――きっと、興味本位だったんだと思う。






21・代償の痛み






―「俺、リチェルさんが好きになったかも。俺と付き合ってくれませんか?」―


S.M.Sという特殊軍事プロバイダーに、女でしかも年上で上官という人間が珍しかったのかもしれない。
彼は入隊当初から自分に付いてまわり、親しげに話しかけてきた。

不思議な事に彼が話す話題は面白くて、他の人が同じ事をすれば煩わしく感じそうな所を彼はそう思わせない。
彼は人の気持ちを読む事に長けていた。
そうして嫌がられない程度に距離を保ち、的確に気を遣う。

生い立ちのせいだろうか、年下だったけど彼は精神的に既に大人だった。
資料に目を通して「この子も辛い過去があったんだ……」と思っていざ対面してみると、
彼は過去を微塵にも匂わせない人好きのする微笑で握手を求めてきた。
そのうち、それが処世術だと気付いたのだけれど。

親類の死そしてパイロット、過程は違うけど似ていると思った。
そんな人だから私の笑顔の奥の感情に気付いたのか、ただの口説き文句だったのかは今でもわからない。

わかるのは、ミハエルの傍にいると気持ちが落ち着いたという事だけ。
傷を舐め合う関係、そんな気がしたけど構わなかった。

特別な意味なんてなかった。
何となく……そう、本当に何となくその関係を了承した。
ただ、今まで生きてきてこんなにも私を"恋愛対象"として接近してきた男は初めてだった。
他の人間であれば気持ち悪さや不快を感じていた所かもしれないが、そこはやはり彼の得意分野。

……珍しかったのかもしれない、こんなにも私に触れてこようとする彼が。

害がないのなら手放す理由はない、無償であの真綿のような優しさを与えられるのなら悪くないと。
だから、それでいいと思ったんだ。


そして求められるまま体を重ねた。
彼が究極の女好きとも知っていた、これは恋人なんかじゃないとも。

彼がどういうつもりなのかわからないけど、少なくとも彼が本気で私を好きな訳ではないとも理解した上でだ。
もしそう言ったら、彼は本気で好きだよと笑うのかもしれないけど。
上辺だけの恋愛ごっこの延長、絶えない女達と私は同列なんだと自覚していた。

私が特別な感情を抱いていない事に気付いていたから、彼はこの関係を成立させたのだ。
もし本気になってしまえば……その先は容易に想像がついた。
いえ、あるいは彼だったら動揺する事なく笑いながら「愛してる」と囁いてみせるのかもしれない。
自身の心を明け渡す事のないまま。


だから自分の感情に蓋をして付き合っていた。
決してこちらからすり寄ったりはせず、近づくとしても付き合っているという前提の範疇で接する程度。
そうすれば彼はやってくる、"恋人"の機嫌をとる為に。

あとは都合よく立場を利用して、シェルターのように甘えていられた。



……そう、今まではそれでよかったのに。



「ほら、折角私がここまでしてやったんだぞ!大人しく食べろ!」
「ク、クラン……っ」

扉で隔たれた向こう側で、ミハエルとクランの声がする。
クランが大量の林檎を持ち込んでいたから、それをミハエルに食べさせでもしているのだろうか。
お節介焼きだと称されるクランと、タジタジになっているミハエルの姿が容易に想像できた。

「、子供扱いするな!」
「怪我人は言う事を聞くものだぞ!私は上官だぞ!?」
「いいって、自分で食うから……!」

目の前にある病室のドアが現実を物語っているようで、これ以上踏み出せない。

(ミハエル……)


抱かれてもいいと思ったのは、ミハエルが寂しそうだったからだ。


知り合って間もない頃、何故彼はこんなにも私につきまとうのだろう、
気になってミハエルをこっそり観察してて気付いた。


ミハエルは、クランが好きなのだと。


注意深く見ていればわかる。
だってあの男は、クランと接する時だけ態度が違っていた。
幼馴染みだから本音が言えるとか、それだけじゃない。
女なら例に違わず全て愛すると自負する彼が、クランにだけは気遣いというものをしない。
そればかりか感情にまかせてつらく当たったりもするのだ。

彼は……不器用なのだと。
彼こそ、自分の感情を素直に表せられない性格なのだと。


(……だから、私は……)


