2・名付けられた楽園
「あ~、来る日も来る日も偵察任務ばかりだなぁ」
「滅多な事を言うなドッカー、どこに異星人がいて交戦状態になるかわからないんだぞ?」
定期偵察を終えたダイアモンドフォース第1小隊のドッカーはつまらなさそうに伸びをし、それを同じく小隊員のガムリンが諫める。
その後ろを歩いていた第2小隊のアッシュは首をコキコキならしながら天井を仰いだ。
「俺はこのままがいいな、戦争が始まったら休暇なんていつとれるかわかったもんじゃないからなぁ」
「それも軍人としてどうかと思うぞ、アッシュ」
エース部隊の一員でありながらそこまで飛ぶ事に執着しないアッシュは呑気な顔をしていたが、やはりドッカーは不満を漏らした。
エリートである彼らにとって、本分はバルキリーを駆ってマクロス7船団の防衛をする事だ。
未開地の偵察などが主になっている今の現状が気に入らない者、要するに血の気の多い人間もいる。
「でもよー、俺達は敵と戦う為に訓練してきたってのに、こう何もないんじゃな」
「ドッカー!」
「そんな事言ってるのならドッカー、私と長期演習でもする?」
「っ、リュシア大尉!」
パイロットスーツから制服に着替えたリュシアは、小隊員達の背後に現れると表情も変えずに言いはなった。
冗談とは思えない冷たい雰囲気がうすら恐ろしかった。
「実弾装備での演習を提案してみる?」
「も、申し訳ありません……」
「戦争なんて起こらないのが一番よ」
「その通りだ、お前ら」
リュシアと同じように現れたのは第1小隊の小隊長である金竜。
スキンヘッドの強面で周りを牽制し、リュシアへと視線を移した。
「リュシア、艦長がお前をお呼びだ。ミーティングはその後にしよう」
「わかりました、用が終わりましたらすぐそちらに伺います」
リュシアが立ち去るとまず最初に安堵の息をついたのはドッカーだった。
「助かったー……大尉を相手にしたらいくら命があっても足りねえからなぁ」
「大尉は艦長の愛弟子だからな。しごいてもらえ、いい機会だぞ」
「くそ、ガムリンは大尉贔屓だからな」
「あ、当たり前だろう!」
日頃から言われている事だったが、思わずガムリンは声を荒げた。
ドッカーがからかうのもいつもの事だったが、生真面目なガムリンは飽きずに感情を爆発させる。
「大尉は女性の身でありながら天才と謂われた艦長の教えを乞い、
並の人間では歯が立たないほどのパイロットなんだぞ!大尉と同じ隊にいられるだけで俺は名誉な事だと思ってる!」
「ガムリンはレッドじゃないけどな」
アッシュの細かい突っ込みはガムリンには聞こえなかった。
「でもさガムリン、だったら早く口説けばいいだろ?」
「な、何を言うんだアッシュ!」
「隊長、前の恋人と別れてしばらく経つって話じゃないか」
「じょ、上官にそんな事できるか!その前に何故そんな事を知っている!?」
「あれ、結構有名だったんだけどな」
「……お前達元気がいいな。それならもう一度演習ができそうだな」
金竜の言葉を聞いた一同は、恨みの念をドッカーに向けた。
「すまんな、任務直後に呼び出して」
「いえ」
リュシアは直立不動でマクロス7船団長のマクシミリアン・ジーナスと対面する。
とても50代とは思えない脅威の若さを保っているマックスは、始め厳しい表情をしていたが、次第に言いにくそうに顔を歪めた。
軍人としての威厳が少しだけ鳴りをひそめた時が、いつも報告の合図だった。
「それで……ミレーヌの事なんだが……」
「お嬢様は元気にやっていらっしゃいますよ」
天才と謂われた艦長でも悩む事はあるんだなと、リュシアは微笑ましい気持ちで笑った。
家族の事となると"船団長の顔"なんてものは何処かに飛んでしまうらしい。
「バンドを組んだと聞いたが……」
「ええ、FIRE BOMBERというグループなんですけど、ミレーヌお嬢様も歌われるそうですよ」
「何だと、歌っているのか?」
「今度のライブが初登場になるんですけど、主にサブパートで」
「……そうか……だが大丈夫なのか?ミレーヌはまだ14なんだぞ」
「それは私が保証します。レイさんもいますし、気前の良い人達ばかりで心配されるような事はありません」
世間一般的には子供がバンドを組むという事に抵抗を感じる親は少なくないだろう。
だけど彼らによってミレーヌが危ない道を渡るという事はなさそうだし、彼らは純粋に音楽を愛している。
「一度見に行かれてはどうですか?ミレーヌお嬢様の歌、素敵ですよ」
「……うむ…」
マックスは渋い顔をして心の整理をしているようだった。
「……わかった、ご苦労だった。引き続き報告してほしい」
「了解しました」
「すまんなリュシア。こんな事、お前くらいにしか頼めなくてな…」
「いいえ」
リュシアはかつての師を見下ろすとふっと顔を綻ばせた。
「艦長の頼みなら何とやら、ですよ」
(任務を忘れかけている自分がいる事は、口が裂けても言えないけどね……)
この所、たまの休みを見つけてはほとんどの時間を彼らの居住する"アクショ"で過ごしている。
始めは艦長に頼まれてミレーヌの動向を探る為だったが、今はバサラの部屋に行く事が目的になっていた。
