「あ、おはよう神田くん」
「………」
食堂に入ると、神田がジェリーさんに『蕎麦』と一言だけ交わした所が目に入った。
神田がずっと任務に行っていたという事もあってまだ一度もまともに話したことはなかったから、
アリィンは思い切って話し掛けた。
「私、最近ここに入団したアリィンです。よろしくお願いします」
「………」
神田くんは一度私を一瞥しただけで、フンッと自分のトレイを持って遠くの席に座った。
……無視ですか……
「あ、あら~~アリィンちゃんおはようvv」
「おはようございますジェリーさん」
「んも~~!どうしたらこんなに綺麗な女性になれるのかしらね~~~!!」
にっこりと微笑むとジェリーは興奮したように暴れ出した。
その上、奥から料理人さん達が入れ替わり立ち替わりアリィンに挨拶した。
おはようございます、と返すだけでそのほとんどの人はウキウキで戻っていく。
……面白い厨房だよね……
「それでご注文は~?アタシ何でも作っちゃうわよ~~!!」
「じゃあ……コーヒーとサラダとトーストで。バターなしでお願いします」
「了解~~ちょっと待っててね~~!!」
厨房の人達はみんな優しくて、アリィンは小窓から奥を覗くのが好きだった。
フライパン独特の金属の音や、まな板の小刻みな音が何とも食欲をそそる。
……昔はよく気合いの入ったご飯を作ってたなぁ……
最近昔の事ばかり思い出すのは、やっぱり『いる』からだろうな。
過去を過去にさせてくれない人が。
4・In-depth
アリィンは出来たての料理を乗せたトレイを手に、適当な場所に座った。
そして今日一日の予定を考えながらトーストをかじる。
とりあえずコムイの所で仕事手伝って、その後で稽古かな。
昨日と一昨日とそのまた前の日と全く変わらない日課をおさらいするアリィン。
食事を終えトレイを返却口まで持っていくと、ちょうど神田もトレイを返しに来た所だった。
バッタリと目が合ったはずなのに、神田は目の前にアリィンなどいないといった素振りでさっさとトレイを置く。
折角仲良くなろうと話しかけたのに無視され続け、アリィンは少し不機嫌になってポニーテールの少年に突っかかる。
「……何で無視するの?」
スタスタと足の速い神田に後ろから近づいて思い切って聞いた。
すると顔は相変わらず正面を見ていたが、今度は無視ではなくて返事が返ってきた。
「馴れ合う気がねぇからだよ」
「……どうして?」
「うるせぇな、その取り繕った笑顔やめろ」
「……え……?」
アリィンは神田の言った言葉の意味がよくわからなかった。
私は普通に笑っているはずなのに、それを『取り繕った笑顔』って……
そう、これはいつもの私の顔なのに……ごく普通の笑顔なのに……
「……そう、ごめんなさいね」
アリィンはそれでも笑顔で答え、クルリときびすを返した。
やめろと言われて簡単にやめられる訳がないと思いながら、
そんな自分が何となくおかしくなって誰も見てない所で自嘲する。
……これも取り繕った笑顔、かな……
その笑顔が本音から来るものかと言われればそうではなくて。
確かに若い頃の私は、嬉しければ顔がしわくちゃになるほど笑って、つらければ思いっきり泣いた。
どんなに腹が立つことでも、どんなに悲しい事でも、笑顔でいれば乗り切れる。
そうして私はどんな時も笑顔を絶やさずにしてきた。
「……神田くんは気付いたのか……」
よくよく考えれば、それは少しずつ何かを経験する度に培われた世渡りの術で。
いつからか本音と建前の境界がしっかりと引かれるようになっていたみたい。
いつから私はこんなに感情を隠す事に慣れたんだろうか。
「神田くんってどんな人?」
「え、神田くん?」
ふいに尋ねられてコムイは顔を上げた。
「そうだなぁ……ちょっと人付き合いは苦手だよね。思ってる事を口にしちゃうから結構敵は多いし」
「…あんな美人なのにもったいないね」
美人は余計だと思うが、アリィンは先程のやり取りを思い出してう~んと唸っていた。
……私と正反対の性格な人みたいね。
コムイはコムイで、アリィンが溜息まじりに漏らした『美人』が引っかかっていた。
「……ま、神田くんは硬派だから」
「そう、ありがとう」
「……………」
それだけが聞きたかったのか、アリィンはさっさと部屋から出ていってしまった。
コムイは無意識にまとっていた緊張感をほぐすように大きな溜息をついた。
「よりにもよって神田くんか……」
今さっきまで処理していた紙切れを読み返し、そこに『アリィン』と『神田』の名前がある事を何度も確認した。
アリィンが神田に興味を示した、それだけで胸の内は簡単に吹き荒れる。
「あっ……ごめんなさい!」
廊下の角を右に曲がろうとした時、ちょうど前から人が来ていて肩がぶつかった。
謝罪を述べた後アリィンが顔を見上げると、それは見たことのない少年だった。
「ごめんごめん、ちょっと急いでたんさ」
赤い髪をバンダナで持ち上げて、右目には眼帯と珍しい風貌だった。
そして黒い団服に十字架が映っている。
「あれ?もしかして新顔さん?」
「あ、貴方もエクソシストなんですか?」
「いつもはこっちにいないんだけどさ、君は?」
「アリィン・ファルーシュです、よろしくお願いします」
アリィンはにっこり微笑むが、しばらく眼帯の少年は黙りこくったまま俯いてしまった。
……これもやっぱり作り笑顔なのかな……?
