―――比翼の鳥、それは1人では生きられない。






40・Everything is ...Love






バァン!と科学班へと繋ぐドアを開け放つと、皆が皆アタフタと散っていった。
どうやら全員気になって聞き耳を立てていたようだ。

うわ、すっごく恥ずかしい……!

あれだけ泣き叫んでいたのを聞かれてしまったのだろうか。
アリィンは俯いて自分の失態を悔やんだ。

隣のコムイは、アリィンと繋いだ手とは反対の手を高々と掲げた。

「突然ですが、伯爵の件が解決したら僕達結婚しま~す!」
「え!?」

驚いていたのはアリィン唯1人だった。
さっきまでの真面目な雰囲気は一体どこへやら。

「やったッスね~室長!アリィンさん!!」
「おめでとうございます!」
「いや~ヒヤヒヤしましたよ~!」
「一時はどうなる事かと!!」

特に驚いた様子もないリーバー含め科学班の人達は口々に言う。

「という訳で、早く結婚したいので科学班の諸君には今以上に働いてもらうよ~♪」
「えーーー!?」
「そりゃないっすよ!」
「鬼!!」
「のろけんな!!」

今度は一斉にブーイング。

「あ、あの、私はそんなに急いでないですから、皆さんいつも通りでいいですよ」

アリィンがなだめるように微笑むと、全員が軽く胸を打たれた。
幸せの絶頂の笑顔とは、こういうものを言うんだろう。

「い、いや、アリィンさんの為なら俺頑張ります!」
「か~~~!早くアリィンさんを幸せにしてやりてぇ!!」
「お前が幸せにするんじゃねーぞ!?」
「うるせーな、そんな事わかってるよ!!」

などとさらに大騒ぎになる。
その集団の中から、リナリーが一歩アリィン達に近づく。

「兄さん、アリィンさん……本当に、よかった……!」
「リナリーちゃん……」
アリィンさん、兄さんをよろしくお願いします」
「……ありがとう、リナリーちゃん」
「これからはアリィン義姉さんですね♪」

心底嬉しそうな笑顔は本当に可愛らしくて癒される。
こんな子が自分の義妹になるのだと思うと何だか心が弾む。

「と、いう訳で!これからはアリィンを狙おうとする奴は……殺す!!!」
「えっと……コムイ?もうそのくらいで……!」

何やらもの凄い武器を取り出すコムイ。

周りから祝福されるのはいいけど、なんだか複雑な気分だった。
リナリーのように溺愛されてみたいと羨んだ事はあった、でもいざ自分となるとどうしても気恥ずかしい。
それでも嬉しいことには変わりないけど。

だって、もう、受け入れてもらえたんだと実感できる。
だって、コムイが初めて……付き合っているんだと公言してくれた。

アリィンは僕のものだからね!」

まだコムイの勢いは止まらない。
それだけでなく、コムイは急にアリィンの腰を抱き寄せると―――


「っっ!!!」


「「「「!!!!!」」」」

あろうことか、全員が見ている中でアリィンの唇を奪った。
恍惚としているのはコムイ1人、科学班の面々が完全石化。
顔を赤く染める者、呆れて言葉がでてこない者、様々な感情が入り交じり沈黙は続く。

その気まずい雰囲気を壊したのは、ずっと目を見開いたままのアリィンだった。

突き飛ばすようにコムイを押しのけると、
俯き加減だった全身をワナワナと震わせながら走り去ってしまった。

ここで真剣に反省しなければいけないのに、どこか薄笑いのコムイ。
ごめんね、すぐ戻ってくるからと、いつもと変わらない調子で言うと部屋を飛び出した。



追いかけると、アリィンは廊下の隅で、壁に背中を預けるようにしてしゃがんでいた。
顔は窺えなかったけど、コムイにはどんな顔をしているのか予想できていた。

アリィン……」

心の中で謝りつつも、やはりどこかで嬉しさが込み上がってしまう。

「みんなの……前で……!」
「ごめん、アリィン
「違う……!」

恥ずかしくて、キスされたのが嫌で泣いた訳じゃない。

「本当は、嬉しくて……みんなの前で、言ってくれたのが嬉しくて……っ!」

嘘じゃないんだと。
今度こそ本当に、皆に祝福してもらえたのが。

泣いている姿が愛おしくて、コムイはアリィンに覆い被さるように抱きしめた。

「愛してる」


君はもう、涙を隠したりはしない。




――カツ……


「……神田くん……」

静かな廊下に響いた靴音、立ちはだかるように1人佇んでいたのは同じ東洋の少年。
どうやらアリィンのすぐ後に帰ってきたようだ。

コムイは立ち上がると、真剣な面持ちで神田と正面から向き合った。

「…………」

反対に神田は怒りともとれるような険しい目元を崩さない。
コムイはもう一度「神田くん」と呼びかけた。

「……君にも、試すような……挑発するような事をして悪かったと思ってる」


アリィンの為だと思い、まだ何も知らない少年を巻き込んだ。
でも本当は、アリィンが自分に耐えきれずに逃げてしまうのを恐れていただけの気がする。
結局は、自分の為……エゴだ。

