ギシギシとベッドが不快に軋む音がする。


もう何度、愛のない行為に溺れたであろうか。


馬鹿だとわかっているのに、もう止められない。


私は一体何をやっている?

わからない。


体が悦んで、かりそめの心さえ歓喜に震え。

本当の心は何故嘆いている?

わからない。



ダメだ、こんなのは異常だよ、もうやめないと。

そんな事思ってないでしょう?本当は抱かれたいのよ。


違う。本当はこんな関係じゃなくて、昔のような関係に。

馬鹿ね。もうこんなに汚れてるのに、今さら何を純情ぶってるのよ。


違う!こんなのは違うの……!

無理なのよ、もう。もう後戻りはできないの。


汚れた女だって知られてしまったのよ、もう私は白じゃないの。


こんな私では何もできないのよ……体を売るくらいしか。


わかったなら、しっかり喘いで鳴きなさい。



もう戻れない、だからもう何も聞きたくない。



……貴方に抱かれる、もうそれだけでいいじゃない。






23・Nightmare

















「おかえりアリィン
「ただいま」

アリィンは気怠そうに司令室のソファーに深く腰掛けた。
汗ばんだ団服をパタパタ扇ぎ、横目でコムイをジロリと睨め付けた。

「イノセンスじゃなかったわよ」
「だから言っただろう?『たぶん』って」
「もう……これからはイノセンスのある確率を出してほしいんだけど」
「今回の任務の確率は5%くらいだったな」
「……やっぱりやめとく」

いつもの仮面とは何かが違う雰囲気。
言うなればアリィンの紅い瞳が違うのかもしれない。
柔らかい上品なものじゃない、その怪しげな光で相手を射る、どこか夜のような存在。

アリィンさんおかえりなさい」
「ただいまリーバーくん」

そしてそれが嘘だったかのようにまた太陽の輝きを灯す。

だけどこれらの変化は、たとえ終始アリィンの変化を見ていたコムイでもわからない。

「はぁ、まだ無駄足だったわ」
「仕方ないですよ、イノセンスを探すのは雲を掴むより難しいくらいっスから」
「……それなら私は雲を掴んでみたいよ」

疲れているのか渇いた笑いを向ける。

「それじゃあ、私は少し休むね」
「ああ、いいよ」

アリィンは立ち上がって髪を掻き上げた。

「お疲れッス」
「リーバーくんもお疲れ様、手が空いたらまた手伝いにくるわ」
「毎度毎度すいません」
「いいよ、好きでやってる事だし」

司令室を出る直前に、ふとアリィンは振り向いた。

「……じゃあね、コムイ」
「……ああ」

この時の変化はコムイにでも読み取れた……いや、コムイにわかるような笑顔をした。
昔養った明らかに男を誘う仕草ではないが、意味深な紅い瞳と唇が艶めかしく動いた。
それに対して苦く微笑むと、アリィンは後ろ髪をなびかせながら消えた。

「……どうしたんスか、アリィンさん?」
「さぁ、疲れてるのかもね……」

軽く返答をしながらコムイはいい加減に書類にサインをした。


僕は……一体何をやっている……?










「はあっ……はぁ……っ!」

行為が終わっても互いに抱き合うなんて事はない。
それまでの密着が嘘であるかのように両者がそれを避ける。

それが、ここ最近の夜の決まり事であった。

コムイはまだ荒い呼吸を繰り返しながらもベッドから降り、直ぐさま服に身を包む。
そしてキッチンに行き、冷めてしまった湯を温め直す。

アリィンは何も身に纏わないまま、その一連の動作を傍観していた。
まともに動かない体を上下させ、薄れていく視界を何とか晴らせようとする。

不快な沈黙が漂う中、湯の沸騰する音が微かに聞こえてくる。
そして次には鼻腔をくすぐるインスタントコーヒーの苦い香り。
コムイは一度もこちらを見ないままそれを飲み干し、ようやく振り返って近くまで来る。