最近の若者は凄いなぁと感心していると、少年はバッと顔を上げた。
……その目がちょっとハート型をしていたのは気のせいか。
「よろしくっス!歳いくつ?俺は18!」
「なっ……!」
神田くんといいこの少年といい……エクソシストは10代が多いの?
そして、アリィンは笑顔が怪しまれてない事に胸を撫で下ろして、にっこりと思いっきり笑顔になった。
微妙にこめかみの辺りが痙攣している。
「……女の人に歳を聞くものではないでしょ?」
「そうさ!男と女の間に年の差なんて関係ないんさ!!」
「えと………」
がっしりと両手を握られ、ますます迫ってくる少年。
このままでは貞操が危ない気がする。
とりあえず何か抵抗をしてみよう……
「……私、来年は30歳ですから」
すると少年の熱烈ラブアタックは止まった。
アリィンは自分で言ってまたショックを受けていた。
そうか……やっぱり30歳はもうおばさんなのか……
コムイもミニスカート推奨じゃないし。
「……いいさ」
「………え?」
「いいさ!やっぱり女の人はこのくらい色っぽくないと!アリィンさんに益々惚れたさ!!」
「……………」
逆効果だったみたいです。
「彼氏とかいる!?もしかして結婚してる!?あ、でも俺はバツイチでもアリィンさんなら――!」
「……本当?結婚してくれるの?」
「へ!?あ、ああいいさ!アリィンさんと結婚できるなら何でもするさ!!」
「……そう、ありがとっ!!」
「ぐぇっ!?」
アリィンの中で何かが弾けて、背後に凄いオーラを漂わせながらも笑顔で少年の胸ぐらを掴んだ。
そしてそのまま持ち上げて、背負い投げ。
景気のいい音と共に赤髪の少年は床とご対面し、うぅ……なんてうめき声が漏れた。
「……どうせ残り物よ、もう少し相手を考えた方がいいよ」
少年を放置してアリィンはカツカツと靴をならし廊下を歩いた。
床に突っ伏した少年からは、『勇ましい女もいいvv』なんて聞こえていたりいなかったり。
……どうせ行き遅れですよ。
痛い所をつかれアリィンは未だに青筋を浮かべていた。
確かにもうすぐ30代、旦那の一人や二人いてもおかしくない頃なんだろうけど……
……って、やっぱり出てくるのはコムイの顔か……
アリィンは立ち止まってブンブンと頭を振った。
あれは、初めから終わると知っていた。
『結婚』なんてあるわけないと知っていた。
でも頭に浮かぶのはコムイばかり。
……それじゃあ、コムイが悪いって言ってるみたいじゃない……
自分の頭に腹が立つ。
コムイは最初から、『いつか別れる』って言ってたじゃない……
「……結婚できないのは私のせいなのに……」
他人のせいにしようとしてる自分が嫌だった。
……これならさっさと結婚した方がよかったかも……
そしたら完全に無理だって言い聞かせられたのにね。
空に聞けば、浮かんだのはやっぱり彼だった。
「……というか、何だったのあの子は……?」
その問いかけに答えてくれる人はいなかった。
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ラビくん特別出演です(笑)
ただ書きたかったので原作無視して登場させてしまいました……
これの時代は一応アレンが来る前なので、もしかしたら少しは教団にいたかも?
なんて勝手に……(苦笑)
ヒロインは特別作り笑顔をしてる訳ではありません。
生きてく上で、笑顔でいた方が何かと便利だと知らず知らずのウチに身に付いた処世術だと思われ。
……まぁ確かに、普通の人よりかは作り笑顔が多いですが。
どんな時でも笑顔でいよう、
そんな姿勢からいつしか感情を隠すようになったと解釈していただければ嬉しいです。
誰しも作り笑顔をしてると思います。
というか、本性のままでいられる時間がどんどん減っている気がします。
そこまで極端じゃなくても、子供の頃よりかは感情を表に出してないな、と思ったりします。
その辺が私の勝手な『大人像』としてヒロインにプラスされてます。