「やっぱいいなぁ!青い海に澄み渡る空!」

目の前に広がる波、白い砂、そして眩しい青空。
陽気なアッシュが両手を広げてその空気を吸い込む。

「全部人工物だがな」
「身も蓋もない事言うなよぉ」
「いや、褒めてるんだ」

ヤクモの突っ込みから言い合いのようなじゃれ合いをしている部下2人。
平和だなと思ったリュシアもまた、いつもよりリラックスしていた。

海洋・リゾート艦リビエラ。
海洋生物を研究する為の施設である此処は広大な人工海を有しており、
一部がマリンリゾートとして観光用に開放されている。
プロトデビルンとの戦争で破壊されてしまったが、少しずつ必要施設から再建造が行われ、
ようやくこの艦も復活を遂げる事ができた。

その復活記念という事で、バトル7所属の統合軍がリゾート地に招待された。
つまりは軍をあげての休暇を与えられ、リュシア達はこのリビエラにバカンスとしてやって来ていた。

流石に軍部全員で休暇にはできないので、部隊ごとに期間をずらしてあるが。
今回はリュシア達ルビーフォースの他、ダイアモンドフォースとあといくつかの部隊が訪れている。

「隊長は泳がないんですか?」
「私はいいよ。ランニングでもしてくる」
「真面目ですねぇ」

砂浜では既に屈強な男達が鍛え上げられた肉体を晒しながら、思い思いに楽しんでいる。
海で競泳の真似をしている者、ビーチバレーで汗を流している者、寝そべって肌を焼いている者など。

リュシアとしては休暇は有り難いが、だからといって全力で遊ぼうという気力もあまりなかった。
どちらかというとワーカーホリックなのだと自身では思っている。
それに、少ない休みはいつだって。

(休みなら、バサラに会いたかったな……)

結局はそれが素直な気持ちだった。
だがそうも言っていられないので、リュシアはトレーニングでもしようかと砂浜から歩道へ向かう。

「夕食までには戻って来てくださいねー」
「わかった」

アッシュに手を振られ、踵を返した時。
観光客であろう若い女性達が興奮しながらリュシアの前を横切っていく。

「あっちの海岸でFIRE BOMBERがプロモーション撮影してるんだって!」
「えーうそ!見に行こう!」

ついさっきも考えていた人の名前が耳に入り、リュシアは思わず立ち止まる。

(え、バサラ、来てるの?)

具体的なスケジュールを知らないので、まさかそんな偶然があるなんて。
惹かれるように女性達が駆けて行った方角を見つめていると、それを部下達に見られている事に気付いた。

「隊長もバカンス楽しめそうですね」
「…………」

ハッと我に返ると、アッシュの満面の笑み。
色々と知られているせいで上官としての顔を取り繕う事もできず、
リュシアは誤魔化すように笑ってそそくさとその場から去った。






夏に溺れる 1






女性達を追っていくと、同じような集団が増えていくので目的地は何となくわかった。
そして皆は一様に、時折声を上げながらも静かに一点を見つめている。
先程いた場所から少し離れた砂浜で、特設されたバンド機材の中央にFIRE BOMBERはいた。

「バサラだ!格好いいなぁ~」
「ミレーヌちゃんも可愛い~!」

きゃあきゃあと控えめな黄色い声援が上がる先で、メンバーが準備をしている。
プロデューサーのアキコが何かを指示し、レイやミレーヌが頷き、
それが伝達されたバサラも、積極的とまではいかないが素直に返事をしているようだった。

(バサラだ……)

リュシアの心を締め付ける唯一の人がいる。
こんな所で彼を見る事ができると思っていなかったので、喜びもひとしおだ。
ファンが沢山いるので声をかける訳にはいかないが姿を見られるだけでも嬉しい。

「あ、リュシア少佐……」
「……ガムリン」

急に階級を呼ばれ、誰かと振り返ればガムリンがいる。
何故此処に、なんて事は聞くだけ無駄だ。
確実にミレーヌ目当てで来ていたのだろう。

「ビーチにいないと思ったら、一足先に来ていたのね」
「はは……偶然、同じ日に撮影があるとミレーヌさんから連絡を頂いたので」
「…………」

何だか面白くないと思ったのは何故だろうか。
ガムリンはミレーヌから知らされているのに、自分にはなかった事が不満なのだろうか。
だけど、そもそもバサラとは連絡のやり取りはしていないし、
彼もまた撮影ぐらいでいちいちリュシアに知らせたりしないだろう。

わかっている。だけど、そう、ただほんの少し羨ましかっただけだ。

「少佐?」
「何でもない。ミレーヌちゃんによろしく言っておいてね」
「……少佐は何処に行かれるんですか?」
「少し、ね。ゆっくりしたいから」

首を傾げるガムリンを余所に、リュシアはファンの一団から距離をとる。
FIRE BOMBERが見られるギリギリの位置ではあるが少し遠い場所、
そしてファンがあまりいなさそうな石段を見つけてリュシアは腰を降ろした。
モヤモヤした感情が湧き上がっている自分にため息が出る。

