その日キャサリン・グラスは旧友オズマの命令に近い頼み事の為に、バトル・フロンティア内を歩いていた。

「あいつ、ちっとも連絡をよこさねぇ!様子を見てこい!絶対だぞ!!」と、もの凄い剣幕でまくし立てられたものだから、
この任務を遂行しなければきっと痛い目みるだろうなとキャシーは予感していた。

格納庫近くに行ってみると、偵察任務を終えたらしいVF部隊のパイロット達とすれ違った。
この中にいるかもしれない、キャシーは思い思いに散らばる男達の中をくまなく探した。

「え……?」

目的の人は確かにいた。
男達が遠巻きに注目する中心で、一際異彩を放つ華奢な体の女性の姿。

「あれ……本当にリチェル、大尉?」

軍の中でのアイドルはランカではなくリチェルだ。
世間でランカ・リー人気が最高潮の中でも、この閉鎖的な環境の中ではリチェルは親近感を覚えかつ高嶺の華。
アルヴァ提督の娘という事もあり、軍人なら誰もが憧れてしまう要素が彼女にはあった。


しかし、リチェルは笑っていなかった。

戦闘機を降りていても一向に崩れる事のない険しい表情で、
その鋭いと感じさせるほどの冷たい目は周囲の男達も近づく事すらできず。
誰が見ていようと話しかけようと、構わず彼女は無表情で通り過ぎていく。

どんな時も朗らかに笑っていた彼女の、こんな顔は知らない。
戦闘時の彼女、それをもっと酷くさせたような状態だった。

「、リチェル大尉……!」
「っ、キャサリン・グラス中尉……」

彼女は無表情ながらも微かに目を大きくさせた。
よかった、彼女にまだ感情は生きている。

「お久しぶりです、大尉の活躍ぶり拝見させてもらいましたよ」

以前とは違い上官になってしまったリチェルに対して敬語で接すると、さも嫌そうな表情で顔を背けた。

「……あんなもの活躍じゃない」

上層部に言われるまま、飾り人形になっただけだ。

「……S.M.Sの皆、心配してますよ?オズマなんか特に」
「…………」

冷え切った目でキャシーを一瞥し、リチェルはフイッと逃げるように歩き出した。
慌てたキャシーは距離を詰めすぎないようにしつつ追いかける。

「連絡してあげて下さい、一言だけでも……」
「必要ない」
「どうして……?」

ピタッと歩みと止め、しばらく躊躇う素振りを見せようやく重い口を開いた。

「……返す言葉が、見つからない」


ああ、彼女は助けを求めているんだ。


「あ、リチェル大尉!」

それきり振り返らなくなってしまったリチェル
このままじゃ彼女は本当に壊れてしまう。もう限界まできている。

何とかしてあげないと……そう思った。

「待って、リチェル――」
「その名前を呼ばないで!」
「っ!」

聞いた事のない声量にキャシーはその場に凍り付いた。
立ち尽くしてしまった年下の上官に、それでも何とか肩を支えた。

政府からの命令は絶対だ、自分でも覆す事はできないだろう。

どう言えばいい?どうしたら助けられる?

「……、りたい…」
「え……?」


消え入りそうな声で、確かに彼女は呟いた。


「帰り、たい……っ」


心の悲鳴が聞こえた。






16・ブラインド ドール






―――待っていたのは、中傷だった。


両親の葬儀を終えた頃から自分に降りかかったのは、疑いの目。

表向きは事故という事で収まり、かつての英雄とその妻の送り出しは豪華なものだった。
だけど一部ではやはりこの事件に不審を抱く者が現れた。

あんな偶然に訓練用バルキリーが爆発するはずがない。
そんな疑惑を発端に、私が全ての首謀者でないかと囁かれるようになった。
両親を失い何の後ろ盾もなくなった自分に、手を差し伸べてくれる者などいない。
それはそうだ、訓練を苦に両親を殺害したと噂されている人間など、誰も近づきたくはなかったはずだ。

――あんなに素晴らしい人だったのに……何であんなのが残ったんだ――

――事故だって話だが、全部あいつが仕掛けたんじゃないのか――

――訓練が苦で……そういう事なんじゃないのか?――

――爆発物を仕掛けてアルヴァ提督を殺害し、奥方まで自殺に追い込んだって言うじゃないか――

――しかも彼女、ちっとも笑わないんですよ?不気味で嫌ですわ――

――提督夫妻の本当の子供じゃなかったって噂があるそうじゃないか――


いくら耳を塞いでも、いくら目を閉じても、彼らの言葉と視線は私を刺した。

唯一の引き取り手だったはずの軍も、その噂のせいで自分を見放した。
将来は新統合軍に入れ、そう言った父の願いも呆気なく消えた。


嫌だった、確かに両親は嫌いだった……だけどこんなはずじゃなかった。


ただ、両親が敷いた道を大人しく歩くのが苦痛で、逃げたかっただけなんだ。

死なせてしまうはずじゃなかったんだ。
殺してしまうはずじゃなかったんだ。

……もう、誰も私の声など聞こうともしない。

ああ違う、始めから……そんな人誰もいなかったのに。



「……なあ、リチェル、」



初めて呼ばれた名に、私は弾かれるように顔を上げた。



「行くあてがないなら……俺の所へ来るか?」―――











「帰りたいと、そう言ったのか?」
「ええ……もう、見ていられないほど憔悴していたわ…」

聞けばきっと兄代わりの男は暴れるだろう。
だから言うか言わないか迷っていたが、キャシーはついにリチェルの話題を口にした。

「くそっ、どうしたら取り戻せる!?」

ランカのキスシーンが表紙になった雑誌を握り締めたオズマは拳を振るわせた。
大事なランカが男とキスしているという不埒な映画も腹が立つが、
大事なリチェルの願いすら聞き入れられない現状にも苛立ちが募る。

「直接攫いに行った方が早いんじゃないのか!?」
「何言ってるの、貴方が軍内部に入れる訳ないじゃない」
「くっ……だから俺は嫌だったんだ!」

軍籍を剥奪された過去を持つオズマとしては、軍に入り込むのは無謀でしかない。

リチェルが大統領府に呼ばれたのは、きっとアルヴァ家の娘だという事が知られたからだ。
そしてそれを利用してリチェルを民衆と軍のプロパガンダに仕立て上げた。

いくら彼女がアルヴァの名を抱えて生きていこうとしていても、こんなやり方など望んでいないはずだ。

「……あいつの、一番触れられたくない弱みを握られたんだ。脅されているに違いない」

帰りたいのに帰れない、そう言っているのだ。

「頼む、もう一度身辺を徹底的に調べてくれ。綻びさえあれば何とか助け出す方法を考える」
「……わかったわ」

力みながら頭を抱える元恋人を見つめ、キャシーはため息をついた。
それは嫌な意味ではなく、もっと好意的なもの。

「妹が2人もいると大変ね……」
「ああ、全く言う事を聞かない奴らだがな!」

妹達の為に生きるオズマ。
悔しいがそんな姿が一番彼らしいと、キャシーは心の中で苦笑した。











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灯台下暗し。
言いにくいタイトルですね、でも気に入ってるからいいんです(自己満足)

小出しですいません。
お兄ちゃん好きです、家族的な意味で。