―――幸せって何だろうと、時々思う事がある。






Epilogue―ただ1人に伝える歌――2






「ありがと、連れ出してくれて」
「どういたしまして」

あれから軍内ではリュシアが誰と見合いするかで、関係ない人も興味津々に尋ねてくるようになった。
その問答に嫌気がさしてきた頃、非番の日だから気晴らしにとレナードがシティに誘った。
オープンテラスから見える公園は人工ではあるが緑に溢れ、明るい日差しに自然と心は落ち着いた。
様々な人達が憩いの場として利用していたけど、リュシアに集中する目がない分騒音は全く気にならない。

「ま、今日は面倒な事は忘れて甘い物でも入れた方がいい」
「……うん」

(……本当はバサラの所に行きたかったんだけど、たまにはいいか)

素直にレナードの心優しさに感謝をしつつ、休日仕様の甘いカフェオレを口に含むと優しい温かみがリュシアを包んだ。
それを満足そうに見つめてレナードも微笑む。

「艦長には断るんだろう?」
「そのつもり。艦長はたぶん私の心配をしてくれたんだろうけど、
まあ今は忙しいし、そういう事はやっぱり……自分でね」
「そうか」

元教官の厚意を一応無駄にはできないと今日まで延ばしてきたが、
そろそろきちんと断りに行こうとリュシアは思っていた。

「見合いじゃなくてもリュシアにはいい男がいるさ」
「……うん」

元恋人からそのように言われるとどう返答したらいいか困る。
もしかしたら彼は結婚も視野に入れて付き合ってくれていたのかもしれないのに。
この話題は酷ではないだろうか、リュシアは少しだけ視線を落として笑った。

「でも今は仕事がしたい、何だかすごくやる気になっててさ。
新入り達の訓練もしなきゃいけないし、艦隊の修復作業も手伝わないといけないしね」
「山積みだなぁ少佐。充実してるみたいで良かったよ」
「……うん、私が変えていけばいいんだと思ったから」

ゆっくり頷くと、「俺も頑張らないとな」とレナードは呟きながら公園を横目に見る。

「結局ジャミングバーズは未完成だからなあ、結成したからには熟成させたい。
それと歌エネルギーシステムももっと深く研究したい」
「戦争が終わったって、私達の航海は終わらないんだよね。また新しい敵が現れるかもしれないし」
リュシア
「うん?」
「……お互い、仲良くやっていこうな」

突然柔らかく微笑むものだからリュシアは思わず頬を赤くさせた。

「な、何よ急に……」
「生き抜けた事が奇跡だから。またリュシアとこうして笑い合えて嬉しいよ」
「……オペレーション・スターゲイザーの時の事まだ覚えてるの?」
「それだけじゃないけどな、かなり心配なんだぞこっちは」
「わ、悪いとは思うけど……私パイロットだし……」
「そうだなぁ、これからもこんな心配事が続くんだと思うと胃が痛む」

彼はいつになく強い目で捲し立てるように言葉を続けた。
意味もわからずリュシアはただ呆然とレナードを見返して。

「だからもし今度戦争になったら、その前にパイロット辞めさせる」
「……何、それ……どうやって」
「見合いでも何でもさせて結婚して退役させればいい話だろう」
「だから結婚は――」
「俺でもいいけど」

ヒュ、と驚きで息を吸い込んだまま、呼吸が詰まる。
時が止まり、周りの雑音すら消えていくように。

それは彼が未だにリュシアに想いを寄せていて、その先の展開も願っているのだという証。
リュシアの心臓は確かに跳ね上がった、"結婚"という単語がとても魅力的に思えてしまったからだ。

バサラには結婚を求める事はできない、だけど"家庭"という憧れを捨てきれない自分もいる。
だから見合い話もすぐには拒否できなかったのだ。

(レナードは好き、今でも確かに。でも……)

どう返答したらいいのかわからない複雑な顔をしているリュシアに、レナードは噴き出すように笑った。

「……冗談だよ、俺は振られてる身だからな」

重い空気を吹き飛ばしカラカラと笑ってるレナード。
だけどリュシアには、これが彼の本心だととっくにわかっていた。

「……ごめん」
「だから冗談だって、気にするな。少しは驚くかなと思っただけさ」
「ごめん」
「悪いのはお前だけじゃない、こういうのは相性があるのさ。
ああでも幸い友人としての相性はあるようだし、それだけ謝るぐらい悪いと思ってるなら――」

