―――かの天才と呼ばれた人の教えを受け、男顔負けの技術で宇宙を制する女性。
どんな時も冷静で、だけど仲間達への情は熱く部下達から慕われていた。
憧れだった人、あの頃は確かに淡い恋心を抱いていた。
彼女の真面目さを物語るような凛とした柳眉が好きだった。
一方でふとした時に見せる、花弁が開かれるような淡く綻ぶ微笑に見とれていた。
今でも好きだと自信を持って言える、
だけど自分の手で幸せにしようとは……あの頃から考えてもいなかった。
そして自分は見合いという形で、ある女性に出会い、その可憐さに惚れた。
愛情というものを初めて知った。
「好きっていう気持ちがまだよくわからないんです……」
申し訳なさそうにピンク色の髪の彼女は呟いた。
「ガムリンさんは好きです。でも結婚するほど好きかって聞かれたら、わからないんです」
自分も少し前までそういう感情をはっきりと自覚できなかったから、若い彼女が迷うのはもっともだろう。
「……バサラも、好きです。でも……恋愛感情かと聞かれると違う気がするんです。
それに、たぶん私よりリュシアさんの方がずっと前から、何十倍もバサラの事好きなんだと思います」
終戦間近の頃は、恋愛に疎い自分でも察知できた。
恋する女性とはあんな風に儚く悲しそうに笑い、それでいて綺麗なんだと思ったのは記憶に新しい。
リュシア少佐は、こんな身が焦げるような苦い思いをしていたのだろうか。
ミレーヌさんから見たリュシア少佐は、猫のように熱気バサラに寄り添い、
無邪気に甘え、綿のようにフワフワ笑っているような人だったという。
それを聞いた時は耳を疑った、何せ自分では一度も見た事がない姿だったからだ。
悔しかった、だけどそれ以上に勝てないと思った。そして何故だか安心したのだ。
女性である事で見くびられるのを嫌がるようにいつも気を張り詰めて眉を寄せ、
終始感情を隠して冷静であろうとする彼女が、バサラの前ではそんな風に振る舞っている事に。
彼女がその本質をさらけ出せる人がいるのだという事に。
見抜けなかった自分が言う事ではないかもしれないが、確かに"よかった"と思ったのだ。
「リュシアさんに会ったら伝えて下さい、"バサラの事、お願いします"って。
私はバサラの世話なんかとてもじゃないけどできそうにないです」
そう言ってミレーヌさんは苦笑した。
吹っ切れているような強さを滲ませた微笑みに、自分も思わず笑い返した。
「あれだけバサラと同調できる人ってそうそういないですよ?
もう前から付き合ってるみたいなものだったし!」
マックス艦長の特命でFIRE BOMBERの動向を探りに行った頃からだろう、
少しずつ変わってきたリュシア少佐は今ではすっかり丸くなった。
軍での姿勢は変わらないはずなのに刺々しいイメージはすっかり鳴りをひそめ、
どこか柔らかく包容力がある笑みをするようになったと、周りからも言われている。
それはひとえに熱気バサラのおかげなのだろう。
彼女は今、戦前以上に訓練に取り組み部下達を指導し、だけど時折もの凄く愛しい者を見るかのように微笑む。
彼女の想いはバサラに届いたのだ、その笑顔を見ているとこちらまで幸せな気分になってくる。
「だから……私もリュシアさんみたいに誰かを一途に想えるような人になりたい。
それぐらい大人になって、もしその時もガムリンさんが私の事を好きでいてくれるなら、またプロポーズしてくれますか?」
だから自分も、一度くらい振られたってめげたりはしない。
今度は自分の想いを届かせてみせよう、そしてこの可憐な少女を幸せにできる程の男になってみせよう。
「ええ、何度でもプロポーズしますよ。ミレーヌさんに惚れられるような男になってみせます」
互いに笑い合い、ガムリンはダイアモンドの指輪を受け取った―――
Epilogue―ただ1人に伝える歌――1
戦争は終結した。
マクロス7船団は本来の目的である、人類の住める星を探す長い旅を再開させた。
人生はまだ続いている、自分達の日々は常に流れている。
これは、そんな一瞬を切り取った、小さな話。
「楽にしてくれ、仕事の話ではない」
突然マックスに呼び出され、首を傾げながら艦長室に向かったリュシア。
何やら深刻な表情をしていたので緊急な事態でも起きたのかと顔を強張らせていたのだが、
プライベートな話だと告げ、マックスは言い出しにくそうにしつつも口を開いた。
「……リュシア」
「はい」
「今、恋人はいるか?」
「……………………はい?」
呆気にとられて返事を忘れていたリュシアは困惑して口ごもった。
マックスの鋭い目は未だ真っ直ぐに此方を見据えている。
