―――「なあリチェル……行くあてがないなら……俺の所へ来るか?」
眉ひとつ動かさない、誰もが嫌厭する私を彼は拾ってくれた。
「あれは事故だったんだ、お前が気に病む必要はない」
何度も、私が頷くまで何度も言い聞かせて。
どうして、と呟いた時も彼は潔く笑いながら背中を押した。
「ほっとけない性分でな。小さいの一人世話してるんだ、もう一人増えても変わらないさ」
初めて頭を撫でてくれた人。
私に居場所を与えてくれた人。
私を、"私"として初めて見てくれた人。
だから私は、笑おうと決めたんだ。
どんな事があっても、彼の前では笑っていようと誓ったんだ―――
「久しぶりだね、リチェル嬢」
顔を合わせて、まず口を開いたのは男の方だった。
野望をその胸に秘めたかのような不敵な笑みは、本能的にリチェルを嫌悪させたがそれでも上官に対する態度を貫き通す。
「……どこかでお会いしましたでしょうか」
彼の顔は覚えている、いつもテレビ等でトップの人間の傍に付き従っているし、
軍事プロバイダーに所属している以上、彼の存在は否応なしに目につく。
だけどこんな風に、さも親しげに話しかけられるような心当たりなどない。
レオン・三島、大統領補佐官は名指しでリチェルを呼びつけた。
「まあ出会ったのは君がまだ小さい頃だったから、覚えていないのも無理はない」
嫌な予感がする、ついに見つかってしまったという焦りが走る。
別に逃げていた訳じゃない、だけど掘り返されるのだけは御免だったのに。
「しかし私は知っているよ。いつも提督の後ろを歩いていた、リチェル・アルヴァ嬢?」
「…………」
感情を一切表さなかったリチェルの眉が、弾かれるようにしかめられた。
13・静かに訪れた死
彼女の心は、まるで凪いだ海のように静かに漂っている。
どんな時も笑顔で、真剣な場面でも彼女の瞳が曇る事はなかった。
「それで、正規軍の上層部の方が私に何のご用件でしょうか?」
「ここに呼ばれたという事がどういう事か、わかっているだろう?」
「……いえ、想像もつきません」
軍人らしく直立不動のまま、目も合わさずに正面を見据えていると、
レオンが勝負とばかりに鼻で笑った声が聞こえた。
「君がまさかパイロットをやっているとは思わなかったよ。しかも前線で戦う、最も危険度が高いS.M.Sにだ」
「血筋ですから。……ただのパイロットである私に、このような話をする為に?」
「まぁ聞きたまえ、順を追って説明してあげよう」
デスクの時計を見下ろしディスプレイの電源を落とすと、頬杖をついてリチェルを見定める。
こちらの表情がピクリとも動かないからか明らかに挑発している態度だった。
「君がS.M.Sにいる事を知ってね、軍のお偉いさん方は君を保護してはどうかと進言してきた。
あの有名なアルヴァ提督夫妻が事故で亡くなられて、そして愛娘である君も消息不明になり……我々は酷く心を痛めていたんだよ」
「…………」
追い出そうとしたのは何処のどいつだと、言ってやりたい気分だった。
「君のような逸材をS.M.Sのような組織で消費されるのは非常に惜しい。
正規軍ならば我々は全力で君を援助し、そして新たな未来を見せる事ができる」
「………自分を統合軍に所属させる本当の目的はなんでしょうか」
回りくどい説明はいらないと、初めて視線を交差させるとレオンは変わらず余裕で肩を持ち上げた。
そこまで鈍い訳じゃなさそうだ、と見下すような声も聞こえたがリチェルは反応しなかった。
「両親を亡くした名家の娘、女性の身でありながらも心の傷を抑えて平和の為に武器を取る。
素晴らしい宣伝だとは思わないかい?」
「……つまりは私をプロパガンダとして利用する為に統合軍に転属させる、と?」
「話が通じやすくて嬉しいよ」
「そのような広報は銀河の妖精であるシェリル・ノームの方が適任だと思いますが」
「君は、あまり自分の価値というものをわかっていないようだね」
「………」
隠したり騙す気はないらしい、もう決定事項であるから覆される事はないと見込んでいるのか。
ここまで必死で生きてきて、見放したはずなのに利用価値があるとわかると命令一つで駒を動かそうとする。
憎い、確かに感情が湧き上がってリチェルは拳を握り締めた。
「君が統合軍に入る事は、両親たっての希望だったはずでは?」
「…………お断りします。私はS.M.Sが気に入っているんです」
このような男に両親の事を語られたくない。