彼の心からの笑顔は、どこか悲しそうだった。

「幸せになって、リュシア。笑って生きているならそれでいい」

どうして彼を選べなかったのだろう、それだけが痛みとなってリュシアを襲う。
そして結婚という誘いで、一瞬でも心が揺れた自分が憎い。

「………うん……ごめん」

だから大切な親友であるレナードの為に、彼の前では笑顔でいよう。
これ以上彼に心配かける訳にはいかないのだから。

「さてと。この後、映画でも見に行くか?それとも何処かで体を動かす?付き合ってくれるだろう?」
「……うん」

突然変わった話題に付いて行こうとリュシアも胸の靄を振り払った。
何をしようか、と模索し始めているレナードに合わせるようにリュシアも首を捻る。

確か今は終戦記念で色々な映画が放映されている、それでもいい。
それか純粋にスポーツで汗を流すのもいい。鍛錬にもなるし、雑念がはらわれる気がする。

「そうだね―――――、え……?」




―――歌が、聴こえた。




周りを見渡しても声の主はいない、だけどこの喧噪の中で確かに彼の声がする。
どこかで誰かが流しているようにも思えない、だってそれは"声"しか聞こえないのだから。

あれは、この世で最も胸をときめかせ震えさせる、あの歌は。

「どうした、リュシア?」
「……声がする……バサラの、声だ」

キョロキョロと視線を彷徨わせながらリュシアが立ち上がるのを、レナードは驚いて見上げた。
あの微かな音だけで、揺らいでいたリュシアの心は決まった。

「ごめん、レナード」

何を迷っていたのだろう、何で不安になっていたのだろう。
それでも自分が愛しているのは、ただ一人なのだから。

「……私、心に決めた人がいるの。……愛してる、人がいる」
「知ってる、熱気バサラだろ?」
「え……知って、たの…?」

今度はリュシアが目を見張る番だった。
出し抜く事ができたとレナードはやはり満足そうに唇を上げていた。

「この間、部屋に入ろうとしたら会話が聞こえてきたから」
「そ、んな……」
「でも前からわかってたよ、俺といた時より綺麗になったからさ」
「じ、じゃあ……!」
「それなのに見合いしようとしてたから、少し虐めてやろうと思って」
「…………」

自分の本心そっちのけで、最後まで彼は背中を押してくれた。
思わず目頭が熱くなったリュシアだったが、「ほら、行ってこいよ」とレナードは笑った。

リュシア、もう迷うなよ」
「っ、……ありがとう、レナード!」


声を辿って、とにかく走った。
公園中を反響して淡く響く彼の歌は、周りの人間すらも聞き惚れて。

引き寄せられるように自然と彼の元へ足が進む。
公園の奥、木々が生い茂っている林へと入った先に。

ギターを持っている訳でもなくバサラが歌っていた。
彼はリュシアの姿を見つけると口ずさむのをやめて、悪態を付いた。

「何やってんの、お前」
「え?……バサラこそ、何でこんな所で歌ってるの?」
「別に」

ふいと顔を背けて彼は歩いて行ってしまうので、リュシアはその斜め後ろから首を傾げた。
どうしてか機嫌が良くない、歌っているならそんな事はないはずなのに。

「バサラ?」
「…………」

例え機嫌が悪くても目ぐらい合わせてくれるはずなのに、今日は一向に合わない。
何か悪い事でもしただろうかと、探るようにジッと見上げると。

「……何だよ」
「どうして怒ってるのよ、私何かした?」
「してねぇよ」

(嘘だ!絶対私で怒ってる!)

吐き捨てられた否定の言葉は、恐らく否定じゃない。
つまり自分が原因だと彼は言うのだが、全く意味がわからない。
だが、ふとある考えが浮かんでリュシアは立ち止まった。

(もしかして……私の為に歌ったの?私を呼び寄せる為に……レナードから離す為に?)

少し先まで歩いていた彼は、怒っているはずなのにリュシアと距離が空いたとわかると後ろを振り返った。
ポケットに両手を突っ込んだまま、まるで離れた事を咎めるように。

「……来ねぇなら置いてくぞ」

呆然と見つめるばかりのリュシアに痺れを切らせたのか、バサラは今度は振り返らなかった。

(バサラ……嫉妬してくれたの?……本当に、私を?)

誰からも慕われて、数々の女達から想いを寄せられて、それでも誰にも応えなかった彼が。
歌しか持ち歩かない彼が、本当に。

(私を欲してくれた……?)


