単独任務から帰り、隊長に報告し終わった頃には、時刻は朝と呼ばれる時間帯になっていた。
リチェルはラウンジに足を進めるといつものカウンター席に座り込む。
「お帰り、リチェルちゃん」
「ボビーさん、何かお酒下さい」
「あら珍しいわね、貴女が飲むなんて」
そう言いつつもボビーはリチェルがいつも好んで飲む酒を合わせ始めた。
まだ勤務を交代する時間ではないからだろうか、静かな空間に小気味良い音が響く。
「だって、寝る前に体動かしたくてシミュレーター誘っても誰も乗ってくれないんだもん」
「そりゃあね、こんな早朝から貴女を相手にしたら今日一日動けなくなるわよ」
任務後だというのに元気なリチェルを恐ろしいと思いつつ、
どこか危なげな妹のような存在が心配になる。
「はい、任務から帰ってきたばかりなんだから無理しないの」
「……そんな事、よくミハエルにも言われる」
休める時には休めと、いつも諫められる。
それでもどうしても眠れないと言うと、きっと他のやり方で強制的に眠らせられるのだろう。
別にそれが嫌な訳じゃないけど、今はちっとも楽になんかならない。
そんな事を考えていると、テレビモニターから聞き慣れた声が聞こえた。
映像を見る限り、ガリア4での暴動を収める為に歌っていたものだ。
「……知らない間に、ランカがこんなに人気になってるなんて」
「今や超時空シンデレラ・ランカちゃんだもの~!知らない人なんていないぐらいなんだからぁ!」
控えめで、少し気弱なランカがマイクを握り締めて楽しそうに歌っている。
「どうしてるかなランカ……会ってないけど、あれから元気にしてるかな?」
久しぶりにゆっくり話をしたいと思うのに、病院ですれ違って以来そんな機会はやって来ていない。
オズマの話によれば重いフラッシュバックも起こしていないようで、安心はしていた。
雑誌やテレビを見ている限りでは大丈夫そうだけど。
「そういえば、色々あってリチェルちゃんもあまりオズマの家、行ってないんでしょ?」
「うん……」
以前はよく頻繁にオズマに連れられて家に行ったし、
ランカにも迎えられて食事を囲んだり、一緒に買い物に行ったりもした。
バジュラが襲ってくるまで、そしてランカが歌手になると飛び出すまでは。
「隊長……どうしてます?ランカの映画とか見たのかな?」
「こんなもの見れるかって怒鳴ってたけど、たぶんこっそり見てると思うわよ。だってランカが出てるもの」
「そうですよねぇ」
コソコソしながら部屋で見ている姿が容易に想像でき、リチェルとボビーは互いに笑った。
しかしリチェルはその顔を曇らせると、テレビを見つめた。
「……でも隊長、時々寂しそうな顔をするんです……」
その理由はわかる、自分も恐らく同じ気持ちだから。
夢が叶ってよかったと思う、それが嬉しくない訳じゃないけど。
「めっきり大人しくなっちゃって……あんなに妹命だった人が」
「そうねぇ、兄っていうより娘を嫁にやる父親みたいに過保護だからねぇ」
「妹離れした方がいいとは思うんですけど、何だか少し怖いです」
「………」
ボビーが複雑な表情でいると、リチェルは突然暗い雰囲気を払拭させるように頭を振り、酒を呷った。
「ランカに会ってきます。よく考えたら、会えない訳じゃないんですよね」
「そうね、離れてても心まで離れていかないわ」
「よし、そうと決まったら!」
お酒ありがとう、と笑いながらラウンジを後にしたリチェル。
ボビーは少し悲しそうな顔でその背中を見送った。
「……あの人は貴女の事も心配してるのよ、リチェルちゃん?」
オズマには大切な妹が2人いる、それを彼女は気付かない。
23・聖なる翠の至宝
今日は学校に行っていると、ランカからのメールには書かれていた。
学校の後にも仕事があるらしく、いつ帰れるかどうかわからないという内容だった。
少し残念に思いつつも顔だけでも見たくて、
リチェルは軽く仮眠をとると下校時間を見計らって美星学園へと向かった。
『校門の前で待ってる』とメールを送ると、数分も経たないうちに声が聞こえた。
「リチェルちゃん!」
「ランカー!」
リチェルを見つけると一目散に駆けてくるランカ。
護衛のブレラ・スターンが一度だけ遮ったが、それ以外はいつもと変わらない様子だった。
ブレラが気に入らないのだろう、後ろからアルトが不機嫌な顔をしてこちらを睨んでいた。
「どうしたの!?リチェルちゃんが来てくれるなんて!」
「今日は休みだから、ランカの顔だけでも見たいなぁって」
「私も会えて嬉しい!」
兎のように懐いてくる姿がやはり可愛い。
不思議と温かい気持ちになって、緑の髪を優しく撫でた。
「テレビばかり見てると遠い人になったみたいだけど、変わらないね」
「当たり前だよー!テレビに映ってる自分がまだ信じられないくらいなんだから!」
「うん、そうだね」
「私は変わらずお兄ちゃんの妹で、リチェルちゃんの妹だよ?」
「……うん」
ありがとう、という意味を込めて微笑んだ。
和やかな空気だったのもつかの間、「ランカ、時間だ」というブレラの言葉で、
ランカは焦るように黒塗りの車に乗り込んでしまった。
車が見えなくなるまで手を振っていたが、今度は寂しい気持ちにはあまりならなかった。
「それで、リチェルさん?わざわざ俺に会いに来たんですか?」
「……うん、そうだよ?」
「何で間があるんですか」
ミハエルのあからさまな冗談にはとりあえずノッてみたものの失敗したようだった。
