―――歌とは、一体何なのだろうと思う時がある。
歌詞に込められた想いが紡がれ、旋律に乗って流れて、心に作用する。
聴いた者に力を与えたり、時には慰めて救ってくれる、不思議な魔法。
誰かが歌っているのを聴くと、全身がベールに包まれたように守られていく。
逆に自らが歌ったとしても、胸の奥はじんわりと熱を持って温められていく。
そして奮い立つ……希望だけを胸に、生命達は立ち上がる。
"生きる事"を教えてくれた彼が奏でる音楽はきっと、魂の救済歌だったのだろう―――
22・光をほどいたら貴方になった
「く……っ!俺を狙ってきたか!」
「アッシュ、ヤクモを援護するよっ!」
「了解です!スターゲイザーでの借りは返しますよ!」
ヤクモ機に集中的に伸びてくるゲペルニッチの触手を、自身も避けながら撃ち落としていく。
1機は曲芸のようにすり抜けて最大加速でしがらみを引き離し、
絡み合う糸を断ち切っていく2機の姿はさながら絵画のようだっただろう。
しかも彼らは歌いながらそれをこなしてみせた。
「っ、感謝します、隊長……アッシュ!」
「ほら隊長……俺、前に言ったじゃないですか……歌聴くと、力が出るって……っ」
「……そうだね……こんなにも気持ちが違うなんて、正直…驚いてる」
やはり少しずつスピリチアを吸われているのだろう、体力も精神力もかなり削られていた。
それでも希望だけは捨てなかったし、生気に溢れた飛び方だった。
(だからバサラ……貴方の歌が、聴きたい……!)
「――っ!」
ふいに微かに通信に割り込んできたサウンドにリュシア達は思わず視界を彷徨わせた。
それはどんどん音量を上げ、ずっと聴きたかった歌声が確かに耳に届いて、リュシアの意識は覚醒した。
「バサラ!!」
目の前を駆け抜けていく、赤いバルキリー。
大音量で歌い上げながらゲペルニッチの中心を目指す。
「よかった……っ、バサラ……」
よく目が覚めてくれたと、リュシアは目頭を熱くさせた。
彼が動いている、彼の声がまたこの耳で聞ける事がこんなにも嬉しい。
(ありがとう、還ってきてくれて……)
薄らいでいきそうになる意識を何とか保つとリュシアはもう一度操縦桿を握り締めた。
「アッシュ、ヤクモ。もういい、よく私に付いてきてくれた。後方に下がって他の艦を守りなさい」
「何言ってんすか隊長、俺達はレッドなんですから最後までお供しますよ」
「熱気バサラを守るのでしょう?偶然ですね、俺達もそのつもりです」
これ以上先に大切な部下達を連れて行く気はなかったのに、
彼らは衰弱しているにも関わらずあっけらかんと笑っていた。
「2人とも……本当に、誰に似たんだか」
「隊長でしょ」
「隊長ですね」
「……ありがとう。なら行くよ……そして、生き残るよ!」
「「了解!」」
息の合った3機の黒いバルキリーは、攻撃をかいくぐりながら流星のように飛んだ。
そして歌エネルギーに包まれたバサラ機を守護するようにぴったりと傍に付く。
「リュシアか!」
「援護するよ!ゲペルニッチに歌を聴かせるんでしょ!?」
「ああ、行くぜ!」
「うん!」
バサラにまとわりつこうとする触手のような枝を撃ち落とし、自身もしなやかに避けて。
衝撃波で機体が悲鳴を上げる、だけど立ち止まらなかった。
最後の力で、バサラに歌わせる為に。
削られていくのは体力か気力か、それとも命か。
中心に近づくにつれて体から金色の光が染み出していくのが、リュシア自身でもわかった。
それは触手以上に大量にスピリチアを吸い上げられ、みるみる全身から力が抜けていく。
「た、い……ちょう…」
「っ、ヤクモ!歌いなさい……っ!」
右を飛んでいたヤクモの機体がどんどん後退していき、ついには触手に巻き込まれた。
それを目で追いながら、抵抗して歌い続けようとしても喉が凍り付いたように上手く言葉を作れない。
そして左のアッシュ機さえも、加速する事を止めた。
「――こころ、のままに……さ、けぼう……ぜ…」
「…ァ、……アッシュ…っ!」
力が入らない、視界がぼやけて体が動かない。
リュシアは縋るように手を伸ばした、次第に勢いが弱くなっていく赤い機体に。
彼もエネルギーを吸われている、助けたいのに届かない。
「バサ、ラ……!」
声が出ない。
このまま命を吸われて死んでしまうのだろうか、負けてしまうのだろうか。
こんな形で終わってしまうなんて、嫌なのに。
(嫌、だ……私は、バサラを……守るんだ!)
