愛してる、ただそれだけだった。


忘れられない、ただそれだけだった。


なのにどうして……こんな所まで来てしまったのだろうか。


溢れて、溢れて、止まらない。

音を立てず静かにこぼれる水晶の雫。


心を壊す、侵蝕の証


最後の悲鳴






24・Tears






「ん~~~~~……」

静寂でない空間に、1人の女が伸びをする声が聞こえた。

「あ、ごめんなさいアリィンさん、こんな遅くまで付き合ってもらっちゃって……」
「大丈夫だよ。リーバーくん達こそ徹夜になりそうなんでしょ?」
「はは、まぁ体力に物言わす男共ばっかりですから……」

両手に抱えた書類をドサッと机に置く。

「後は俺達でやりますんで。アリィンさんはいざという時の為に休んで下さい」
「……わかった。でもちゃんと休憩はしてね」
「ありがとっス」

心配そうな顔を浮かべるのでリーバーはカラ元気を出す。
アリィンはそれ以上何も言わず、きびすを返した。
次に足が向かうのは決まって奥の大きな机。

「……コムイ最近お疲れ気味?」
「……そうみたいッス」

2人の視線の先には大量の書類に埋もれて寝ている室長が。
微かに奇妙な音のいびきも聞こえる。


……本当に疲れてるみたいね……


ここでコムイに『声をかけて』司令室を出ていくつもりであったが、
起こす気にもなれずアリィンはふっと苦笑して近づくのをやめた。

「それじゃあ、頑張ってねリーバーくん。みんなも無理しないでね」
『うぃ~~~~~っす』

あたりからノロノロと上がった手を見渡してから、アリィンは部屋を出る。

アリィン

司令室から出ていく寸前に、思ってもみなかった声が背後から聞こえた。

「起きてたの?」

振り返ると少しやつれた顔のコムイが笑っていた。

「君も『休む』といい……」
「……ぇ……」

一瞬、どういう意味だかわからなかった。


だけどすぐそれはいつも自分が言っている事だと気がついた。


「……コムイもたまには休んだ方がいいよ?」
「そうするよ」

動揺することもなくアリィンはにっこりと微笑んで部屋から消えた。











休む所は私の部屋ではない、私が『一番嫌いな場所』だ。

奥になればなるほど自分の力では行きたくない、匂いが強くなるから。
だからいつも真っ暗な部屋の中で、こうやってドアのすぐ近くでうずくまって待つ。

ここにいればいつでも出て行ける、こんな馬鹿げたことすぐにやめられるように。
……だけど逃げた事は一度もない。


ガチャ……


細長い外の光が段々と大きくなっていく。

「……早かったね」

いつもは司令室を抜け出してくるのに随分と時間がかかる。
それはひとえに逃げ出そうとする上司を捕まえようとする良き部下のおかげであるのだが。


……確かに、こんなやつれてる顔してたら無理に机に座らせられないよね。


何にそんなに憔悴しているかは考えたくなかった。

「……ふ……っ……ん…」

ドアが閉まるのと同時に2人は激しく抱き合う。
近くの壁にアリィンの背を押しつけ、さらに唇が体重をかける。
近頃はコムイの方から攻めてくるからアリィンは受け答えるだけで済んでいる。


……もう互いに、やめられない。


「……ん……はぁ……!」

壁に押しつけられたまま、団服が脱がされていく。
襟元が大きく開き、膨らみを包む下着も姿を現す。

「……っ!!!」

コムイの手が凍った。


首筋に、身に覚えのない紅い痣。






……僕は今まで何をしていた……?


……僕は今何をしている……?



恋人ではない彼女を、過去となってしまった彼女を……


神田くんの……恋人を……



震える手で白い肌に映えるその痣をなぞる。
こんな場所に僕は付けていない、僕じゃない。

それは、自分の所有印ではない。



神田くんに抱かれたのか……?

いつ?どこで?

僕以外の男にもそんな声を出して?

神田くんにもそんな顔で?


僕に抱かれているその間にも……君は神田くんに抱かれていたのか?



……最低なのは君じゃない、僕だ……



だけど止まらないこの黒い気持ちは何だ……?






