バサラが放浪の旅に出てから、様々な事があった。

海に沈んだ遺跡が浮上し、プロトデビルンや祖先の過去を知った。

新たなプロトデビルンが襲来し、船団は何度も壊滅の危機に直面した。
また、彼らは何故か"シビル"と"シビルに執着する男"にも攻撃を始めた。
配下として不要と考えた結果であったのかもしれない。

リュシアがバサラを発見した時には、彼はずっと力強くシビルに歌っていた。
あの時すぐに察した、彼が完全に目覚めさせたのだと。

そして、プロトデビルンのあの男は、シビルを守る為に命を使い果たした。
惑星ラクスを道連れに、バサラの歌を歌いながら―――






15・貴方を染める雨






――彼にとって歌とは何なのだろう。生きるとはどういう事なのだろう。


アクショの壊れたドアの向こうにある外の景色を見下ろして、一心にギターを爪弾く横顔に足が止まった。
アコースティックギターの少し寂しい旋律が、廊下の角から覗くリュシアにも届いた。

(……バサラ……)

彼が放浪から帰ってきたと報告を受けて、ようやくもぎ取った非番の日。
だけど今日はとても近づけそうになかった。

誰も寄せ付けない雰囲気で、彼のよく通る声すら奏でられず。
彼が歌わないのは、何か考え事をしている時だ。

(だけどそれが何なのか、本当の所私にだってわからない……)

バサラを包む彼の世界、それが急に尊いものに思えた。
勝手に踏み入れてはいけない、これ以上進んではいけないと脳が警告する。

あんな事があった後だから余計に。

リュシアじゃないか」
「……お久しぶりです」

隠れるように立ち尽くしていたリュシアに背後から声をかけたのはレイ。
彼はリュシアが当たり前のようにアパートにいても何も言わない。
それだけでなく親切にもバサラの居場所などを教えてくれたりする。

「バサラ……まだ引きずってますよね」
「色んな事があったからなぁ」

星1つが消滅してしまった。

「行かないのか?」
「……邪魔しちゃいけないと、思いまして」
「今更か?」

ふ、とレイの笑い声が聞こえた。
散々部屋に入り込んで居座ってたのに何を言っているんだという顔をして。

「ええ、今更ですけど……私には、バサラの世界に入る資格がないですから」

ここから先はバサラの世界だ。
傍聴する許可はもらっているけど、踏み荒らす資格はない。

「そうか?俺としては、あいつは結構リュシアに心を開いてると思うんだがな」
「……そう、でしょうか」

いまいち素直に喜べない言葉だった。

部屋に入る為に許可なんて元々ない。
入りたければ別に誰でも好きに入ればいい、そういう人なのだバサラは。

以前に話題になっていたバサラのスキャンダル報道では、
ライブ会場で鉢合わせた金髪の女性も彼の部屋にいた。
真偽のほどはわからないが、そういう事があってもおかしくない場所なのだ。

「あいつを慕ってやって来る奴もいるにはいるが、あんたみたいなのは珍しいぞ」
「一応、逸脱した事はしていないつもりなんですが……」

部屋に乗り込んで抱いてもらっている人間が何を言うんだ、思わずリュシアは自分に笑った。
だけどバサラに必要以上に踏み込まず、強要させず、それなりの節度は守っているつもりだった。

「何がとは上手く言えんが、他の奴とは少し毛色が違う。
そうだな……あんたみたいに、自分の本質をさらけ出す人間はそうそういないかもな。
そんな事、普通はできないからな」
「…………」

それは良い意味か、それとも悪い意味なのだろうか。
バサラの隣にいる時の子供っぽい振る舞いばかりを思い返してばつが悪くなった。

(あんな所……仲間達には絶対に見せられないなぁ……)

「何だよ、誰かと思えばリュシアじゃねぇか」
「っ、バサラ……」

いつの間に目の前に来たのだろうか。
特に変わらない調子でリュシアとレイの前を通り過ぎたバサラは、ギターを肩に担いだまま自室へと入っていった。

「……聞かれたでしょうか?」
「どうだろうな。ま、あいつは気にしてないと思うがな」

確かに歌の事しか興味がない人だ、コソコソと話す内容を積極的に知ろうとはしないだろう。
それにまだどこか上の空な様子だった、やはり今日はやめた方がいいだろうか。

(一人になりたい時ってあるだろうし……)

だけど再びバサラは部屋から顔を出した。

「おい、入って来ないのか?」
「え……あ、うん……すぐ行く」

変な奴、そう呟いて彼は消えていった。
半ば呆然と立ち尽くしていたリュシアだったが、
思わず言葉の意味を伺うように振り向くと「ほらな」とでも言いたげなレイがいた。

(どうしよう、嬉しい……)

