黒の教団に着くまでの間、自然と様々な思いが胸をよぎる。
まだ不安がほとんどで、何が聞きたくて何が言いたいのかが混乱していく。
どうしてやり直すなんて言ったの……?
どうして、その時にちゃんと聞いてくれなかったの……?
どうして、貴方は何も言わないの……?
その奥に不思議な感情が生まれる。
フツフツと湧き上がるものは、苛立ちに似ていた。
私が何も言えなかった事は、謝る。
でも貴方こそ、ちゃんと本当の事を言ってほしい。
私は、貴方の何……っ?
不安で、震えてどうにかなってしまいそうなほど怖い。
でもそれと同時に……この拳に溢れるのは、不思議な怒り……
39・Awkward
科学班の人達の挨拶もロクに返さないで、勢いよく司令室に入っていくアリィン。
予想もしなかった訪問者に一瞬驚きの顔を見せるコムイは、だけどすぐ目線を書類に下げる。
走り続けていた為に治まらない動悸に、
何とか呼吸を整えようとしばらく無言の時間が訪れる。
アリィンの荒い息だけが司令室に響く。
押し潰されてはいけない……思い出せばいい、優しいコムイを。
「……どうして来てくれないの?」
来なければ俺がもらうって、神田くん言ってたのに。
「行く必要がないからさ」
キッパリ返されてアリィンは一瞬喉を詰まらせるが、必死で自身を保つ。
「……どうしてやり直すなんて言ったの?
私と神田くんの事を疑ってたなら、その時に言えばいいのに、どうして?」
すっとコムイが顔を上げた。
静かな漆黒の瞳が真っ直ぐ突き刺さる。
「……嬉しかったのに、コムイとやり直せて。
信じられないくらいビックリして、また……幸せになれると思った。
だって、もう会えないと思ってたのにこうやってエクソシストとして再会できただけで奇跡で……
嬉しくて、昔に戻ったみたいで……」
胸が高く鼓動するたびに、昔の思い出が哀しさをこみ上げさせる。
言葉がグチャグチャになっていく、でもそれでもいい。
もう、全部言ってしまえと思った。
コムイ、私がこんな風に思ってたって……知らなかったでしょ?
「もう二度と会えないんだから、忘れないといけなくて……
忘れなきゃって、何度も……頑張ろうとして……でも、忘れられなくて。
ずっと、諦めきれなくて……」
冷たさはない、だけど真剣な視線とアリィンのものが見つめあう。
いつから彼の目をちゃんと見れなくなっていたんだろう。
ねぇ、お願いだから……私をわかって……
「ねぇ……どうしてやり直すなんて言ったの?
どうして目を合わせてくれないの?どうしてそんなに冷たくするの?
私、コムイのちゃんとした言葉……一度だって聞いたことがない……
貴方は……必要な事は何ひとつ言ってくれなかった……っ!」
ヤバい、泣きそうだ。
いやだ泣きたくない。
そんなヒステリック女になりたくない。
「どうして何も言ってくれないの!?私の事好きじゃないならそう言ってよ……っ!
やり直す気がないなら期待させるような事言わないで……っ!
神田くんとは何もない!ただの仲間……大事な仲間、それだけよ……っ!」
お願い、信じて……っ!
「……君は、大事な仲間と、あんな風にキスできるのかい?」
「…………っ!!!」
カッと、全身に熱が走った。
羞恥と恐怖と悲しみと……それよりも、怒りで我を忘れた。
「キスぐらい誰とでもできるわよ!!」
部屋が震えるかというぐらいに叫んだ。
苦しそうに顔を歪ませるアリィンに、コムイも驚いて目を見開いた。
「だって……コムイじゃなきゃ嬉しくないんだから!
コムイじゃなきゃどうだっていいんだから!!私は……っ!
