「あんた、軍人だったのか……」
「…………」
部屋から出たリュシアを呼び止めたのはレックスだった。
振り向けば他のレディースの少女達も心配そうな面持ちでいた。
肯定の意味を込めて苦笑すると、レックスは怪訝そうに首を傾ける。
「いいのか、傍を離れて」
「……私には戦う事しかできないから」
此処にいたって、自分ができる事はない。
いや違う、自分にはバルキリーに乗って戦う事ができるから。
彼らが歌を歌うように、リュシアの想いは宇宙を駆け抜ける事で形になる。
ギリギリまで引き上げられたエンジンの音、操縦桿から伝える挙動。
描かれる曲線の軌跡がリュシアという歌になる、そんな気がするのだ。
「軍人でよかったかもしれないと、今になって思う」
自分の生きた証が、市民の命……ひいては愛している人の命になる。
それはきっと、とても幸せで名誉な事なのだろう。
「飛ぶよ、私は……だからバサラをお願い」
「……リュシア……」
決意のこもった、それでいて愛に溢れた微笑みを見せられてレックスは目を瞠った。
21・終焉のようにあなたを愛そう
バトル7の格納庫に向かうと、同じようにリュシアを窺う部下達がいた。
心配しているらしい彼らに、自分は大丈夫だからと笑いながら2人の肩を叩いた。
「行くよアッシュ、ヤクモ」
「……任せて下さいよ」
「隊長の背中は俺が守ります」
頼もしい、そう意気込んでいるとバートンがリュシアを呼び止めた。
いつも折り合いがとれない相手に思わず身構えてしまったが、珍しく彼は皮肉めいた事は言わなかった。
「マクロス船団を頼む」
「……了解いたしました」
彼は確かに人道に反する事もしようとしていたが、それは船団を守りたい一心からなのだと最近気付いた。
今は心強いその言葉に模範的な敬礼をして、リュシアは自分の機体に乗り込んだ。
大きく深呼吸を繰り返し、操縦桿を握り締めた。
思い出すのは、いつだって彼の声。
「―――お前が、風になるなら……果てしない…空になりたい……」
虚空に口ずさんだのは彼の為の歌。
彼が愛した歌で、少しでも彼に届くのなら。
「――激しい雨音に、立ちすくむ時は……ギターをかき鳴らし、心を静めよう……」
自分の想いで彼が目を覚ますのなら、どんな事でもするのに。
リュシアはくすりと自嘲すると、モニターの先の闇を見据えた。
「レッド・ダイアモンド、リュシア・アルヴァ大尉、出撃します!」
「あれが……ゲペルニッチの本体!」
惑星の中心の黒い闇がプロトデビルンの親玉そのものだった。
あんな巨大な敵を倒さなければこちらに未来はない、やるしかないのだ。
「……これが最後の戦いになる事を願う」
(バサラ、貴方がいないのなら私は戦うよ。貴方を守る、そして仲間を守る)
「フォーメーションFで行くよ!散開!」
「「了解!」」
無数に向かってくる敵機の攻撃を回避しながらミサイルを撃ち込んでいく。
出来る限りコックピットを狙わないように無力化させているが、それでも数機は爆発に巻き込まれる。
殺したくはない、救いたいのに……歯痒さにリュシアは顔を歪めた。
「ドッカー、先行しすぎよ!後退しなさい!」
「まだ行けます!倒さなきゃ気がすまねぇ!」
単機で敵機を追いかけ続ける青いVF-19が酷く危うい物に映る。
小隊員を何度も亡くしている彼にとっては敵が憎くて仕方ないのだろうが。
「なら私の背後にまわり、迎撃しつつ左へ飛べ!挟み撃ちにして応戦する!」
「っ、了解!」
少しでも連携をとらなければやられてしまう。
どうにかして全員で生きて帰ろうと、リュシアは辺りに叫んだ。
「RD1より各機へ!全員必ず生き抜け!どんな事をしてでも死ぬんじゃない!」
突然の事に動揺しているのだろう、通信からどう反応したらいいのかわからないといった声が聞こえた。
その中で唯一笑って見せたのがアッシュとヤクモ、そしてドッカーだった。
「もちろんですよ、隊長」
「ここまで来たのです、負けられません」
「……まったく、軍人に"死ぬな"と言うなんて流石ですねぇ」
ゲペルニッチから放たれる衝撃波を避けながらリュシア達は螺旋を描くように飛翔する。
だが戦況は悪くなるばかり、作戦の要であったバトル7ももはや陥落寸前だった。
「!バトル7が!」
爆炎に飲み込まれていく戦艦に、リュシアは思わず声を荒げた。
だがバトル7から脱出した車両が地表を走っていく姿を捉えて、ひとまず安堵の息をついた。
だがこれで完全に指揮系統が崩れた事になる。
船団長であるマックスがバルキリーで飛び込んでいく姿が見えたが、明確な策があるようではなかった。
そしてデフォールドさせられて来た船団の他の追従艦に、
植物の根のような触手がゲペルニッチから無数に伸びて絡みつく。
生体エネルギーを――スピリチアを吸い取られていた。
「あのツルみたいなのを狙え!近づきすぎないように!」
ミレーヌの歌のバリアで何とかシティ7は守れているが、他の艦はどんどん黄色い光に覆われて沈んでいく。
ガンポッドで一本ずつ切り離しても新たな触手が素早くまとわりつく。
伸びてくる触手はリュシア達にも襲ってくる、それを避けながらの作業はかなり困難だった。
あれに捕らわれれば、おそらく自分のスピリチアを奪われてしまう。
「リュシア大尉……!自分も援護します!」
「ガムリン、貴方はサウンドフォースの護衛でしょう!貴方が彼女を守らなくてどうするの!?」
「りょ、了解……っ!」
ガムリンがミレーヌ達を守ってくれると信じているからリュシアは戦いに専念できる。
荒げた声で叫ぶとガムリンはシティ7の近くまで後退した。
(でも……これじゃキリがない!)
