"両親の死を乗り越え、平和を願う戦乙女"


「"彼女の父親はかの有名なアルヴァ提督"、か……」

軍の広報活動として、今や街中でもリチェルの名はランカやシェリルに次いで広く知られていた。
ランカもシンデレラガールとして脚光を浴びだし、その間を縫うようにリチェルが姿を見せる。
ビルを見上げればモニターには、パイロットスーツ姿のリチェルが微笑みながら敬礼をしている。
女性でありながらパイロットとして軍に所属し、さらには英雄と詠われた軍人の愛娘という事もあり、
より市民の同情を買い軍のイメージアップに繋がっている。

アルトには何故リチェルが突然統合軍入りしたのかがわからなかったが、
この効果を目の当たりにしてようやくそういう事かと理解した。

高校の帰り道で買った雑誌の紙面によれば今は大尉のようだが、
リチェルの生い立ちがより悲劇的に演出されて記載されていた。

「……ミシェルもルカも、知ってたのか?」
「まあな」
「僕も知ってました……家の関係で、軍の人とも親しくしなければいけませんでしたから……」

ミハエルは姉が軍人だったという事もあり、それなりに統合軍の知識は持っていたし、
ルカも名家同士、名前だけでも知っていた。

リチェルから直接聞いた訳ではないが2人が当たり前のように知っている事に対し、
また一人だけ何も知らないでいた事にアルトは苛立ちを覚えた。

「でもこんなの……見せ物みたいで僕は嫌です」
「見せ物なんだよ、実際にな」

ミハエルもどこか不機嫌な表情で眼鏡を持ち上げた。

「知っててリチェルさんは行ったんだよ、軍に」
「どうしてなんだろう……断る事はできなかったんでしょうか?」
「命令だと言っていたよ、笑いながらね」

その笑顔が助けを求めている事に本当は気付いていたが、どうする事もできなかった。
結局自分はまだ子供なのだと、思い知らされた瞬間だった。

「……もう、帰ってこないのか?」
「どうだろうな、こんな都合の良い宣伝材料を軍が手放すとは思えないしな」
「じゃあずっと軍にいるんですか?……リチェルさんがいないと、寂しいです……」

彼女はS.M.Sの中の唯一のオアシスだった。
確かに戦闘時には恐ろしい変貌を遂げるが、普段は周りの事を気遣っている優しい人だ。
ふわふわとしたあの柔らかい笑顔は、いつ戦闘が起こるともわからない緊張状態を良い意味で脱力させてくれる。

アルトですら、いつの間にかあの物腰にほだされていた。
非戦闘時は年上で上官だと思えないほど無邪気に接してくる彼女が面白かったし、
一方で戦闘時の神業的な飛行には憧れの念を感じていた。
あんな風に飛びたい、彼女のように強くなりたい。
どうして辛い過去があったのに、あんなに笑っていられたんだろうか。

色々、聞いてみたいのに。

その彼女がいない。
街の至る所では、彼女の作り物の笑顔が張り巡らされているというのに。

「そういえばミシェル、お前リチェルさんと連絡してるのか?」
「………」
「ミシェル先輩?」

黙ってしまったミハエルに、アルトとルカは首を傾げた。


「送ったさ、何通も。だけど1通も返ってこない」


何度携帯端末を見つめても、目的の人からの返信は一切なかった。






15・深き海の底






―――事故だった、あれは事故だったんだ。


訓練用バルキリーはまだ稼働するといえど、随分ガタがきていた上に整備も不完全だったらしい。
エンジンに火を入れた瞬間、戦闘機は炎上した。

信じられなかった、今の今まで自分はあの中にいたのに。
父に言われるままあれに乗っていたら、爆発に巻き込まれていたのは自分だ。


……信じられなかった、私を探していた父があれに乗り込んでいたなんて……


一歩、また一歩近づく。


父の部下達が必死に父を助け出そうとしている所に。

燃え上がるバルキリーを懸命に消火しようとしている現場に。

母が、泣き叫びながら父の名前を呼んでいる……あの場所に。


赤く燃え上がる炎、どす黒く立ち上がる煙が空を染めた。


――英雄と謳われた父親は、自分が最も愛した機体の中であっけなく死んだ。



「何で……何であんたが生きてるのよ!!」

痛い。塞ぎきらない傷口にまたしても血がにじむ。
半狂乱になってしまった母を見て、ああ彼女は父の事を本当に愛していたんだと他人事のように思った。

「返してよ!!あの人を返してよ!!!」

酒瓶と破片でいっぱいになってしまった豪邸で、毎夜毎夜あの人は私を殴り続ける。
泣きながら、父親の名前を呼びながら。

パシ……ガシャン!と投げ付けられた瓶が音もなく私の頬で割れ、地上で粉々に砕け散る。
痺れるように熱を持つ頬は、元々長い間表情を作る事を忘れていたが、もはや僅かでも動かす事もできず。
顔と口内の両方から流れる赤は雫となって破片を染めていく。

