僕は黒の教団の室長、何人もの仲間達を幾度となく闇に突き落とす役目。
恋愛や私情なんて持ってはいけない、それは死んでいった仲間達へのせめてものけじめ。
いつか、世界が平和になる時まで僕はその為だけに生きる。

………君と別れた時にそれを誓った。

僕は今も君を愛している、でもそれは想ってはいけないんだ。
たとえ君が僕を想ってくれていても、僕は君を受け入れることはできないし、してはいけない。
僕は君に泣いてもらうこともできない。


……そう、自惚れていたんだ。


もしかしたら……もしかしたら君はまだ僕の事を好きなんじゃないかって。

だけど僕達が想いを同じでいた時はもう随分前の事。
君はとっくに過去から抜けて、別の人を好きになっていたんだね。

……今度は、涙を見せる事ができる人を愛したんだね。



僕は馬鹿だ。


僕だけ過去に執着して、置いて行かれて、行き詰まって。


僕は一度も君の涙を拭いてやる事はできなかった。



君の心は……もう僕の目の前にはない。











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今度はコムイ兄さん視点の話。

自分の気持ちに嘘付いてまで感情を殺してます。
まぁ、ヒロインは神田に泣いてる所を見せた訳ではないんですが、そう思ってしまうでしょうね。

すれ違いもありますが、兄さんが素直にならないのはもう一つ理由があるからです。
それはまた追々と。