コーヒーがたっぷり入ったもう一つのカップをアリィンの傍のテーブルに置いた。

「僕はもう行くよ。ここは好きに使ってくれてもいいから」
「……ん……」

重い瞼を上下させて返事をする。
この時にも目を合わせるなんてしない、だって優しい眼差しなんてくれないから。

……そんなものはいらない、なくていい。



部屋の主が出ていった後も、アリィンの思考は動かない。
茫然と、迫る混濁に身を任せたまま。


……眠い、このまま寝そう……


全てがどうでもよくなっても、ここで寝るのだけは許せなかった。
体を動かす、そんな力がなくても無理に上体を起こす。
シーツが肌にこすれる、それだけで未だに過敏に反応しながらも足をベッドから引き出した。


苦い……インスタント……


体を目覚めさせる為に無理矢理熱い液体を流し込み、服を着込む。
ベトつく汗を洗おうとも考えずアリィンは朧気な足取りで部屋を出た。


……あの人の匂いのする所なんて……いやだ……


任務で疲れた所に追い打ちをかけるような夜の情事。
本当なら、今にも倒れてしまいそうなほど全身が悲鳴をあげている。

それでもこんな部屋にいて余計な事を考えたくはなかった。










「……あ、おかえり……神田くん……」

虚ろな笑顔を携える女と廊下でばったりと出会う。
アリィンの変化に敏感な神田にはその佇まいは顔を顰めるもの。

「……お前……?」

着衣は整っているのに髪は縛られていない。
いい加減に緩められた襟元、いつもはきっちりと閉じていて肌など晒さない。
何かが不自然だった。

そしてかつて一度だけ見た、惑わすような血の瞳。
怪しくて不快なものなのに、何故か目が反らせない光。

「……何してんだよそんな格好で」


まさか、そんなはずはない。


「……何もしてないわよ……?そうね……ただ、歩いてただけ……」
「歩いてるだけでそんなにフラフラになる訳ねぇだろ……!?」

神田は覚束ないアリィンの腕を掴んで軽く引き寄せた。

「………っ!!」


ぞわっと全身が湧き上がるような、立ち込める女の香り、動物の匂い。


一瞬クラッとしそうになった頭を振り回し、代わりに怒りの血を上らせた。

「い……痛い……神田く……」
「お前……こっちに来い!!」

強く腕を引っ張られるままほの暗い廊下を突き進む。

すぐ近くまで来ていたアリィンの部屋のドアを開け、無造作にアリィンをベッドに放り投げた。
そしてくぐもった声を出すアリィンの上にのし掛かる。

「あ……っ!」

もう体が自由に動かないのか抵抗しないのか、特にアリィンは拒否する事なく組み敷かれていた。
ほぼ我を忘れている神田は、それに構うことなく乱暴にアリィンの団服をはだけさせた。
そして神田は一瞬身を凍らる。

「…………っ!」

首筋に無数に広がる赤い鬱血の跡。
それぞれ色の濃さがバラバラで、一回で全ての跡がつけられたとも思えない。
驚きを隠せないでいる表情とは反対に、アリィンはバレた恥ずかしさも見せず静かな瞳で見上げてきた。

「……何?軽蔑した……?」

その瞳と唇は、自分自身を嘲ているかのようだった。

誘う真似はするが、まさかアリィンがここまでやるとは正直神田も予想していなかった。
突然、神田の下でアリィンはクスクスと笑い出した。

「別に愛がなくても抱かれる事はできるのよ?」
「……誰にやられたんだ」
「誰だろうね……あれは、一体誰なんだろうね……」
「誰だって聞いてんだよ!!」

神田にしてみれば、任務に出ている少しの間にアリィンが誰かに抱かれ続けている。
他の奴とは違う、特別な存在であるアリィンがだ。
そんな馬鹿な話がある訳がない。

怒りでどうにかなりそうで、それがアリィン胸元を広げる拳に伝わる。
心臓がバクバクと破裂しそうになって、今ならレベル2のアクマを一瞬で倒せそうなほど。
嫉妬と怒りが怒濤のごとく押し寄せる。

アリィンはふと顔を背けた。

「……誰だっていいのよ……愛なんてないんだから……」


その悲しげな表情は、いつだってあの男にだけ向けられていた。


「……コムイか……?コムイにやられたのか……!?」

それを聞くと、アリィンはまた笑い出した。
もう全てがどうでもいい、そう言いたげな口元だった。

「ふふ……面白いね、男は……誘えばすぐに惑わされるんだから……」
「……お前……っ!?」

ずっと想い人であったはずの男に抱かれたというのに、どうしてこんなに泣きそうなのだろうか。
告白して結ばれた、そんな甘い雰囲気とは到底離れていた。


わからねぇ……どうしてお前から誘うんだ……!?


