これまでに見た事のない大きさのバジュラ戦艦が、フロンティア船団の後方に出現した。
バリアで防ごうとしたものの、止めどない攻撃にアイランド1の被害は甚大だった。
「デルタ1よりS.M.S全部隊に告ぐ。プレジデントオーダーだ!
これより我々は、後方に現れた敵主力部隊に総攻撃をかける!」
「待ってくれ!奴の中にはランカがいる!」
捕らわれたランカを助けたいとアルトは訴えた。
リチェルにとってランカは妹だ、見過ごす訳にはいかない。
家族を助ける為に、戻ってきたのだから。
「艦長!リチェル・アルヴァです。私にも出撃許可を下さい!」
「!リチェル大尉……!」
「リチェルちゃん!?どうしてここに!?」
回線に現れた姿を見て、誰もが驚きの色を隠せずにいた。
彼女はずっと、統合軍にいたはずなのに。
「私はもう新統合軍ではありません。逃亡罪で捕まっても構いません。
ですが今だけ、私をバルキリーに乗せて下さい!」
「……あれ?」
初めにボビーが異変に気付いた。
「あの子……笑ってない……」
機体に乗っていないのに、笑っていないのだ。
辛くても悲しくても、笑う事しかできなくなっていた彼女が。
あんなに、真剣な表情で艦長に懇願しているなんて。
「笑ってないの……、あの子が……っ!」
「リチェル、大尉……」
キャシーにもわかった、その意味が。
軍内で一度だけ見た感情の消えた冷たい目なんかじゃない。
必要な事以外喋ろうとせず、自分の殻に閉じこもっていたリチェルじゃない。
まっすぐにこちらを見つめ顔を歪める彼女は……生きていた。
「……一つだけ問う。君の階級は何かね?」
「リチェル・アルヴァ……階級は中尉です!」
飾りでもらった階級などいらない、自分で積み上げてきたものが全て。
力強く叫ぶと、ジェフリーは満足したように頷いた。
「よろしい。ファントム1、スカル小隊と共に出撃を許可する」
「ありがとうございます!」
担架で運ばれて行ったミハエルを見送り、リチェルは慌ただしい格納庫の奥に走った。
そこにはしばらく使われていなかった黒いVF-25Sが乗り手を待つように佇んでいた。
1人だけS.M.Sのパイロットスーツを着ていない人間にクルーは不審に思い、そして顔色を変えた。
「!リチェルじゃないか!!」
「リチェル!帰ってきたのか!?」
「はい!……私の機体は出撃可能ですか!?」
息を切らせて整備隊長に詰め寄ると、彼は自慢げに笑った。
「……当たり前だ、もう反応弾も装備させた。いつでも出られる」
兄代わりである他整備士達も、乱暴にリチェルの頭を撫でた。
「いつ帰ってきてもいいように、常にアップさせてたんだよ!」
「待ってたんだぞ、こいつはお前しか動かせないしな。黒一色はリチェルのパーソナルカラーだろ?」
「行って鬼の如く仕留めてこい!」
「………うん……ありがとう、みんな…」
ああ……戻ってきて良かったと、心から思った。
「ファントム1、リチェル・アルヴァ出ます!」
19・封じられていた真実
一番驚きを隠せないでいるのはオズマだった。
通信を開くと怒ったような、なんとも形容しがたい表情で睨んできた。
『リチェル……お前っ』
「ごめんなさい、隊長……」
『………いや、俺が悪かった』
「え?」
何故オズマが謝るのかわからなくて聞き返したが、返答はなかった。
『リチェル、ランカを助けるぞ』
「わかってます」
繋がったままの回線でオズマが『ランカに万一の事があったら、俺は貴様をぶっ殺すぞ!』と、
怒りなのか激励なのかよくわからない言葉をアルトにぶつけると、超大型空母へ飛んだ。
『各機、反応弾を撃て!』
迫ってくるバジュラの大群に反応弾を発射させると、数秒後に一際大きな爆発が起こった。
これで大幅に戦力を削り、司令艦を目指す。
――だがしかし、一体の赤いバジュラが放った砲撃が、一機のクァドランに命中した。
漆黒の闇を覆い尽くす、命の閃光。
『ラ……ララミアァ!!!』
