歌を愛している人がいる。歌に生きている人がいる。
あの歌は真綿のように私の心を溶かしていく。
無垢な子供のように丸まって、ただ愛されるのを待つように。
甘くて、優しくて、胸を熱くさせるような歌。
だけどあの人だけは……苦い―――
1・真昼のサンクチュアリ
人工の太陽が差し込むような朝、情緒的なギターの旋律に合わせて柔らかい歌が聞こえる。
深い眠りから引き上げるような優しい声、穏やかなメロディー。
それが心地よくて、全身で歌を受け入れるようにシーツの中で何度も身をよじっては丸める。
目覚めを促すような声にそっと瞼を持ち上げると、タンクトップ姿の背中が見えた。
彼は一心不乱に楽譜を見つめては何かを書き込み、また口ずさむ。
邪魔しないように静かにしていると、しばらくして曲が出来上がったのか背中は軽く伸びをした。
「う、ん……バサラぁ……喉渇いた」
「あん?冷蔵庫にあるだろ」
「動けないもん」
「……しゃーねぇなぁ」
不平を言いつつも彼は必ず聞き入れてくれた。
わがままだとわかっているのに、彼はいつも拒否しないから甘んじてしまう。
静かになったベッドで耳をすますと、どこからかドラムのくぐもった音がする。
(ビヒーダも朝早いなぁ……みんな寝る間も惜しいみたい)
「ほらよ」
「またレモネード?」
「なんだよ、いらないのか?」
「いる、レモネード好きだもん。ありがと」
彼は自身の所有物であるベッドの占領者に軽くため息をついて、また指定席に戻っては楽譜を見つめた。
ストローから少しずつレモンを飲み込んでは酸っぱさを味わっているうちに、再び眠りに誘うような歌が部屋に満たされた。
それが常であり、非日常的な朝の始まりだった。
バサラは知らない。
彼女がどこに住んでいて、どこから来て、何をしているか。
リュシアという名前以外は何一つ知らない。
一度ちょっとしたきっかけで家に入れて以来ここが気に入ったのか、
リュシアは時折フラリとやってきては何かする訳でもなく存在し、そして帰って行く。
バサラもそんな彼女を好きにさせ、不思議と波長が合ったせいか苦には感じなかった。
ただバサラの歌を聞いては眠り、甘えるように体を預けてくるだけ。
体だけ成熟した子猫のような人間だった。
「ね、今の新曲?」
「まあな」
「もう一回歌って?」
バサラは柔らかな手付きでギターを爪弾く。
ゆっくりとしたバラード調の歌がじんわりと体に染渡っていく。
リュシアはだるそうにベッドから抜け出るとバサラの背中に抱きついた。
歌声を骨で感じながらバサラの首に腕を巻き付け、官能を連想させるように舌を這わせた。
ギターと歌の邪魔だけはしないように、だけど何度も首や肩に口づけた。
「バサラ……抱いて?」
歌の終わりと同時に振り返ったバサラの唇に噛み付いた。
行為が終わればバサラは再び定位置で歌を口ずさみ、リュシアはいつもそれをベッドから眺める。
だるい体と微睡みの狭間にある意識でも、彼の歌だけはよく聞こえて、温かかった。
「バサラー、いるんでしょー!?」
そんな時、階下のドアがけたたましく開け放たれる音と甲高い少女の声が全てを遮った。
作曲作業を遮られたせいかバサラの機嫌は沈んでしまった。
「何やってるのよー!今日は合わせやるって言ってたでしょ!?」
「はぁ……曲作ってるんだよ」
のんびりとした口調のバサラとは裏腹に、
可愛らしい声の彼女は約束をすっぽかしているバサラに対していたく憤慨しているようだった。
「あのねえ!曲作ったって練習しなきゃ意味ないじゃないの――」
大きく穴が開きロフトのような状態になっている2階への梯子を登り、ピンクの髪の少女は固まった。
そこにいたのはバサラではなく、最近よく見かける女性がいたからだ。
「リュシアさん、いたんだ……」
「おはよミレーヌちゃん。じゃあバサラ、私もう行くね」
「ああ」
バサラはリュシアを振り返る事なく楽譜に記号を書き込んでいる。
呆然としていたミレーヌの横を通り過ぎて、軽く挨拶すると奇妙な滞在者はフラリと消えた。
「………」
ミレーヌも微妙な年頃だ、何をしていたかなど声を大にして聞ける訳がなく、
悶々と疑惑の目でバサラを睨みつけていたが、しばらくすると相も変わらずギターが曲を奏で始めた。
ミレーヌがはっと我に返ったのは、ドアからもう一人のバンドメンバーが姿を見せた頃。
「おうバサラ、練習始めるぞ」
「わかってる」
「……リュシアが来てたのか?」
「あー?ああ」
ミレーヌの微妙な空気を感じ取って、レイはそんな事を口にした。
バサラの部屋に時々やってくる彼女は確かにミレーヌにとっては謎だらけだろう。
どうやら気が向いた時しかやって来ないようだし、バサラも特に付き合っているという素振りはない。
ではどういう関係か?それがいまいちよくわからない2人だった。
「ねぇレイ……リュシアさんて、一体何なんだろうね?」
「………」
リュシアの名前以外は何も明かさない。
バサラさえも知らないようで。
「……レイ?」
「ん?ああ、何でもない」
――「なあリュシア……バサラには言わないのか、本当の事を?」
全てを知っているレイはいつかリュシアにそう尋ねた。
だが自嘲するように微笑むと、彼女は自分の世界へと去っていった。
「……任務で近づいたんだと思われたら、壊れてしまうじゃないですか」
「あいつは役職とかを気にする奴じゃない。それに今は違うんだろう?」
彼女の本当の世界は、甘えなど少しも許されない規律に縛られた場所。
「バサラの歌は、私を"私"でなくす。だから……いいんです」――
いつだったか少しだけ垣間見た、ベッドに横たわる姿は気まぐれにじゃれつく猫のようで。
レイが知っていた彼女とは想像もつかないほど別人だった。
(だがいつか自分の首を絞める事になるぞ、リュシア……)
レイの心の声は伝わる事なく、部屋から漏れ聞こえる歌声に消えた―――
MY SOUL FOR YOU
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タイトル配布元――ジャベリン
需要なんてないかと思いますが、自己満足で出させていただきましたバサラ夢。
仕事をしてる女性の恋愛模様、そんな今のドラマとかでもありそうな話ですが、
マクロス7の世界でいかに表現できるかを考え書き上げました。
なので恋愛>本編な傾向です。意外とアニメに沿いますが。
とにかくバサラの格好良さを全面に押し出したくて始めました。歌も最高です!
スパロボでしか見た事ない方、名前ぐらいは何となく知ってる方でも読んでいただいて、
これをきっかけにマクロス7とバサラに興味を持ってもらいたい一心で公開いたしました。
…が、やっぱり大まかな本編の流れを知らない方にはどうしても後半苦しくなるかもしれません。
技量不足で申し訳ありませんが、難しい事は流しながら気楽に楽しんでもらえたら幸いです。
またまたマイナー夢ですが、
願わくばこの夢が誰かに読まれ、賛同していただけたらいいな、と思います。