当たり前のように部屋に招き入れてくれて、さらに「入れ」と促されたのだ。
歌しか興味がない人がそう言ったのだ、嬉しくない訳がない。
少なくとも自分は受け入れられているのだと感じた。

「頑張りな」

レイの笑みに押されるようにリュシアは彼の世界へと足を踏み入れた。



歌う人は孤独だと、いつか聞いた事がある。
人に感動を与えるばかりで、知らず孤独になるという。

ギターの音は止まない、だけど彼の歌声は一切響かないまま。
哀愁に包まれたかのような空間で存在する事を許されたリュシアだったが、
何もできそうになくてやはりいつものようにベッドから彼の背中を見つめる。

奏でられる旋律は、誰の為のものか。

(シビルにかな……それとも……)

シビルを追いかけ続けたプロトデビルンの男は"ギギル"という名前だったらしい。
彼はどこまでもシビルを守ろうとし、シビルを害しようとしたプロトデビルンにすら牙を剥いた。

バサラの歌を、歌いながら。

歌が何かを変えるかもしれないとは思っていたが、まさかそんな事をするとは予想だにしていなかった。
一緒に歌い合った瞬間、ギギルとバサラは確かにわかり合っていたのだ。

(敵に届いたんだよ……それって、凄い事だよ)

だけどそのギギルはもういない。
歌いながら、それを力にして惑星ラクスごと消滅してしまった。
全ては、シビルを守る為に。

(何でこんなに、やりきれないんだろうねバサラ……)

リュシアは溜息に似た苦笑いを零した。
所詮は敵だ、敵が同士討ちをするなら軍としては願ってもない事だし、自分達は関与していない事だ。
なのに後味が悪い、バサラが気落ちしているのはこれも原因の1つなのだろう。

曲を何度も変え、それでもギターの音は止まない。
何だか寂しそうな後ろ姿に居たたまれなくなったリュシアは、
ベッドから降りると背中に触れられる一歩手前で座り込んだ。

どうしたらバサラを支えられるのだろう、沸き上がるのはそんな願望だった。

(できないってわかってるけどさ……)

自分ばかり支えられ、安らぎを与えられているばかりなのは嫌だ。
少しでもいい、楽になってもらいたいなんて考えるのはエゴなんだろうか。
欲張りすぎなのかもしれない。

だけど目の前で傷ついている人がいたら、助けてあげたいのが普通だとリュシアは思う。
それが好きな人なら尚更。

(触ったらダメかな……?)

リュシアの存在などいないかのように一心不乱に爪弾き続けるバサラ。
彼は今、自分の世界にいる。
触れてはいけないのだろう、だけどいてもたってもいられなかった。

そっと片手を添えて、彼の体温を確かめてみる。
構わずギターをかき鳴らしている間に、もう片手を増やし。
そして感情のままに、ゆっくりと引き寄せられるように全身でバサラを抱き締めた。

温かさに紛れて、伝わってくる。

「……っ…、」

ギターの音に重なって、ギギルがシビルに贈った歌が頭に響く。
視界がみるみる滲んで、熱い哀しみが零れた。
曲を邪魔したくなくて嗚咽を必死に押さえ込んでも、涙は一向に乾きそうになくて。

伝わってくる気がする、バサラの思いが。

「……何で泣いてんだよ」
「なんでかな……、わかんない…っ」

自分が辛い訳じゃないのに、どうしてか勝手に流れていく。
悲しくて、悔しくて……言い表せられない言葉が脳裏をかすめていくばかり。

いつからこんなに泣くようになったのだろう。
少し前までは滅多な事では泣かなかったはずなのに、こんなにも脆い。

「ごめんね……、気にしないで」
「無理言うなよ」
「大丈夫、だから……続けて?」

躊躇うように後ろを振り返る気配を感じたが、リュシアは目を合わせようとしなかった。
やがて、再び弦が音を奏で始める。

(……音が変わった)

さっきまでとは雰囲気が違うのだ。
重く問いかけてくるような哀愁に満ちた旋律が嘘のように、今はしっとりと染み渡って身を溶かそうとする。
何となく理解した、今はリュシアの為に弾いているのだと。

バサラは優しい、こうやって自分ではなく他人に"音"を与えようとする。
彼を遮ったのはリュシアなのに、嫌な顔1つせずに歌に身を捧げる。
だから不安になる、自分はバサラに癒されているのに、バサラは誰が癒してくれるのだろう。

(ああ、そっか……その為の歌か……)

結局の所、バサラを癒せるのは歌しかない。
だから彼はギターを弾き続けていたのだ、解り合えたかも知れない者達と……自分の為に。

(やっぱり、邪魔しちゃったな)

温かい背中に頬を擦り付けてゆっくりと目を閉じると、また涙が零れた。

長い間、時さえ忘れて音と体温ばかりを感じていた。
それをレイの呼び声に遮られるまで、ずっとそうしていた。

「おいバサラ、そろそろ行くぞ」
「ああ、わかってる」

今夜は久しぶりにFIRE BOMBERのライブがある。
呼びに来たレイに応えてバサラはようやくギターを置いた。
その頃には何とか涙を乾かしていたリュシアは、様子を窺うように覗き込む。