何度モニターを見つめても、ララミア機が撃墜されたとの情報が流され続ける。
非情に「LOST」と表示音を鳴らし続ける、その意味は。
「あ、ああ……そんな……っ」
『リチェル、気をしっかり持て!』
「クラン大尉……でも、だって…!」
赤い爆炎をあげ、たった一瞬にして消えていく……人の命。
共に戦うと決意したばかりなのに。
できれば守りたいと、そんな事すらできなくて。
戦うとはこういう事だとわかっていても……震えていく心。
ララミアとの思い出が呼び出されないくらい、この瞬間が短すぎて。
『うおおおおお!!!!』
「あ……アルト…っ?ま、待って!」
『スカル4、あの野郎……!ファントム1、スカル4を援護しろ!』
「は、はい……!」
怒りを露わにしたアルトの声に、我に返るとバジュラ達に突撃していく機体を追いかけた。
命令だという事もあるけど、何故か追いかけなければいけない何かをリチェルは感じた。
『くたばれバジュラ共!!』
アルトの無謀ともとれる飛行に、リチェルは必死で自分を奮い立たせた。
(いけない、ここは戦場だったんだ……やらなければ自分がやられる!)
「一人で行く気!?アルト!」
『ランカーーー!!!』
巨大空母にミサイルを撃ち込んで穴を開けると、
以前に見た事のある紫のバルキリーと競い合うようにバジュラ艦の中に侵入した。
「アルト!……くっ」
穴を塞ぐようにバジュラ達に取り囲まれ、リチェルは各個の撃破に専念せざるを得なかった。
脱出口になるであろうそこを乗っ取られる訳にはいかないと、
両足に展開したマルチミサイルで追尾させ、仕留めていく。
司令塔の艦なだけあって攻めてくるバジュラの数が桁外れに多い。
ファイター形態で急加速しては変形してガウォークで逆噴射、そして敵を撃墜の連続に、
さすがのリチェルでも疲労の色が見えてくる。
だけど、負ける訳にはいかない。
「アルトが、ランカを助け出すまでは……っ!」
ようやく全機を迎撃できた頃、中から爆炎と共にアルト機が脱出した。
しかしアルト機にランカの姿は見えず、同じく脱出してきた紫の機体が緑の球体を手にしていた。
「ランカ!」
謎の機体はギャラクシー船団の所属であり、ブレラ・スターンだと名乗った。
ギャラクシー所属が何故こちらと交戦したのか、
さらに何故今度はフロンティア船団を援護すると言うのか謎ばかりが残った。
それから、混乱しているバジュラ達の隙をつき、マクロスキャノンで超巨大空母を撃破。
後は散り散りに敗走する全てのバジュラを追撃する事で、戦いは終わった。
マクロスクォーターに帰還すると、リチェルを迎える為にたくさんの人達が格納庫に集まっていた。
たくさんの命が散った、目の前でララミアも失った。
だけど仲間達はリチェルの帰還を心から喜んでくれた。
「よかったぁ戻ってきてくれて!ずっと寂しかったんだからぁ~!」
「う、苦しいよボビーさんっ」
心は乙女でも腕力は並の男より強いボビーの抱擁に遭い、息ができなかったけど嬉しかった。
皆が口々に言う、戻ってきてくれてよかったと。
ここは、自分を必要としてくれる。自分をただの"リチェル"として見てくれる。
誰もいなくなってしまった私を見守ってくれた、家族のような人達。
S.M.Sがあるから、私は笑っていられる。
ここは、自然と笑える場所だから。
「リチェル」
「オズマ隊長……」
オズマが険しい顔をしている、きっとこれから起こるかもしれない現実を心配している。
「……もう、ここにはいられないかもしれない。もう会えないかもしれない。
でも……帰ってきたかったから、それでいいんです」
レオン三島の命令に逆らってしまった今、
いつ逃亡罪で捕まるかわからない、両親の殺人犯として拘束されるかもしれない。
ふふ、と笑ってみせた笑顔が何かを諦めていると、オズマにはわかっていた。
無理ばかりする妹をこれ以上不安にさせたくないと、リチェルの頭を遠慮の無い力で強く撫でた。