どこか笑顔が怖い。
アルトとルカも何かを察したのか助けようともしてくれない。
「リチェルさん、非番の日はちゃんと寝てろって言いませんでしたか?」
「そうだけどランカに会いたかったし。メールしたら学校にいるって言うから」
「もし今敵が襲ってきたらどうするんです?睡眠不足のまま飛ぶ気ですか?」
「必要最低限の睡眠はとってるってばー」
「まあまあミシェル先輩。いいじゃないですか、リチェルさんがハメを外しすぎる事なんてないんですから」
「………ルカ」
ようやく仲裁に入ったルカをジト目で睨み上げるミハエルを余所に、リチェルは呑気に笑った。
「ありがとうルカ。という事で、みんなでカフェでも行かない?」
「すみません、僕はちょっと用事があって……」
「えーそうなの?」
「ええ、また後で会いましょう!」
申し訳なさそうにルカは1人走って行ってしまう。
不満げな顔をしたもののリチェルは気を取り直して期待の目でアルトを見るが、
「……俺も遠慮しとく」
「えー!?アルトも行っちゃうの!?」
薄情な奴だと思ったが、アルトは「邪魔するほど野暮じゃない」と小さく呟いたので、
何だか妙に納得してしまった。
彼はそういう所は律儀だ、いくら不本意だとしても。
「そっか、たまにはみんなでゆっくりしようと思ったのに……」
そうしてアルトも1人別方向に帰って行く。
濃紺の後ろ髪がサラサラと揺れて、何だか綺麗だった。
「行きますか」
「あ、うん……」
「リチェルさん、俺といるんだから俺の方向いて」
「え――」
その真意がわからなくてミハエルを見上げたが、
「デートしませんか?……って言ってもS.M.Sに行く間までですけど」
「……うん、いいよ」
少し強引に手を握られ、気を取られている間に疑問の言葉を並べる隙などなくなっていた。
「私、寝なくていいの?明日からまた勤務だけど……」
「俺が言って聞くようなら始めから苦労しませんよ」
だから諦めて遊びに連れて行ってくれるのだろうか。
(……彼は時々だけど私を甘やかす。それがくすぐったくて、今は痛い)
デートと言っても何処かのカフェに寄り道するぐらいかと予想していたのに、ミハエルはいつもとは違う道を選んだ。
着いた先は映画公開記念で催されている"鳥の人"の特別展示会場だった。
撮影に使われた小道具やロケ時の写真が展示され、併設してランカ特集が組まれたグッズショップまであった。
「……ミハエル?」
「此所ならランカちゃんにいっぱい会えますよ」
どういうつもりなのかと首を傾げるとミハエルはさらりと答えた。
彼はわざわざ選んだのだ、ランカに会いたくて睡眠時間を削ってまで学校に来たリチェルの為に。
「本物じゃなくて悪いですが」
「……ううん、ありがと」
苦笑しながら詫びたけど、リチェルには十分嬉しかった。
ランカの姿が見られる事も、ミハエルが甘やかしてさらに気を遣ってくれた事も。
中に入るとそこそこ混雑しているようで、映画が成功したんだなという事がよくわかった。
スタントとしてリチェルも参加したが、一緒に映画を作ったという実感はなく、実際に反響を聞いた訳でもない。
展示物の中にリチェルの写真もあったが、どうも気恥ずかしいというか、変な気分だった。
ランカの人気もリチェルが想像していた以上にあるようで、写真の周りには人だかりができている。
写真のランカは本物と同じように少し頼りなさそうで、それでも可憐に笑っていた。
彼女が夢を叶える事ができて本当によかった。
オズマのもとで大きなトラウマに苛まれる事もなく、純粋に育ったと思う。
リチェルにはない大きな夢で、彼女は自由に世界を飛ぶ。
――どうか、ランカだけは何にも囚われず、夢だけを追い続けて欲しい。
戦争の中だけど、彼女だけは平和に日々を送り、歌い続け、光の中で生きていて欲しい。
(それがオズマ隊長と私の、願いだから……)
「……あれ、ミハエルがいない」
写真に夢中になっているうちに隣のミハエルがいなくなっている事に気付いた。
そういえば何か言っていた気がしたけど、上の空だったようでよく覚えていない。
何処行ったんだろうと軽く辺りを歩いてみると、
「ミシェル!」
ミハエルの、名を呼ぶ声が聞こえた。
見るからに美人の女性が手を挙げる先には、眼鏡をかけた金髪の青年が嬉しそうに笑っていた。
「リィズじゃないか、大学の帰りか?」
「そうだけどさー、最近連絡くれないじゃない。全然いいんだけど、またバイト?」
「ごめん、忙しくて遊ぶ暇がないんだ。今日もこれからすぐ行かなくちゃいけないんだよ」
「もうー、たまには連絡してよ?」
「ああ、また余裕ができたらするよ」
(連絡するんだ……)
私は特別ではないんだと思い知らされる。
(私って、貴方の何なんだろうね?)
クランの代わりでもいいと思ってた、だけどそれすら思い上がっていたのかも知れない。
だって、貴方は私じゃなくてもいいんでしょう?
(わかってる……そんな事、最初からわかってる)
「ごめんリチェルさん!列が意外に長くて」
「あ、そっか、飲み物買ってきてくれるって言ってたんだ」
「……聞いてない気がしたけど、まさか本当に聞いてなかったんですね」
「あはは、ごめんごめん。ありがとう、ミハエル」
だから、これ以上わからせないで。
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ブレラとの接点に困ります。