何度も襲いかかる化け物のような生命体は、プロトデビルンと呼ばれるらしい。
そのプロトデビルンに対抗する手段として、現時点では"歌"が最も期待されていた。
サウンドエナジーシステムや、FIRE BOMBERの各バルキリーに装備されたサウンドブースター。
歌から引き出される"歌エネルギー"の研究や新しいプロジェクトが忙しなく動いている一方で、
戦争や兵器に興味のないバサラは、ひとつの生命体と出会っていた―――
12・突き刺す白さに
(?……バサラ?)
この所、バサラは夜になるとベッドを抜け出して何処かへ行ってしまう。
そして何事もなかったかのように明け方近くに戻り、
リュシアが朝出て行く時にも彼は起きる気配を見せない。
ある日、ふらりとアパートに立ち寄った時にも彼は何処かに外出していて。
帰宅した彼にさりげなく尋ねてみても、特に答えが返ってこなかった事もある。
何かあるのかとレイに聞いてみても、知らないらしい。
ミレーヌにいたっては完全に夜遊びをしているのだと決めているようで、
苛立たしげに吐き捨てた後でリュシアの顔を見て気まずそうに俯いた。
確かに、最近のバサラは上の空になる事が多い。
バンド活動にもあまり参加せず、そういう時はギターすら弾こうとせずに遠くばかり見ている。
(気になる、と言えばそうなんだけれど……)
リュシアがどうこう言う権利はない。
もしミレーヌの言う通り何処かでリュシアのような存在と戯れていたとしても。
自分だけを見て欲しい、そんな事を言うつもりはない。
だけど、少しだけ悔しいと思う、隣にいてもバサラが他の存在に囚われているなんて。
だからルール違反だとわかっていても、リュシアはバサラの後を追ってしまった。
もしそれで本当に相手が別の女性なら諦めもつく。
そうしたら邪魔者は自分の方なんだから、バサラに頼る事をやめなくてはならない。
もし他に事情があるのなら、自分は安心してベッドで一人寝ていられる。
結局は自己満足なんだろうなと、リュシアは近づきすぎない距離で独りごちた。
(……植物プラント?)
街角の地面に設置された地下の抜け道を通り、出た先は木々が生い茂る森だった。
こんな所に逢い引きできる場所はあるはずもない、だとしたら何の為に。
(!あの球体は……金竜隊長達を襲った……!)
宙に浮く結界のような球体の中には人型の女がいて、報告を受けた通りの容姿をしている。
生命体――おそらくプロトデビルンは膝を抱いて眠っているようだった。
バサラはその下まで来ると、慣れた仕草で傍に置いてあったギターを手に取り見上げた。
「今日こそ目を覚ませ、シビル!」
(シビル……あの敵の事?)
そして聞こえてくるバサラの歌。
(バサラ、敵を目覚めさせようとしているの……?)
本来ならば敵を見つけたら速やかに軍に報告し、それ相応の対応を行わなければいけないのに。
目覚めてしまったら何が起こるかわからない、再び人間を襲うかも知れないというのに。
あろう事か歌で眠りを覚まそうとするなんて。
あれはプロトデビルンだ、それも危険度でいったらかなり上の。
その行いは一歩間違えれば敵を擁護したとして処罰されるかもしれないのに、バサラは歌い続ける。
何度も曲を変え、息を切らせながらそれでも止めようとしない。
どうしたらいい、これを上に報告するべきか。
見つけてしまった以上、軍人として市民の安全を守る為にはそうしなければいけない。
だけど、困惑した次にリュシアが表情に浮かばせたのは微笑みだった。
(バサラ……貴方という人は……)
彼には敵や味方などという境界線は存在しない、歌が届くのなら誰にだって全力で力を注ぐ。
歌で何ができるかなんてわかるはずもないのに、戦争なんてくだらないと言って。
全てを凌駕している人、そして歌で繋がろうとしている人。
本当に、バサラには敵わない。
その次の非番で会いに行った日も、彼は昼間から突然立ち上がって外出すると言った。
シビルの元へ行くのだろう。
「ちょっと出てくる」
「うん……行ってらっしゃい」
いつもと雰囲気が違っていただろうか、バサラは不思議な顔をしながら振り返った。
シーツにくるまったまま、だけど背中を押すようにリュシアはくすくすと笑っていた。
「私はバサラを信じてるよ……きっと、うまくいくって」
「……知ってるのか?」
「どうかな、私は何も知らないよ。バサラが何処に行くかなんて、何も」
軍人として失格なのかもしれない、だけどバサラの力を信じてみようと思った。
サウンドエナジーシステムによって可視化された歌のオーラのように、彼の声には何かがある。
もしかしたら敵すらも、敵でなくしてしまうのかもしれない。
「バサラの好きにしたらいい」
気の済むまでやってみて欲しい。
これからどんな人間がバサラを非難しようとも、私は最後まで味方でいたい。
「私はバサラの歌が好き。たとえ何処にいたって、何があっても、
たとえ歌わないのだとしても……私はバサラを肯定しつづけるよ」
バサラが近くにいても、手の届かない遠い場所にいたとしても、彼の世界に自分がいないのだとしても。
「だって、貴方はバサラだから」
それがリュシアの愛し方だった。
「さてと……そろそろ帰らないといけないか。バサラもいないし」
グッと伸びをして微睡みの一時は終わり、そしてまた戦いの日々に戻る。
"リュシア"でしかなかった存在は統合軍パイロットの"大尉"に戻る。