「軍が何を言おうと関係ない。何があってもお前を守ってやる」
ああ、この人は本当に兄のようで。
「お前が許可しても、俺がお前を連行などさせない、絶対に……っ」
「……はい」
この人に拾ってもらって幸せだと、今さらながら思った。
「おかえり」
S.M.Sが、私の居場所だ。ここにいる全ての人達が、私の家族だ。
ああ、ここは本当に……温かい。
「ただいま」
この時、リチェルの心からの笑顔の色をS.M.S隊員達は知った。
―――枷を解いたのは、彼だ。
「逢いたかった、リチェルさん」
「うん……ごめんね?全然メール返せなくて」
「いいんですよ、こうやってまた俺の前に戻ってきてくれたから」
「そうだよーミハエルが怪我するから戻って来ちゃった」
ようやく面会を許された病室に、額に包帯を巻いたミハエルはいた。
引き寄せて髪を撫でるので見上げると、眼鏡の奥の目がいつになく優しいものに思えて。
いつまでも繰り返し髪に触れる感触に何だか落ち着かなくなる。
「……いつまで触ってるの」
「気が済むまで。だってリチェルさんが泣くから」
「?……泣いて、ないよ?」
「何か言いたそうな顔してる」
何故、彼にはわかるのだろうか。
ギリアムを失いオズマが怪我をした時だって、リチェルの姿を見ただけでミハエルは一瞬で悟った。
「オズマ隊長には心配かけたくなくて言ってないんでしょ?ここには俺しかいない」
「……っ」
「言って?リチェルさんの言葉、聞きたい」
これはきっと反射だ。
彼の声を聞くと、従わずにはいられない。
「…………両親を殺したの。隊長は事故だって言ってくれる……でも、結果的には私が殺したも同然だった」
絞り出すように呟いた声をミハエルは静かに頷きながら聞いていた。
「両親が望んだ統合軍入りだったのに、帰って来ちゃった……
アルヴァの名を捨てていいなんて、思っちゃいけなかったのに……!」
一生かけて償うはずの贖罪を忘れた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……っ!」
なんだか今はうまく笑えていない気がしたから、ミハエルの袖を掴んで俯いた。
「私ね……S.M.Sが私の―――っ!」
両頬を包まれたかと思うと、宝石のような碧の瞳が降りてきた。
力強くて、でも優しく侵食されて……彼の唇に全てを許されている気がした。
そしてミハエルはリチェルの目にもキスを落として、何度も目尻をなぞる。
「くすぐったい……」
「我慢して。俺が全部拭うから」
「………泣いてないってば」
「どうして?」
「涙が出ない……本当に出ないの」
いつしか枯れていた涙。
いや、自分は生まれてこのかた……泣いた事はあるのだろうか?
「残念だなあ……潤んでもっと綺麗なリチェルさんが見たいのに」
「っ!」
私は綺麗だと、何も汚れていないと言われてるようだった。
「ミハエル……怪我人なんでしょ?」
「ええ、もちろん」
「だったら大人しくしてた方がいいんじゃない?」
「俺はリチェルさんの逃げ道だから。貴女が望むなら、いつだって応えるよ」
「………うん」
胸が、締め付けられたのを貴方はきっと知らない。
それは貴方の義務?そこに貴方の意思はあるの?
……それでも私は、この手を振り払えない。
「格好良いよ、リチェルさんがバルキリーに乗ってる所。流星みたいですげぇ綺麗」
「……っ」
……ねえ、どうして貴方は私がわかるの?
そして私は、そんな貴方を欠かす事ができないのだと気付いた。
この瞳が不可欠なくらい、ずっと深く……もうずっと前から、抜け出せなくなっていた。
どうしよう…………私、この人が………好きなんだ―――
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やっと自覚してくれました。
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