23・僕らに降る幾億の星
「リュシア大尉、昇進おめでとうございます」
「気が早いよガムリン、まだ辞令は出ていないよ」
長い戦争が終わり、マクロス7船団はかなりのダメージを受けた。
新しいバトル7の建設や他の護衛艦の修復作業や部隊の再編成など、リュシア達には仕事が山積みだった。
バルキリー部隊もかなりの人数が戦死し、生き残っている方が少ない状態になっている。
そんな中、上層部からリュシアに持ちかけられたのが昇進と部隊統率の任だった。
「それと新部隊が設立される件も。
大尉がダイアモンドフォースではなくなるのは寂しいですが」
第2小隊であったリュシアとアッシュ、そしてヤクモを独立させ新部隊を作り、
その隊をトップとしてバルキリー部隊をまとめていくというもの。
新部隊は女性であるリュシアにちなみ"ルビーフォース"と命名された。
実質的にリュシアが作戦指揮をとる事になるので課せられる責任は非常に重い。
かなり悩んでいたが、最終的にリュシアはその命令を受ける事にした。
「……軍に残るんですね、大尉」
「ええ……ようやく覚悟が決まった」
本当は落ち着いたら軍を辞めるつもりだった。
だけどオペレーション・スターゲイザーや最終戦闘を経て、死んでいく仲間や怪我に倒れる仲間を何度も見た。
自分一人辞めたって何も変わらないのだ、だったら軍に残って軍そのものを変えようと思った。
「もう一人だろうとも仲間を亡くしたくない。それを実行できるのはやはり此処しかないんだよ。
"戦いはくだらない"、それがわかっているから私は迷わず軍で生きていける気がする」
それを教えてくれたのはバサラと、バサラの歌だ。
だからこれからも頼むよと笑うとガムリンは生真面目に姿勢を正した。
「いえ、大尉がいるのなら心強いです!
新体制の元、ダイアモンドフォースはこれからも大尉に付いていきます!」
「何言ってるの。私達は"ルビー"だよ、"ダイアモンド"がその名の通り精鋭な事には変わりない」
「はっ、名に恥じぬよう精進して参ります!」
修理中のバルキリーを見上げれば、アッシュとヤクモが作業の事を話し合っていた。
彼らもまた階級が上がる、これまでの功績を評価されての事らしい。
ドッカーはまだ入院中、ディックとモーリーは同じく現場を駆け回っている。
リュシアは早々に治療を終え、そしてガムリンも無事生還した。
(色々あったなぁ……亡くした物も多いけれど)
「ミレーヌちゃんはよかったの?」
作戦の前にダイアの指輪を渡していた事は知っていた。
プロポーズもしたらしいのだが、結局婚約には至らなかった。
話を蒸し返すのは惨いとはわかっていたが、聞かずにはいられなかった。
ガムリンは乾いた笑いを返すと、気まずそうに言葉を濁らせた。
「……はい、自分が焦りすぎてたんです。それに……彼女は……その……」
「わかってる。彼女はバサラも好きなんでしょうね」
「……っ」
リュシアがバサラに想いを寄せている事を知っているガムリンは、随分あっさりと答えが返ってきた事に驚いた。
「見ていればわかる。"嫌よ嫌よも好きのうち"っていう古い言葉があってね、そんな感じよ2人は」
「で、ですがバサラはどちらかと言うとリュシア大尉の方が……!」
「気を使ってくれてありがとう。だけど、こればかりはどうしようもないよ。
2人の絆は私には計り知れないものだから」
ガムリンが潔く身を引いたように、リュシアももう諦めを感じていた。
「……だから、もう……はっきりさせなきゃいけないね」
ポツリと呟いた言葉にガムリンは悲しそうに表情を歪めていた。
――バサラの存在は私にとってシェルターだった。
自分で選んだ道だったのに自分で苦しんで、現実から離れたくて逃げ込んだ場所。
「ああ、リュシアか」
「うん」
戦争が終わっても彼は相変わらずの無頓着さでリュシアを迎え入れた。
特に何かを話す訳でもなく部屋の奥まで進むと、初めから指定されていたかのようにベッドに座り込む。
そして、少しフレーズを弾いては楽譜に書き込んでいくバサラの背中を見つめた。
何もしない、ただ見ているだけで時間は勝手に進んでいく。
シーツにくるまって、甘く奏でられる声を子守歌にして惰眠を貪る。
とろとろと海を漂い、時々耳をすましては聴こえる歌に再び目を閉じる。
(本当に、皆が見たらどう思うんだろうね……)
軍人である事など一切忘れて、ただの"リュシア"に成り下がって。
いや、それ以上に子供にまで退化して、相手が困るような我が儘ばかりを口にする。
自分にこんな一面があるなんて知らなかった、
鎧を外しこんなにも全てさらけ出した柔肌で寝転がっていられる場所があるなんて。
バサラの世界に、境界線などない。
空が赤くなる頃、何もしていないのにリュシアの体は空腹を訴えて、モゾモゾとベッドから這い出た。
「バサラ、お腹すかない?」
「あ?そういえば何も食ってねぇな」
