―――例えば私が戦闘の中で命を落としたとしても、
最期に聞こえる音がバサラの声であるなら幸せなのだろう。

例えば私が想いを告げ、届かなかったとしても、
何処かでバサラの歌を聞き続けていられるのなら、悲しくても心の支えにして生きていられるのだろう。

たとえどんな道を歩んだとしても、私の世界にバサラの歌が存在していればそれでいい。

そう……軍人として、女として、けじめを付け始めていたのに。


「バサラ!!!」


彼が、世界からいなくなるかもしれないとは思いもしなかったのだ。






20・愚かしいほど純粋に泣いた






―――「ミレーヌの様子を見てきてほしい」

きっかけはマックス艦長の言葉だった。

艦長の娘さんは最近ベースギターを始めたらしく、バンド活動も視野にいれているらしい。
お嬢様学校に通わせているのにそのような不良染みた事をしているのが、
父親として気になって仕方がないそうだ。

元教官として尊敬し、船団長としても信頼している彼の頼みならば断る理由などない。
この頃息苦しさを感じていたリュシアは少しでも軍から離れられるのならと、二つ返事で了承した。

「……ここ、かな?」

シティには艦長と知り合いの元軍人がいるという事だった。
その人物は内密な軍の計画にも協力していて、さらにバンド活動もしているらしい。
バンドの事を調べるなら彼とコンタクトを取っておくといいという事で、
リュシアはレイ・ラブロックなる人が住んでいるというアパートに辿り着いたのだが。

明らかにシティ7に登録されていなさそうな居住区で、さらにどう見ても半壊しているアパート。
リュシアはいきなり不安に駆られた。

「と、とりあえず中に入ってみよう……」

アパートといっても表札などある訳がない、彼が住んでいそうな部屋をしらみつぶしに調べるしかない。
途方もない労力だったがリュシアは1階ずつ見て回った。


そんな時、聞こえてきたのは歌だった。


思わず気を惹かれて、歌っている人がいるらしい部屋の前に立った。
世に出回っているような歌でもない、誰が歌っているのかもわからない、
だけど何故かこの声を少しでも聞き逃したくないと思った。

優しいのに、力強い声。

(何て……染みる歌……)

暗示にかかったように歌だけがリュシアの周りを包む。
力なく隣の壁に寄りかかり、そのままズルズルとしゃがみ込んだ。
無意識に右手を持ち上げてみると、それは微かに震えていた。

(いつの間に、限界になってたんだろう……)

過酷な訓練で体は軋みを訴えて、荒ぶる男達を統率する為に気を張り続ける自分の精神は休む事を知らない。
女だから侮られたくないと、若いからって見くびられたくないからと、部下達にも自分にも厳しくあたって。

さらに私生活だって思うようにいかなくて、レナードと続かなかった罪悪感ばかりが自分を責めていた。
頼れる者もいない、それは自分勝手な思いで手放してしまった。

(私……疲れてたんだ……)

緩やかな音が海のようにリュシアを浮遊させて、時に激しい叫びが太陽のように体を温める。
フワフワとした思考の中で、気付いた。
肉体的にも精神的にも少しの油断も許さない世界で、私は悲鳴を上げていたのかもしれないと。

(気持ちいい……溶けてしまいそう……)

内から沸き上がるような熱を与えてくれる歌は、自然と瞼を押し下げて。
緊張ばかりしていた意識は、ついに音色の世界に落ちていった。

「おい誰だよ、こんな所で寝てんのは」

リュシアの意識を引き上げたのは、さっきまで聞こえていた声そのものだった。
未だ波に揺られるような心地でその男を見上げて笑った。

「ねえ、貴方が歌ってたの?」
「あ?そうだけど」
「……良い歌……あったかくて、凄く泣きそう……」

どうして私は初対面の人にこんなにも馴れ馴れしく喋っているんだろう。
私は、艦長のご息女の様子を調べる為に、レイという人に会いに来たんじゃなかったのだろうか。
ほら、この人だって吃驚したような、怪しんでるような顔してる。

でも、ああ何でだろ……全てが、どうでもいいと思ってしまうなんて。

「ありがとう……こんなにも嬉しいの初めて……歌聴いただけなのにね」

自然と涙が溢れた、堰が切れたかのようにハラハラと止めどなく。
歌だけでリュシアを癒してくれた、ただ目の前の男に感謝した。

一時の間だけでも、私は私を忘れて音色に甘えられた。

「あんた……名前は?」

ひどく、眠い。
現実から逃げるように意識は混濁していく。
低く、少し掠れた声が心地良かった。

「ん……リュシア……貴方、は?」


熱気バサラ、それが彼の名前だった。


次に感じたのは幾分か硬いベッドと柔らかいシーツの感触。
そして相変わらず耳をくすぐるバサラの声。
モゾモゾと起き上がっても気付かない様子で彼はギターを爪弾いては旋律を奏でる。

