――それは、戦争と呼ばれる時代に突入した頃の事。
20・間話:全てが始まった日
「へぇー、こんな所で披露するんだ」
テレビモニターにはシェリル・ノームのライブを今か今かと待ち構えているファンと、巨大な会場が映し出されていた。
そのライブ中に行われるアクロバット飛行にミハエルとルカが参加するという。
できれば見に来て欲しいと言われたものの、
シェリルのライブでミハエル達目的というのはシェリルのファンに申し訳ないと思ったし、何より休みがとれなかった。
「行きたいなら何とかお前の分のチケットと休みも取ってやる」とオズマには言われていたが、
ランカみたいにどうしても行きたい訳じゃないから、と気持ちだけ受け取っておいた。
「いいなぁ……」
「何だ、リチェルも行きたかったのか?銀河の妖精のライブ」
「違いますー。あんな所をEX-ギアで飛んだら楽しそうだなぁって」
「はは、そっちかよ。お前の飛行好きにも呆れるぜ」
ギリアムにからかわれ拗ねたようにモニターの正面の席を陣取った。
オズマも休憩なのかリチェルの近くに座り、しばらくすると画面が暗くなったのちシェリルの歌が流れてきた。
正直歌手や有名人の類には疎いリチェルだが、さすがにシェリルの歌はある程度知っていた。
「あ、ミハエルとルカ……と、あの人随分大胆な飛び方するね」
5色のスモークが綺麗に螺旋を描くなか、ピンク色の煙を吐く一機だけは他とは違い無茶な飛行を繰り返している。
(連携が崩れてミハエルあたりが特に怒ってそうだけど……何か、楽しそうだなぁ……)
無邪気とも呼べる無茶振りを感じたが、リチェルは不快には思わなかった。
そしてアクシデントともとれるシェリルの転落があったが、そのままアクロバット隊がシェリルを乗せて飛んだ。
テレビカメラが観客の姿を映し出し、そこには緑の髪の少女がステージを見つめていた。
「ブッ……っ!ランカ!?」
「凄いよ、ランカがテレビに映ってるー!」
コーヒーを吹き出したオズマを余所に、リチェルは一人嬉しそうにはしゃぐ。
ギリアムも興味を持ったのか画面を眺めた。
「これですか?ミシェル達がバイトで飛んでるってのは」
「あ?ああ、そうだな……」
だがシェリルのライブ中継は、S.M.Sに響いた警報音によって終わったのだった。
―――長年危惧されていた"ビクター"、バジュラとの戦いはまさにこの時をもって火蓋が切られた。
「リチェルさん?どうしたんですか……?」
「んー?ちょっと顔が見たくなって。アルトは?」
ほけほけと笑いながら首を傾げる姿に、ミハエルはハッと気付いた。
リチェルがここに来た意味を。
ロクに笑い返す事もせずリチェルを部屋に引き込むと、ハンカチをドアに挟んでロックし、そのまま柔らかく抱きしめた。
「アルトはいないですよ、どうせしばらく帰ってきません」
「そうなんだ、アルトもしごかれて大変――っ」
喋り続ける唇を塞ぐと、躊躇いながらも甘えるようにゆっくりとミハエルの首に両腕が回される。
そのまま下段のベッドに押し倒そうかとも考えたが、現在下のベッドには住人がいる。
さすがに悪い気がして、体を離すとリチェルを上段に登らせた。
「……狭い」
「文句言わないで下さいよ。呼んでくれればそっちに行ったのに」
「別にこういうつもりじゃなくて、暇だったから顔を見に……んっ」
特に抵抗もしないリチェルを組み敷きながら、ミハエルは最近の出来事を振り返った。
バジュラの襲撃があり、演習でない初めて本物の戦闘が行われた。
そして普段から仲が良かったギリアムが死に、さらに軽傷であったものの、兄のように慕っているオズマ隊長が負傷した。
特にこの2つの要因は大きい。
「まったく……そんな風になる前に、誰かに言えばいいのに」
全てが終わってから来るなんて遅すぎると耳元で囁くと、リチェルは軽く身をよじらせて笑った。
他人には容易に頼れない性質なのだと理解していても、ついからかうように言ってしまう。
「言ってるでしょう?笑いたくなければ笑わなくていいと」
「しょうがないでしょ?こういう顔なんだから」
ギリアムの密葬の時も、オズマが病院のベッドにいた時も、
皆が顔を歪ませて現実を噛み殺している中、リチェルだけはその表情を崩さなかった。
彼女に笑顔以外の感情が欠落している事は知っていた。
だから皆、彼女も辛いのだろうとはわかっているものの、さらに奥深くの微かな芽には気付かない。
「ま、いいですけどね。つまりは俺が付け入る隙があるって事だし」
「ふ………、ぁ…っ」
彼女は両親を亡くしている。
だから兄代わりのオズマが命の危機にさらされて、平気なはずがない。
無自覚なのか、少しは自覚しているのかはわからないが、
彼女は精神的に不安定になる要素が続くと、抱かれたがる。
だが「抱いて」と言う訳でもない、ただ笑っているばかりなので本当に見落としそうな程小さなサイン。
そしてそれは、ミハエルにしかしない。
というのもミハエルが何度もリチェルの笑顔の奥の内心を見抜いてきたからであるが、
これ幸いとばかりに彼女は名目上の恋人に縋り付く。
「そうやって笑ってるうちは、リチェルさんの感じてる顔は俺だけのものだから」
どうか笑わないでと思いつつも、胸に込み上がるのは男としての優越感。
「鳴いて?それで楽になるなら、いいさ……」
彼女は、笑顔だけでは消化しきれない感情の捌け口を求めて、此所に来た。
それがどこか自分と似ている気がして、だから放っておけないのかもしれない―――
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短い番外編。
最初には語れなかった、ヒロインがミハエルに人肌を求めた理由話です。