(どんどん欲張りになってる……)

バサラが歌ってくれればそれでいいと思っていた。
今はさらに、好きという気持ちをバサラに返してもらっている。
それだけで奇跡なのに、自分の欲というものは際限を知らない。

ファンから離れたのも、きっとただのファンの一人になりたくなかったのだと思う。
ファンである事は確かなのに、それだけでは嫌だと思っているという事だ。
特別でいたい、だけど特別であるという自信もない。
バサラの声を聞きたいのに、あの場で聞いたら恐らく寂しさも感じてしまう、だから逃げてきてしまったのだ。

(こんな欲、バサラには知られたくない)

自分だけを見て欲しいなんて言わない。
だけど本当は自分だけを愛して欲しいと思っている。
そんな束縛、彼は好きではないだろう。

「……あ」

悶々としているうちに曲が流れてきた。
顔を上げれば、遠くの方にいるバサラが音楽に合わせて歌い出す。

その声が耳に届いた瞬間、リュシアの中にあった闇が散っていくようだった。

(本当に……何を落ち込んでたんだろう)

まだ世には出ていない曲だったが、リュシアは知っていた。
バサラが一心不乱に楽譜に書き起こし、ギターを奏でて歌っていた曲。
曲が作られていく瞬間を、リュシアはベッドに包まりながら眺めていた。

(充分、特別扱いされているじゃない……)

バサラが音を作る世界にいさせてもらえるなんて、それだけで最高の特等席だ。
思い浮かんだ旋律を口ずさみ、時には修正してはまた歌い、弾き終わった後にバサラは自然と背後を振り返る。

リュシアの反応を見て、バサラはいつも小さく笑っていた。

(不安になる事なんてなかった)

彼は彼なりに、自分を大切にしてくれているではないか。
何気ない言葉や、彼の真っ直ぐな目から、いつだって彼の優しさを感じていた。

ひたすらに好きだから不安になる。
だけど、彼はそれを上回るような幸せをリュシアに与えてくれる。
バサラの歌が、それを思い出させてくれた。

(気持ち良い……)

中低音の甘いような柔らかい声が心を溶かし、
高音の少しハスキーでパワフルな叫びがリュシアを奮い立たせる。

そうして、音の波に引き込まれて意識が飛びそうになる。
温かい海に包まれて、何も考えられない世界に流されていく。

リュシアを縛り付けていたヘアゴムを外すと、解放された長い髪がふわりと揺れる。
髪を縛る、リュシアにとっては軍人である為の仮面の一部のようなもので、バサラの歌の前ではそんなもの必要ない。

自分が、解き放たれていく。
頬をくすぐる風の気持ち良さも相まって、自然と笑みが零れる。
不思議と眠くなるバサラの歌を聞きながら、リュシアは座り込んだその場で体を丸めた。

「こんにちは」
「……っ」

だから目の前に女性が来ている事に気付かなかった。
軍人の顔をしている時なら気配に敏感なはずだが、今は無防備な状態だった。
ハッとして顔を上げると、お互いに見知った顔だった。

「あら……リュシアさんだったの」
「……アキコさん。お久しぶりです」
「髪を下ろしているから一瞬わからなかったわ」

やって来たのはFIRE BOMBERのプロデューサーであるアキコだった。
以前、軍内での特別ライブの時に企画側として彼女に協力した事がある。
リュシアとしてはFIRE BOMBERを深く知ればアキコの事は自然と認識できるが、
軍人としてでなくプライベートの姿ではっきりと対面した事はなかったかもしれない。
だけど、特別ライブの時もバサラとの繋がりなどを言っていないのだが、何となく察されているような気はしている。

「今日はどうしたの?休暇か何か?」
「え、ええ……」
「それならちょうどいいわ。たまたま貴女を見つけてね、凄く良い顔をする女性がいるなと思って来てみたの」
「……良い顔、ですか……」

自分としてはそんなつもりはないので、それがどういう意味なのかわからず困惑する。
だけどアキコは「良い事を思い付いてしまったの」と生き生きとした表情でリュシアに迫る。

「ねぇ、よければこのプロモーションムービーに出てくれない?」
「え!?」

驚愕するリュシアを余所に、アキコはどんどん話を膨らませていく。

「座って曲を聞いていてくれるだけでいいの。女性が一人で佇んで、曲を夢中で聞いてそして美しく微笑む……
映像のイメージにも合っていて、とても良い絵になると思ったのよ」
「や、あの……」

もちろんお礼はするわ、とアキコは言うがリュシアとしてはそういう問題ではない。

「でも、あの、私軍人なので流石に……」
「都合が悪いならアップは映さずに、誰か判別できない程度のアングルで撮るわ」
「…………」

突然の提案に、開いた口が塞がらない。
ファンの一団から離れた所でFIRE BOMBERの撮影を眺めていただけなのに、どうして出演する話に発展しているのだろう。
そもそもリュシアは全くの素人だというのに。