焦りがリュシアを侵蝕していく、このまま全てのスピリチアを吸われたらどうなるのだろうと。
確実に迫ってくる死の恐怖、それは誰もが感じているものだった。
「くそ……大物を仕留めなきゃ何も変わらねぇぜ!」
「っ!待ちなさいドッカー!」
「もらったぜ!」
八方塞がりな状況に耐えきれなくなったドッカーは再び単機でプロトデビルンに飛んでいく。
敵から奪取したスピリチア吸収ビームを照射しても怯まない敵は、怒りをはらんだ目で突進しバルキリーを両断させた。
「ドッカー!!!」
爆発する機体、破片ばかりが力なく地表に落ちて。
手のひらから砂のように零れていく。
「また……仲間が……っ!」
どうしても守れない。非力な自分では何もできなくて。
プロトデビルンの攻撃でミレーヌの歌すら止み、彼女の機体はもうボロボロだった。
レイとビヒーダが代わりに歌エネルギーのバリアを放出しているが、いつまで保つかはわからない。
「もう、これ以上……私の大切な人を奪うな!!」
込み上がる憎しみの感情のままリュシアは、
シティ7の周囲で飛び回る2体のプロトデビルンに照準を定めた。
(刺し違えてでもあいつらを倒す!)
たとえ機体が砕けようと、身が滅びようと、反応弾を何発も当てれば消滅させられるはずだ。
もう駄目なんだ、殺さなければ気がすまなくなっていた。
(ごめんアッシュ、ヤクモ……!)
――「リュシア、お前のハートはそんなもんじゃねぇだろ?」――
「っ……!!」
隊から離れようと操縦桿に力を込めようとした時、頭に声が響いた。
少し掠れた男の、諭すような静かな音。
(バサラ……!)
いつだって変わらない、どんな時も信念を貫き通す人。
広大な海のように、他人が揺るがそうとしても決して揺るがず、その身を波立たせられるのは自身の心だけ。
リュシア本人よりもリュシアの事をわかっていた、だけど決して踏み込もうとはしなかった。
いて欲しい時に、場所を与えてくれた人。
リュシアの絡み合った心の雑音を、無自覚に調律してしまった人。
(ごめん、バサラ……おかげで自分を取り戻す事ができた)
いつだってバサラの歌が心の支えだった。
「――お前が、道に迷ったら……微笑みで、闇を照らそう……」
「た、隊長…!?」
突然歌い出した事で小隊員達が驚きの声を上げた。
だけどリュシアは口ずさみながら、構えたガンポッドを触手に向けた。
「――お前の悲しみが 癒されるなら」
バサラの歌が私を守る、それだけで何でもできるのだと思えるくらい。
歌は自身を奮い立たせるものだ、たとえ今此処に貴方がいなくても貴方のハートが感じられるから。
「――声が嗄れるまで 歌い続けよう」
この絶望も悲しみも痛みも、歌が全て溶かして自らの力になるのなら。
貴方がそうであったように、歌っている限り私達は希望を忘れない。
「諦めないよ私は……最後まで、絶対に!」
「……不思議ですね、歌は。さっきまでかなり絶望してたんですけどね……っ!」
「ああ……気分が、楽になります」
アッシュとヤクモの幾分か落ち着いた声が聞こえてリュシアは微笑んだ。
そして3人は歌い出す。
自分達の為に、そしてバサラの為の歌を。
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タイトル配布元――ジャベリン
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