けしかけるだけけしかけて、アリィンが自分を選んだのなら彼を切り捨てる。
なんて浅ましい己の欲だろうか。


だけどそれでも、愚かだと罵られても、軽蔑されても、

ただ一つ……ずっと欲しかったものが。


「こんな事言う資格はないのかもしれないけど……もう決して手放したりしない、もう自分の為に泣かせたりしない。
僕は……自分にも嘘を付き、何度もアリィンを傷つけて、君を利用した」


君は僕の目的をわかっていながら、それにはまることもなく、
ちゃんとまっすぐにアリィンを支えてくれた。


「本当は守りたかった……でもその前に、どうしてもアリィンの本音を引き出したかったんだ。
……恨んでくれて構わない、君を陥れたのは事実だから」


アリィンを愛してくれてありがとう……そして、ごめん。


「それでも……僕はアリィンが欲しい」

これまで何度も感情と本音を隠してきたコムイが初めて神田を見据えた。
それは今まで見たことがないほどの強い瞳の力で。
反対に神田は一切表情を変えないまま。

「浅ましくても残酷でも、僕がアリィンを愛しているという事だけは消せそうにない」


今この時でも背後で涙を止めるのに必死になって、
それでも止まらなくて俯きながら顔を拭い続ける彼女が……堪らなく愛しい。
彼女はおそらく自分の言葉に泣いている。
それも、悲しいからではなく。


「だから神田くん……アリィンを返してほしい」



「…………俺のじゃねぇよ」

しばらくの時が過ぎて、ようやく神田が口を開いた。
トゲトゲしい口調ではなかったが、不機嫌そうな眉間の皺は緩まなかった。

「最初からアリィンはあんたしか見てねぇんだから」

特に表情も変えずに2人に背中を向け、歩きだそうとする神田。

「俺には関係ない」
「ごめん、ごめんね神田くん……っ!」

それを止めたのは嗚咽混じりのアリィンの声だった。
眼力を強めたまま振り返れば、それに驚いたのかビクっと肩を震わせていた。
俺が怒っていると思っているのか、あの女は。


真っ赤な目にはこれから溢れるであろう透明な海ができていた。
そんな不安そうに見上げてくる目、あれで本当に年上だろうか。

最低な女だ……振り回すだけ振り回して。
だけど、あいつが本当の意味で泣けて、縋り付いているのを見ると。

どうしてだろう、何よりも嬉しいと思った。


「馬鹿な女だな……」


腹立たしい事もあった、だから最後ぐらいは強がろうと思っていたのに。
フッと顔が自然に緩んだ。


「……でも一途な奴は、嫌いじゃない」

それだけ言うと神田は自室に戻っていった。
歩いた、とりあえず歩いた。

痛い、胸になにかが突き刺さる。
でもそれを上回る、温かいものがこみ上げていた。
確かに自分は彼女が好きだった、でもこれでいいとも思う。
怒りは湧かない、湧く訳がない。

……俺は、アリィンが笑えるのならそれでいいんだ……

窓から外の月を仰ぎ見た。
泣きそうだ、でもどこか肩の荷が下りたような……そんな気さえする。


「あ、おかえりなさぁい……」

突然声が降りかかってきたかと思った。
少女がすぐそばで宙に浮いていた。

「…………んなとこで何してんだよ」

彼女は以前連れてきた適合者で、こんな感じで精神体としてどこへでも行ける能力を持っている。
あれからどうやらラシャンは自分に懐いているらしい。

「だって帰ってきたのわかったからおかえりなさいって言いたかったんだけど、
またドアから顔覗かせたら怒られるかなと思って、外から来てみたの」

ラシャンは神田の近くに移動しつつへラっと笑った。
前にいきなりドアから顔だけ出したもんだから少し驚いて怒った事がある。
だからといって、まさか断崖絶壁の外に浮いているとは思わなかった。