「あ、アルトとランカ-!」

病院のロビーでばったり出くわしたのは、古風溢れる美形の青年と緑の髪のシンデレラガール。
リチェルはのほほんとした笑みで手を振った。

リチェル、さん……ミシェルのお見舞いですか?」
「うん、2人はシェリルに?」
「まあ……ランカが行きたいって言うから」

照れを隠すように言った言葉にランカは心外だという顔。
リチェルは久しぶりにランカに会えた事が嬉しくて、よく動く髪を撫でた。

リチェルちゃん?」
「しばらく会えなかったけど元気みたいでよかった」

映画撮影の後、新統合軍に在籍していた間はメディアに目を通す事もままならなくなった。
こうやって顔を合わせるのだって本当に久々で、帰ってこれたんだと心から実感した。

リチェルちゃんも何もなくてよかった。お兄ちゃんが言ってたよ」
「うん、一時はどうなる事かと思ったけどね」

リチェルがS.M.Sに戻ってきてから、心配されていた軍からの連行はなかった。
S.M.Sに届いた電文によると、"これ以上メディアに進出しなくてもリチェルアルヴァという人間が軍にいる事は周知の事実となり、
本人がいなくてもプロパガンダは成立するので、短い間の任期ご苦労だった"という事で決着した。

簡単に言えば、十分に利用できたから見逃してやる、そんな所だろう。
癪に触ったが、これからもS.M.Sにいられるのは素直に嬉しい。

オズマはランカに詳細は話してはいないが、リチェルと会えなくなるかもという事は知らせていた。

「あ、ごめんね引き留めて。じゃあまたねー」

手を振って別れると、リチェルは病院からは出ずにロビーの椅子に腰掛けた。
2人がいなくなると途端に張り詰めていたものが弾け、重苦しい気分に苛まれる。
ランカと会えて嬉しいのに、ジワジワと思い出されるのはドア越しの会話ばかり。

何だか、酷く疲れている。睡眠不足な訳でもないのに。
出るのは重力に引っ張られるようなため息ばかり。


……ミハエルの捌け口になれればよかった。

ミハエルが私に逃げるのならそれでよかった。
ただ私さえ好きにならなければ、この先何が起こっても丸く納まると……そう思ったのに。


「…痛い…………これって、嫉妬だったんだ……」


綺麗だと言ってくれたのに、自分の感情だけが醜い。


ロビー上部のテレビモニターには、さっきまで話していたランカが映っていた。
周りの人達は当たり前のようにランカを知っていて、ランカの話題が会話に乗る。

(変な感じだなあ……あのランカがテレビに出てるって……)

ちょうど人気が爆発した頃の事を知らなくて、帰ってきたらこの騒ぎで少しついて行けなかった。
数ヶ月前まではランカはただの高校生で、「リチェルちゃん、リチェルちゃん」とよくくっついてきてくれた。
歌手になりたいとは知っていたし、あの澄んだ声でよく歌っていたけど。

それが今やシェリルと張るぐらいの人気で、誰もが知る芸能人だとは未だに信じられなかった。

ずっと近くにいた家族が遠くに行ってしまって、知らない人のような気持ちになる。
オズマ隊長が寂しそうにしていた感情と似てる。


――そんな事を考えていたら、ふいに歌が聞こえた。
テレビからじゃなく、すぐ近くから。

「ランカ?……と、アルトとシェリル……?」

見上げるとアルトの両側にシェリルとランカが対抗するように歌っていた。

「お、おい……あれシェリル・ノームじゃないか?」
「それにランカちゃんまでいるぞ!?」
「何でこんな所にいるの!?」
「……アルト…」

2人に囲まれて動揺しているのがここからでもわかる。
アルトは感情が顔に出るから本当にわかりやすい。
嘘をつかず、ただ自分の気持ちのまま空を飛び回る。
初対面だと少し構えるけど、打ち解けると彼は躊躇いながらも気遣う言葉をくれる。

彼のわかりやすいほどの無自覚な優しさに、きっとシェリルとランカは恋に落ちたのだろう。
濃紺の髪が、所在なさげに揺れていた。

「……いいなあ…」



みんな、素直に恋ができて……羨ましい。











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レオンがヒロインを見逃した本当の理由は、リトルクイーンを見つけたから。

やっと恋愛モードに行けそうです。