これは、ようやく下された罰だ。
「本当に行くんですか?」
「うん、ごめんね」
正規軍行きが決定事項となってしまった今、もう何を言っても仕方がないとはミハエルにもわかっていた。
何か言いたそうだったが、それを押し込めるようにして彼は微笑んだ。
「連絡しますから、他の男になびかないで下さいよ?」
(……一番心配しているのは私だというのに、それを貴方が言うんだね)
ミハエルに負けない笑顔で、無邪気に首を傾げて見せた。
「なびいちゃったらごめんね?そしたらミハエルも良い人見つけてね?」
「馬鹿な事言わないで下さいよ、俺はリチェルさん一筋だから」
それには笑うだけで答えた。
隣のアルトを見遣れば彼も何か思うところがあるのだろう、顔は酷く歪んでいた。
「アルトも、頑張ってね」
「………」
何も答えられない彼は素直だと思った。
――そうして私は、楽園から追放される。
14・シェルターの外
―――いやだ……嫌だ……っ!乗りたくない……!!
アルヴァの名は、軍の中では有名な家柄だった。
父親は若い頃は地球の統合軍で名の知れたパイロットで、その才能から出世街道を突き進んだ。
腕が立ち戦術も一級品、そして部下にも慕われるような英雄だったそうだ。
だけど、リチェルにとっては嫌な人間でしかなかった。
物心ついた時からリチェルに与えられたものは全て、将来バルキリーに乗る為のもの。
EX-ギアの訓練だってさせられて、少しでも拒否するような態度をとると酷く叱られた。
母親も何も言わない、さも当然のように冷たい目を彼女に向けた。
英才教育と言ってしまえば聞こえはいいが、要はそれしか教えられなかったのだ。
リチェルに課せられたのはただ軍人になる事。
父の後を継ぎ、名パイロットとなる事だけがリチェルの決められた未来だった。
愛情なんて知らない、笑い方すら知らなかった。
パイロット訓練を受けるだけの日々。
檄は飛ばされるけど、それでも大人しく従えば人並みに扱ってくれた。
――戦闘機は嫌いだ、私を縛るから。
父と母も嫌いだ。
私が無口になっても、無表情で笑いも怒りもしなくても、彼らは私が空を飛ぶ事にしか興味がなかったから。
……そうして、運命の日がやってきた。
「これを乗りこなしさえすればお前は新統合軍で名を馳せる事は確実だ!
何せ私がお前をここまで育て、全ての労力を注いだのだからな!」
父が運んできたのは何と本物の訓練用バルキリーだった。
父の名で一機貰い受けたらしく、自慢げにリチェルに示した。
目の前に広がるのは本物の計器、見慣れたものだけど今までとは違うもの。
……これに乗れば、未来が決まってしまう。
軍人になんて、なりたくない。
パイロットになんてなりたくない。
ただ与えられた道を進むだけの人生なんて御免だ。
親の為に生きているなんて、嫌だ……っ!
もう嫌だ……誰も"自分"を見ようとしない!
私は私でいたいだけなのに!
「いやだ……嫌だ……っ!乗りたくない……!!」
リチェルは生まれて初めて抵抗した。
父の姿が見えなくなった隙にコックピットから飛び出し、逃げ出した。
どこでもいい、父と母と軍と戦闘機から離れられるなら……ただそれだけだった。
そしてしばらくして、耳をつんざく爆発音に、振り返った―――
「ああ、貴女がアルヴァ提督のご息女ですか!」
「アルヴァ大尉!自分は亡き提督に憧れてパイロットになったんです!」
「……ありがとう」
リチェルを取り巻く統合軍の若い男達に、引きつった笑いしかできなかった。
統合軍は窮屈で仕方なかった。
英雄の娘として軍入りしたリチェルは、誰もが皆"アルヴァ提督の娘"としか見ない。
何処に行っても忌み嫌った名しか聞かない。
誰もリチェルという名前に興味がない。
一階級上がって大尉になり小隊員が与えられたが、これらはいわば飾り物にすぎない。
バジュラが襲ってきたって前線に出る必要もない、後方で象徴として存在している、ただそれだけの為だった。
「偵察任務終了、アルヴァ小隊帰還します」
偵察任務という、ていの良い見せびらかし航行だ。
何の愛着も湧かないVF-171を降り、何もしていないのに皆から拍手を受けるこの現実。
「アルヴァ大尉、任務時の大尉の適切な指示に感動しました!」
「これなら敵が来ても怖くありませんね!」
「……そう」
どうやって、笑っていたのかわからない。
私はいつも、どうして笑っていられた……?
笑い方が、わからない。
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短めです。
少しずつヒロインが壊れていけばいいと思います。