「恋人はいるのか?」
「え、……それは……っ」
「どうなんだ」
「……そのような相手がいるにはいます、けど……」
一応想いが通じ合っているから間違いではないが、人並みな付き合い方をしているかと聞かれると正直なところ微妙だ。
会っていたって歌を聴いてるばかりで、恋人らしい甘い雰囲気など作ろうとしなければないに等しい。
そもそも会う約束なんてのもない、リュシアが会いたければアクショに行く、それだけだ。
だがマックスの尋問は終わらない。
「結婚の予定はあるのか?」
「結婚ですか!?そう、ですね………………」
(……全く想像できない)
リュシアの狼狽を読み取ったのかマックスは深い溜息をついた。
「誰が誰とどう付き合おうとも基本的には構わないのだが、君もいい歳だ。
そんないい加減な付き合い方ではいかん。戦争も終わり、佐官に昇格もしてそろそろ落ち着けるだろう。
私の大事な教え子だからな、いずれは優秀な子供達を残していって欲しいのだ、わかるな?」
「は、はあ……」
「それで今の恋人と将来を共にする気はあるのか?」
「…………」
(そりゃ私はずっと傍にいたいと思うけど、向こうはなぁ……)
バサラに結婚を求めるのは酷は気がする、彼はどこまでいっても自由な気質だ。
彼に結婚という概念があるのかどうかも疑問だ。
それに自分という器でバサラの世界を抑え付けてしまいたくはないし、
"家庭"というものに納まって欲しくないという願望もある。
「付き合っていてそのような話題も出ないのか?相手は何も言わないのか?」
「……そう、ですね……将来的な事は、何も……」
言いにくそうに絞り出すと、マックスは突然興奮したように立ち上がった。
「いかん、いかんぞリュシア!」
「か、艦長……!?」
「責任も持てないような男などといても幸せになどなれんぞ!」
「……す、すいません」
「恋愛と結婚は違う、いくら好き合っていてもそれで何十年も共にできる訳ではない!
結婚に大事なのは条件とタイミングだ!よく考えてみなさい、この船団にどれだけの男がいると思っている!
リュシアも気に入り、結婚の条件に合う男などいくらでもいるのだぞ!」
荒々しく椅子に座り込むと、気持ちを落ち着かせるために深呼吸を繰り返した。
これでは結婚に反対する頑固親父のようだと自嘲しながら。
「……すまんな、この頃自分がどんどん老け込んでいく気がするな。
だが私は君の将来を案じているのだ。元教官としてどうしても気になってしまってな……」
そこでだ、とマックスは再び軍人らしい振る舞いで言葉を続けた。
かつてバルキリー操縦技術を教え込まれた時のような目でリュシアを射抜く。
「命令だ、リュシア・アルヴァ少佐。見合いをして結婚相手を探しなさい」
開いた口が塞がらないという状況はこのような時を言うのだと、リュシアは痛感した。
「……それで、お見合いするんですか?」
「する訳ないでしょう……!」
後日、部屋に届けられた大量の見合い紹介文にリュシアは頭を抱えた。
元教官であり船団長であるマックスの命令だから、あの場では上手く拒否できなくてこの有り様だ。
マックスが"リュシアの結婚相手を募る"と公表してしまった為に、様々な部署から次々と見合い写真が送られてくる。
その一つを拾い上げてはアッシュがケタケタと笑い、
何故かヤクモは"見合いという形でしかアプローチできないのか"と写真を一瞥しては憤慨している。
「少佐は以前から注目されていましたから……結構聞かれるんですよ、少佐の事」
「………」
ガムリンの必死のフォローは何の支えにもならなかった。
「お、お気持ちお察しします……」
「……それはどうも」
それでも、同じくミリアに見合いを勧められた経験があるガムリンには多少共感できる部分があるらしく、
困ったように写真を一枚一枚確認している。
「人気者ですねぇ隊長。言ってやればいいじゃないですか、熱気バサラと付き合ってるって。
そしたら一気に見合い話も消え失せると思うんですけど」
「アッシュ、それでは余計に混乱を招く事になるぞ」
「んー確かに……マスコミが聞きつけたら押し寄せてきそうだもんな」
そうなればバサラにも取材の手が伸びる事になる。
彼の迷惑になる事はできれば避けたいところだ。
「……少佐、この事バサラは知っているんですか?」
「知らないよ、言ってないから」
「それは……!」
突然凄い剣幕で詰め寄ってくるガムリンにリュシアは気圧されそうになった。
「何故打ち明けないのですか!」
「え、言ってもしょうがないじゃない……私の問題だし」
「いいえ、これは2人の問題です!