……どんなに……、たくさんの男と寝たって……」
「私は、ずっと……貴方しか愛せなかったのに……っ!!!」
「私にはコムイがいない世界なんてどうだっていいんだから!!!!」
「…………っ!?」
その瞬間、アリィンの双眸からたったひとすじの、涙が流れた―――
「だからお願い……!コムイの本当の気持―――っっ!?」
突然立ち上がって近づいてきたと思ったら、急に抱きしめられた。
視界が白衣の色に染まってしまって、一瞬何が起きたのか思考が止まる。
「愛してる」
「…………え……?」
突然耳元で告げられた言葉がアリィンには理解できなかった。
「ごめん……!ごめん、アリィン!!」
わからない、どうしてコムイに抱きしめられているの?
どうしてコムイが謝っているの?
「ずっと、愛してる。誰よりも君を愛してた!!」
え?……誰が?誰を愛している、って……?
「辛い想いさせてごめん、アリィン!」
「え……どうし、て?」
喋ろうと思ってもうまく言葉になりきれない。
「ずっと、愛してた。僕だって二度と会えないと思ってた。
君が大怪我した時、君は僕を愛してると言ってくれた。
それがあまりにも嬉しくて夢みたいで、思わずやり直すなんて言ってしまった」
コムイは堰が切れたように話し続ける。
圧迫される全身はそのままで、耳元で聞こえる声はどこか苦しそうで。
「……君は本当は弱い人だって僕は知ってる、それを必死で隠す人だってのも。
昔別れが近づいた頃、僕は君が辛そうにしているのを知っていた。
でも結局、君の泣いたところを見たことがない。
君は、僕の前では素直に気持ちもさらけ出せないし、涙を見せられない人だ」
「…………」
……知ってたんだ、私の事……
「だから、賭に出たんだ。このまま冷たくあたって、君が僕の前で本音を出して……泣ければ、それでいい。
ここまで酷い事をされても君が僕に言いたい事を言えずに、他の人……たとえば神田くんに逃げるなら、その方がいいと。
君は、神田くんになら本音を言えるし、涙を見せられる。
それなら、神田くんと一緒になった方が、今辛くても将来きっと君は幸せになれる」
「そ、んな………だって……っ」
神田くんに涙を見せた訳ではない、そう反論しようと顔を上げると、
コムイはそれさえも遮るようにまた、ごめんと呟いた。
「僕は、ずっと、君の涙が見たかった」
君が僕の為に流してくれる涙を。
「アリィン、冷たくして、泣かせて……ごめん!!
辛かった……自分で決意したのに、全部投げ出して何度君を抱きしめそうになったか……!」
耳ではコムイが何と言っていたのかわかるのに、頭がついていかない。
未だ茫然とした顔で見上げると、もうコムイの目に冷たさが宿っていない事は確かだった。
そっか、全部……本音を、言ってくれたんだ……
私が本音を洗いざらい喋っちゃったから、話してくれたんだ。
え?じゃあ、うまくいったってこと……?
……愛してるって?……コムイが?……私を……?
「コムイ……私の事、嫌いじゃないの?」
「嫌いな訳ないじゃないか!」
「私、コムイの傍にいていいの?」
「当たり前だよ!」
アリィンが遠慮がちに尋ねるたびにコムイが即答する。
当たり前だと何度説き伏せても、それでもアリィンはおかしな質問ばかりしてしまう。
「私……コムイを愛してるけど……約束破っちゃったよ?」
「そんなの僕だってとっくの昔に破ってる!!」
痺れを切らしたようにコムイが再び抱きしめてくる。
でもどうしてだろう、今度はコムイの広い肩は震えている。
「コムイ……泣いてるの?どうして……?」
「……こんなに僕の事が信じられない程、君に酷い事をしてた自分が憎くて……っ!」
「……ごめんね、私がもっと素直になってれば……」
「違う、そうさせたのは全部僕のせいだ!」
泣いている……あのコムイが……
私が素直になってればよかったのに、どうして貴方が自分を恨むの……?
