夏に溺れる 2






「え?出演する事になったんですか?凄いじゃないですか、それ」
「出演ってほどでもないけど……」

用意されていたレストランは、南国リゾート風の人工樹木に囲まれたオープンスタイルで、
夜という時間や、テーブルごとに設置された灯りが何とも良い雰囲気を醸し出している。

夕食に間に合うように合流すれば、早々に集まっていたのか男達は既にアルコールを片手に盛り上がっている。
リュシアは指揮官として前後不覚になるまで飲む気はなく、
万が一のスクランブルに備えてノンアルコールのカクテルを選択した。

慰労も兼ねているこの休暇は、ストレスを発散させるにはちょうどいいらしい。
部隊を超えて様々なテーブルを行き交い、無礼講ではしゃいでいる男達を見ると、まぁ来てよかったかなと思う。

リュシアのテーブルは、そんな喧騒とは無縁の和やかな部下ばかり。
我関せずのヤクモは静かに酒を堪能しているし、
お祭り騒ぎが好きそうなアッシュも「最初は食べたい派なんすよね」と南国テイストな食事を平らげている。

昼間の事を話せば、2人は興味津々に頷いた。

「映像が公開されたら真っ先に見ます」
「でも顔も隠してもらったから、誰だかわからないくらいにしか映ってないはずよ」
「いや、いくら顔隠しても流石に俺達は隊長だってわかりますよ。なぁヤクモ」
「ええ、顔がわからなくても見間違えるはずがないです」
「そ、そう……」

自信たっぷりに言われ、リュシアは少し不安になる。

「あ、でも他の奴等は気付かないと思いますよ」
「俺達はレッドダイアモンドの頃から隊長の背中を見ていますから、年季が違います」
「なら、いいけど……」

チラリと騒がしい集団を見遣る。
無礼講とはいえ、やはり指揮官がいるルビーフォースの席に無闇に近寄ろうとする者は少ない。
来たとしても律儀に挨拶に来る者ぐらいで、絡んでくるような輩はいない。

そんな連中なら確かに、髪を下ろした普段着のリュシアの事などわかりようもないだろうなと思った。
再び髪を縛りいつものアップスタイルである、この軍人の姿とは雰囲気からして違いすぎる。
付き合いの長い部下2人が異例なだけだろう。
あとは、バサラ達との繋がりを知ってるガムリンあたりは流石にわかるだろうとは思うが。

そんな事を考えながら食事を口に運んでいると、男達は一際に歓声を上げた。

「FIRE BOMBERだ!」
「おお、マジか!」
「ミレーヌちゃん可愛い!」

その名前に顔を上げると、4人とプロデューサーがレストランにやって来た所だった。
どうやら夕食の場所も偶然にも同じだったらしい。

(バサラ……)

リュシアの視線の先で、周囲に返事をしながらやってくるバサラが見えた。

「おや、また偶然ですね」
「そうみたいね……」

男達にどうぞどうぞと中央のテーブルに案内され、着席するメンバー達。
真っ先にガムリンが駆け付けてミレーヌと何かを話して笑っている。

「隊長、行かないんですか?」
「……うーん」

行ってもいいのだが、むしろ本音としては駆け寄りたいのだが、
これだけの部下達がいる前で女の顔をするのは憚られる。
軍人の顔を装って接したとしても、きっと緩んでしまうだろうから。
それに、軍内では何となく噂になっているのでこれ以上決定的な場面は避けたい。

ガムリンに話しかけられたバサラが、少し離れた位置にある此方を見た。
恐らくリュシアがいる事を教えたのだろう。

(バサラ)

目が合って、リュシアに気付いてくれた。
手を振る、のは何だか気恥ずかしくてできなかったので、肩を竦めて苦笑してみせる。

目を瞬かせたバサラが口を開く。
だけど言葉が発せられる前に、違う誰かに話しかけられて音にならなかった。
何か言いたい事があったんだろうなとは思うが、囲まれたバサラ達のテーブルはもうそんな雰囲気ではない。

(仕方ないね)

この場では親しく話せないから、目が合っただけでもよかったとリュシアは思う。

自身の席から、盛り上がる部下達や騒がしくも楽しそうに混じっているメンバー達を眺める。
バサラはノリの良い方じゃないから少しうるさいなとは思っていそうだが、でも心底嫌がっているという空気ではない。
男達の声かけに、時折笑いながら相槌をうっているので気分は悪くないのだろう。

「戦時中は俺も何度か死にそうになったんだがな、FIRE BOMBERのおかげで生き残れたんだ!」
「これは俺達の奢りだ!飲んでくれ!」
「ああ、悪ぃな」

ジョッキ片手にドッカーが意気揚々と武勇伝を語っている。
あの戦争を生き抜いた軍人達にとってFIRE BOMBERは希望であり救世主であり英雄なのだから、歓迎ムードになるのは当然だった。

