非常警報が煩いくらいに鳴り響く。

操縦桿とスロットルレバーを握り締め、
デフォールドしてくるバジュラの大群が映し出されるモニターを然して驚く事もなく見下ろす。

冷め切った心で、静かに沸き上がるのは焼け付くほどの炎。
こんな所で飼い殺される事への、憤り。


――飛びたいんだ、自由になりたいんだ。


私の翼は……あの時からずっと闇色。
皆が与えてくれた黒、私にはその色が似合っている。


――だから私は、彩られた者達に惹かれて、求めているというのに。


こんな時にまでリチェルに命じられたのは、待機だった。






18・漆黒の世界に色彩を






「待機……!?」

軍内部は一気に緊張が走り、皆が慌てふためいて持ち場につく中、
こんな非常事態にも関わらずまたしてもリチェルは戦う事を禁じられた。
アルヴァの娘に危険な事はさせられないという上層部の判断だという。

アルヴァ大尉は下がっていてください』
『貴女は、自分達のシンボルであればいいのです』


――ああ……戦わせてもくれないなんて。


違う……、私は戦いたいのに!


きっと今この時にも、S.M.Sの人達は前線に配備されているのだろう。
それがS.M.Sの役目であり、統合軍はその後ろに布陣される。

ならば私は何?何故、こんな所で見ているだけなの?

ガリア4の一件で恐らくアルトもミハエルもまだいない、私さえもいない。
万全ではない戦力でS.M.Sは勝てるっていうの?この大群に?

オズマ隊長がいるから大丈夫って訳じゃない。だって以前だって大怪我をしたっていうのに。
あの時は助かったけど今度も無事だっていう保証はどこにあるの?
今日は?明日は?それを私はただ見ているだけなの?


……また私は、誰かを見殺しにするの?


小隊員達の会話が雑音のように聞こえる。

『なあ、俺達も戦うのか……?』
『それはないだろ?んな事になったら俺達全滅じゃないか!』
「っ!」

ここは私の場所じゃない!!


――『無事に帰って来られると、祈っててくださいね』――


……祈る?そんな言葉、私には似合わない。

戦う為に生まれ、バルキリーに乗る為に育てられた。
両親を殺しても生き延びてきたのは、戦う為だ。
こんな後方で、仲間の無事を祈って待っている為に生きてきたんじゃない。


私は……私は……っ!


『た、大尉!どこに行かれるんですか!?』
「戦場に決まっているでしょう……っ!」

左のスロットルレバーを限界まで押し込むと、激しいGがリチェルを襲った。
緑のバルキリーが、一陣の風のように前方へ消える。


……あそこは、私に温かみを教えてくれた、愛情をくれた。
それだけじゃなく翼すら与えてくれた。
軍とは形態は一緒なのに違う、全然違うんだ。


――「……馬鹿、意地張ってんじゃねえよ。ガキなんだから遠慮せずに学校行ってろ」

――「リチェルちゃん、女の子はいつだって可愛くしてなくちゃダメよ?」

――「ねぇねぇリチェルちゃん!今度お兄ちゃんとお買い物に行くの!リチェルちゃんも行こうね!」

――「さすがリチェル!数学を俺達整備士に聞くなんてわかってるじゃねーか!おし、今日は徹夜で教えてやる!」

――「見ました~?あのドラマの主役の人が格好いいんですよ~♪毎週撮ってありますから見て下さいね!」

――「ふむ、今後とも期待しているよ。中尉はクルーを明るくさせる、それが必要な時もあるからな」

――「リチェル、少しは手加減してやってくれないか?手当てする方の身にもなってくれ」

――「聞いてくれリチェル~!もうあの馬鹿には愛想も尽きる!馬鹿につける薬はない!」


――「リチェルさん、クラスにアルト先輩っていうもの凄い美形の先輩が転校してきたんですけどね、その人が……」

――「あーもう、わかりましたよ!……ったく、時々あんたが年上に見えなくなる」


――「ねえリチェルさん、頼むから俺の視界からいなくならないで」――


仲間に死んで欲しくない、家族の悲しむ顔など見たくない。
できれば私が守りたい。

家族の傍にいたい、皆と一緒に飛びたい。
たとえ、もう飛ぶ事ができなくなったとしても、会えなくなったとしても……ここで見ているよりずっといい。

その為だったら、アルヴァの名だって捨てる。全て捨ててでも……皆に会いたい。



――だから、S.M.Sに還るんだ。



「どいて……っ!」

バジュラから放たれるミサイルをガンポッドで打ち落とし、そのまま全方位に放射する。
向かってくる5機の敵を流れるように殲滅させると、通信の奥で小隊員が感嘆の声を上げた。

軍の機体もマクロスクウォーターの横も流星のように飛び越え、敵防衛ラインへと突進した。
レーダーに反応する無数のバジュラ、リチェルは両手のレバーを強く握り締めるとその全てと対峙した。