それは自分が望んだ道だ、嫌な訳ではない。
ただ……最近、酷く疲れる。
金竜の代わりにリュシアがまとめなければならない事は多い。
それに反比例して此処に来られる日もどんどん減っていく。
「じゃあまた来るよ、バサラ」
誰もいない部屋に呟くとドアを開け放った。
しかし、ちょうどそこに出くわしたのは、
「な、……リュシア大尉!?」
「え……ガムリン」
そういえば今日はガムリンも非番だったな、とそんな暢気な事を考えた。
口をパクパクさせて状況を理解できないでいるガムリンの後ろにはミレーヌがいた。
「……リュシアさん、バサラは?」
「さっき出て行ったよ」
「えー!?またぁ!?」
もう、と憤慨するミレーヌとリュシアの会話についていけないガムリンは顔を見比べるばかり。
「ど、どうして大尉が熱気バサラの部屋から……!」
「それじゃガムリン、私は戻るから」
「あ、お、お疲れ様です……!」
逃げている訳ではないが、とても説明しにくい話だからと、
リュシアはガムリンの疑惑の目を無視して立ち去った。
「大尉……熱気バサラとは、ど、どういうお関係なんでしょうか……?」
後日、再び尋ねてきたガムリンにリュシアは答えに窮するのだった。
戦争を続けていると、軍人としての本来の意味が麻痺していく。
統合軍とはそもそもが船団の防衛を目的としていて、戦争は防衛の為の最後の手段だ。
だけどその緊張が長期化してくると時々わからなくなってくる、
この緊迫状態が平素で、自分は戦う為に生きているのだと思えてくるのだ。
敵を殺す事が仕事で、生きる糧で、それをしていなければならない固定観念に陥っていく。
だから、それを突き付けられた時、何よりも先に絶望してしまったのだ。
正しい事をしていたはずだったのに、それが根底から覆されたようで。
リュシアという自分が霞んでいくような、意味のない存在に思えた。
「そんな……敵は、味方だっていうの!?」
もう慣れきってしまっていた敵襲、そしてそれらの迎撃。
だが墜落した敵機から発せられた信号はマクロス5船団のものだった。
この惑星ラクスに定着しマクロス7船団を歓迎しながらも、到着した頃には無惨にも全滅していた船団だ。
これであの残骸に人の姿が全く発見できなかった事に説明がつく。
彼らはプロトデビルンと呼ばれる生命体に連れ去られ、操られているのだ。
「じゃあ、今までも私達は……誰と戦っていたというの!?」
頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。
これまでの敵兵がどうだったのかはわからない、
だが同じように何処かから連れて来られた人達であった可能性は高い。
この手で、このバルキリーで、どれだけ罪のない人達を殺したのだろう。
"敵"は完全に敵であるから戦っていられるのだ。
殺さなければ、戦わなければならないから、やっていられるというのに。
「大丈夫ですか隊長!」
「っ……ごめん、取り乱した」
駄目だ、囚われてはいけない。
冷静に、どう対処しなくてはいけないのかを考えなければ。
「どうしますか?」
「……極力パイロットを殺さずに戦闘不能にする、できればでいい」
「了解しました」
「ま、それがベストですよね、了解!」
ヤクモとアッシュもリュシアの判断に賛同し、散開して行った。
ミサイルの雨をくぐり抜け、可能な限り機関部を狙って撃つ。
動けなくなった敵機はそのまま地上へと降下していった。
(そう……揺るがされてはいけない……っ)
逆に言えば戦わなくて済むという事だ。
攻撃は必要ない、自分達軍人は本来の目的である防衛に専念すればいいだけの事。
味方だと知ったなら殺さなければいい、助ければいいのだ。
「、く……!」
一発で仕留めないやり方はかなりの隙を作ってしまう。
敵機の容赦のない攻撃に、次第に周りが囲まれていく。
(墜とすしか、ないか……!)
一機を爆発させ、その隙に飛び出して応戦するしかないか。
脳内で脱出のシミュレーションを行い、顔を歪めながらガンポットの照準をコクピットに当てた瞬間。
目の前一面に燃えるような光が突き抜け、
リュシアを包囲していた全ての敵機が戦意喪失したかのようにユラユラと後退していった。
「!?」
(これはバサラの……!?)
その光はサウンドエナジーシステムによって増幅、可視化された歌エネルギーのものだった。
バサラの歌がビームとなって照射され、敵機のマインドコントロールが瞬時に解かれたのだろう。
呆然とする一方で、聞こえてくるFIRE BOMBERの歌と共に、次々とマクロス5の兵達が此方側へと回ってくる。
(歌の力が……戦いを終わらせて行く……)
自分達軍人ではできなかった事を、バサラが成し遂げてしまった。
無益な戦いを、最も良い成果を以て。
(本当に……何て人だ、貴方は)
勇ましく歌い続ける赤いバルキリーに、リュシアは苦笑いを浮かべた。
歌、ただそれだけで敵の、そして自分達の戦う意味すらもなくしてしまう。
どうしてだろう、嬉しいのに何だか虚しい気持ちになった。
自身が否定された訳でもないのに、進んでいた道が見えなくなったようで。
――これでいよいよ、軍人の意義が消えていく気がした。
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タイトル配布元――ジャベリン
この辺りからバサラの本領発揮ですかな。