リュシアは小さく笑うと、席を立つ。

「隊長?もう帰るんですか?」

バサラ達がいるテーブルではない、レストランの出口へ向かおうとしているリュシアにアッシュが首を傾げる。

「上官が長居していたら羽目を外せないでしょう?」

バサラ達が楽しそうにしている所も見られたし、堅物の上官はさっさと引き上げるのがいい。
あとは若い者で、という意味で手を上げてリュシアはレストランを後にした。











宿泊地までの帰り道、海から流れてくる気持ちの良い風に吹かれて、
少し寄り道をしていこうと思ったリュシアは浜辺に降りた。

昼間のような喧騒もなく、辺りは静かで周期的な波の音だけが耳に響く。
バカンス仕様のサンダルを脱いで裸足で白い砂を踏めば、細かい粒子が気持ちいい。
波が寄せて、足をくすぐる海水の冷たさが何とも言えない。

(穏やかだな)

少し前まで死と隣り合わせの戦争の真っ只中にいたなんて嘘のようだった。
死んでいった人達を忘れてはいない、このリビエラだって一度は沈んだのだ。
だけど人間は生きている限り何度もやり直せる、という事なのだろう。
命を背負いながら、それでも束の間の休息には仲間達は苦悩を覆い隠して笑っている。

一度しかない人生だ。
楽しみながら、また明日からの毎日を生きていけばいいのだと思った。

ぼんやりと暗い海を見つめていると、ふとリュシアではない砂を踏む音が背後から聞こえた。

「っ、バサラ?」
「そんな所にいたのか」

つい先ほどまでレストランの中央で囲まれていた主役の彼がこんな所にいるなんて。

「どうしたの?もう帰って来たの?」
「あー?ああ、あのくらいでもういいだろ」

驚いて歩み寄るが、バサラは少しだけ疲れたように息を吐いた。
一応、彼にしてはファンとも呼べる軍人達に気を遣ったらしい。

「……ごめんね。みんな肉体派だから、ぐいぐいきたよね」
「別にそれはいいけど……お前いなくなるし」
「…………」

バサラの真っ直ぐな目がリュシアを見据えた。
つまりは、追いかけてきてくれたという事なんだろうか。
あれだけのファンとも呼べる者達がいた中で、彼はリュシアを選んで来てくれた。

言い様のない嬉しさが込み上がって、笑みが零れる。

「せっかくだから、散歩しない?」
「ああ」

きっとこれは、優越感なのだろう。
それを隠して提案すれば、いつもと変わらない顔でバサラは返事をした。

誰もいない海辺、そして今は夜。
点在する街灯に灯されただけの周囲ならば、もし誰かに目撃されたとしても、
彼が有名な熱気バサラだとは気付かれないだろう。

余計な心配もする必要ないと安心して彼の隣を歩けば、思い出されるのは昼間の出来事。

「ねぇ……昼間の撮影、本当に私参加してよかった?」
「あぁん?またその話かよ」

蒸し返すようで悪いが、リュシアはどうしても気になってしまうのだ。
バサラが嫌な思いをしているのなら参加するのはどうかとずっと思っている。

「ごめん……でもバサラ、気乗りしてないでしょ?」
「…………」

バサラは少し眉間に皺を寄せ、言うか言わないか悩んでいる。
昼間に一度言いかけていたから根気よく待ち続けていると、溜息が聞こえる。

「……見せたくねぇだけだよ」
「……何を?」
「お前を」
「…………」

それは、どういう事か。
リュシアを見せたくない。

「……誰に?」
「あれを見る奴」

それはつまり、嫉妬というやつではないだろうか。

(どうしよう、嬉しい)

そんな言葉が出てくるとは思わなかった。
せいぜい、急に演出が変更されたのが不満だとか、そういう事だと思っていたのに。
彼は、顔を隠しているとはいえリュシアが世に出る事が嫌だと思っているという事らしい。

(私はきっと、大切にされている)

自分ではわからないが、バサラがリュシアを他の人間に見せたくないと思っているなんて。

「……でも、この前も私テレビに出たよ?」
「あれはいいんだよ」
「…………」

つまり軍人としてはよくて、プライベートだと駄目だという事だろうか。
バサラが嫌がるなら今からでも出演を辞退してもいいぐらいだけど、彼はそこまで求めていないのだろう。

「……ごめんね。こんな事滅多にないし、もうこれっきりにするから」
「別にお前がやりたければやればいいんだよ」
「うん、わかってる……」

自分の気持ちとは別にリュシアの気持ちを尊重してくれるバサラが愛おしい。
だけどリュシアとしてはどうしても出たい訳ではない。
彼は本意ではないだろうが、リュシアにとっては自分よりバサラの方が大事だ。