「ごめん」

コムイの手が止まった。

それだけ呟くと私の団服を元に戻して、立ち上がり。
重い扉は牢獄の鉄のように、目の前で鈍く大きく閉じていった。

ここに閉じこめられたのは、死刑を宣告された囚人。

何が起こったかわからない。
光の世界に消えてゆく背中を見上げる事もできず、真っ暗な闇を凝視し続ける。


「……フ、フフ……アハハハ……!」



全てが途切れた。











はらりはらり


想いが零れてゆく


「……アリィン

ノックもなく聞き慣れた少年が入ってくる。

「……何?ノックもなしで……一応私の部屋なんだけど?」
「知ってる」

振り返る事もなくアリィンは窓の外の月ばかり見上げていた。

神田は奥まで歩み寄ると、少しの距離をとって立ち止まった。

「……ごめん、帰ってくれるかな?男がいるとまた酷くしちゃうから」

神田は何も言い返さない。

「わかったでしょ?私は誰とでも寝られる、誰とでもキスできる女なの。
気持ちとか想いとかなくても抱かれる……神田くんともそうよ」

ようやくルビーの瞳が神田を見た。
月光を背に浴びて微笑んだアリィンは淡く輝いていた。

「誘うわよ?」

神田は真剣な表情をびくともさせずその瞳を見つめる。

「……帰って、お願いだから」
「お前は悪くねぇ」

アリィンの体が一瞬ピクッと反応した。

「お前は汚れてなんかいねぇ」

真っ直ぐな漆黒の目で、思わずそれから目を反らした。

「……な、なにを……!」
「泣きたかったら泣け」
「…………っ!」

アリィンは平静を装って笑顔を作った。

「……な、何で私が泣かなきゃいけないの?泣くような理由もないのに……」
「じゃあそれはなんだ」
「え…………?」


はらりはらり


想いが零れてゆく


「……な、何で泣いてるの私……」


最後の悲鳴


「あ、はは……おかしいね、何も悲しい事なんかないのに……っ!」

急に腕を引かれたと思ったら次の瞬間には神田の胸の中にいた。

「もういいから認めろ。悲しいなら悲しいって言え、泣きたいなら声を上げろ」


最初の犠牲


「……っ……拒まれちゃった……」


どこまでもどこまでも。


「恥ずかしいよね……女から誘って断られるなんて……」


……汚い。


「……違うだろ」

ギュッと強く抱きしめられる。
細身でがっしりとしているのにどこか柔らかい。

「お前は確かに誰とも寝られるかもしれない……だけどお前がコムイを誘った理由は違うだろ……!?」


……ただ一つ、愛していたから……


「……っ……拒まれちゃった…」

じわりと紅い瞳に次々透明な雫が集まる。

「バカだ私……本当にバカだ……」

何度拭っても月光に輝くそれはすぐに生み出され、器に耐えきれなくなって頬を伝った。

大粒の涙が神田の肩に胸にポタリと落ちていく。

「……アリィン、俺を見ろ」

「え……?」


腕の力が弱まると同時に再び神田の瞳と合わさる。

「あいつを忘れられない前提で俺を好きになれ!」
「それ、どういう……!」

アリィンが首を傾げようとすると、険しい顔の神田に抱きしめられて表情が読み取れなくなる。

「あいつを好きなのはわかった、それでもいい……だけど俺を見ろ!」
「そんな……だって、こんなになっても私はコムイが……!」
「んな事はわかってんだよ!だけどお前はこのままでいいのかよ!」
「え……?」
「ずっとだろうが一生だろうがコムイを好きなのはいい!だけどな……それだけで生きるのは不幸だぞ!」


不幸……?


「結婚もしない、幸せにもならない、んな一生でいいと思ってんのかお前は!?」
「……よくない……そんなことわかってる、だから色んな男と付き合ったし、結婚もするのよ!」

悲痛な叫びが嗚咽と共に溢れる。

「『一生辛くてもいい』なんて事言えない、私は弱いから……
無理してでも……幸せになりたかった……!」
「なら今度は俺を見ろ!」
「でも無理よ!神田くんは好きだよ?でもこういう好きじゃない……」


貴方は愛せない。

今でもあの人を愛しているから。


「それでもいい。俺に逃げろ、俺に縋れ……俺がお前を守ってやる……!」


……『守る』なんて初めて言われたよ、コムイ……


「お前なんか……弱くて脆くてどうしようもねぇんだよ……だから俺がお前を守る!」


そう、弱いのよ私は……貴方を愛するのにも誰かに頼っていないとダメなの……


「……それがお前を好きな男の役目だ」


ごめんなさい、こんなダメな女でごめんなさい……


「っ……!ごめん神田くん……ごめんね……!」


アリィンは神田の背中に腕を回しきつく抱きしめた。


私は……貴方のその想いに縋る事しかできない……




はらりはらり


想いが零れてゆく



最初で最後の愛



涙となって男に降り注ぐ











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あ~ら~ら~(他人事/笑)

さて、ヒロインは神田くんに渡ってしまうのでしょうか。
それともコムイを愛し続けるのか……(言ってて恥ずかしっ)

ヒロインが凄いのはどんなに神田くんの誘惑……もとい、アプローチを受けても
フラフラと神田くんを好きになるような事はない所。
こっちと一緒にいたら幸せになれるかも……とはたぶん思いません。

それは過去の色々な男で不可能だったと経験済みだし、それほどコムイが好きだという事です。

本当に、一途なんですね。
だから道を外してしまった事もあるんです。