不思議だった。
軍人としてあり続ける為、そして男だらけの世界で生き抜く為に、
他人にも自分にも厳しくしてきたし不必要に笑わないように徹した。
つまりは隙を見せないように生きてきた。
だけどバサラとバサラの歌はいとも簡単にそれを取り去って、リュシアのありとあらゆる壁を奪ってしまう。
真綿に包まれたような部屋で無条件に庇護されているかのようで、
今まで甘えた事などなかったのにバサラに対しては自分勝手な事ばかり口にしてしまう。
子供のように感情を剥き出して、何にも囚われず隙だらけな存在に成り下がる。
それが本来の性格だったのかは今となってはもうわからないけど、あのような一面が自分に存在している事が驚きだった。
(そう……未だに信じられない)
バサラもそれを拒まないからさらに不思議なのだ。
もっとも彼は音楽にしか興味がなさそうだから、自分がいてもいなくても大した事じゃないのかもしれないけど。
バサラは、求めれば何だって答えてくれる。体の関係だってそうだ。
リュシアが誘っているのだから、乗り気じゃないのなら拒否すればいいのにバサラはそうしない。
(おかしな……何をしても許してくれる場所)
――そして軍人としての私を、私でなくしてしまう、バサラの歌。
FIRE BOMBERのライブも終わりに近づく頃、観客達の盛り上がりは最高潮だった。
初めて生でライブを見た時は観客もまばらだったけど、日に日にその人数は確実に増えている。
熱狂的に声援を送る者や、ただ静かに聞き入っている者もいる。
リュシアはそれを会場の一番後ろで見守り、ふっと顔を綻ばせた。
「いくぜ!ハートを震わせてやるぜ!」
彼は音楽に乗っている時が一番幸せそうに見える。
普段はどちらかというと物静かで曲の事ばかり考えているけれど、
ライブになれば彼は誰よりもはじけ飛んでサウンドを嵐のように会場に突きつける。(よく遅刻はするけれど)
それを見るのが好きだったし、メンバーや観客が楽しそうにしている空間も好きだ。
歌の余韻も冷めやらぬままライブは終了し、観客は名残惜しそうにその場から去っていく。
リュシアは一人"アクショ"のいつものボロアパートに戻ると、鍵もかけていない不用心な部屋に入った。
誰もいない空間、だけどここには自分を解きほぐすような匂いがあった。
もう慣れてしまった、音楽を愛している男のものが。
(さてと、バサラ達が帰ってくるのは遅いだろうしな……)
何もする訳でもなくリュシアはほぼ定位置になっているベッドに入り込んだ。
夜の窓を覗けば、"アクショ"には場違いな赤い可変型戦闘機がバトロイド形態で仁王立ちしている。
それを疑問に思って以前に一度だけ聞いた時には「ああ、もらった」と軽く返ってきた。
色々と思う所はあったもののそれ以上詳しくは聞かなかったし、此所では戦闘機の事は考えたくなかった。
そうしてシーツをかき集めて、リュシアは深い眠りにつく。
耳に残っているバサラの歌が消えないうちに。
こういう場合、リュシアを目覚めさせるのは大体騒がしい外の物音だ。
レイが「じゃあな」と言っているのが聞こえ、同時にリュシアがいる部屋のドアが開く。
部屋の本来の住人はさすがに疲れたのか、でも心地よい疲労のため息をついて梯子を登ってきた。
「なんだ、来てたのか」
「うん」
バサラは特に気にしないという風情で傍らにギターを置いて着替え出す。
彼の締まった肉体は、明るくない照明の中でもよく映えた。
「聞いてたよ、ライブ」
「そうか」
「うん、よかった」
それからバサラは冷蔵庫を漁ったり、シャワーを浴びたりと部屋を動き回る。
リュシアは終始眺めていたがついに睡魔には勝てず意識の狭間でウトウトしていると、
急にバサラがベッドに潜り込んできたので瞼を持ち上げた。
「……早いね、疲れたの?」
「あー、まあな…」
狭くなってしまったベッドで、リュシアは極力空間を譲ろうと隅に寄った。
横を見やれば、整った顔付きのバサラが天井を見上げていた。
リュシアはふいにバサラの喉に触れてみたくなって、そっと指でなぞってみた。
「ん?」
「不思議だなと思って。だってみんなと同じ喉なのに、バサラの歌だけは違うから」
「……皆、声は違うだろ?」
「そうだけど……違うもん」
自分とは違い角張っていて一点だけポコッと出ている、男の喉。
指だけでは飽きたらず、首元に顔を寄せ舌でなぞってみた。
一瞬だけバサラの喉が反応したのが可笑しくて、覆い被さるようにして何度も舐めあげる。
リュシアを"リュシア"ではなくしてしまう、不可思議な場所。
「バサラ……」
ライブの後は気分が高揚する事を知っている。
それをわかっていて誘う自分は、やはり女なんだなと思いながら。
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タイトル配布元――ジャベリン
軍サイドは人数が多すぎて誰が誰だかわからない。
マクロスFでも思いましたけど、この世界の軍人って「名前+階級」呼びなんですよね。
普通は「ファミリーネーム+階級」だと思うんですけど、まぁ親しげでいいのかな。