今だって、どうしたら彼が安心してくれるのか、そればかり考えている。
いや、そもそも彼が心配するような事はなにもない。

「……大丈夫だよ。私はバサラの前でしか、素になれないよ?」

見上げてそう言えば、やっぱり不満そうな顔が見える。

「当たり前だろ」

その確かな返事が嬉しかった。

嘘のないリュシアをじっと見つめて少しは納得できたのか、この話は終わりだとばかりにバサラは先を歩いていく。
背中を追いかけて砂をさくさくと踏みながら隣に並ぶ。

会話は少ない、普段からそうだけどそれを気まずく思った事はない。
リュシアに歩調を合わせてくれる事を感じながら、2人で静かに時を過ごす。

(デートみたいだな)

2人で並んで砂浜を歩いているだけだが、今までもあまりデートと呼べるような事はした事がない。
有名人なだけあって昼間に堂々と観光スポットを出歩く事は流石になく、
バサラの家からほど近い場所に買い物に行く程度がほとんどだ。
ファンやマスコミに見つかれば、バサラの相手は誰だと連日面白おかしく騒がれるだろう。
自分はいいが、バサラに傷が付くのは困る。
女がいるならファンを辞めようと思う人だって、きっとゼロではないだろうから。

(手、繋いでもいいかな……?)

今ならきっと、外で恋人と手を繋いで歩くという事ができる気がする。
いや、普段だってリュシアが要求すればきっとバサラはしてくれる。
躊躇っているのはリュシアの方で、彼は気にしないだろう、そういう人だ。

だけど手を繋ぎたいと言うのも何だか今更すぎて口に出せず、
とはいえ無言でバサラの手を握り締めるのも勇気が出ない。
だからリュシアは自分なりに妥協して、バサラのシャツの袖を小さく掴んだ。

「ん?」
「えっと……ちょっと持ちたかっただけ」

気付いたバサラが振り返る。
何と言っていいかわからずよくわからない言葉を呟くと、バサラは不思議そうな声を出した。

「何だよ、別にそんなとこ持たなくたっていいだろ」
「え――」

バサラは袖からほどかせると、そのまま大きな手でリュシアの掌を握った。

「これでいいだろ」
「う、うん……」

繋がれた手を呆けたように見下ろす。
何という事もない、そんな態度でバサラは歩く。
ずっと繋ぎたかった手をさらりと繋がれて、気恥ずかしさがせり上がる。

「バサラ、ずるい……」
「あん?何でだよ」
「……ううん、何でもない」

いつだってバサラは、リュシアの気持ちをいとも簡単に掬い取ってしまうのだ。
そして、リュシアが想像していた斜め上の事をやってしまう。

(心臓がいくつあっても足りない……)

生娘でもないのに顔が熱くて、痛いくらいの胸の高鳴りを紛らわすように海を見つめる。
爽やかな波の音、緩く流れる潮風、温められた白い砂、そして隣には好きで好きで堪らない人。

高揚感が隠せないリュシアは、そのふわふわした気持ちのまま思い浮かんだ曲のフレーズを口ずさんだ。
だけどバサラが意外そうに此方を振り返った気配を感じて、我に返る。

「あ、ごめん。つい歌っちゃってた」

昼間撮影していた新曲は、バサラが部屋で作っていた時からよく聞いていたのでもう覚えてしまっていたが。

普通の人と同じように時折鼻歌を口ずさんだりはするけれど、それは1人の時だけだ。
歌が上手いだなんて露とも思ってないから、人に聞かせる気なんてさらさらない。
ましてや素人の適当な歌をプロに聞かせるなんて恥ずかしいと顔を逸らせば。

「いい、そのまま歌ってろ」
「でも全然上手じゃないし……」
「上手いとか下手とか関係ねぇんだよ」
「……え、うん……」

気にしないから続けろと言われ、リュシアは躊躇いながらも控えめに歌いだす。
バサラの顔は見られないので、一面に広がる海をひたすらに見つめながら。
たどたどしいリュシアの声、そこにハモらせるようなバサラの音が重なった。

「っ」

え、と彼を振り返ると、バサラの目は「そのまま」と言いたげに笑っている。
音階が上げられたバサラの柔らかい声が主旋律に綺麗に混じり合う。

美しい音色だった。

(バサラと歌うなんて……)

ミレーヌや、コラボレーションで他のアーティストと歌っているのを見るのは、少しだけ羨ましかった。
自分ではそんな事できないからと、遠い世界のように感じていた。
だけど歌手でもないのにバサラと一緒に歌い、しかもリュシアに合わせてもらっている。

本当に夢のような時間だ。
贅沢すぎていつかバチが当たるのではないかとも思ってしまう。

「っ……」

最後まで歌い終わった所で、感極まった涙が零れた。
それを見下ろしていたバサラは、そのまま濡れた唇を塞いだ。

「お前と歌うのも悪くねぇな」
「っ!」

それは、バサラにとっては最高の褒め言葉だ。
また涙が溢れて言葉が紡げないでいると、笑ったバサラに今度はより深く口付けられた。

繋いだ手が、ぎゅっと一層強く握り返される。
静かな波の音を聞きながら、彼の熱さに溺れた。











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海とバサラとヒロインを組み合わせたらこうなった。
詰め込みましたが満足しています。