ねぇ、泣かないで……?貴方が泣く必要なんて、ないのに……
躊躇いながらコムイの頬を両手でそっと包み込む。
その上からまた熱いものが流れて、何故だか自分の胸も熱くなった。
コムイは本当に苦しそうな顔をしていたけど、その目の奥はもう怖くない。
穏やかな、それでいて柔らかい……貴方がいた。
初めて触れた涙は、なんて綺麗で壊れそうなのだろう。
「ねぇコムイ、笑って?私、コムイが笑ってる顔が好きだから……」
ずっと、その優しい瞳が見たかった。
「ごめん、アリィン……」
「もういいってば、コムイの気持ちもわかったし」
「……いや、まだ全部わかっていないよ」
「……?」
コムイは白衣のポケットから小さな箱を取り出した。
片手で収まるくらいのそれが何なのか、ようやくアリィンは理解した。
「これ………っ」
「君と過ごせなかった二度目のクリスマス、あの時からこれを渡そうと思ってた。
二度目は……行けなかったんだ。あの日に君がいる部屋に踏み込んだら、
僕は研究も何もかも捨ててこれを渡していた。だから、行けなかった」
私がずっとコムイを忘れられなかったように、
……コムイも……ずっと、私の事を……?
「一生、この指輪が君の指にはまる事はないと思ってたよ」
ねぇ……ずっと、私を……愛してくれてたの……?
本当に?嘘じゃないよね……?
ねぇ、ずるいよ。ずっと………
私はそれが、欲しかった。
「あの時から、ずっと持ってる」
「……っ!!」
胸が詰まって、何か言いたいのに言葉が全部瞳から溢れてしまう。
でもコムイはそれを汲んでくれたのか微笑んでいる。
「……貰ってくれるかい?僕は君を危険に晒すような役目を負ってる人間だけど」
「そ、そんなのいい!それ言ったら私だって、もうコムイが思ってるような人間じゃないのに……!」
「何言ってるんだよ、それも元は全部僕が悪いんだから」
「え……?」
「だって二度と会わないつもりだったんだ、君が他の人に幸せを求めようとするのは当然の事じゃないか」
他の男に抱かれ続けた私を許してくれるの……?
貴方に対しても誘惑した、この危ない女を?
「神田くんとキスしてたのだって特に意味はないってわかってた。
だけど……心がついていかなかっただけ」
そんな風に笑わないでよ……
悪いのは弱い私の方なのに。
「……本当にいいの?だって私はもう子供じゃなくて、コムイに言えないような事だって何度も―――!」
「いいんだよアリィン。それでも本当の君は変わってない」
アリィンの言葉を遮るようにして柔らかく抱きしめるコムイ。
「……そんなのは、どうだっていいんだ」
過去がどうだとか、そんなの自分には関係ない。
「僕は、アリィンがアリィンであれば、それでいい」
どこか懐かしいフレーズが耳に響く。
そう、私だって……
冷たくされても酷いこと言われても、結局……
――コムイがコムイであるだけで、私は貴方を愛してしまう――
「………ありがとう、コムイ」
私を許してくれて。
「君は、弱い人だ」
見上げるとコムイの手が私の髪を掻き上げる。
「他人の気持ちを汲むのが上手くて、いつでも優しい笑顔で、本当は弱いのに強がりで、
それでも僕を影から支え続けてくれるアリィンを、愛してる」
貴方に、愛してると言われるたびに熱いものが零れていく。
人前で流す涙なんて、弱い自分をさらけ出してるみたいで嫌だと思っていた。
自分を正当化する為に涙する女達も。
それはただの卑怯で、ただ現実から逃げているだけじゃないか。
泣いたって何も変わらない。
そう思っていたのに。
……まだ、泣けない。
でも、我慢しすぎてもいけないのかな?
少しは、素直になるのもいいのかもしれない。
だって今溢れている涙は……悪くない。
言葉の代わりに、何か伝わるものがあるから。
「まだ僕達には役目があるから今すぐとは言えないけど、神の使徒という役目を終えたら……結婚しよう」
「うん……うん…っ!!」
「だからアリィン、生きて」
「うん……!コムイ……私も、愛してる……!」
アリィンの涙をそっと指で拭う。
それでも次から次へと生まれてくる透明な雫、それを一滴もこぼさないように今度は舌でなぞる。
「やっと……君の涙を拭ってやれたよ、アリィン……」
その微笑みに、また涙が溢れた。
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次でラスト。