とりあえず此方に来てくれる?とアキコに手を引かれ、撮影スタッフの元に引っ張られる。
機材や即席のテントでファンから見えない位置に連れて行かれると、演奏が終わったメンバーが何だ何だとやってくる。

リュシアじゃねぇか」
「バサラ……」

バサラも意外だったのだろう、突然のリュシアの登場にきょとんとしている。

「彼女にエキストラとして参加してもらいたいのだけどどうかしら?」
「え、リュシアさんが!?」

先程の撮影中に良い人を見つけたのだとアキコは興奮気味だった。
急に思い浮かんだというイメージを説明すると、最初に反応したのはミレーヌだ。

「それいいかも!リュシアさんが出てくれるなんて面白そう!」
リュシアが良ければいいんじゃないか」

レイも了承し、ビヒーダも賛成なのか頷いている。
どんどん本決まりしていく事態にリュシアは困り果てる。

「バサラ……どうしよう……」
「…………」

チラリとバサラを見上げると、彼だけは少し渋い顔をしていた。

(あれ、バサラは嫌そう……?)

音楽に人一倍のこだわりを持つバサラとしては思う所があるのだろうか。
彼が望まないならやめた方がいいだろうとリュシアは思っているが。
バサラは頭を掻きながら溜息を付いた。

「お前はどうしたいんだよ」
「え……っ」
「お前がやりたいんなら好きにしろ」
「…………」

口では普通そうにしているが、あまり納得しているように見えないのは気のせいじゃない。

「バサラは、いいの?」
「……俺が決める事じゃねぇだろ。お前が、やりたいかやりたくないかだろ」
「…………」

バサラの言いたい事はわかる。
人に言われて自分の行動を決めるのはおかしいと、そう言っているのだ。

リュシアとしては、参加といっても少ししか出ないらしいし、顔もわからないならやってみてもいいかと思っている。
ただ座って曲を聞いているシーンだけだと言われれば、特に演技も必要なさそうなので、ぎりぎり自分でもできるかもしれない。

何より、彼らの音楽に自分が少しだけでも参加できる事が嬉しいと思ったのだ。
そう、時々、彼らの輪に入れない事を寂しく思う時もあったから。

彼の反応は気になるが、自分で決めろと言うのなら。

「……できるかわからないけど、やってみたい」
「ありがとうリュシアさん!」

喜んだのはやり取りを聞いていたアキコだった。
ならすぐに準備するわ、とスタッフを集めてバタバタし始めた現場で、リュシアはバサラの顔色を窺う。

「私、本当に参加してよかった?」
「別にいいんじゃね?」
「……でも、バサラは気に入らないんでしょ?」
「…………」

確かめるように口にすれば、バサラは黙り込む。
じっとリュシアを見下ろす目は何かを訴えていた。

「……お前の……」
「……?」
「……いや、いい」

言いかけてやめてしまったバサラはそのままギターを持って撮影に戻って行ってしまう。

(バサラ……?)

結局彼の不満はわからない。
だけどやると言ってしまった手前もう辞退する事もできず、あっという間に決められた撮影場所に座らされてしまった。
メンバーが演奏し、少し離れた石段でリュシアが聞いている所を遠くから撮影する、という手順だそうだ。
衣装は私服のままでいいと言われ、そこに顔を隠す為の鍔の広い帽子を付け足された。
具体的には口元から下を映す予定なのだそうだが。

(よかったのかな……)

バサラが嫌ならやりたくはないのだけど、あれからバサラはいつも通りに戻ってしまい、歌う準備に入っている。
他のメンバーも、彼が撮影に消極的なのはいつもの事だからか特に気にしてはいないようだった。

「では音楽流れます!」
「さっきみたいに自然にしていてくれればいいから」
「は、はい……」

そうは言うが、急にレンズを向けられると緊張するというもので。
しかも軍人ではない素の自分だ、どういう顔をすればいいかわからなくて顔が引きつってしまいそうになる。

だけど再び音楽が流れ、バサラが歌い出すと心はすぐに静かになる。

(やっぱり良い声だな、バサラ……)

波立つ心が嘘のように凪いでいくのだ。
遠くにいてもリュシアの胸を締めつける唯一の人が、眩しい日差しの下で全力で熱唱する。
人工太陽に反射する汗すらも愛おしく感じた。

気付けばリュシアはカメラの存在を忘れ、バサラだけを見つめていた。
その間どんな表情をしていたかは覚えていない。

「カット!」
「よかったわよ、リュシアさん!本当に良い表情だったわ!顔が映せないのがもったいないくらい!」
「……あ、ありがとうございます」

あっという間に撮影が終わり、あまり記憶がないリュシアは呆気にとられた。
自分ではどんな顔をしていたのかわからなくて、
いまいち不安な気持ちでバサラを見遣れば、彼はやはりふいっと顔を逸らした。

結局バサラの真意はわからないまま、残りの撮影をぼんやり見続けているうちに終わってしまった。











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