バサラが煮え切らない態度だからこのような事態になるのではないですか!?」
何故彼がこうも興奮しているのかわからないリュシアは首を傾げながら狼狽する。
「これでも進展してて充分なんだけど……どう思う?」
「えーどうですかね?確かに艦長が心配するのもわかる気がするんですけど、
そんなすぐ結婚の話題が出る訳ないでしょうし、相手はあのバサラですしねぇ……」
尋ねられたアッシュはマイペースに答えてみせたが、それに覆い被さるようにガムリンの勢いは止まらない。
「甘いぞアッシュ!男子たるもの女性を幸せにするのは当然の義務!
恋人となるからにはそれなりの責任を持って行動しなければならん!」
「何でそんなに躍起になってんだよ、ガムリン」
「お、俺は少佐に幸せになってもらいたいだけだ!
だからバサラにもこのような事態になっている事を知ってもらわねばならないと……!」
告白じみた台詞を叫んだ事に気付いたのかガムリンの口調は次第に弱まり、顔を赤らめて咳払いをする。
今ではそれが純粋な信頼の証だとわかっているからリュシアはくすりと微笑んだ。
「……でも知ったからって、あまり変化しそうにないですねぇ彼。突飛な事ばかりする男ですから」
「だが嫉妬ぐらいはするだろう?」
「…………どうかな?」
ヤクモの出した"嫉妬"という単語に、リュシアがしばらく考えて呟いた答えが疑問系だった事に一同の注目を浴びた。
信じられないといった様子で固まって言葉も出ない部下達に、思わず苦笑しながら弁明する。
「バサラが嫉妬って、似合わない気がしない?ほら、歌バカな所があるし。
いいのよ、別に嫉妬して欲しい訳でもないし、彼には歌っていてもらえればそれで」
彼が嫉妬するなんてどうしても想像できないのだ。
リュシアに対して、というか歌以外のものに対してあまり執着心を持たない彼は、
例えリュシアが男といても、"個人の自由だろ"と何処吹く風で笑っているような気がする。
「……隊長……健気ですねぇ……」
「熱気バサラは幸せな男ですね」
アッシュとヤクモは何故だか感動的な物でも見るようにリュシアに笑いかけ、
ガムリンは相変わらず石化したままで動けないらしい。
その微妙な空気を一掃させたのが、来客を知らせる音だった。
部屋に入ってきたのはリュシアの友人であり元恋人のレナード・クライブ。
「お邪魔するよリュシア少佐?見合いするって聞いたんで来てみたんだけど……本当らしいな」
「レナード、大尉……」
突然の来訪に驚きの表情を隠せないのはガムリン。
リュシアは溜息をつくと、「見てよこれ」とテーブルに散らばった紹介文を示した。
「艦長がまさか本当にこんな事すると思わなかった……」
「しょうがない、それだけ気に入られてるって事さ」
レナードもまた見合い写真を覗き込んでは、この状況を楽しんでいるかのように笑う。
「見合いするのか?」
「しないわよ……それにこんなに大量に来ちゃってどう処理しろってのよ、艦長は」
「はは。まあ、この志願者達には申し訳ないが、"その気がない"って正直に艦長に断るべきだね」
「艦長命令は絶対……本来ならそうなのよね」
リュシアはヤクモ達に少し席を外す旨を伝えると、レナードの肩を叩いた。
「せっかく来たんだからコーヒーぐらい奢るよ」
「それは有り難い、来た甲斐があったかな」
「何言ってるの」
そうして部屋を出て行ったリュシアとレナードの2人。
残された仲間達は待っていたかのように集合した。
「ほら、油断しているからあのような事になるんだ!」
「レナード大尉か……あの人が一番要注意人物だよなぁ」
「ああ、もし本当に見合いがあるのなら大尉が有力だろう」
見合い紹介文は来ていなかったが、わざわざここまで出向いたという事は少なくとも意識しているからだろう。
リュシアの元恋人として有名で友人関係は良好、
軍内では一番プライベートで仲が良いと言えるレナードは今のところ誰よりも手強い相手になる。
「まったく……バサラは一体何をしているんだ!」
ガムリンとしては、彼女はバサラと幸せになってもらいたい。
自分やミレーヌ、様々な人間関係がある中でようやく繋がった2人。
理想の恋愛の象徴になっている彼女には、悔しいが彼が望ましいというのに。
だから、歯痒くて仕方ない。
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エピローグです。
本編は終わりましたけど、次で夢小説としての本当の最終回。