――「……ミハエル…」
石碑の前で俯く彼は、何かから一歩踏み出せたのだろうか?
11・刻み込んで、その存在を
ピタッと歩みを止めた人の痛い視線を感じて、リチェルはマズイと思ったがもう遅かった。
「リチェル……お前、それどうした」
オズマが見た先には生々しい傷跡、しかもかなり酷い。
唇を貫くようにつけられたそれは、明らかに歯で生じたものだとわかる。
不審げなオズマに動揺を隠しながらもリチェルは適当な理由を述べた。
「き、機体テスト中に重力の影響でバランスを崩して、思わず噛んでしまいまして……」
「…………」
そんな報告は受けていない、納得いかないという目で怪我の具合を見定めてくるオズマ。
ミハエルに噛まれましたなんて冗談でも言える訳がない、とにかく怒られそうで怖い。
「……痛いだろ、食事中」
「少し……でも自分が招いた結果なんで自業自得ですー」
傷のおかげで食事のスピードは倍かかるようになってしまった。
痛みに耐えながら何とか食事を口に運びつつ時々声を上げるものだから、さすがに気になったのかムスッとした様子のアルトにも心配された。
そして美容のカリスマであるボビーには悲鳴を上げられた事もあった。
だけど傷つけられたのはミハエルの心を覗こうとしたからだ、結局原因は自分にある。
まだ怪しんでいたオズマだったが、諦めたのか溜息をついてリチェルの傷口に触れた。
「っ……痛いです」
「当たり前だ。嫁入り前の娘がそんな所に傷なんて作るんじゃねぇ」
「………すみません」
シュンと項垂れながらもオズマの言葉は嬉しかった。
いつ死んでもおかしくない、怪我なんて当たり前の戦闘機乗りのリチェルに対してそんな扱いをするなんて。
どれだけ自分が一定の距離を保とうとしても、彼はいつだって家族のように接してくれる。
「出撃命令だリチェル、行けるな」
「……はい」
急に真剣になった隊長に、リチェルも気を引き締めて頷いた。
結局ぎくしゃくした関係のまま、S.M.Sに再び命じられたバジュラ掃討の任務。
スカル小隊の結束を高める為にと、リチェルには後方で待機するよう言い渡された。
「乗り越えさせなければいけない、わかるな?」そう言ったオズマにはリチェルも賛成だった。
通信越しにスカル小隊の声を聞いた。
『邪魔は入らないぜ。やるか、昨日の続き?』
それでもミハエルは不器用だったが、喧嘩は再発する事なくバジュラ戦となった。
さらに以前にも確認された謎の機体が出現したようで、モニターに映し出されたのはクラン機が大破したという情報。
リチェルも戦闘に参加しようとしたが、2人のおかげで謎の機体を退ける事に成功したようだった。
『姉さんを越えろ!撃て、ミシェル!!』
アルトはミハエルを信じ、ミハエルは自身と仲間を信じた。
姉に祈りを送るミハエルに何となく声がかけづらかった。
あの後からまともに顔を合わせる事なんてなかったし、今はきっと大切な肉親と会話しているだろうから。
(……クラン…?)
ミハエルのさらに奥、一本の大樹の下で隠れきれていないクランが様子を伺っていた。
「………」
ねぇミハエル……貴方は想われてるよ?
近い所で、貴方を心配している人がいるじゃない。
だから私は……躊躇ってなんかいられない。
抉ってでも傷つけてでも、近づかなきゃ……貴方に存在は残せないから。
「ミハエルー、早くしないと学校に遅れちゃうよ?」
瞑想を中断するようにリチェルは声をかけた。
へラッとした笑顔で歩み寄るリチェルの、唇には痛々しい傷跡がはっきり残っていた。
感情のまま傷つけてしまった、普通だったら怯えて泣き叫ぶような状況でも彼女はミハエルに手を伸ばし、
そして何事もなかったかのようにヒョコヒョコと傍に来る。
彼女は自ら進んで捌け口になる事を選んだ。
だがこんな風に傷つけるはずじゃなかったと、ミハエルは悔しい気持ちで顔を歪めた。
「ごめん、リチェルさん……」
「どうして謝るの?あれがミハエルの本音でしょ?だからいいの」
憑き物がとれたかのようにミハエルは静かに苦笑した。
この間延びするような口調に救われたのは確かだ、緊張を剥ぎ取る不思議な空気も。
今は、笑ってばかりいる彼女に感謝した。
リチェルは目の前の薄い金髪に指を絡めると、セットが乱れる事もお構いなしにかき混ぜた。
突然の事にミハエルは姉の眠る墓の手前、ばつが悪くなって視線を泳がせた。
「……何してるんですか」
「え?頑張ったから褒めてるのー」
結局ミハエルを立ち直らせたのはクランと、何だかんだ言って背中を預けたアルトだったが。
「子供扱いしないでください……」
「意地っ張りなクセして。でも仲間ってそんなに悪くないでしょ?」
リチェルが振り向いた先には、同じスカル小隊員でありクラスメイトがいた。
「ミシェル先輩ー!おはようございまーす!」
仲違いを越え戦闘を越えて、歩み寄る仲間達。
元気よく手を振る後輩のルカ、そして意地悪くかつ好戦的に笑うアルト。
少しは、お互いを認め合う事ができたのだろうか。
「よく逃げなかったな」
「……よく撃ったな」
真剣に向き合う事が、できるようになっただろうか。
過去とも姉とも、そして仲間とも。
「授業に遅れちまう、とっとと行くぜミシェル!」
「え……今、確かミシェルって!」
アルトがミシェルと呼んだ、これは2人にとって大きな出来事。
アタッカーとスナイパーの信頼、それ以上に確かな絆が生まれた瞬間だった。
何だか嬉しくなってリチェルは同じように喜んでいるルカと笑い合った。
「よかったね。行ってらっしゃい」
少しは弱み、見せたっていいんだよ?
暗に伝えるとミハエルは満足そうに笑い、仲間の待つ場所へ足を進めた。
「……ありがとう、リチェルさん」
通り過ぎる直前にそう囁かれた。
確かな足取りで歩いていく背中を、リチェルは少し寂しげな顔で見つめた。
貴方には心を開ける人がいる、素直に言葉をぶつけられる人がいる。
そうして、きっと私だけ置いてけぼりになる。
「……本当に、よかったね……ミハエル」
それでも消化しきれなくなったら、私の所へおいで。
私が全て受け入れてあげるから。
私が貴方の逃げ道になるのなら、それでいい。
塞ぎきっていない傷跡が、ゆっくりと三日月の形を作り上げた。
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こんな感じで終了。
キリをよくする為に2話にわかれました。
ヒロインが笑ってばかりなので表現に困ります。
でもそろそろ変化する、かな?