「あんたが死ねばよかったのよ!!!」

その通りだと思った。
あのまま私が大人しく乗っていれば、私だけが死に……それで終わりだったのだろう。

「何よその目は!!人形みたいな顔して、その顔見てると殺したくなる!!!」

父は自分と同じような栄光を子供にも見せたかったのだろう。
そんな事は最初からわかっていたけど、逃げて壊したのは私だ。

母はそんな父をいつも傍らで見守っていた、母の全てを私が壊したのだ。

「あんたなんか……引き取らなければよかった!!」
「っ………ぇ…?」


何を言っているのか一瞬わからなかった。
混濁しかけた意識が嘘のように覚めて、ジリジリと体が焼けていくようで。


「ええそうよ!あんたは私が産んだ子じゃない、私はあの人の子を産めなかった!!
どこぞの馬の骨かわからなかったけど"パイロットの子"だって聞いたから、あんたを養女にしたのよ!!」


目の前が真っ暗になった。
私は父と母の本当の子供じゃない、その意味を理解する時間は永遠のように感じられた。


「あんたは、パイロットにならなければ生きてる価値なんてないのよ!!!
じゃなかったら、普通の生まれでも男を選んでいたわ!!!」


世界の全てを否定されて。
自分の存在が、もはや自分でさえも不要なものに思えた。

悲しみよりも、どこか自嘲を含んだ確信が自分の心に答えを出した。

……それを拒んだ私は、だから愛してもらえなかったのだと。


「拾った恩さえ忘れて、あんたが全部滅茶苦茶にした!!」


ああ……悪だったのは私の方だったんだ。

彼らの人生も、私が生まれた意味さえも全て自分で狂わせた。


「みんな、あんたのせいで……あんたさえいなければ!!!!」


だから私は、ただ黙って血を流し続けた。





――そうして数日後、母は自殺した。


現実に耐えきれなかったんだろう、母は命を投げ捨てて父の元へと逝った。

父は、私が拒否しなければ死ぬ事はなかった。
そして母は、父が死ななければ自害する事などなかった。
母は、私が殺したも同然だ。


両親を殺したのは……私だ。

この家庭を壊したのは……全て、私だ。


それでも泣けない私は、薄情な人間だろうか。
作り笑いを浮かべる事すらできない、ただ何も映さない瞳で死んでしまった母を見つめ続けた。

ただ、父だけを愛していた女。
空だけを愛していた男。

どうして私を愛してくれないのか、そればかり気にしていた子供の頃。
いいえ、その認識は間違っていたんだ。

私が嫌がりさえしなければ。
私が喜んで訓練を受けていれば。
私が心からパイロットになりたいと願っていれば。

彼らは私の事を愛してくれたのだろう。

養女であっても、私に笑いかけてくれたのだろう。


ごめんなさい、こんな私でごめんなさい。


ねぇ母さん、父さん……


一度も言った事はなかったけど………飛ぶのは嫌いじゃなかったんだよ?―――














空を飛び続ける事が、贖罪になると思った。


親の言いなりで生きるのも訓練も嫌だった。
愛情のない親だった……だけど、曲がりなりにも私に空を教えてくれた人だった。

唯一それを教えてくれた両親は、たとえ嫌いだったとしても自分が殺してしまった。
軍人になる事を望んだ両親。だから、軍人にはなれないけど飛ぼうと決めた。

飛び続ける事で両親への償いになるなら、自分は飛ぶ為に生き、そして死のうと。

だから新統合軍で生き地獄に捕らわれるか、真実を明らかにされて拘束されるかの選択に迫られた時、
私はどんな形でもいいから飛び続けられる方を選んだ。

逮捕されて牢に入れられたって、両親への償いにはならない気がしたから。
だって……いつだって彼らは私が空を飛ぶ事に執着した。

だから、せめて最後まで、彼らの願いを背負って星の海に存在していられるのならいいと。


「……でも、こんな気持ちになるのなら……断った方がよかったのかな?」


携帯端末に表示されるのは、付き合っている事になっている男の名ばかり。
ここ数日はアルトやルカからもメールが頻繁に届いていたが、どれも返したためしはない。

一度でも返してしまったら私はきっと後悔の念に晒される。

あそこは温かくて、自分を自分として扱ってくれて。
もう戻れないかもしれないと思うと……彼らからのメールはリチェルを苦しませるだけだった。

受信ボックスにいっぱいになってしまった、返していないメール達。


リチェルさんがいなくて寂しい日々を送ってます』

リチェルさん、そっちはどうですか?』

『こっちはシェリル女王様が来て、アルト姫が暴れていますよ』

『ランカちゃんブームが来て彼女も忙しくなったみたいです。リチェルさんは今、忙しい?』

リチェルさんが出てるCMやってましたね。学校でも有名ですよ』

『メール返ってこなくて寂しいですけど、暇があったら返して下さいね。俺が喜びますから』

リチェルさん、声が聞きたい』

『会いたい』


本音か建前か、もうどうでもよかった。
いつだってミハエルは私の心に入り込んで、私を甘やかそうとするから。


リチェルさん、笑えてる?俺は傍にいられないから、せめて笑っていて』


どうして、これだけ離れてるのにミハエルは私を見透かすの?


「だから……返せない……っ」


どうか彼からのメールが途絶えませんように、そんな自分勝手な事を思いながら。











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過去と現在が交じり合う。
もう少し過去編が続くのでお付き合い下さい。

2009/06/11 加筆修正
※裏設定であったものをもう少し表面に出そうと思い、加えました。