(大丈夫かな、バサラ……)

まだ心の整理ができていないようだったが、彼はいつもの様子で部屋を出て行った。
ライブの前は一人になりたいらしく、また何処かへ消えたのだろう。

何だか物寂しく思えたのは、温まっていた体が冷えたからかもしれない。

リュシア。今夜、時間あるならステージ袖から見るか?」
「え……?」
「チケットないんだろう?」

ライブの事を知ったのは任務の後で、その時にはもうチケットは完売だった。
そもそもこの日に非番をとれるかもわからなかったから、
仕方なくバサラの部屋で中継を見ようかと考えていた矢先のレイの言葉。

「そんな……いいんですか?」
「構わないさ。特等席だぞ、あそこは」
「でも私、全くの部外者ですし、何もできないですよ?」
「ああ別に何もしなくていい、見ていればいいだけの事さ。心配なんだろう?」

彼が期待しているような事は何もできない。
それでも願ってもない話だから、恐縮しながらもリュシアは素直に微笑んだ。

「……ありがとうございます」

少しでもバサラの傍にいたい、どんどん欲深くなってきている自分がいた。









――彼は既に誰もが知っている有名人だ。
皆が夢中で、憧れている存在。絶対的な歌の威力。

マクロス7を飛び出して放浪していた間も、メディアには絶え間なく彼の姿が映っていた。
何処かで必ず歌声が聞こえて、画面の向こうで彼は歌い続ける。

彼は有名人、そしてリュシアはただのファンの一人にすぎない。
本来ならば近づく事すらできないというのに、何故自分は当たり前のように彼と接しているのだろう。
観客席の最後尾からステージまではかなりの距離がある、逆に最前席にいたってステージの上は別世界だというのに。

絶対に手が届かない。いや、届けようとも考えられない程、世界が違いすぎる。
ただの統合軍パイロットの自分とは正反対に位置するような人。

そんな人を支えようなんておこがましい話だ。
こんな熱いライブを見ると改めて思い知らされる。


「シビル……ギギル……」

バサラの歌に合わせて大型モニターに流れていくプロモーション映像。
統合軍や方々から拝借した映像から作られたというそれには、プロトデビルンのシビルとギギルも映っていた。
バサラが今まで何をしてきたのか、次々と映し出されていく。

球体の中で眠っていたシビルを起こそうとして必死に歌うバサラ。
目を覚ましたシビル。
そして歌を歌いながら、滅んでいったギギル。

「っ!」

キュッと、痛いくらいに胸が締め付けられた。
ステージ袖からは見えない、だけどモニターに映るバサラの目には光るものがあったから。

「バサラが……泣いてる……っ」

それだけでリュシアの双眸から堰が切れたように涙が溢れた。
嗚咽すら漏らして、いくら拭ってもそれに覆い被さるように新たな液体が生み出されていく。

今すぐ彼を抱き締めたい、だけどそんな権利はない。
特等席なんてもらっているけど、そもそも恋人でもなんでもないのだ。

「……っ、バサラ…!」

だけどこの想いは紛れもなく、愛しさ。
愛してもらえなくてもいい、ただ自分が愛したいだけなのだ。
依存でも家族愛でも何でもいい、それで彼を抱き締められるのなら。

ボロボロと涙を零し続けて見上げた先には、ライブが最高潮に盛り上がっていた。
あの一度きりが幻だったかのように吼えるバサラに対して、リュシアは一人で泣いていた。

フィナーレを迎え、メンバーが一人ずつ舞台袖に帰ってくるのをスタッフ達の後ろから見守った。
ミレーヌやレイは、酷い泣き顔のリュシアに一瞬ギョッとして、だけど苦笑してくれた。
ビヒーダは相変わらず無表情だったが。

そして最後の一人、バサラが興奮冷めやらぬ表情で戻ってきた。
彼はスタッフやメンバー達に次々と迎えられ、何か言葉を交わしている。

皆が笑っているのに自分だけ泣いてて場違いだとリュシアは感じていた、
思わず集団の後ろに下がってどうにか涙を抑えようと努力したけどできなかった。

後から後から愛しさが溢れて、止まらない。

ふいにバサラがこちらを向いて、目が合った。
真っ直ぐにリュシアを目指し、少しだけ苦笑しながら歩いてくる。
近づいてくる、バサラの顔。

(泣かないでバサラ……っ、私が、代わりに泣くから……!)

リュシアが手を伸ばすより先にバサラが体を包み込み、そして強く抱き締め合った。











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タイトル配布元――ジャベリン


ギギルが歌ったのには衝撃でした。