「じゃあ何か作るよ。冷蔵庫の食材使っていい?」
「ああ」
いつもは食堂か1人の食事だから、2人分の食事を作るのは何だか嬉しい。
目の前で彼が食事にありつき、素直な反応が返ってくるのは幸せだった。
夫婦ってこんなものなのかなと、時々感じる。
憧れるほどそんなに良いものじゃないのだろうけど、その相手が彼ならいいなと思った。
会話がほとんどないのに、こんなにも安らげるって奇跡に近い気がする。
この世にどれだけ波長の合う人間がいるというのだろう、だけど多くない事は知っている。
(レナードでは駄目だったのは、きっとそういう事なんだろうね……)
バサラはまたギターを手に弦を爪弾く。
少し甘えてみたい気になってリュシアは邪魔にならない程度に、曲の合間を狙って背中にそっと抱きついた。
「ねえバサラ、あれ歌って。"REMENBER16"」
「何だよ急に」
「聴きたいの、あれ好きだもん」
「……ああ、いいぜ」
そうして要求通りにバサラは曲を変えて歌い出す。
彼の体から直接振動でリュシアの体に歌が伝わって、五感を刺激する。
自然と頬が緩んで、そのまま意識を委ねた。
――彼の背中は好きだ、歌っている最中に唯一触れられる場所だから。
ふと隣で起きた衝撃に目を開くと、気がついたらリュシアはまたシーツの海にいて、
充分歌い尽くしただろうバサラがベッドに入ってくる所だった。
「……あれ、いつの間にか寝ちゃってた?」
「ああ。けどお前意外と軽いな、ちゃんと筋肉付いてるのかよ」
「……普通の人よりかは付いてるもん。体重はそれなりに気にしてるし」
そっちこそ特にトレーニングしてる訳じゃなさそうなのに何で適度に締まってるの、
バルキリーを操れるくらいの筋肉が恨めしくて腕をベタベタさわっていたらバサラは顔を反らした。
何だか可笑しくて、ごめんと呟きながらもリュシアは笑っていた。
「ねえバサラ」
「何だよ」
「バサラは、これからも歌い続けるんだよね?」
「当たり前だろ」
「……そっか」
たとえもう会わなくなったとしても、会えなくなったとしても。
「じゃあ、いつでも聴けるね」
彼の歌があるなら、良くも悪くも泣けるのだろう。
―――だからこれで最後にしよう、そう決めていた。
眩しい朝日が道を示すようにリュシアを照らす。
真綿のシェルターから這い上がり、音楽に生きている彼の確かな温もりをもう一度だけ感じて、離す。
「行くのか」
「うん」
此処から出たら、また慌ただしく消耗していく日々が待っている。
だけど怖くない、しっかり立って前を進んでいけばいい。
「……バサラ」
「ん?」
「私……軍に残ろうと思う。まだやり残した事があるから」
「そうか、いいんじゃねぇの」
「うん」
ギターをベッドに引き込んで軽く弾きながら、
予想通りの答えが返ってきてリュシアは少しだけ微笑んで、背中を向けた。
「だから……まだ事後処理もあるし、新しい部隊編成にもなるし、
これから忙しくなるから、あまり此処には来られなくなると思う」
「そうか」
「……だから、これだけは言っておく」
逃げない強さを与えてくれたのはバサラ。
初めて貴方の歌を聴いた時から、私は貴方に惹かれていた。
「バサラが誰を好きでも、私の事を好きじゃなくても……私は、バサラが好きだよ」
振り向いた先にいたバサラは、目を見開いて固まっていた。
「恋愛感情でバサラを好き、愛してる」
「……何言ってんだ……お前」
困惑される事は予想できていた、だから笑顔を作るのは難しくなかった。
自然に溢れた笑みは、バサラに伝える最後の想い。
(だって、言わなかったら一生気付いてもらえなかっただろうから)
後悔はしていない、むしろ驚かせる事ができて少しだけ優越感があった。
バサラを波立たせる事ができるなんてあまり出来ない事だろうから。
「驚いた?それだけ言いたかったから。じゃあ―――」
「俺がいつそんな事言ったんだよ」
「………え?」
怒ったようなバサラがギターを置き、此方に歩み寄ってリュシアを見下ろす。
個人的にもう完結させていたリュシアには何の事だかわからなかった。
「お前の事好きじゃねぇって、いつ言ったんだよ」
「…………」
直接言われた訳じゃない、ただ勝手に予想していただけで。
その事で怒っているのだとしたら、それは。
「……それって…………私の事、好きってこと?」
「ああ」
「恋愛感情で?その……男女の関係として?」
「じゃなきゃ抱いたりしねぇよ」
「だ、だって……今までそんな素振り見せた事ないじゃない!」
突然の言葉に顔を赤らめたリュシアは思わず反論した。
誰にでも同じように接するバサラからそれを察しろという方が難しい。
だったらもっと早く言ってくれればこんなに悩む事はなかったのに。
リュシアに負けじと眉をひそめたバサラは、不機嫌なまま顔を反らした。
「お前だって、んな事言わなかっただろ」
(……うそ……本当に?)