「……なんでそんな事したんだよ……!?」
「……何でかな……これしかなかったからかな……?」
「は……!?」
「女になるしかなかったから……」


本能的に男に抱かれる為の道具になるしかなかった。


「……アリィン……」


―――汚れた女にはもう恋愛をする権利なんてないから―――


パーティーの後からアリィンはおかしくなった。
あの時、アリィンとのキスをコムイに見られてから……

「……俺のせいか?」


俺のせいでお前はこんなになったのか……?
そこに想いなど通わない体だけの行為に縋るまでに、俺がさせたのか……?


「違う……私が、全部ダメにしたの……汚い女がいるから」

どうしようもなく罪悪感が募る。
怒りも変わらずそこに存在するが、ここまで追いつめたのは俺のせいだと。


……確かに、壊したかった。
いつまでも泣き続けるアリィンの心の闇を、壊したかった。

だけどこんな風に壊したかった訳じゃねぇ……


どうすれば俺はお前を楽にできる……?


「……悪ぃ……」

痛々しい体を柔らかく抱き寄せる。
それは謝罪の心と……新たに生まれた感情。


こんな脆い女……あんな男には任せておけない。


あんな男にはやりたくない。


こんなすぐ泣く女……傍にいてやらないと何をするかわからねぇ。


「……馬鹿だ……お前は……っ!」


泣きたいのに泣けない、そのくせ笑顔で全部やり過ごして。


救われたいはずなのに、その道は全部はずれていて。



……本当は、誰かに守られないと生きていけないくせに。



「……もうやめろよ、んな事」

神田はゆっくりと体を引き離した。

「救われねぇぞ」
「……別に救われなくてもいい」
「無理してるクセによく言う……」

アリィンは神田をゆっくりと見上げた。

「いい加減に目を覚ませ」
「……夢から覚めても何もいい事なんてないじゃない」
「これが最後だ。もうやめろ」


……それは何に対しての警告だろうか。


「……ふふ……無理だよ……不可能だって、もう知ってるから……」
「…………」

クスクス笑うアリィンに湧き上がる衝動を何とか抑えつつ神田は部屋のドアへ向かった。

扉を開ける前に振り返ると、アリィンは組み敷かれた体勢のまま天井を眺めていた。
薄ら笑いを浮かべた瞳の奥には、必ず思い浮かべている男がいる。

あんな状態になりながらも、想うのは唯一人。

これだけ心配している自分ではなくて、あの男。
完璧の仮面をつけながらもアリィンを乱す、あの男。

そんな奴の為に、あの脆い女は自ら悪夢に身を投じる。

「……悪い……アリィン……っ!」

神田は部屋の奥に向かって駆けだした。


突如膨れあがった感情のままアリィンの首筋に吸い付いた。
薄れはじめている他の跡とは違い、神田のキスマークだけが真っ赤に映える。

抵抗を示さないアリィンの反応を確かめるように神田は顔を上げた。

「……やめるの?」

淡々と問いてきたアリィン

「……そんなお前なんか抱かねぇよ」


抱いていいと言われて素直に抱く俺じゃねぇ……











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う~ん、何やら複雑な話です(お前が書いたんだろ)
神田くんもびっくりな急展開(笑)

神田くんの感情が変化してきましたねv
好きなら言えばいい、みたいに思ってましたが今は違います。
誰かが守ってやらなきゃいけない脆い女だ、なんて気がついて、
だけどその役をコムイ兄さんにはさせたくない、と。
……というか、これは神田夢ですか?(笑)

そしてヒロイン壊れまくり……
でもあれが本当のヒロインの一部だったりするんです。