彼の歌のバリアが今にも消えてしまいそうだった。
だから脱力する体ごとスロットルを前に押し込めて、バサラ機の盾になるように立ち塞がる。
彼のバリアがなくなると同時、リュシアのバルキリーに触手が突き刺さった。
「!……リュシア……」
「バ…サ……」
コクピットをかすめたそれが、リュシアの全てを奪っていく。
目の前が暗闇に包まれる寸前、そこには無傷の赤いバルキリーがいた。
必死で歌う彼の声がもう途切れ途切れな事はわかっていた、だけど守りたかったのだ。
笑顔を作ろうとして、リュシアの意識は途絶えた。
そしてバサラの声すらも、ついには消えて。
世界は静寂を迎えた。
―――歌が聴こえる。
それは、不思議と胸を高まらせるもの。
怯えるように縮み込んだリュシアを立ち上がらせ、背中を押してくれるもの。
いつだって傍にある。
言葉なんかなくても想いが届く、心が震える。
彼が奏でるのは……奇跡を起こす、歌―――
(……バサラが、歌ってる……)
「うおおおおお!!今日こそ動かしてやるぜ!山よ、銀河よ!俺の歌を聴けえぇぇぇ!!!」
彼の叫びに揺り起こされるように意識がはっきりしていく。
動かないリュシアの機体を抱えられ、アッシュとヤクモがいる場所まで送り届けて。
彼はまた背を向けて飛んでいった。
バサラは歌い続ける、バルキリーが破壊されて外に投げ出されても。
助けに来たシビルの結界に入り、共にゲペルニッチの中心で輝いていた。
彼はずっと、歌を聴かせたいと言っていた。
どんな相手でも自分の歌を聴かせて感動して欲しい、そうして心を通わせたかったのだろうか。
「、はは……シビルも歌ってる」
彼の心は崇高すぎてリュシアには知り得ない。
だけど、彼の歌が確実にプロトデビルンに届いている事は確かだった。
自分達が"敵"としか認識しなかったものと解り合ってしまったのだから。
(貴方にしかできない……歌に生きてきたバサラなら、きっと)
奇跡を必然にできるのだろう。
「!……ゲペルニッチが……歌を……!」
3人の歌声が交じり合う。
種族も立場も違うのに同じ歌を、一緒に。
―――歌が世界を埋め尽くして、宇宙に降り注いだ。
命の輝きが世界に溢れ、ゲペルニッチの暴走は止まった。
惑星をまとっていた闇と無数の触手が消えていく。
意識を失っていた人達も歌声に呼び覚まされ、その信じられない光景に驚いた。
明るさを取り戻した地上に降り立つと、
歌い終わったバサラとシビル、そして姿を変えた人型のゲペルニッチがいた。
「なかなかだったぜ、お前の歌」
「我が身の内にもアニマスピリチアの扉があるとは」
ゲペルニッチは言った、他の生命体のエネルギーを吸収しなければ生きていけなかったプロトデビルンだったが、
自らの力でスピリチアを生み出す事ができると気付いたと。
歌う事が彼らの命の糧になる、だからもう他の生命体を襲う必要がない。
プロトデビルンと全生命体は、戦う意味がなくなったのだ。
それを教えたのは、バサラの歌だ。
「もう銀河に用はない!歌こそ真のスピリチアパラダイス!」
「バサラ……お前の歌、忘れない」
そうしてプロトデビルン達、そしてシビルは銀河の彼方へ去っていった。
「本当に終わっちゃった……歌で、戦争が……」
目の前で起きた奇跡にリュシアは呆然と空を見上げていた。
「隊長、ご無事ですか!?」
「もう無茶しないで下さいよー、隊長が一番危ういんだもんな」
「……ごめん」
ボロボロのコクピットから助け出されたリュシアは素直に謝っていた。
また腕が折れてしまったけど、他は頭部の軽傷だけで済んだのなら幸いだ。
2人に支えられていると、バサラが此方に歩いてくる。
眉を寄せ、呆れてものも言えないといった顔付きで溜息をつきながら。
「お前なぁ、何回言えばわかんだよ」
「ぅ……ごめん」
また怒られると思って俯いていると、ふいにバサラの手がリュシアの頭に乗せられた。
「ま、いいけどな。お前の歌も聞こえたぜ」
「う、嘘!?どうして……!?」
歌が得意な訳ではないリュシアはカッと頬を染めた。
歌っている最中に通信をした記憶はないし、ましてやスピーカーなどが内蔵されてもいない。
なぜバサラの耳に入ったのか不明だが、彼は満足そうに笑っていた。
「ハートに響いたからな、おかげで目が覚めたぜ」
「……うん、ありがと」
自分の歌が届いた、リュシアは嬉しさに目頭を熱くさせた。
「隊長!ドッカーが救出されました!」
「本当に!?」
「はい、怪我はありますが無事です!」
アッシュとヤクモの後を追っていくと、青いバルキリーの残骸の中からドッカーの顔が見えた。
彼は何が起きたかわかっていないという放心した表情で周りを見渡していた。
「よかった……生きてて」
ドッカーはリュシアを見つけると、流石に気まずかったのか顔を反らした。
「命令違反だよドッカー、わかっている?」
「はは…すいません……」
「まあ、"生き抜く"という最優先事項は守ったのだから大目に見る事にする」
バルキリー部隊のメンバーが次々にドッカーの生還を祝った。
ある者は頭を小突き、ある者は嬉しさのあまり抱きついていた。
喜びに笑う男達を見守り、リュシアはもう一度サウンドフォースがいた場所を振り返った。
彼らはライブの後のように、達成感いっぱいの表情で語り合っていた。
「バサラ……私、決めたよ」
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タイトル配布元――ジャベリン
正真正銘、歌で戦争を終わらせてしまいました。