「ランカを戦場に連れて行くんですか!?」

非番返上で与えられた任務は、ランカの護衛だった。

第1次星間大戦時のミンメイ・アタックの伝説は知っている。
それ以降の数多くの戦争も歌によって終わりに導かれた事も。

だからと言って、ランカがそれに利用されるのを見過ごせる訳がない。
あの純粋な彼女の夢を戦争の道具として使うなんて認められない。
何回聞いても信じられない作戦内容にリチェルはどうする事もできないとわかってはいたが、
オズマに詰め寄らずにはいられなかった。

「命令だ、仕方ない」
「そんな……だって、ランカは…っ」
「わかっている。だが上からのお達しなんだ、それも大統領府のな」
「でもこんな危険な作戦、ランカだって――」
「あいつが行くと言ったんだ!」

吐き出すように語気を強めたオズマは一瞬だけ悔しそうな顔色を見せた。

「……お前の時と一緒だ。俺はいつも、何もしてやれない」
「………」

リチェルが新統合軍に行くと言った時のように、
心配で堪らないのに意志を尊重して何も言えず歯がゆい思いばかりが支配する。

リチェル自身も何となく気付いていた。
もう彼女は自分達が庇護するべき子供ではなくなったのだと。
彼女が自分で考え答えを出したのなら、自分達はそれを見送るしかない。

(だけど……こんなのは違う……)

光のような彼女が穢されていく気がして、ただ悔しくて。

「だから……俺が全てを賭けて守ってやる」
「…………はい」

自分達にできる事は本当にそれくらいしかないんだろうなと思うと、
リチェルは納得できないながらも静かに答えた。

……それでも不安だった。

同じように、オズマ隊長も遠くに行ってしまう気がして。






24・歌が崩壊を告げるように






―――歌が、聞こえる。

こんなにも心を包み込んで震わせるものを、私は今まで知らなかった。


リチェルちゃん、つかれた?」

キラキラと輝く、大きくて紅い瞳が振り返った。
よく起伏する彼女の感情は、今は少しこちらを窺って不安そうにしている。

顔の筋肉を動かしたつもりなどなかったのに、彼女は私の小さな反応を正確に読み取る。
心を揺らした事がどうしてわかったのだろうか、それに驚いて言葉を返すのが遅れた。

「ううん、そんな事ない……」
「……ごめんね?」

兎の耳のような緑の髪をシュンと垂らせ、ランカは小さな体を縮み込ませた。
どうして彼女が謝る必要があるのだろうか。

リチェルちゃんといると嬉しくて、色んな所にリチェルちゃんひっぱっちゃった。
昨日までおしごとだったんでしょ?だから、ごめんなさい……」
「…………」

確かに彼女に連れられるまま遊園地内を走り回った。
無邪気に笑っては様々な場所に自分の手を引いてくれる彼女を見ているだけで時間は過ぎた。

だから疲れる訳がない、今だって違う事に思惑を巡らせていただけだ。
彼女がそんな事を思い表情を曇らせる理由など一切ないというのに。


それに彼女は何と言った?
自分といると嬉しいとは……どうして?


「……どうして、嬉しいの?」
「え?」
「私は……ランカに嬉しく思ってもらえる事、何もしていないのに……」

わからなかった、何故彼女が自分のような者に笑いかけてくれるのかが。

オズマ隊長に拾われ、連れられるままランカに引き合わされた。
"仲良くしてやってくれ"、そう言われてもどう接したらいいのかわからず困惑していた私に、
彼女は躊躇う事なく小さな手を差し伸べた。

それから幾度か彼女と顔を合わせる機会があったが、顔色一つ変えない私では彼女に笑い返す事なんてできず、
ましてや気の利いた言葉なども発する事ができなかったけど、彼女はその笑顔を崩さない。
これではどちらが年上かわからない、そう思えるほど誘われるままランカの後ろを歩いた。

私は、いつもランカに与えられてばかりだった。
逆に彼女にしてあげた事なんて何もないのに、どうして?

「だってリチェルちゃんのこと大好きだもん!」

彼女は満天の笑顔で私にはにかんだ。
それでも、私は信じられなかった。


どうして彼女は、笑いもしない私を好きだと言うのだろう。
どうして、両親を殺して誰からも見放された私に触れるのだろう。

空を飛ぶ事以外望まれなかった私を――


「――どうして……?」

何度も同じ言葉ばかり繰り返す私にランカは一度だけ首を傾げ、だけどすぐに色を取り戻して目を輝かせた。

「そんなのわからないよ~!
でもはじめて会った時からリチェルちゃんが好きだと思ったんだもん!」
「…………っ」

チクンと、胸が痛んだ。

それは不快な感覚ではなく、氷に熱い針が突き刺さったような奇妙な痛みだった。
痺れるように体中を熱くさせて、言葉にしようとした唇すら震わせた。

ああ……なんて眩しい笑顔なんだ、彼女は。

「…………ありがとう……私も、好きだよ、ランカ……」
「本当!?へへ、ありがとうリチェルちゃん!」
「ランカの歌も好き……もう一回、聞きたい」

何だか見つめ合っているのが恥ずかしくて、俯きつつも懇願するような目で見上げると、
彼女も少しだけ顔を紅潮させて再び背を向けた。

止んでいた歌が、また小さく奏でられていく。


「……何て……気持ちいい歌……」


"好き"という言葉、私には与えられないのだと思っていた。
自分にとっては極上の感情を、彼女はいとも簡単に答えた。

その彼女が口ずさむ旋律は不思議と温かくて、風に包み込まれている気がする。
ついさっき胸を刺した痛みは今は周期的な鼓動に変わり、歌に合わせて熱い血を全身に送らせる。


