自室のテレビを付けると、シェリル・ノームが慰問に行く場面がニュースされていた。
あれには新統合軍ではなくS.M.Sの護衛が付くと、聞いていた。
「……アルト……」
シェリルの乗る船の隣を飛ぶ、赤いラインが入ったVF-25。
小規模フォールド関連であろうパックが取り付けられていた。
彼を羨ましいと思った。
どこまでも自由に、彼は空だけを追い求めてバルキリーを操る。
それから一週間ほどが経った頃、シェリル達が慰問に向かった惑星ガリア4で暴動が起きているとの情報が入った。
だがフォールド断層の障害で今から援軍が出ても一週間もの時間が必要であり、
それまで持ちこたえられるかわからないという状況に軍内部でも危機感が高まっている。
アルト達が危ないというのに何もできない、リチェルは奥歯を噛みしめた。
正規軍であればせめて本懐通りに飛べるだろうと思っていた空ですら、今はとても遠くて。
(私は馬鹿なのかもしれない……何か大切な事を見落としている気がする…)
突然着信を知らせた携帯を開くと、相も変わらずメールを送り続けてくれる青年からだった。
『アルトが飛んでる事知ってますよね?
俺も野暮用で飛びます。無事に帰って来られると、祈っててくださいね』
「……っ」
(ミハエルもミハエルだ、いい加減こんな薄情な私など……忘れてしまえばいいのに……)
そうなれば、諦めもつくというのに。
17・憎しみに唸る牙
―――居場所がない私を救ってくれたのは、オズマ隊長だった。
彼は以前に新統合軍に所属していたらしく、父の事も私の事もよく知っていた。
事故も、私の噂も知っていて……彼は私に手を差し伸べた。
彼が所属しているのはS.M.S、民間の軍事プロバイダーだった。
正規軍ではないものの、そこでは軍と同じように規律で守られ、
試作機のモニタも兼ねて最先端技術が惜しみなく方々に使われていた。
もちろん、前線に行く事が多いため危険度は何よりも高いらしいが。
オズマ隊長は、私に新しい翼をくれた。
軍には入れなかったし入りたくもなかったけど、ここでなら思い切り飛べる。
両親が望んだ道とは少し違うけど、それでもバルキリーに乗って空を駆け抜けられる。
だから私は、ここで罪を償って……星に散ろう。
「妹、として……お前を引き取りたい」
彼には既に妹として迎えたランカがいた。
何度も彼の家に招いてもらったし、あまり笑わない私にもランカは無邪気に懐いてくれた。
嬉しかった、私をただの"私"として扱ってくれる人は彼が初めてで。
しかも家族になろうと言ってくれた。
「いいのか?一生、家の名を背負う気か……」
それでも私はその話を丁重に断った。
リチェル・リーになれるならこれ以上幸せな事はない。
だけど、アルヴァは私だけ。名を継ぐために引き取られた私しか、もう名乗る人間はいない。
父も母も殺してしまったせめてもの償いとして、アルヴァの名を持ったまま生きようと決めた。
嫌いだった、憎かった……だけど私はリチェル・アルヴァなんだ。
愛情をもらえなくても、憎しみの目を向けられても、父と母は望んでいた。
私がリチェル・アルヴァとして星を統べる事を。
だから両親の想いを乗せて、空を飛び続けようと。
そんな我が儘を、兄と呼ぶには叶わなかった彼は受け入れてくれた。
しょうがないやつだと、私の頭を優しくかき混ぜながら。
そんな事されるのも初めてで、どんな顔したらいいのかわからなくて俯いた。
「……ありがとう、ございます……オズマ、隊長…」
だから彼らの為に笑おう。
暗い顔なんかしていられない、だってここにいられて本当に幸せなんだから。
どんな事があっても笑っていよう。
辛くても悲しくても、家族のような仲間達の為に笑っていよう。
もう逃げてばかりの自分は捨てて、笑いながら前に進もうと。
そうして笑顔以外を捨てた。
心に強く念じたからだろうか、それ以外は消えるように次第にできなくなった。
バルキリーという閉鎖的な環境に押し込められた時だけ、
幼い頃から体に染みついた感情が蘇るという奇妙な現象が起きるようになってしまったが。
でもそれは良いと思った。戦闘には余計な雑念などいらないから、笑顔なんていらないから。