歌だけで構成された、完全な世界が広がっていた。
邪魔をしてはいけない、それを察知してただ背中を見つめていると、やがて歌い終えた彼はこちらを振り向いた。

「ごめんね……もしかしなくても、ベッド借りちゃったんだよね?」

ここは明らかに自室ではない。
簡素な部屋に何故か大きな穴が空いていて下の部屋と繋がっている。
そして何故か窓の外には自分と縁が深い機械の塊が。

(何でバルキリーがあるの……?しかも最新型……)

「別に気にしなくて良い」
「……ありがとう、バサラ」

彼は何も聞かない、それどころか興味すらないようでまた新しい曲を弾き出した。

(本当に歌しか興味がないんだ……)

流れてくる歌に身を傾けて、リュシアは再びシーツの海へと横たわった。

(何しに来たんだっけ……そうだ、レイさんに報告に来て、お嬢さんを探さなきゃいけないんだった……)

だけど体は一向に動こうとしない、そればかりか頭すら考える事すらも億劫なように。


「それにしてもよく寝るなぁお前」
「え……?」

バサラに覗き込まれて、思わず周りを見渡せば空は既に赤らんでいた。

(うそ…!?)

「ご、ごめん……!」
「俺は構わねぇけど」

非番はもう終わりに近づいていた。
まさか何もしないまま帰らなければいけないなんて、リュシアは愕然とした。

「…………」

ああ、またあの生活に戻らなければいけないのだ。
そう思ったら、この空間が素晴らしいものに見えて。

もう一度、彼の声が聴きたい。
また、バサラに会いたい。

「また……来てもいい?」
「好きにしな」


それが彼との出会いだった―――











「ねえバサラ!馬鹿だよ、バサラは……っ、死んだら何の意味もないのに!」

彼の声が聞こえない、彼の歌が聞こえない、彼の自信に満ちた顔が見られない。
そんな世界は耐えられないというのに。

「ねえ……お願いだから、私より先に死なないでよ……っ!!」

様々なチューブを取り付けられ横たわる彼を覆うカプセルを、リュシアは何度も叩き付けた。
息は微弱ながらある、だけど彼は生体エネルギーを吸われすぎて生死の境を彷徨っていた。

「……リュシアさん……」
リュシア、大尉……」
「……っ」

堪えきれずに一滴の涙を零したリュシアの震える肩を支えながらガムリンは息を呑んだ。
自分の上官がこんなにも取り乱す姿など見た事がなかったのだ。

バサラに歌エネルギーを分け与えようとミレーヌが祈るように歌い出す。

もしかしたら反応して目を覚ましてくれるのかもしれない、僅かな希望だった。
ミレーヌが我慢しているのに自分ばかり子供のように泣いていては駄目だと、
リュシアは拳で荒々しく拭ってカプセルを見下ろした。


戦闘中、バサラを助けたのはシビルだった。
彼女は身を挺して彼を守り、またしてもプロトデビルンを退却させてくれた。

だが今度ばかりは限界が訪れてしまったようで、シビルは崩れ落ちた後全く動かなくなった。
力を使い果たしたシビルの為にと、エネルギーを与えるようにバサラは歌った。

歌いながらエネルギーを吸われ、それでも歌い続けながら意識を飛ばしたのだという。
レイ達の話によればシビルはバサラのスピリチアを吸う事を拒絶していたらしいのだが、
意思とは関係なしにプロトデビルンとしての機能が勝手に彼を欲してしまった。

シビルに歌を届かせる、その為にバサラは自身の命を顧みなかった。
そういう所も彼が皆に好かれる要因だろうけど、
それで他の人間が悲しむと何故わからないのかと、リュシアは怒りすらも感じていた。

「バサラ起きて!歌ってよバサラ!」

ミレーヌが悲痛に叫ぶ一方で、彼女の想いが歌に乗ってリュシアの胸を痛ませた。
それは、彼女のバサラに対する確かな気持ちだった。
バサラを迫り来る死から連れ戻す事ができるのは、恐らく心を共有したミレーヌにしかできない。

(彼女に勝てる訳がない……嫉妬すら、おこがましい)

眠っている今を狙うように、敵襲を知らせる非常警報がけたたましく鳴り響く。
リュシアは何となく察知していた、これが最後の戦いになるかもしれないと。

「敵が来た!?」
「……ミレーヌちゃん、バサラが目を覚ますまで歌っててね」
「っ、リュシアさん……?」
「歌しか、バサラを救う方法はない……ミレーヌちゃんしか、バサラに届かない」

弱々しく笑うとリュシアはカプセルをゆっくりと撫でて、部屋を飛び出した。


――貴方の歌で私は救われた。
貴方の声で私は変わる事ができた。

私の壁を取り払い、子供のようにしてしまった貴方の歌。
例え歌っていなくても、貴方が貴方であるだけで心はほだされて、愛しさを覚えた。

出会ったあの時からずっと、私の世界には貴方がいた。


(だから……バサラ、生きてよ?)


私は私のやり方で貴方を守るから、生きて……そして、歌って。











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タイトル配布元――ジャベリン


「バサラ死す」という凄いサブタイのついた回の話。
そんなこんなで最終局面。