さっきとはうって変わり、信じられないといった顔で呆然と見上げるリュシア。
このまま部屋を出て行って終わりのつもりだったのに、この関係を終わらせるつもりだったのに。
目の前の男が自分を好いているのかもしれないという事実がどうしても呑み込めなくて。
「…………この部屋に来る人、他にいる?」
「たまにいるけど、当たり前に上がり込んでくるのはお前ぐらいだろ」
「ご、ごめん……迷惑だった?」
「だったらとっくに言ってる」
「そっか、そうだよね……じゃあ、このベッドで寝てる人……他に、いる?」
「いねえよ」
「他の人とも……キス、したりとか…する……?」
「あー?された事はあるけど、した事はねぇよ」
はらはらと涙が零れて、呆れたようにバサラがそれを拭う。
口調は少々乱暴でも、そんな風に優しくされるものだから余計に泣ける。
「どうしたらわかんだよ、歌じゃ伝わらなかったみたいだしな」
「……キス、して……っ」
「いつもと変わんねーじゃねぇか」
「して、ほしいの……!」
頭を掻き、「しょうがねぇな……」という言葉と一緒に降りてくるバサラの顔。
何度もした事はある、だけど全てリュシアから自発的にしたものだ。
自分で言い出したもの、何だかもの凄く恥ずかしさを覚えてリュシアは目を泳がせて俯いた。
「ち、ちょっと待って……何か、改まられると困るっていうか…!」
「今更照れてどうすんだよ」
「そう、なんだけど……心の準備が―――っ」
両腕を引かれ、一気に距離をつめられた所で唇が重なった。
よく考えれば自分が目を開けて、バサラが閉じている状況なんてほとんどなかった。
事態をうまく整理できていない頭はからっぽで、
心臓がうるさく主張する音を聞きながら伏せられた目ばかりを見つめた。
歌を奏でるバサラの世界が、今は自分だけに向けられている。
「これでいいかよ」
「………っ」
こちらを窺うように囁かれた言葉に、また涙を溢れさせたリュシアは感極まって抱きついた。
歌以外に興味がないバサラが自分を好いているなんて、奇跡だ。
「私……っ、ずっとバサラの2番になりたかった!」
「2番?1番は何だよ」
「歌」
「志が低くねぇか?」
「だってバサラには歌ってて欲しいから」
何だよそれ、そう呟いてバサラはフッと顔を綻ばせた。
初めから歌には勝とうとしていないリュシアは変な奴だと思う。
だけどそういう所が彼女らしい。
「でも時々は私の事、思い出して欲しい」
子供のようにはにかんだリュシアに、バサラはもう一度キスをした。
歌にも言葉にも乗せられない確かな愛情を、唇から伝えるように。
――歌を愛している人がいる。歌に生きている人がいる。
あの歌は真綿のように私の心を溶かしては、背中を押してくれた。
無垢な子供のように丸まって、逃げていた私を立ち上がらせてくれた。
「特別攻撃隊ダイアモンドフォース第2小隊、リュシア・アルヴァ大尉。
マクロス7船団防衛に多大な戦果を上げた事により少佐に昇格とし、
新部隊ルビーフォース隊長、及び特別攻撃隊作戦指揮官に命ずる」
「はっ!」
責任が倍増する辞令を受け取ったはずなのに、リュシアの胸中は不思議と高揚感に満たされていた。
通り過ぎようとしたラウンジでは、英雄扱いされているFIRE BOMBERのライブ映像が流れていた。
何度も聴いた事のある曲、楽しそうに暴れ回っているバサラを見つけてリュシアはくすりと笑った。
(やっぱりバサラは、ああやってる方が似合う)
頻繁に会えなくても、本来交差するはずのない道を互いに歩んでいくとしても不安はない。
今までもそうだったように、離れていても大丈夫だと思える。
彼は彼の道、自分は自分の道を突き進む。
貴方と貴方の歌のおかげで、自分の道を見つける事ができた。
(バサラ……ありがとう……)
堂々とした姿勢で通路を抜け、ひとつの部屋に入る。
そこには既にバルキリー部隊の面々が席に着いていて、壇上の人間を待ち構えていた。
リュシアは臆することなくスクリーンの正面に立ちパイロット達を見据えた。
「本日付でルビーフォースの隊長に任命されたリュシア・アルヴァ少佐です。
まず、この長い戦争を生き抜いた同志達に感謝の意を伝えます。
そして新しくメンバーに選出された者達は歓迎します」
見渡せばアッシュとヤクモ、ドッカーが笑っていて、
ガムリンは相変わらず生真面目な表情で一心にリュシアを見ていた。
「特別攻撃部隊再建にあたり、これよりミーティングを行う」
――ねえバサラ、大丈夫だよ。私は歩いていける。
歌が聴こえる限り、そして貴方がいるから。
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タイトル配布元――ジャベリン
ようやくくっつきました。
激しい盛り上がりなんてないけど、穏やかに確かめ合う愛情。
その愛が、生きる力になる。