自分は、バサラの世界で欠けてはいけない存在になり得たのだろうか。


リュシアは再び走り出し、そのままの勢いで背中に飛びついた。

「バサラ!!」
「うお……っ!」

さすがに驚いたのか声を上げた彼は困惑しながらもリュシアの手を握り返した。

「……また泣いてんのかよ」
「だって嬉しいもん!」
「はあ?何で」
「歌ってくれたから……っ!」


私の為だけに、貴方は歌ってくれた。

その音色に全てが詰まっていた。
気付くのが遅れてしまったけど、そういう事なんだ。


「……リュシア、お前そんなんでよく統合軍のパイロットやってるな」
「しょうがないじゃない……バサラの歌が聴こえたら、私はパイロットじゃなくなるもん」


―――何の将来もなくていい。平穏じゃなくていい。


「ごめんねバサラ。私今日は非番だから、ご飯作るね?」
「レモネード、もうねえぞ」
「じゃあ、せっかくバサラが外歩いてるんだから一緒に買い物したいな。付いてきてくれる?」
「ああ」


―――バサラが私を好きでいてくれるだけでいい。














「お気持ちは嬉しいのですが艦長……お見合いの話はお断りさせていただきます」

艦長室で再びマックスの前に立ったリュシアは正直に胸の内を語った。

「私は、今の恋人が好きなんです。
彼は命を賭けて信念を貫くような人で、それに全てを捧げて生きている姿を愛しています」

自信を持って言えるようになった、彼は私の恋人だと。
また彼の歌に助けられる形になったけれど、私はようやく道を見つけた。

「だからそれでもし結婚できなくても、家庭を持つという人並の幸せが送れなくても、
私は彼の傍にいるだけで幸せですから」
「…………そうか」

長い沈黙の後、マックスは渋々頷いた。
まだ腑に落ちない所はあるのだろう、だけど彼はリュシアの気持ちを尊重した。

「私も少し焦ってしまったようだ。まだ先はあるからな、好きにするといい」
「はい、ありがとうございます」

強い目で答えるリュシアに、マックスは溜息に似た苦笑をする。
弱々しく、独り言のように呟く彼はまるで娘を思う親のようだった。

「……君は性格上、もっと将来の事を現実的に考えていると思っていた。
その君をそう決心させるほどの男は、どんな人間なんだろうな……」


「―――熱気バサラです」


「………………なん、だと?」

幻聴が聞こえたとでも言いたげなマックスに、リュシアは満面の微笑みで返した。
それはマックスすら見た事のない、無邪気で少女のような晴やかな笑顔だった。

「バサラを愛してます。彼もまた私を好きでいてくれるようですから、それでいいんです」
「な、ちょっと待て……っ、リュシア!……バサラだと!?」

慌てるマックスを置いてリュシアは艦長室を出て、歩いていく。
悪戯が成功したような満足感で思わず笑いが込み上がって、すれ違う人間に怪しい目で見られても構わず進んだ。


「……バサラ、好きだよ」




―――私は今、幸せだ。






MY SOUL FOR YOU


You're My Heart, You're My Soul.









<完>


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という訳で完結しました、熱気バサラ夢。

バサラとパイロットとの恋愛でしたが、楽しんでいただけましたでしょうか。
リアルな恋愛っぽい話を目指したので、激しい展開などはありませんでしたが、
仕事と両立しながら、ふんわりと優しい気持ちになれるような恋を描写しました。

とにかくバサラの素晴らしさがわかっていただけたらそれでいいです(笑)
歌だけで戦争を終わらせてしまう人なんて最高です、現実にも欲しいですそんな人。
惚れますよ、アニメを見ていなくて気になった方は是非見る事をオススメします!
歌バカなだけなのに、何でこんなに格好良いんでしょう。
50話でかなり長いですが、30話ぐらいまで我慢して見れば後は早いです(笑)
まぁ、30話までも下積みなので重要なんですが。


基本バサラは自分を表現しようとしないので、歌ってる以外はかなり淡泊です。
なので彼が誰かを好きになってもわかりにくそうですね。

バサラが主人公を好きな理由もそれなりにあるんですが、
バサラの性格故に表にそういった描写は出せませんでした。
でも少しはバサラが主人公を気にしてる風に書いたんですが、気付きましたか?(笑)
ほんのちょっとです、口調とか態度とか、僅かな変化ですけどね。

わかりにくいですけど、主人公の気遣いや行動がバサラの心に入り込んだのだと思っています。
バサラにとって主人公は、無条件で自分を肯定してくれる存在でした。
当たり前のように傍にいて、全ての体裁を取り払い、さらけ出して心を開き、そしてバサラを愛した。
そんな主人公はバサラを精神的に支え、心の安定を担っていたのだと思います。

何とも思ってなさそうだけど、それなりに主人公を大事に思っているので、
番外編と称してその辺りは書きたいですね。


需要なんてないと思いますが、一気に書ききってしまったので、
せっかくだから形にしておこうと作り上げ、
まあ戸棚の隅に置いておけばいいかなという感覚で公開しました。

もしこれが誰かの目に止まり、読まれ、楽しんでもらえたら幸いです。

妃瑪2012.3.20――