全ては殺してしまった両親の為、手を差し伸べてくれた兄のような人の為に………
それからしばらく経った時だ、人好きのする微笑で「それは精神衛生上よくない」と言った人が現れたのは。
「笑顔も可愛くて素敵だけど、俺は貴女の泣いた顔が見たいな。絶対、綺麗だと思うから」―――
「これはこれは、名高いアルヴァ提督のご令嬢ではないですか」
「…………」
明らかに柄の悪そうな連中はブリーフィングルームに入ってきた途端リチェルに近寄った。
のっけから好戦的な態度に、リチェルは目を細めて睨み付けた。
「広報に女なんか使いやがって、軍の恥だな」
「ああ、こんなお嬢様でも戦争ができるなんて知られたら、俺達の苦労はあがったりだ」
「………」
「おっと、失礼いたしました、アルヴァ大尉殿」
階級を強調させた言い方が余計に馬鹿にしていた。
こういう人種は戦争が好きか、もしくは飛ぶ事にプライドを賭けている奴だ。
女であり親の七光りである自分が、たいして良い成績を残している訳でもないのに大きな顔をしているのが気に入らないのだろう。
気持ちはわからない訳ではない、だって自分はここで何もしていない。
ただ命じられたままコックピットに座っていただけだ。
男達は威圧的にリチェルを見下ろし、顎を掴んで上を向かされた。
「悪いが、ここは女がいる場所じゃねーんだよ。早く帰ってパパの名でお菓子でも買ってもらえ」
「はは、パパ怖いよ~ってか!」
「………」
つま先ギリギリまで持ち上げられたが、リチェルはつまらなさそうにただ男を見上げていた。
「……そんなに死にたいのなら相手しましょうか。その尻にもう一つ穴が空きますよ」
「へっ!やれるもんならやってみろ!次の演習で綺麗な顔に消えない傷作ってやるよ!」
「おい、何をやってる!早く持ち場につかないか!」
「はっ、申し訳ありませんでした!」
上官がその場を抑えたので膠着状態は脱した。
今まで何もできなかった小隊員が心配そうに声をかけてきたが、リチェルは目を向ける事も答える事もしなかった。
首が、痛い。
「ふん、ちっとも笑わねえ。これで可愛げがあったらまだよかったかもしれねーのによ」
「つまんねー女」
それだけが聞こえた。
ここは、息が苦しい。
『さあ、こいや雌犬!今さら命令違反が怖くてで逃げ出すんじゃねーぞ!』
「………っ」
男達は本来の任務を忘れてリチェルの機体に迫った。
星の海で接近してくる2機のVF-171を見据え、スロットルを開いた。
「あ、リチェル大尉!」
命令も、小隊員達の制止の声すら無視して2機の中に飛び込んだ。
――苦しい……息が詰まりそうだ。
程度の低いプライドを掲げて挑んでくる男達も、後方支援という生ぬるい湯にしか浸れない隊員達にも。
統合軍だって、皆が皆そういう訳じゃない。仲間だと思い始めてくれる人だっている。
――だけどここには、居場所がないんだ。
もう帰る場所ができてしまっている、それを心はわかっている。
「っ!!」
撃ち込まれる模擬弾を全て回避するとリチェルはそのままファイター形態で1機に正面から突入した。
どれだけ至近距離で撃っても絶妙な翼の旋回で見事にすり抜ける。
相手が焦った所に被弾させ、1機は早々に撃墜となった。
始めに絡んできた男はそれなりに腕は確かなようで、上手い具合に3つの形態を使い分けて慎重に攻める。
――……帰りたい。
『まだまだぁ!!』
「くっ……!」
――ここが……貴方の望んでいた新統合軍ですか、父さん……?
『なっ!?』
隙をついてまたしてもリチェル機は相手の懐へ飛び込んだ。
しかし模擬弾は使わなかった。
沸き上がる衝動のままエネルギーを集中させた右手で、相手の頭部を殴りつけた。
その後、すぐに無断で私闘を行った事が上に知られ、激しい説教の後処分が下された。
だがリチェルには大きなお咎めはなかった。正当防衛である事が証明されたのだという。
……自分だって命令違反をしたんだ、処分してくれたっていいのに。
この処分の差でまたしても敵が増えるなと、リチェルは重苦しいため息をついた。
――つまらない……何もかもが、やりきれない。
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ガリア4あたりの話。