『おい、その機体!単機で突っ込むなど無謀だ!』
「!オズマ、隊長……っ!」
『な、お前……リチェルか!?』

回線に入って来た声が聞き慣れたものだった事で、心の中で何かが弾けた。
帰ってきたんだと、そう思わせてくれた。

「やります……みんなは私が守る!」
リチェル!!』

色々と聞きたい事があったのに、リチェルはVF-171で星の海へと消えてしまった。
「あのじゃじゃ馬め!」というオズマの愚痴りだけが残った。


宙域の敵はあらかた撃破した。
まだ残っているかもしれないとレーダーを読むと、最も見たかった機体の形式が表示された。

無意識に心臓が跳ねて、何度も情報を読み返した。

「VF-25G……ミハエル……っ!?」

しかし、その光源は通常では考えられない動きで宇宙を彷徨っていて、
さらに後方にはバジュラの識別反応が数体接近していた。

「っ!」

バジュラに追われている青いバルキリーを目視するとすぐさまフルスロットルで加速する。
ミハエルに何かあったのかもしれないと、焦るようにガンポッドで追手を撃墜させた。

「ミハエル!」
『た、助けて!パイロットが怪我をしてるの!』

聞こえたのはシェリル・ノームの声だった。
肉眼でコックピットが見える位置まで近寄ると……そこには、力なく項垂れたミハエルの姿が。

「!!ミハエルっっ!!」

無我夢中だった。

リチェルは自機から躊躇いなく飛び出すと、我を忘れたように青いバルキリーのコックピットを開けた。
中に乗り込んで怪我の具合を確かめると、ミハエルは痛みに顔を歪ませていた。

「よかった……生きてる……」

真空で感じる人の柔らかさ。
嬉しさのあまり思わず抱き込むと、ヘルメット越しに苦痛の声が聞こえた。

「あ、貴女……ミシェルの彼女の!?」
「シェリルも、無事でよかった……」

学校で一度だけ対面したのを覚えていたんだろう。
真空の闇の中でただ一人だけ笑顔でいるリチェルを見つめて、シェリルは呆然としていた。

「貴女……統合軍の人な―――!」

突然鳴り響いた警告音にモニターを振り返ると、数体のバジュラがこちらに向かっていた。

「ごめんねミハエル、借りるよ!」

怪我人に窮屈な思いをさせて申し訳ないと思いつつも、リチェルはミハエルの前の狭いスペースに乗ったまま操縦桿を操った。
懐かしいVF-25の計器類に安心して機体を操作したのもつかの間、やはり1人分の席に2人座るのは無理があったようだ。

背後でリチェルが乗り捨てたVF-171が攻撃され、爆発する。

「くっ、思うように動けな……!」
「ぁ……ぅ!」
「ごめんミハエル……すぐ運ぶから、っ」

ガンポッドを持たない為、敵の攻撃はレーザー機銃で対応するか回避するしかない。
Gがかかるたびにミハエルとシェリルが呻きをあげたが、今は必要以上に構っていられない。

旋回しながらミサイルを繰り出し、隙ができたバジュラにはピンポイトバリアパンチで確実に仕留めていく。
しかし戦力的にもミハエルの体力的にも限界があるなと、微かに焦りを見いだした時。

遠くから現れたのは、フォールドブースターを搭載した赤いラインのVF-25。

「アルト!」
『無事か、シェリル!?』
「アルト、ミハエルが怪我してるっ」
『な、この声……リチェル中尉!?どうしてその機体に!?』
「……色々あって」

アルトに続き、ルカの乗る緑のバルキリーもやってきた。
体勢を立て直す為に一度マクロスクウォーターに戻ろうという話になったが、
何を思ったのか突然後部のシェリルがキャノピーを開けて宇宙に飛び出した。

『お前、何やってんだよ!?』

慌ててアルト機が受け止めるが、そんな咎めなど知らないといった表情でリチェルに振り向いた。

『私が乗ってちゃ邪魔でしょ?ミシェルを後ろに乗せたら思う存分動けるじゃない』
「あ……」

依然、背後のミハエルはぐったりしていた。
言われるままミハエルを抱え後部シートに座らせると、わずかに緑の瞳が開いた。

「、っ……リチェル…さん…?」


――ああ、この目だ。この翡翠の色が私を安心させる。


「うん……ただいま、ミハエル」

もう少しの辛抱だからと笑いかけて、広くなった前席で宇宙を見渡した。
アルト機とルカ機と併走しつつ、努めて緩やかに加速をかけていく。

機体というものは乗り手好みに調整され、長い間乗り続けるとその人物のクセが現れるようになる。
見慣れた計器、扱い慣れたレバー類なはずなのに。


「……何だか、ミハエルの匂いがする」


そんな気がした。











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中途半端ですが切ります。
とりあえずミハエル機も壊さずに回収。でもミハエルが潰れる……(笑)

ヒロインの小隊員は軍屈指のヘタレ君達で、
親のコネで入って、少し実戦を経験した後に内勤になるつもり、という裏設定です。
正規軍が全部へなちょこな訳じゃありませんのであしからず。