……私は、ランカのようになりたいと思った。

どうしたらあんな風に笑っていられるのだろうか。
どうしたら、あんな眩しい存在になれるのだろう。
どうしたら、人に必要とされる人間になれるのだろう。


……どうしたら、愛してもらえるんだろうか。


「ランカ、リチェル!すまん、待ったか?」

歌を中断させたのは、彼女の兄であるオズマ隊長だった。
「おかえり、お兄ちゃん」と笑って素直に駆け寄っていくランカ。

「ほら、お前はバニラだったよな?で、リチェルがチョコで……」
「違うよーリチェルちゃんはミックスって言ったのに!」
「なっ、そうだったか?」
「ここのソフトクリームおいしいから、 リチェルちゃんにはどっちとも食べてほしかったのに!ねえリチェルちゃん!?」
「…………私は、何でも……」

どうフォローするべきなのかわからず、一歩下がって2人の動向を見つめた。
兄には憤慨しながら自分には笑顔で振り向くランカ、
そしてランカの気迫に押されてシドロモドロになっているオズマ隊長は、勤務時とは遙かに違い情けない表情をしている。

これが"兄妹"なのだと思った。
たとえ血が繋がっていなくとも、彼らはまぎれもなく家族の姿を現していて。

全て私の世界にはなかったものが、溢れるように視界へと飛び込んでくる。

「す、すまんリチェル……」
「あ、じゃあ半分こずつしたらいいんだ。そしたら私もリチェルちゃんも2つの味食べられるしね!」
「悪いがそれでいいか、リチェル?」
「いいよねリチェルちゃ―――」


どうして2人は、こんなにも私に優しいのだろう。
暗闇の中にいた私の手を引いて、外の世界を見せてくれた。

羨ましい。
言いたい事を言い合って時には喧嘩をして、それでも笑顔に満ちあふれ、
確かに2人を繋げる絆が感じられるような……彼らのような家族が、欲しかった。

背負うべき罪も、父さんと母さんの事も一生忘れない。
だけど……この温かさを、私は知ってしまったから。

彼と彼女は初めてできた、私の大切な人。

できる事なら、一緒に…………


「わ、笑った!リチェルちゃんが笑ったよ!」
「…………え?」

何のことだかわからなかった。
だけどランカがこれ以上ないほど覗き込んできたので思わず自身の顔に手を当てると、口元が上がっていた。
それにいつもより頬の筋肉が動いている気がして。

「凄くいいよリチェルちゃん!いつもよりずっと可愛い!」
「……ちゃんと笑えるんじゃねぇか、お前」


……これが笑うという事?
ランカやオズマ隊長と同じように、私は今笑っている?

ただ自然に顔が緩んで、それだけで2人はこんなにも喜んでくれる。
嬉しい……私が人を喜ばせる事ができるなんて。

……幸せだと思った。


「笑ってるともっと可愛いよ!ねえお兄ちゃん?」
「ああ……そうだな」


貴方達に笑いかけてもらえるのならば。


私は、貴方達の為に笑い続けよう―――













『こちらから先制してバジュラどもをあぶり出す、行くぞ!』
「こういうやり方……好きじゃないのに…っ」

オズマの命令を聞きながらリチェルは渋い顔でスロットルを開いた。

自分は特殊な形ではあるが簡単に言えば軍人だ、戦うのが嫌な訳ではない。
だけどこんな風に実験の為に、まだ戦うつもりのなかったバジュラを煽って一方的に殲滅させるなんて。
そんな事言っていられる事態でも相手でもないのはわかってる。
だけど悪いのはどちらの方か、それがわからなくなってくる。

通信を通して聞こえるランカの歌。

(ああ……この歌、ランカがよく口ずさんでいたものだ……)

それがどんどん歪められ、異質なものに成り果てている。

「っ、……仕留めなければ!」

歌に呼応するようにバジュラの動きが鈍くなり、連携がなくなった所へミサイルを撃ち込む。
弾を発射すれば容易に命中し、接近戦にもつれ込んでも大して苦戦する事なく撃墜できた。

歌が効いて、これで自分達が優位に立てるのなら悪い作戦ではない。
だけどランカにはこんな事してほしくなかった。

「違う……こんな歌じゃない……っ」


――彼女の歌は……こんなものじゃないのに。


ブレラ・スターンの乗るVF-27が掃討を開始するのに従い、こちらも残りのバジュラを相手にする。
数は多かったが敵ではなかった。
だけど、どれだけ脅威の存在だろうが相手は生命体、血だって飛び散るし体も無残に四散する。

(……こんなの見せるなんて……こんな戦場をランカに見せるなんて……!)

ランカを乗せたケーニッヒモンスターにバジュラが接近するが、ブレラが素早くそれを撃ち落とした。
ランカの目の前で、またしても大きな爆炎が上がった。

そうしてほぼ全てのバジュラが掃討され実験は終了した。
だが、数名は気持ちの晴れない思いを抱えていた。


「ランカ……これでよかったの?」


リチェルは漆黒の闇を見つめ、静かに目を閉じた。











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この辺りからだんだん気が重くなっていきますね。