あれは、リチェルの触れてはいけない扉だ。
「君に拒否権はないよ」
リチェルを形成し、そして崩壊させた2人。
もう2度と、揺り動かされたくなかったのに。
「大切な両親を亡くし、天涯孤独の身……素晴らしく涙を誘う話だね。だが真相は違う」
やめて、それ以上は言わないで。
それは、あの時から今も蝕み続ける……私の罪。
「表向きには提督夫妻は事故として発表された。だが、一部の者はそうではない事を知っている」
――あんなに素晴らしい人だったのに……何であんなのが残ったんだ――
――何の後ろ楯もない者が統合軍など甚だしい、ましてや容疑を掛けられている者が――
――事故だって話だが、全部あいつが仕掛けたんじゃないのか――
耳から消えない、刺すような言葉。
やめて、知っている。
わかっている、だから言わないで。
あれは、あれは私が………
「君が、両親を殺したんだ」
「……っ!!」
――あんたが死ねばよかったのよ!!!――
……そう、殺した。私が2人を殺した。
逃げて、全てから逃げ出して、何もかも壊した。
「……この事実が公になれば君は殺人犯として逮捕される。立証できるのだよ、いくらでも」
痛い、心が痛い。
止まない鼓動が体を刺して、与えられる言葉が何度も頭を叩き付ける。
父親の冷たい声が、母親の激しい罵声が聞こえる。
「君が大切だと言っているS.M.Sにも、いられなくなるな」
「どうして……そこまで……っ」
放っておいてくれればよかったのに、あのまま見捨ててくれればよかったのに。
結局、私を縛り付けるのはいつまで経ってもあの両親の名。
「大丈夫だ、君が軍入りを受け入れてくれれば何も言いはしない」
「……脅すんですか、私を」
「そうだ、脅している。君が正規軍に転属する事は決定事項だ、拒否するのなら拘束する」
これは、遅すぎた断罪だ。
逃げ続けた私を、ようやく現実が鎖となって目を覚まさせる。
「もしくは、アルト・サオトメの統合軍入りを推す。
彼も有名人だ、人前に出る仕事には向いていると思うが、どうかな?」
「………っ!!」
――未来は、決められていた。
「なに……上からの命令だと!?」
「ええ、大統領府から直々に……」
苛立ちを隠さず両手の拳を打ち付ける兄代わりの存在に、困惑した様子のキャシーも溜息を落とした。
「くそっ、軍はどういうつもりだ!?何故今になってあいつを呼ぶ!?」
「……考えられるのは、アルヴァ提督のご息女だという事が彼の耳に入ったのかもしれないわ……」
「担ぎ上げるつもりか!?俺はそんな命令許容できん!」
「だけど命令は絶対よ……ごめんなさい、私の力ではどうにもならないの……」
立ち尽くす2人、抑えきれない怒りを持てあましていると、ようやく大統領府に出向していたリチェルが帰還した。
遠くからでは肩を落としているようだったが、半ば強引に顔を覗き込むとリチェルは変わらずふんわりと笑った。
それが、どこか諦めに見えてオズマはさらに焦燥に駆られた。
「リチェル!」
必死な様子で叫ばれた名前に、オズマの全ての感情が混ぜられていた。
だからリチェルは、ただ静かに見上げて大丈夫だと訴える。
「……行きます」
「それでいいのか!?断る事もできるんだぞ!?」
自分は彼の妹ではない、だけど特別扱いされている気がして嬉しかった。
「いいんです、断ったらS.M.Sの立場が悪くなるでしょ?」
「そんなのお前が気にする事じゃない!お前は行きたいのか、行きたくないのか!?」
決められていた未来に贖う術などない。
いや、初めからそれを望まれていたのだから。
「新統合軍に転属します。軍が、本来私がいるべき場所でしたから」
「お前……っ!」
だから、あの頃に戻るだけだ。
統合軍のパイロットになる為だけに育てられた頃に。
誰もいない、誰も自分に見向きもしない世界に。
「ごめんなさい、オズマ隊長……」
「リチェル……」
私に笑顔をくれた人。
私を救ってくれた貴方に、まだ何も恩返しできてないのが心残りだけど。
「……還ります」
これは、貴方の手を取れなかった私の甘さが引き起こした事。
そして、アルヴァの名を持ち続けた罰だと思うから。
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さて、そろそろヒロインの過去が絡むオリジナル展開に入ります。
レオンが出せて満足しているのは内緒。