神田が不機嫌そうに顔をしかめると、ラシャンは『また怒ってる?』といった表情で首を傾げた。


……どいつもこいつも、俺が落ち込んでるって時に出てきやがって。


「……普通にドアの前で入っていいか声かければいいだろ」
「あ、そっか~」

さっきまでの重い気持ちが、軽くなった気がした。











―――そして、再び日常が訪れる。










一つの幸せを見つけた。
たった一つ、忘れる事もできないただ一つのもの。

苦しくて、悲しくて、無理して、泣いてばかりで。
でも全部それが糧となって今があるんだと思う。

訪れたのは平穏と愛情と笑顔。
しかし同時に日常もまた流れ続ける。

終わりはない、私達にはまだ先に道がある。
また不安になるかもしれない、揺らぐかもしれない。

それでも、一歩ずつ開いていけばいい。

泣くことを許されているのだから。
気持ちを告げればちゃんと返してくれるのだから。
微笑めば、愛を返してくれるのだから。


ハッピーエンドが訪れるのは、もう少し後。

私達は未完成な大人かもしれない。
でも、2人で一緒にいれば互いに補える気がするんだ。






「……あ、もう理由なしに行ってもいいんだ……」

司令室に手伝いに行こうかどうしようか、今でも時々迷う。
くすぐったい、だって私が顔を見せればいつだって彼は最大級の微笑みで迎えてくれる。
どうしよう、愛されている。

「ちょうどよかった、今呼びに行こうかと思っていたんだ」

コムイの手には資料の束、おそらく次の任務の概要だろう。
ソファーに座って資料に目を通していると今回のパートナーらしいアレンが入ってきた。
彼も成長したなと思う、顔付きがどこか変わった。

「それじゃあ気をつけてね」

任務の説明を受けて立ち上がるエクソシスト2人。
だけどドアまで歩いた所でコムイがふとアリィンを呼び止めた。


……この状況はヤバイ……アレンくんだっているんですけど。


恐る恐る振り返ってみると、案の定コムイはまた微笑を浮かべていた。
あの眼差しに弱いのに……あそこまでされるともうわざとなんじゃないかっていう気がする。

アリィン
「……ぅ……」

アリィンが目を泳がせているとアレンが「どうしたんですか?」なんて無垢な顔で聞いてくる。
恥ずかしいし、絶対教育上よくないと思うんだ。


でも拒める訳がない、本当は嬉しいんだから。


「……コムイ、キャラ変わったよね……?」
アリィンほどじゃないよ」

しょうがなく傍まで近寄って怨めしそうに見上げても、コムイはさらりとかわした。

ほら、こういう所が変わったっていうんだ。
あんな素敵な青年だったコムイが嫌な大人になってしまった。


「ほら早く」
「……ぅ~~……」


絶対今度仕返ししよう、そう心に決めてアリィンはコムイの唇に自分のものを重ねた。


……貴方は気付いている?
愛してるって、心で言いながらキスをしている事を。

私はあんまり自分の気持ちを素直に言えない性格だから。
でも今度、ちゃんとそれを口にしようと思った。


「行ってらっしゃい」
「……行ってきます」


半強制的に習慣化された事をこなし、アリィンはさっさと司令室から出ていった。
同じ空間にいたアレンが居心地悪そうにしているのがとても耐えられそうになかったから。


私はエクソシスト、そして貴方は室長。
普段あまり気持ちを言葉にしない私でゴメンね。
だから、恥ずかしくても視線に耐えられそうになくても、ちゃんと心をこめて貴方に触れる。

ねぇ、聞こえてる?私の本当の気持ち。

聞こえないのなら、今度はちゃんと言葉にしてあげる。

貴方に届くまで、何度でも言ってあげる。


貴方が傍にいるなら私はどこへだって行ける。



それは、Prelude――――











<完>





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終わりましたーーーーーーーーー!!!長かった!!!
まさか40話までいくとは思いませんでした(汗)

コムイ兄さんがヒロインに求めていたのは「本音を言う事」と「涙を流す事」でした。
たとえうわべで好きだと言ってても、この2つができなければこの先続かないだろうなと思っての賭けです。
だいぶ神田くんが不憫になってしまいました(ホロリ)
でも神田にとってもこれが初めて恋を自覚したものですが、
根底にはヒロインがコムイと幸せになってほしいという想いの方が強かったと感じておりまする。
可哀想だったので最後にちょっと次の恋?的なフラグもつけておきました(笑)

いかがだったでしょうか、満足いただけましたか?
無駄に長くて無糖で嘘つきだらけの夢でしたが、私は楽しかったです。
よければ感想待ってます。